じしん
――ヴイッ!ヴイッ!ヴイッ!「地震です」
――ヴイッ!ヴイッ!ヴイッ!「地震です」
――ヴイッ!ヴイッ!ヴイッ!「地震です」
耳障りな警報音。
人々が一斉にスマホを凝視する。
※※※※※「緊急地震速報」※※※※※
非常に強い揺れがきます
・推定震度【 6強 】
・到達まで【 3秒 】
※※※※※「揺れに備えて!」 ※※※※※
地震が来る。
――午前中にまわった店
・大手ランジェリーショップ
・ティーン向けカジュアルアパレル
・甘々クラシック系ちょいロリブランド
・ちょっと辛めの大人系セレクトショップ
・流行を抑えたファストファッション
・グローバル系コスメショップ
・大型シューズショップ
時刻はもう昼をすぎた。
重くなったリュックを担ぎながら、俺は前をいくユウリに呼びかけた。
「なー、疲れたー、休もーぜー……そろそろハラへったー」
「次、あそこー」
ある方向を指差すユウリ。
向かっているのは「聖域」――華やかなビキニが並ぶ水着特設エリアだ。
ヤオは一人で盛り上がっていた。
「え!? 着ちゃうの? ビキニ着ちゃうのタキくん!?」
「いやいやいや……」
「えやば!? ガチ勢じゃん!?」
「き、着ねぇし……」
「じゃ、わいもついでに買っちゃおっかなぁ~♪」
ヤオがいやらしい目で俺を見る。
きっと“その気”にさせる作戦のつもりだろ。
(ついでに買っちゃお~、じゃねーよ)
(ビキニなんて買わねーよ……)
(か、買わねーよ……)
たしかに彼女の言うとおり……俺はもう「一線」を越えてしまっている……。
それでも、まだ「脳」は男だ!
外出用の服はともかく……水着は「見せる」「見てもいい」という意図のもと作られている。つまりそれは「今の自分を認める」ということ。
自分を認め“後戻りできない領域”に踏み込むなら、ケタ違いの覚悟が必要になる。
俺はまだ――そこまでは行ってない!
そう信じたい。
まじで。
涙目でユウリにすがる。
「お姉様……水着だけは……水着だけはどうか……」
「えー? どしよっかなー?」
潤んだ目でもう一度。
「お姉様……どうか……」
ユウリは肩をすくめる。
「しゃーーーーない。今日は水着はいいや」
「お、お姉様!……(パァァァ)」
ちょうど肉の焼けるいい匂いが漂ってくる。
「じゃ、お昼にしよっか?」
俺たちはメインストリート沿いのちょっと高そうなバーガー店に並んだ。
メニューを開く老夫婦、若い男性グループ、子連れの家族、女子高生たち、外国人観光客。
耳に水色のイヤリングをつけ、灰色のチェック柄の腕時計を着けた「彗星教・原理主義者」の姿も見えた。
マルケスが声を潜める。
「ついに“解散命令”出るんだってな?」
「まあ……“あんな事件”起こしちゃったんだし、しゃーないんじゃね? 『カジュアル勢』にしちゃ、ひでー風評被害だけどな……」
「委員長と『ショートボス』がそうだったよな?」
「彗星教」は、“ゆるい自然回帰主義”と“彗星の女神”を信仰する宗教であり、その歴史は千年に及ぶとされている。
しかし近年――「原理主義者」たちの掲げる急進的・改革的な主張がウケ、中高年世代を中心に勢力を伸ばしていた。
そんな中起こったのが、彼ら理主義者たちを恨む者が起こした――「首相暗殺事件」
犯人の女性は、原理主義に傾倒するあまり崩壊した家庭環境で育っていた。彼女は「彗星教」そのものを優遇していた首相を恨み――計画を実行したのだ。
裁判では、原理主義者たちが行っていた洗脳ともいえる寄進強要が明らかになり、ついに“解散命令”が出されることになったわけだが……。
