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第三話「貴女様とアシモフ先生のおかげで『親友に女装カムアウト~デザートに初外出を添えて~』という人生転換イベントが、なんとなくマイルドに済みました!!」

瞬間的大停電を報じたニュースが落ち着くのを見届け、俺は自室に戻った。


ベッドに寝転びながら見上げる天井はいつもと同じ。


メッセージアプリに登録された「特別なグループ」に新しい発言はない。


俺は意を決してメッセージを送る。


『明日のジャコスモール、ユウリも行くって言ってんだけど……(∵`) いい?』――


5秒もしないうちにポコン!という通知音が鳴った。


ド派手なヘルメットのアイコンが「よっしゃー!」というスタンプを送ってくる。


「まじ!?全然きてきて(♥ω♥*) 俺がめっちゃ会いたがってるって伝えて!!!!」


原田マルケスは、ユウリの同伴を歓迎してくれたようだった。


――さらに通知音。


リボンをした白猫のアイコンが「好的ハオダ!」と書かれたアニメスタンプを使った。


「わい、なにげにゆーりさんと会うの久々ー(〃▽〃) 楽しみ!」


喜ぶ宓瑶ミー・ヤオ


俺は素早く返信を打ち込む。


『てか先に言っとくけど、おれ明日女だから』


「イミフ草原」とマルケス。


「どゆことΣ(゜д゜;)」とヤオ。


『社会的に死んだってこと』――ガックリと膝をつくスタンプ。


「やば(*°∀°)=3 またゆーりさんの()()の手伝い?」


『まぁ…そんなとこ……(´;︵;`)』――


ポコポコン♪とリズムを奏でる通知音。部屋に響く心地よい響きが妙に眠気を誘い、俺はいつの間にか意識を手放していた。






メインストリートをまたぐオーバーパスで、ユウリが楽しそうに声を上げた。


「混んでんなぁ〜! この『モブがコチャコチャ乱戦してる感じ』めっちゃブチ上がるよねぇ~?」


「おぉ……うん……?」なんとも言えない返事をする俺。


夏休み中ということもあり、ジャコスモール新金剛店は混み合っていた。


三方を囲むタワーエリアを含めた総延床面積は100万平方メートル。店舗数2000を超えるこのショッピングモールは、ぶっちぎりで国内最大の商業施設だ。


人、人、人。


普段でも土日祝はコミケ状態の人気モールだが、今日はさらに子どもで溢れかえっているようだった。


「ほら! お姉ちゃんたち通るから寄って寄って!」


小学生くらいの子どもを二人連れたパパとママが、道を譲ってくれた。


「あ、ありがと~」少し馴染んだ俺のメス声。


ユウリは後ろから俺を抱きかかえるようにして、人ごみをかき分けて進んでゆく。


待ち合わせは午前10時。


俺は手首を内側に返し、見慣れない小さな文字盤を確認した。


「えーと、これ、9時……45分……か? まだちょっと早いな……」


立ち尽くすには長く、店に入るには短すぎるタイミング。どこか腰を下ろせる場所がないか、俺は辺りをキョロキョロ見回した。


「……おいこらアホいも!」


「ん?」


「あんた今、座って時間つぶそうって考えてたな!」


「え?」


ユウリは声を荒げ、口早に説教を続ける。


「『 女子あたしら 』が待ち合わせの前に何してるか、さっき説明したじゃん!? なんでそんな適当な生き方すんのよ!? 女はどんなときでも、常にベストを尽くす。それは自分と相手に対しての愛情・友情……もしくは罪と罰。今日は友情のほうだけど、つまり今からどこに行くべきか!? 今のあんたなら分かるでしょ?」


「は、はひ……」


俺は天井を見上げ、女子トイレを指すピクトグラムを探した。


――女子トイレ


フェなんとかニズムとなんとかッキズム、ダイバーシティとユニバーシティがせめぎ合う人権の結節点。


Chat PTG(通称:チャッピー)が言うところによると、性別違和症候群を抱えた者が適合手術を受け戸籍変更を済ませていても、外見の良し悪しによってそこが利用できない場合もあるらしい。


……のくせに、外見さえ「パス」していれば身体的男性でも自己責任で利用可能との意見もあるんだよな。


とんでもねー魔窟じゃねーか……。


鮮血のような赤いピクトグラムの前で、俺はもう一度だけユウリに尋ねた。


「ほ……ほんとにいいんだよな、だよね?……もし捕まったらまじで俺……わたし、その場で裸になって死ぬからな……」


「大丈夫、あなたは死なないわ……あたしが守るもの」


やつの優しい眼差しが不安をかきたてる。


うあ゙ぁ〜……やっぱダメそう……死ぬかも。


いや、大丈夫だ。


落ち着け、神谷タキ。


俺のおちんちゃんは昨日から存在していない。それどころか……女性的特徴を如実に表す重要な臓器は、ナカまで完全な女仕様になっている。


あ?


なんだよ!? 風呂で拡げてみたんだよ!! 色々確認しなきゃならんし、そしたら指くらい挿れるだろ!? そもそも自分のだから問題ないはずじゃん!?


