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第四話「初めてブラやショーツを身に着けたときの、舞い上がるような拘束感」





女性用下着店、十代から二十代前半向けのアパレルブランド、ファストファッション、韓国系コスメショップ、靴屋。


そこそこお店を回り終えると、時刻はもう12時半をすぎていた。


「あ、あそこ寄ろう」


ユウリが指差す先にあったのは、華やかなビキニが並ぶ水着特設エリア。


ヤオが浮かれた感じで俺のほうを見つめる。


「え!? 着ちゃうのタキくん!? やば、めっちゃ女装ガチ勢じゃん! じゃ、ついでにわいも買っちゃおうかな~♪」


やめろ、そんな目で見るな。


もう余裕で「一線」は越えているが、それでもまだ脳はゴリゴリ男のまま。服を着て外出するだけならともかく、下着や水着で人前に立つには不退転の「覚悟」が必要なはず。


俺はまだ()()まで行ってない。


……と信じたい。


涙目でユウリを見つめ、俺はふるふると首を振る。


「お姉様……ご慈悲を……」


「えー……」


やつは少し考え、「まぁいいか」とダルそうに答えた。


「じゃ、先にお昼にしよっか」


フードコートに席を見つけられなかった俺たちは、メインストリート沿いにある、ちょっと高そうなバーガー店の前に並んだ。


メニューを開く老夫婦。若い男性グループ。子連れの親子。女子高生たち。外国人観光客。


パティの焼ける香りが店先まで漂い、胃袋を刺激する。


列が進み、次に呼ばれるのを待っていた、その時――



――ヴイッ!ヴイッ!ヴイッ!「地震です」

――ヴイッ!ヴイッ!ヴイッ!「地震です」

――ヴイッ!ヴイッ!ヴイッ!「地震です」



鳴り響く不快な音。


人々は一斉にスマホを取り出し画面を注視する。


※※※※※「緊急地震速報」※※※※※


非常に強い揺れがきます


・推定震度【 6強  】

・到達まで【 3秒 】


※※※※※「揺れに備えて!」 ※※※※※









――『ピンポンパンポーン♪』



柔らかい四点チャイムが鳴り響き、穏やかな女性の声が聞こえてくる。


『ただいま館内の安全確認を行っております。周囲に落下物がないか注意し、足元に気をつけて、その場でお待ちください』


アナウンスは日本語・英語・中国語・ベトナム語・韓国語と、それぞれ三度づつ放送された。


俺は立ち上がり、ヤオに手を差し出す。


「立てる?」


震えるヤオの指先。


「あ、ありがと……」


しっとりとした彼女の手。


へたり込む老夫婦。その老夫婦に手を貸す若い男性グループ。妻子を抱きしめる夫。壁際に集まる女子高生たち。呆然と立ち尽くす外国人観光客。


ぐわんぐわん。


身体にはまだ地震の余韻が残っている。マルケスが向こうから駆け寄ってくるのが見えた。


「すんません、通ります! Excuse me, coming through!」


マルケスは俺たちの様子を確認すると、ゆっくりと落ち着いた声で話し出す。


「ふたりとも平気か? てか、全然弱かったな、揺れ。せいぜい震度2くらいじゃね? でも3分くらい揺れるとさすがに不安になるよな」


後ろから来たユウリは、妙にこわばった表情をしていた。


ヤオが心配そうに声をかける。


「ゆーりさん……? なんかあったんですか?」


「や、別に……」ユウリは顎に手を当てつぶやく。


「EEW(緊急地震速報)の誤報?……。弱く長く揺れる『巨大地震』なんてありえる? ……いやいや、現実的にありえない。それって、システム自体が大規模誤判定したうえ、遠方長周期揺れが同時に起こるくらいしかないじゃん。……じゃ、ほかに何か原因が……え、まさかアレってことは……」


ブツブツとひとり言をつぶやきながらスマホをイジるユウリ。それを見て不穏な雰囲気を感じ取るマルケス。


「お、おいタキ!? ユウリさん大丈夫か!?」


「まぁこんなもんだよ」


俺はいつも通りのユウリを見て、「気にすんな」と二人に伝えた。


とは言っても気になることは沢山ある。ここは無事だとしても、他の場所はどうなっている?