事件をきっかけに彼らは、“彗星の女神”を表す「配色規則」を服装に取り入れ、街に出かけるようになった。
まるで――「次は俺を、私を殺してみろ」と言わんばかりに。
こういった政治的な話は、信頼できる人間とだけしたほうがいい。
俺たちはできるだけ声を抑えながら、「誤爆っていうか誘爆で大変だな」というオチをつけた。
テンポよく列はすすみ、次に呼ばれると思ったその瞬間――
「あの音」が鳴った。
――ヴイッ!ヴイッ!ヴイッ!「地震です」
――ヴイッ!ヴイッ!ヴイッ!「地震です」
――ヴイッ!ヴイッ!ヴイッ!「地震です」
◇◆◇◆◇◆◇
――『ピンポンパンポーン』
四点チャイムが鳴り、落ち着いた女性の声がモール内に響く。
――『ただいま館内の安全確認を行っております。周囲に落下物がないか注意し、その場でお待ちください』
アナウンスは四カ国の言葉で三度繰り返され、ほとんどの客がそれで理解できたようなっだ。
老夫婦に肩を貸す若者たち。妻子を抱きしめる父親。壁際に集まる女子高生。呆然とする外国人観光客。
へたり込んでいるヤオ。
俺は立ち上がり手を差し出す。
「立てる?」
「ありがと……」
震える彼女の手は、しっとりと濡れてしていた。
身体に残る余韻のような揺れ。
今のところ余震はきていない。
すぐ側にいた妊婦を支えに行っていたマルケスが戻ってきた。
「平気か?」
「ああ、俺もヤオも平気だ」
「……てか揺れ、全然弱かったよな。震度2くらい?」
地震は、弱かった。
「でもあんな長く揺れるとはな……」
だが、長かった。
予想されていた推定震度は「6強」。しかし実際の揺れはずっと弱く、そのかわりずっと長く続いた。
ほとんどの人はさっきの緊急地震速報を「誤報」だと思っているだろう。
実際俺もそう思ったが、ユウリの顔は妙にこわばっている。
「女のカン」が働いたのか、ヤオが声をかける。
「ゆーりさん……? なんかあったんですかぁ?」
「や、別に……」
(え……)
(なんかあるじゃん、その反応)
スマホを取り出し、ぶつぶつと独り言を話しはじめるユウリ。
画面上でピンチイン・アウトを繰り返し、「ぬぬ」と眉をひそめる。
「EEW(緊急地震速報)の誤報? でも、弱くて長い『巨大地震』なんて現実にありえる? いやいや……そんなの、システムの誤判定か、遠方長周期揺れが重なったときくらいで……え、じゃあほかに原因が? ……まさかアレってことは……」
さすがにその様子が気になったのか、マルケスが顔を寄せてくる。
「……お、おいタキ? ……ユウリさん大丈夫か?」
「まあ……思索モードになるとこんなもんだな……」
二人に「まぁユウリのことは気にすんな」と伝えたが、それとは別に心配になる点はある。
他の場所はどうなっている?
どこが震度「6強」はだったのか?
家は?
父と母は?
俺は両親へ安否確認のメッセージを送った。
『全員無事。こっちはほとんど揺れてない。そっちは?』
父からの即レス。
>>>「地震? 誤報じゃなかったのか?」
『誤報? 弱かったけど揺れたよ。3分くらい?』
>>>「3分? なんの3分だ?」
『だから地震の揺れだって……』
数回やりとりを行うが――どうにも話が噛み合わない。
要約すると――たしかに緊急地震速報はあったが、すぐに「誤報」と訂正されたようだった。
ヤオとマルケスも両親にメッセージを送ったが、同じような返信だった。
(どーなってんだ……)
(ジャコスモールだけが揺れた?)
(そんなことある?)
リアル誤報?
彗星教の陰謀?
魔王復活の余波?
未来からの亜空間振動?