そして、個室にて水分を排出した俺は、ユウリに導かれるように隣の部屋に入った。


「わ、なにこの部屋……」


一面に大きな鏡が備え付けられた豪華なパウダールーム。リアル女性たちが、あちこちで自分に強化魔法バフをかけ直している。


空いた席をユウリがおさえる。


手早く髪を整え、少しだけお顔をイジイジ。


「ほら、あんたも」


「だと思った」


こんなこと言っていいのかわからないが――鏡に映る俺は今日も可愛い。


一晩で肩まで伸びた髪をトロワツイストでまとめ、メイクは韓国アイドルに仕上げてある(って言ってた)


クロップド丈で素材感のあるパフ袖オフショルに、無地のフレアショーパン。歩きやすさと可愛さを両立する厚底スニーカー。たくさん荷物の入る大きめリュックで、あえてダサ感を演出(って言ってた)


動きやすく、疲れにくく、試着も買い物もしやすい。


これがティーンのショッピングモールコーデ(って言ってた)


それはいいとして。


「てか……ほんとにこの格好で、今からみんなに会うんだよな……」


「なに? 急に自信なくなった? あんた今日もビジュいいじゃーん?」


「いや、自信っていうか……やっぱこんな……みんな引くんだろうなっていうか……」


なぜか急にメンタルが落ち込み、俺は突然家に帰りたくなる。


ちょっとまって?


え、なにこれなにこれ?

まってまって、なんで急に?


女子メンタル不安定すぎん!?


えぇ……なんだよもう……。


おうち帰りたい……。


ユウリが俺の肩に手をのせ、穏やかな声で語りかけてくる。


「なーに考えてんのよアホ。今日び、()()()()のことで誰もリムったりしないって――」


やつの手が優しく肩を叩く。


「――ふたりとも、親友マヴでしょ?」


姉の姉らしい発言を久々に聞いて、俺は落ち着きを取り戻した。





◇◆◇◆◇◆◇





「え? は? え? まじでお前? は? いや……おかし……どーなっ……えぇ……うそだろ……」


いつもより2ミリくらいオシャレをしたマルケスが、俺を見て言葉を失っている。


「え、やば! ほんとにタキくん? うそでしょ!? まじかわいいっていうか……えてか、写真撮ろーよ!」


ヤオは舐めるように俺の顔を見つめながら、何度も近づいたり遠ざかったりを繰り返していた。


「いいから……も、もういいだろお前ら……ッ////」


自分の後ろに隠れようとする弟(?)妹(?)をみて、ユウリは恍惚の表情を浮かべている。


「そうそう、その感じ……めちゃいい……(ニチャァ)」


ヤオがユウリに尋ねる「あの、聞きたいんですけど……いいですかゆーりさん?」


「どしたの?ヤオちゃん」


「タキくんの今日の()()って……女装……ですよね? なんで今日はこんなことに?」


「ふふふ、それは……」


「ちょッ!」――ユウリが何か言おうとするのを見て、俺は思わずやつの口を抑えようと手を伸ばす。しかし、その手は顔に届くことなく、逆に抱きつくような形になってしまった。


「はいはい、ちょっと待ってー、抱っこは後でね?」


「ちが……ッ……!」


ユウリは俺の頭をぽんぽんとし、ヤオに視線を戻す。


「今日こいつが()()()()じなのは、あたしの研究に必要だったから。あたしが嫌がるタキをねじ伏せ、無理やり女装させたからよ」


「……え……ユウリ……」俺は涙目になりながら、ユウリに感謝の眼差しを向ける。


「あたしが大学で専攻してる学問って、最終的には人間集団の行動を予測する数学的手法を確立しようってものなの。例えば……気体分子運動論において、個々の分子運動は予測できないのは分かる? 分子なんて気まぐれだからね。でもそれを『気体』という集団として捉えたなら、計算によって平均的な運動予測ができるようになるでしょ? そういった類推を基に、あたしたちはこの研究を行っているの」


「お、ぇ?……(ちょっとちょっとちょっと?)……」


「この研究における実験で重要なことがみっつ。ひとつめは、膨大な数の何も知らされていない群衆をサンプルとして利用可能であること。ふたつめは、AIを含まない純粋な人間の集団であること。そして最後のキー……」


「つまりそれが?……」ヤオとマルケスが喉をならす。


「とびきり可愛い、女装した弟――今のタキよ」


「――ッッッッ!?!?」


静寂が、俺たちを喧騒から隔離する。


「……はぇ~……なんかすっごい」口を開け感心するヤオ。


「まじか……さすがアジア最高学府、超東京大学二年生……ユウリさんぱねぇ……俺ももっと頑張らないとな……あと三年もないんだ……なんとかしねぇと……ッ!!」


マルケスは拳をぎゅっと握りしめ、なにか決意めいたものを語った。


アホか。


百科事典で殴られるぞ。アシモフ先生に。


でもセーフ!! よかった!! 耐えた!! 死んでない!!


ありがとうございますユウリ様!! 貴女様とアシモフ先生のおかげで「親友に女装カムアウト~デザートに初外出を添えて~」という人生転換イベントが、なんとなくマイルドに済みました!!


ありがとうございますお姉様!!


これで生きられる!!


そこから俺たち四人は歩き出した。


「え~、今日めっちゃ楽し~! なんか突然親友とか妹が爆誕した感じだ~!」


俺の腕を組み、やたら嬉しそうに肩を寄せてくるヤオ。


「お、お前そんなこと……すんなよ……ッ////」男っぽいメス声で照れる俺。


後ろでユウリと並んで歩くマルケスが、いつもより真面目そうな声色で話すのが聞こえる。


「どこ向かってるんですか、ユウリさん? あの……別に後でいいんすけど……よかったら本屋に寄って、一緒に参考書とか選んでもらいたいなって……俺、超東京大学目指してて……」


マルケスの決意。それをユウリがいなす。


「本屋ね……まー、後で時間あったらね」


「っしゃ! あざっす! じゃまず、どこ行くんすか?」


「とりま今からタキのブラ買いに行く」


あ゙ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


やっぱり俺は死んだ。


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