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第六話「金玉イヤホンにノイズが混じり、たくさんの小さな叫び声が聞こえた」





――――――

・株式会社ジャコスエネルギー 新金剛地熱発電所

・発電部主任 安藤智久

――――――


46歳、既婚、子供三人。


趣味は精密機器の分解・組み立て、たまの温泉ツーリング。


座右の銘は――「仕事も温泉も『熱』がないと始まらない」


彼は()()()()()発電室に入り、()()()()()制御盤に目をやった。


一瞬だけ思考がクリアになると、彼はその場で立ち止まった。


――(あれ? 目が霞んでる……おかしい……なんで?)


いつもの自分と違う感覚。


(ここは発電室だよな? でも……僕……誰だろう……)


だが、何がどう違うのかわからない。


彼は両手にある土を見て、仕事を思い出す。


(あぁ……仕事だ……。運ばなきゃ……)


彼はまた歩き出す。


(タービンに……いく……)









しめった土と油ミストが混じったような匂い。


鳴り続けるギーンという金属音。


目の前には太鼓を横にしたような巨大な機械(たぶんタービン?)が三基並んでおり、そこに配管がいくつも繋がっていた。


前を歩いていたユウリが振り返り、俺に何かを語りかけてくる。


「!! ……見……の……ビ……! ぁ……まじ……ェ!?」


金属音が言葉をかき消す。


俺は耳に手を当て、大声で叫ぶ。


()()()? ()()()()()!! ()()()()!! ()()()()()!!」


ユウリは俺の着ていた「氷冷式スケスケサイバージャージ」の襟をパキッと折り、その氷片に向かって何かを唱えた。


すると氷片は一瞬で色を変え、ふたつの「金色の玉」に変化した。


ユウリはそれをつまみ上げ、耳に入れる仕草をして見せる。


()!? ()()()()()!? ()()()()()()()()()!?」


俺は金玉を耳の奥に押し込む。


――ザァーーーー……


さっきまで聞こえていたタービンの轟音はピタリと止み、心地よいブラウンノイズが耳に広がる。


そこに聞こえてくるユウリの声。


「聞こえる? とりまノイキャンと通話しかできないけど!」


「おぉ……聞こえる。金玉イヤホンだ……」


俺はもう一度金玉イヤホンのポジションを調整した。


「あれ、見て」三基並ぶタービンの真ん中を指差すユウリ。


側面に据え付けられた昇降用ハシゴの前で、作業員が列を成して並んでいる。彼らは安藤主任と同じように、両手で包み込むように「土」を持っていた。


列の先頭にいた女性作業員が、上に向かって土をバラ撒く。


――バッ!……パラパラパラ……


宙を舞い、地面に散らばる砂粒。


彼女はそれを見届けると列を離れ、再び発電室のほうへ向かって歩いて行った。


「あのゾンビ作業員……杜蓄とちくだっけ? 何やってんだ?」


ユウリに抱きかかえられたままのマルケスが、足をブラブラさせながら答える。


「……おそらく。もりの『土壌』を作っているのでしょう。ここの環境は若い苗木にはちと過酷です」


発電室やタービン室はバカ頑丈そうなコンクリートで作られており、とても木々が育つような場所ではない。


それを確認した俺を見てユウリが付け足す。


「三方を囲む三つの塔、地下に眠る熱と光のエネルギー、強い振動。……全ての条件が整い、『魔神木まじんぼく』は発芽した」


ほんとに「木」か……それ? 俺は何も言わずやつの言葉に耳を傾ける。


「木が成長するエネルギーだけならここの設備でまかなえるものの、もり生態系エコシステムを安定させるには『土壌』が必須となる」


――列に並ぶ誰かがまた土をバラ撒く。


「てかあんなペースでここを土で埋めるのか? 一生かかるぜ?」


「誕生間もない魔神木なんて、せいぜい地衣類を従わせるくらいしかできない。恐らく……例外的生存戦略として菌類による人間の杜蓄とちく化に成功したのかもしれないわ」


「あー、つまり……寄生されるとアホになって……てアレか。まんまゾンビ映画じゃん……こえぇ……」


佐藤主任が土を撒き終え、また発電室のほうに歩いて行くのが見えた。


「で、結局どうすんだっけ?」


「それは……」


言葉を濁すユウリ。


ずっと口を聞かず、宙に浮いていたヤオが口を開いた。