そうこうしているうちに、キャリア電波は不安定になり、やがてWi-Fiや近距離無線、青歯通信までもが沈黙した。
「全部ダメになるって、おかしいよな……」
しばらく待っても回線は復活せず、俺はしかたなくスマホを省電力モードに切りかえた。
――『ピンポンパンポーン♪』
――『お客様にご案内いたします。館内の安全確保のため、これより避難をお願いいたします。係員の誘導に従い、非常口から屋外へお進みください。
走らず、押さず、慌てずに。お手洗いをご利用中の方も速やかにご退出を。お子様連れのお客様は、必ず手をつないで移動をお願いいたします』
アナウンスが繰り返され、警備員が配置につく。
後から思えば、館内スタッフは冷静に非常事態を伝えていたが、それに気づけた者は誰もいなかったはずだ。
「うんしょ!」
俺はリュックを背負い、みんなの顔をぐるりと見回す。
「なにしてんのタキくん?」
不思議な顔で見つめてくるヤオ。
「いや避難しろって言ってるし、ここで待っててもしゃーなくね? わたしらも行こ?」
「……え!? え、え、え、え!? ええ~!」
どんよりしていたヤオの表情が、一瞬でぱっと明るくなる。
「え? なんだよ?……」
「え今タキくん、自分から『わたし』って言った!? 言ったよね!? えやだ~、なんかキュンしたぁ~! もっかい言ってよ~!」
「チッ……」
誤爆!
一人称、誤爆!
今日は状況の応じてしょっちゅう一人称を切り替えまくっていた。
ユウリの前や店で店員と話すときは「わたし」
ヤオやマルケスと話すときは「俺」
うまくやっていたつもりだったが……地震で動揺したのかもしれない。
てかこのままだと、みんなから見れば――
「姉に無理やり女装させられた、かわいそうな男子高校生」
から
「実はずっと女の子になりたかった男子高校生」
にアップグレードされてしまう!?
(ヤダー!)
(このままの女の子になるの、ヤダー!)
(ゆーて初心者にしては明らかに常軌を逸した可愛さだし、女装するには環境に恵まれすぎてるし、だいたいこういうのって若いだけで無双っていうし、まぁ沼らなかったらいんじゃね?的にズルズルとハマっていくのヤダー!)
(て? アレ?)
(でも……もしかして言うほど嫌じゃない……)
(かも?)
(ヒェ……うそ……だろ)
すでに女装沼にハマりつつあるのか、俺は頭を左右に振り、精いっぱいオスっぽい声を出す。
「ほら! い、行くぞヤオ! 離れんなよッ!」
「んふふ~」と細い目をするヤオ。
強引にヤオの腕を取り歩き出すと、彼女が肩に頭を乗せてつぶやいた。
「えぇ~、強引なタキちゃん優勝~! 可爱死了~!」
ということで今日は帰宅することになった。
◇◆◇◆◇◆◇
荷物をかかえ、ぞろぞろと歩く人々。
モール内を縦横無尽に走っているミニシャトルがそこら中に停車しており、色さえ加工すればアポカリプティックな映画ができそうな雰囲気だ。
動く歩道はただの道に、停まったエスカレーターは階段に、エレベーターは小部屋に。
高名な国家錬金術師の少年が言っていたとおり、俺たちは立って歩き、前へ進んだ。
立派な足で、押さず、走らず、列になって。
ずっと向こうに見える巨大ロゴを睨みつけながら、ヤオが恨み言を吐く。
「憎い! ジャコスが憎い! 広すぎでしょ、このモール……」
「そう言われてなぁ……」
――「西タワーエリア駐車場(300m先を右)」
案内板が近づいてくると俺はホッとした。
(ふぅ…やっとか……)
いや、自分だけじゃなく“女性陣”は全員そうだったはずだ。
マルケスはほとんど全員分の荷物を持ち、ここぞとばかりに活躍している。その感謝のつもりか、ユウリはずっとマルケスと並んで歩いていた。
「ほんとあざす、ユウリさん! 家まで送ってもらえるなんて助かります!」
「まぁね」
何かを考えているのか、そうでないのか、ユウリはテキトーな返事をよこす。
だが――マルケスはめげない。
マルケスにとってユウリは、「幼なじみの姉」ではない。
憧れの大学に通う先輩候補でもあり、好意を寄せる恋人候補でもあるのだ。
二人がどうなるのか、俺には分からない。
ただ応援もせず邪魔もせず、フツーに成り行きを見守るだけ。
「西タワーけっこう遠いすね! 駐車場も地下鉄の駅みたいにモールのど真ん中にあったらいいのに!」
「どうだろね」
ユウリの反応は薄い。
「そういえば知ってます? ここって地下に最新のすげー地熱発電所があって、それがモールの電気まかなってるらしいっす!」
「へぇ」
「あー……てかなんか、雨降りそう? さっきから変な匂いしますね……なんすかね、これ……」
「へー……雨ねぇ」
(あー……)
(今回はだめそう!)
