急なファンタジー展開
帰宅客でごった返すモール中央駅。
人混みをかき分けながら、ユウリは強引に進んでいく。
「はーい、すいませーん! 病人通りまーす! 病人でーす、空けてくださーい! 病人でーす! ……てか道開けろって言ってんだろモブが!!!!」
「ゔゔ……ずびばぜん……ゔっ……」
俺は「しんどそうな女の子」を見事に演じ、俳優とての才能すら開花させようとしていた。
ユウリの言った「ジャコスモールが『杜』になる」という言葉はイミフだったが、さすがに今の状況で一人にさせるわけにはいかない。
だが引き留めようとしても、まったく聞き入れてもらえない。
結局――全員が駅に向かうことになった。
何度も階段を降り、通路を曲がった先。そこでユウリは立ち止まる。
「ここから入れそうね……」
目の前には「関係者以外立ち入り禁止!!」と書かれた頑丈そうな扉。
俺は念のため確認する。
「え、もしかしてこの中入んの? 『立ち入り禁止』って日本語わかる?」
「ちょっと黙ってて」
ユウリは監視カメラをちらと見て、小声でつぶやいた。
――「完全不可知化……」
サラッ……フワッ……。
全身を、薄衣で拘束されたような感覚。
初めてブラやショーツを身に着けたときの、あの舞い上がるような拘束感――いや違う!?
それは例えば、シルクのスリップドレスが胸先に触れた感覚のような――
(……ん゙ッ!?)
(まてまて、俺は何を!?)
(それじゃ普段からスリップドレス羽織ってたみたいじゃん!?)
(てか昨日は普通にキャミと短パンで寝たし!)
つまり俺たちに今何が起きたのかは分からないが、ともかく「何か」が起きた。
ユウリは取っ手を握りしめ、再びつぶやく。
――「無条件解錠……」
ガチャン! と鍵穴の奥で音がした。
近くの通行人が振り返って扉を見るが、なぜか俺たち四人の存在には気づいていないようだ。
説明されるまでもなく……さっきのは「魔法」というものだろう。
もちろん見るのは初めてだが、そこまで驚きはなかった……。
なぜかって?
元・魔王でなくとも、ユウリならやりかねんよね!
――「さ、入って?」
「『さ』って……不法侵入じゃんか……」
ゆっくりと扉を開けると風が吹き出てくる。
風と入れ替わるように中に入ると、薄暗く細い通路が続いているのが見えた。
分厚い壁が外の喧騒を遮断し、ゴウンゴウンという機械音だけが響いている。
緊張した声でマルケスが尋ねる。
「え、え? あのユウリさん? 今からどこに? てかこれ、入っちゃダメな感じなんじゃ……?」
「でも、もう入っちゃってるよ?」
「え、まぁ……そうすけど……」
「入ったか、入ってないか――事実はそれだけ。『先っぽだけ』『ちょっとだけ』っていうものは、虚構の中にしか存在しない妄言よ」
「な……なるほど……深ェ!!」
(深くねーよアホ)
(なんの話だよ)
それをヤオがどんな顔をして聞いているのか? 俺は振り返って目を凝らしてみる。
彼女は輪っかをつくった指に、人差し指を挿れようとしていた。
「もう完全に中に入っちゃった? ……てことは……わいらは今から奥でパンパン(手のひらに拳を叩き込むジェスチャー)って、するんですよね!」
「そうよ」
(なんでそのワードチョイス?)
(こいつもだめだ)
ユウリが微笑む。
「じゃ、とりま安全のために着けとこっか? ね?」
薄暗い照明のもと、ユウリは「ソレ」を二つ差し出した。
5センチ角に平たいビニール製の小袋。
中にはあるのは、細い輪っか。
早ければ小学校高学年から存在を知り、遅くとも中学二年生までには使い方を知るだろう、ソレ。
高校生が知らないはずもなく――
「えあッこれ!? 着けるって……////」
ヤオは恥ずかしそうに声を漏らす。
「え、え、これ……コン……。えぇ!? え、着けるんですか!? え、ここで!? 安全……って、あのセーフっクスすか!? ここで!」
声を震わせるマルケス。
――気まずい沈黙。
それは、誰の目に“アレ用のソレ”にしか見えなかった。
(いや意味わからん意味わからん!)
(てかふつーに意味わからん!)
(今出すべきもの、コレ!?)
◇◆◇◆◇◆◇
「ちょちょちょちょ、ユ、ユウリ! そ……そういうのは……お互い合意――のうえで……不同意のやつは……後で問題にッ……////」
「はぁ?」
小さくため息をつくユウリ。
「何エロいこと考えてんの? これだからイカ臭い青春キッズは……」
ソレを指でつまんで見せる。
「ほら、よく見てみ? 触ってみ? 違うでしょ? ただの『お守り』だから?」
実際さわってみると、それはアレ用のソレではなく「カードリング」のような細い金属製の輪っかだった。
袋の感触を確かめるヤオ。
「あ、固……てか、重いんだ……////」
状況を見守っていたマルケスが息を吐く。
「フゥ~~~~!! 焦った~~~~!! やべ~~~~!! マジ緊張した~~~~!!」
汗が引いていくのと同時に、不吉な予感がした。
(「安全」のための「お守り」?)
(つまり――今から行く場所は「危険」?)
(え? どこ?)
俺たちはすでに立ち入り禁止エリアに入っている。ここからさらに危険な場所へ行くということ!?
(えそれはマズいんじゃない?)
(ちょっともう止めよう?)