「抜くのです――魔神木を」


「なんだそりゃ? めちゃんこ簡単じゃん?」


俺は明るく答える。


ユウリ、マルケス、ヤオの三人はゆっくりとまぶたを閉じ、まるで黙祷するかのように静かにうつむいた。


沈黙をやわらげるようにヤオが続ける。


「『我々』にとってもりは、故郷ふるさとであり還る場所。杜の始まりである魔神木は、我々の――『母』であることを意味します」


ヤオはまっすぐに俺を見つめ、優しく語りかける。


「我々は今から、誰かの母を殺すのです」


三人の表情は言い表せないないほど哀しみに満ちていた。


「ま、まぁでも……誰かが抜かなきゃジャコスモールも大変になるわけだろ!? そりゃ辛いだろうけど、やんなきゃなんないことなんだろ? とりまさっさと終わらせよーぜ? ヤオが飛んでいって、ピッと抜くのがいいんじゃね?」


取り繕うように言葉を重ねる俺。


「ご命令とあらば……」ヤオはゆっくりと目を閉じて言った。


「タキ様。どうかその辺りで……」ぬいぐるみマルケスが低い声で言い放つ。


「いい。あたしが説明する」――


ユウリは魔神木を抜いたときに自分たちが受ける「母殺しの呪い」について簡単に語ったが、俺は「それ」がまったく想像できなかった。


そして、やつは最後にこう付け加える。


――「つまり……純粋な人間にとってあれは、丨た《・》丨だ《・》丨の《・》丨木と変わらないってわけ」


俺は何かを確かめるように胸に手をあて、そっと弾力を確認した(C65の)





◇◆◇◆◇◆◇





ユウリが呼びかけてくる。


「ヌけヌけ! タキちゃんがんばえ~!!」


ぬいぐるみマルケスは、ユウリに抱きかかえられたままサムズアップをした。


「よろしくお願いいたします」優しく手をふるヤオ。


俺はわかりやすく肩を落とし、昇降用ハシゴに手をかけた。


踏み台に足をかけるとたい感触が足裏に伝わり、空調の風が胸先をなでる。


「ヒァ……」思わず漏れる声。


ところで……「裸」というものをご存知だろうか?


「裸」というのは簡単に説明すると、衣類はおろかブラやショーツといった下着類、靴下や靴も含め、衣類を何も身にまとっていない状態をいう。


人間が野外を裸で歩くことは()()だ。


だが俺は今、その()()な状態にある。


つまり裸でハシゴに登っている。


タービンの上につくと、目的のものがすぐ目の前にあった。


俺は両腕を縦に広げサイズ感をみんなに伝える。


「あったぞ! これくらいのサイズだ!」


これ、なんだと思う? 


プルーン? ちがうよ?


これね、「魔神木まじんぼく」の苗木。


俺は苗木を両手で掴み両足を踏ん張った。


迷うことなく力を入れ、苗木を引き抜く。


――ブッチチブブブチチチチィ!!!!


タービンと配管にからみ付いていた細長い根が一気に引きちぎれる音。


金玉イヤホンにノイズが混じり、たくさんの小さな叫び声が聞こえた。


それだけだ。


他には何も起こらなかった。


――「これでいいか?」


俺はタービンの端に移動し、引き抜いた苗木を掲げた。


深く一回、うなずく三人。


握られた苗は急速に水気を失い、もう枯れ始めていた。





◇◆◇◆◇◆◇





俺たちは発電室/タービン室を後にし、安藤主任を見かけた分岐路まで戻ってきていた。


「二次流体は最短経路を通るはず、つまり出口はこっち」


俺たちは「バイナリー閉ループ部」と書かれた案内板に従い通路を進んでゆく。


通路は明るく照らされ、どこを歩いても涼しい。


ゾンビの呪縛が解けかけているのか、重度の薬物中毒者のような姿勢で立ち止まっている作業員が増えてくる。


これでジャコスエネルギーの職場環境は一気に改善されるだろう。


地下鉄の喧騒がわずかに聞こえる扉の前に着くと、ユウリは魔神木の枯れ木から取り出した「種」をポイと口に入れた。


「お、おい……それって食っていいやつなの!?」


「さぁね〜、ど〜だろ?」


いつもどおり憎らしい顔で、ユウリは微笑んだ。









お読みいただきありがとうございました! この章は本話で終了ですが、物語はまだまだ続きます!

ところである研究では、評価やブックマーク、感想やリアクションをすると、ある日突然お胸が膨らむそうです♪

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