(ユウリはバカだから無難な天気のハナシとかでは間がもたないぞ!)
(発電所の話題に戻して、もっと具体的に知ってることを話せ!)――と心の中で叫んでいると、実際にユウリが叫んだ。
「……雨ッ!?」
肩を掴まれ、ぐわんぐわんと揺さぶられるマルケス。
「あばばばば! ちょちょちょちょ////」
「あんた今、『雨の匂い』って言った!? ねぇ!?」
「やだやだ、ユウリさん強引っ!! でも……雨の匂いじゃなくて、『雨降りそうな匂い』っす! ペトリコールとかそっちです!」
「ああ……クソ最悪!」
ユウリは地面を踏み悔しがる。
「やっぱりEEW(緊急地震速報)の誤報じゃなかった! 『三方を囲む三つの塔』、『地下に眠る熱と光のエネルギー』、『長く続く弱い地震』。その後に漂う雨の匂い……もう条件揃いまくってるじゃん!? あたしのバカッ!!!!」
「え、あの……ユウリさん……?」
「こっちの世界でそんなこと……起こるはずないと思ってたのに……」
再び「思索モード」に入ってしまうユウリ。
俺たちの間に再び微妙な空気が漂いはじめる。
「お、おい……なんか分かんないけど、どうしたんだよ?……」
心配になって声をかけるとユウリは小さくつぶやいた。
「『魔杜』が生まれる……」
「いやだからそれって――」
「ちょっとこっち来て!」
◇◆◇◆◇◆◇
列を離れたユウリは「急に用事ができた」と言い、一人で中央駅の地下にある地熱発電所に向かおうとした。
「は? 発電所? ……『2、3時間で戻るから車で待て』――ってそりゃムリあるだろ……」
「大丈夫。必ず戻るから」
「や……そうじゃなくて……」
緊張した声でマルケスが口を開く。
「ユウリさんユウリさん! 待つか待たないかはともかく、とりま理由くらいは教えてくださいよ! さすがにこのタイミングで一人で行かせるのは……心配……てか無理っすよ?」
さらに付け加える。
「……だよな?……みんな?」
無言でうなずく俺とヤオ。
「はぁ……」ユウリは大きく息を吸い、神妙な顔で告げた。
「このジャコスモールは……ひと月もすれば森になる」
「「「森?」」」
俺、ヤオ、マルケスの声が重なる。
「森って、木の森? ここが森に? なんだそりゃ……」
「森といってもただの森じゃない。世界の壁を越えて集まった、あらゆる『邪魔』が凝縮した神聖な『杜』」
「それが……さっき言ってた『魔杜』ってやつ?」
「そう」ユウリはうなずく。
ジャコスモールで今まさに「魔杜」が芽生えつつある。
いまは初期の土壌が準備されている段階なので、表面上大した変化はない。
だが、すでに芽を出している「魔神木」が成長し、開花を迎えてしまえば――「魔杜」は加速度的に境を変えてしまう。
それは通常、数百年かかるはずの生態系をたった一ヶ月で形成する。
どんな人工物であっても「魔杜」の生態系には無力だ。たとえそれが、超魔法構造体であろうとも、完全な合金であろうと……。
ユウリの話しは理解できても呑み込めるものではなかった。
「……やばそうなのは分かったけど、結局『魔杜』が出来るとどうなんだ? 世界が終わるとかじゃないんだろ?」
「わからない」
「……てかこういうのって、俺たちじゃなく専門家の仕事だろ?」
「この世界に『魔杜』の専門家なんていないわ」
「国防軍にでも……」
「反物質ミサイルで丸ごと消し去ればワンチャンあるかもね?」
「じゃ、どうすれば……」
「わからない」
学校はじまって以来の才女! として名高かったユウリ。
いつもであれば知っている知識を総動員し、答えに近づいていく推理を行うはず。
それが、二度も「わからない」を連発するのは異常だ。
「何が起こるんだ?」
「何が起こるのか……あたしにはわからない。だから、今できるのは『魔杜』の母である『魔神木』を、一刻も早く引き抜くこと……」
「それが失敗したら?」
「ひとつ言えるのは……小さな杜で生まれたあたしは、やがて世界を滅ぼした」