俺は父と母に安否確認のメールを送った。


――が、どうにも話が噛み合わない。


父が言うには、さきほど緊急地震速報はあったものの、すぐに誤報だと訂正されたという。ヤオとマルケスも同じような反応だった。


「親父がいうにはどこも揺れてないってさ」


「わいのママもそう言ってた」


「どーなってんだ……」


このモールだけが揺れたってのか?

陰謀論でよくある人工地震兵器か?

あぁ、未来人の仕業?


そうこうしている間にキャリアの電波が繋がりにくくなり、やがてWi-Fiも不通となった。


「全部ダメになるっておかしいよな……」


すこし待ってもスマホに回線が戻る様子はなく、俺たちはしかたなく省電力モードに切り替えた。



――『ピンポンパンポーン♪』



『お客様にご案内いたします。館内の安全のため、これより避難をお願いいたします。係員の誘導に従い、非常口から屋外へお進みください。


走らず、押さず、慌てずに移動をお願いします。お手洗いをご利用中の方も、速やかに避難をお願いいたします。お子様連れの方は、必ず手をつないで逃げてください』


放送が繰り返される。


後で考えてみれば、アナウンススタッフは実に冷静に()()()()を伝えていたが、その時は誰もそのことに気付けなかった。


俺は「うんしょ!」とリュックを背負い直し、みんなの顔を見回す。


「とりま避難しろって言ってるし、わたしらも行こっか? 座っててもしゃーないじゃん?」


どんよりと曇っていたヤオの顔がぱあっと明るくなる。


「え、今『わたし』って言った? 『わたし』って言ったよね!? えやだ~、今なんかバカキュンてしたー! もっかい言ってー!」


チッ……。


一人称誤爆。


今日は人によって俺・わたしを切り替えすぎて、もう途中からワケわかんなくなってたもんな。


てか今の感じだと、もしかして俺……


「姉に無理やり女装外出させられてるやつ」

「女の子になりたくて仕方ない男の娘」


になってね?


ヤダー!


このままの女の子になるのヤダー!


ヤダー……ヤダー……。


え? アレ? ……もしかして言うほどかも?


ヒェ……うそ……だろ?


これが女装沼か?


俺は頭を左右にふり、目いっぱいオスっぽい感じでヤオの腕を掴む。


「ほら! い、行くぞ、ヤオ! 離れんなよッ!」


「え~、強引なタキ()()()かわいい~! 可爱死了クゥーアイ スゥーラ~!」


俺たちは西タワーエリア駐車場に向かって歩き出した。





◇◆◇◆◇◆◇





メインストリートを走るミニシャトルはすべて停車しており、歩道も動いていない。


つまり、すべての人々は足を動かした。


ずっと向こうに見えるジャコスのロゴマークを睨みつけ、ヤオが恨み言を吐き出す。


「憎い! ジャコスが憎い! 広すぎでしょこのモール……」


「俺に言うなよ……」


肩越しに後ろを見ると、マルケスは隣に向かって必死に話しかけていた。


「いや、ほんとあざっすユウリさん! まさか家まで送ってもらえるなんてほんと助かります!」


「まぁね」ユウリは何か考えながら、適当な返事をよこす。


マルケスはめげない。


「ええと……西タワーけっこう遠いすね! 駐車場も地下鉄の駅みたいにモールのど真ん中にあったらいいのにっすね!」


「どうだろね」ぼんやりとした返事。


頑張れマルケス!


「あ、ユウリさん知ってます? ここのモールって地下にすげー地熱発電所があって、それがモールの電気けっこうまかなってるらしいんすよ!」


「へぇ」ユウリ、興味なし。


負けるなマルケス!