――と考えているうちに、ユウリは袋からリングを取り出し、それをヤオとマルケスに手渡す。
「じゃ、ヤオちゃんはこっち」
「あ、はい」
「マルケスはこっちね」
「あざす!」
リングは二つしかない。
「俺のぶんは?」と聞く前にユウリが横に首をふる。
「あんたはなし」
「え? なんでだよ……」
「まあまあ無敵じゃん?」
ヤオとマルケスが不思議そうな顔をして指にリングを通すと、それは一瞬で縮み指にフィットした。
二人とも「ただのお守り」だとは思っていないようだが……その表情にはなぜか期待が色づいている。
ユウリの邪悪な微笑み。
「じゃー、今からあたしが言うことの後に、『はい』って続けてね? 元気よくね?」
「なんすかソレw」へらへら笑うマルケス。
「はい!」元気よく返事するヤオ。
ユウリは静かに息を吸い込み、重々しく口を開いた。
「それでは――『フルアクセス』を……許可しますか?」
(フルアクセス?)
(“全権限”てこと?)
(危険すぎるワードだな?)
二人の声が重なる。
――「「はい!」」
その場を黒い霧が包み込んだ。
◇◆◇◆◇◆◇
「黒い霧」の中に、七色に輝く二つの光が浮いてる。
ゆらゆらと揺れる、ゲーミング仕様の瞳。
その瞳をもつ者が言った。
「――どう? 二人とも、ちゃんと“成れ”てる?」
声の主はユウリだった。
「巨大なモノ」が動く気配がして、低く重い声が響いた。
「はいユウリ様――『マルケス』ここに……」
(いや……絶対にマルケスの声じゃないが!?)
(てかなんだよその巨大っぽい気配……)
「『ヤオ』ちゃんは? イケてる?」
空中からやけに大人っぽい声が返ってくる。
「問題ございません、ユウリ様――『ヤオ』はここに……」
(いや……絶対にヤオの声じゃなくね!?)
(てかなんで上から声聞こえるの?……)
徐々に霧が晴れてくる。
顔を上げると原田マルケス(だったもの)の腕が見えた。
六本の腕。
赤黒く光る肌。
広く、デカい、筋肉。
4メートルはあろうかという巨大な体躯。
所々に見える黒い装甲が薄暗い残像を残し、異界の剣闘士のような威圧感を放っている。
頭には二本の角。
四つある瞳と目が合う。
「お初にお目にかかります……タキ様」
「いや、誰だよ……」
その“怪物”はひざを折り、うでを曲げて、俺にこうべを垂れた。
「我は魔王軍四柱が一柱……一瞬兆撃、憤怒の――」
――パン!と手を叩く音
そばに佇んでいたユウリが、ゲーミングな瞳でこちらを見つめている。
「はいはいはいはい――ちょっとちょっと『マルケス』!? あんたはもう魔王軍四柱でもないし、あたしも『魔王』じゃないでしょ!?」
目を閉じ「ううむ……しかし……」とうなるマルケス(のようなもの)
「はい、やり直し!」ユウリが叫ぶ。
再び怪物は口を開いた。
「お初にお目にかかります……タキ様。我はユウリ様の“古い友人”……『マルケス』と申します」
「ま、マルケス?――なわねーだろ……って、まじで誰だよ……」
「っわはは! どうか以後お見知りおきを」
いつのまにかクソぶ厚いマントローブをまとってた、元・魔王(自称)――ユウリがふんと鼻で笑っている。
――「私は『ヤオ』。おなじくユウリ様の“古い友人”でございます」
声のする方を見ると、宓瑶(だったもの)が、ふわふわと宙に浮かんでいた。
「や、ヤオ!?――って、こっちも誰だよ……」
目が合うとその“怪物”は微笑んだ。
陶器のように白い肌。
「エロ」という単語を擬人化したような身体。
黒い「紐バニー」状のボディースーツに包まれた豊胸が、ホバリングしているスライムのように揺れている。
耳は尖り、犬歯は伸び、額には小さな角が二本。
背中から伸びる羽が、影絵のように形を変えてはためいていた。
「ふふ……どうかよろしくお願いいたしますわ」
「あっちもこっちも誰だよ……」
どういう理屈なのか分からないが、マルケスとヤオの二人は怪物となった。
それは間違いなくユウリの用意した「お守り」のせいだと思うが、安易に全権限移譲を許した二人にも多少責任はあると思う。
★教訓――「アクセス権管理を厳とする」
ユウリは、瞳がゲーミング仕様になったこと以外、ほとんど変わっていない。
――だが、明らかに「人」ではない雰囲気を放っている。
(なんでもいいけど、どういうことか説明してくれよ……)
マルケス(新)はマルケス(旧)が担いでいた俺たちの荷物を丁寧に並べ、何かを小声で唱える。
すると荷物がどこかに吸い込まれるように消えていった。
俺は驚かない。
(まぁそういうこともあるだろうな……)
(たぶんそういう世界だもんな……)
(冷静に、冷静にいこう……)
「じゃ、行きましょう」
ユウリがそう言うと、マルケスは何も言わず彼女を肩に乗せた。
「おぉ……この感覚!? ……まさに……まさに……魔お――ユウリ様のもの……」
「え、重い!? 重かった!?」
「重うございます……この重み……。どれほど待ちわびたか……うっ……くっ……」
何に感極まったのか、涙を我慢するマルケス。
宙に浮くユウリは羽で口を抑えている。
「なんなんだよこの光景……まじで先に説明してれよ……」
俺たちは発電所に向かって通路を歩き出した――