「あー……てかなんか……雨降りそうな匂いっすね……なんすかね、これ……」


「……雨……」


突然ユウリが声を上げた。


「雨ッ!?」


マルケスの肩を激しく揺らし、顔をぐいと近づける。


「あんた今、『雨の匂い』って言った!? ねぇ!?」


「あばばばば! ちょちょちょちょ//// やだやだ、ユウリさんユウリさん強引っ!! でも……雨の匂いじゃなくて、『雨降りそうな匂い』です!」


マルケスは口を噛みそうになりながら恍惚の表情を浮かべている。


俺とヤオは見つめ合い肩をすくめた。


「雨? そんな匂いするか?」


「さぁ?」


こわばった顔をしてユウリがつぶやく。


「クソ最悪……やっぱりEEW(緊急地震速報)の誤報じゃなかった! 『三方を囲む三つの塔』、『地下に眠る熱と光のエネルギー』、『長く続く弱い地震』。その後、漂ってくる雨の匂い。もう因子が揃いまくってるじゃん!?」


「なに言ってんだお前?」


俺の言葉を無視して、ユウリは頭を抱え込む。


()()()()()()でそんなこと……起こるはずが……」


張り詰めた緊張感が徐々に伝わってくる。


俺は場の雰囲気を和らげようと、とっておきの秘策を使うことにした。


「ん~? どうしたの()()()()()? なんかいつもと違う感じだよ? 嫌なことあった? おっぱい揉む?」


とろけるメス声。


あーこれはウケる。


爆笑必須の女装ボケ。


本来であれば恥辱的な「姉に無理やり女装外出させられてるやつ」という要素をあえて逆手に取り、「俺は女装を男性的趣味として楽しむことにしたから逆に女の子になりきってるんよ? だってこれだけ可愛いんだから仕方ないじゃん?」という、自己の拡大と肯定を狙った自虐的おっぱいボケ。


あえてこのタイミングでこれを言える俺の才能が怖い。


さぁ、どう出る……ユウリお姉ちゃんよォ……!?!?!?!?


しかし、ユウリは俺を無視する。


「お、おい……」


心配になる俺。


ユウリが小さくつぶやいた。



――「『魔杜まもり』が生まれる……」



やつは列を離れ、俺たちを手招きする。


「みんな、ちょっとこっちへ!」


「え、ちょ!……おいユウリ!……俺、アホみたいじゃんか! え、ちょっと待ってよ!?」


メインストーリーからの視線を遮るように作られたインフォメーションディスプレイの前で、ユウリが地図を触っている。


「ここがこっちで……それなら、このあたりに通用口があるはず……よし!」


やつは大きくうなずくと、俺たちをまくし立てるように説明をはじめた。



以下要約――


・「駅の()()に大事な用事ができた」

・「今からあたしだけ駅に向かう」

・「2、3時間もあればカタがつくはずなので、それまであんたたちは車で待ってろ」

・「帰りに全員に好きなものをおごる」



説明を聞き終えると、俺はメインストリートに戻ろうとする。


「……わかった。じゃ車で待っとくから、さっさと済ませてこいよ。リモコンくれよ」


「あ、そうだ!」マルケスが嬉しそうに声を上げた。


「それなら俺、一緒に行っていいすか!?」彼は続ける。


おぉ、そうきたか!

やるじゃんマルケス! ワンチャンあるぞ!


「もし俺に出来ることあるならめっちゃ手伝いますし、遅くなりそうなら一人で電車で帰ります! 予定通り終われば、予定通り家まで送ってください!」


「はぁ?……」ユウリは少し考えてつぶやく。


「まぁ……『依代よりしろ』くらいには使えるか……」


「依代」という言葉が何を意味するのか分からない。ただ、ユウリの言う事なので、なんとなく俺は嫌な予感がした。


「わかった。着いてきていい――でも、あたしが帰れって言ったら帰んなよ?」


「あッ! は、はいぃッ!!」


おおおお!

やったなマルケス! 大勝利だぞ!


「あ、それなら……」


そこでヤオが手を挙げる。


「わいとタキくんも一緒に行っていいですか? こういういときは、みんなでいたほうが安心っていうか……まぁ、最悪三人だけで電車で帰れるし……」


おい!!


ヤオォォォォォォォォ!!





◇◆◇◆◇◆◇





帰宅客が集中し混み合う、ジャコスモール新金剛駅。


ユウリが人ゴミをかき分けて進んでいく。


「はーい、すいませーん! 病人通りまーす! 病人でーす、空けてくださーい! 病人でーす! てか道開けろって言ってんだろモブが!!!!」


「うう……すみません……すみません……」


俺は「しんどそうな女の子」を見事に演じきった。


階段を降り、通路を曲がり、俺たちは立ち止まる。


目の前には「この先、関係者以外立ち入り禁止!!」と書かれた頑丈そうな扉。


監視カメラをちらと見て、ユウリは小さくささやいた。


完全不可知化イナイナイー・ヴァ……」


全身を薄衣で拘束したような感覚。


初めてブラやショーツを身に着けたときの、舞い上がるような拘束感。ではない。


例えばそれは、シルクのスリップドレスが胸先にあたる感覚。


……ん゙ッ!


まてまて、俺は何言ってる!?


取っ手を握りしめ、ユウリがつぶやく。


無条件解錠ヒィラゲ・ゴマ……」


扉の中でガチャン!という音が鳴り、明らかに鍵が開いたのが分かった。近くにいた通行人は扉の解錠音に反応したが、その前でたたずむ俺たち四人には目もくれない。


「さ、入って」


吹き出てくる風と入れ替わるように俺たちは中に入る。


そこは薄暗く、ずっと先まで続く細い通路だった。分厚い壁が喧騒をかき消し、ゴウンゴウンという何かの音だけが空間を支配している。


緊張した面持ちでマルケスが口を開く。


「え、え? あのユウリさん? 俺ら……今からどこに? てかここって入っちゃダメな感じなんじゃ?……」


「でも、もう入っちゃってるよ?」


「え、まぁ……そうすけど……」


「入ったか、入ってないか――事実としてあるのはそれだけ。『先っぽだけ』『ちょっとだけ』っていうものは、虚構の中にしか存在しない妄言よ」


「な……なるほど……深ェ!!」


深くねーよアホ。

なんの話だよ。


てかヤオはどんな顔してこの話聞いてんの?


「もう完全に中に入っちゃったって……てことは……わいら今から奥でパンパン(拳を手のひらで叩く感じで)って、何かするんですよね! しかも、どうみてもやましいことをッ!?(フンフンッ!)」


なんでその言葉選んだの?

ためだこいつ。


俺はできるだけ冷静になり、状況を説明するようユウリに頼んだ。


「――で、どういうことなんだよ?」


ユウリは大きく息を吸い、神妙な面持ちで言った。


「このジャコスモールは……ひと月もすれば森になる」


「「「森?」」」


俺、ヤオ、マルケスの声が重なる。俺は全員の疑問を代弁する。


「森って、木の生えてる森か? ここが森に? なんだそりゃ?……」


「森と言ってもただの森じゃない。世界の壁を越えて集まった、あらゆる『邪魔じゃま』が凝縮した神聖な『もり』」


「それが――さっき言ってた……たしか『魔杜まもり』だっけ?」


「そう」ユウリは続ける。


ジャコスモールに生まれつつある「魔杜」は、まだ初期の土壌が作られはじめる準備段階であり、一見してほとんど変化は感じられないという。


だが、すでにどこかで芽を出している「魔神木まじんぼく」が成長し開花時期を迎えてしまえば、杜は加速度的に環境の変化を起こす。


それは、通常数百年かかるはずの生態系エコシステムをたった一ヶ月で生み出す。


俺は話の内容を理解しながらもその深刻さを飲み込めず、アホそうな顔で質問した。


「てかやばそうなのは分かったけど……けっきょく『魔杜』が出来るとどーなんの?」


「わからない」


は?


「こっちの世界で何が起こるのか、あたしには予測できない」


え?


「ひとつ言えるとすれば……小さな杜で生まれたあたしは、やがて世界を滅ぼす存在となった」





お読みいただきありがとうございました! この章は六話まで連続しています。このまま読み進めてもらえるとうれしいです!


現在「夏は水着で海にイクイクキャンペーン!女体化ポイント増量中」です♪ 評価やブックマーク、感想やレビュー、リアクションよろしくお願いします♪

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