デウス・エクス・マギア《魔法仕掛けの神》
真犯人からのメッセージを読み終えると、オッさんはこっそり俺の手錠を外し、背後から小声で言った。
「俺の“仕事”はここまで――」
「え……あれだけ……ですか?」
「ああ、そうだ」
「うそでしょ……」
『彗星の聖女』は、実在した一個人ではない。
彗星教主流派の枢機卿ですら、ガチでそう答えるだろう。
真犯人の要求――それは、『おとぎ話が実話だった証拠を出せ!』とでも言うような、もはや悪ふざけのような内容だった。
「こんなつまんねーこと言わせるために、オッさんを……」
「……つまらなくない。俺にとっては、妻と娘の命と同じ価値だ」
俺はニセモノの爆弾……いや、花火ですらない、じゃがいも大の何かを後ろ手に返す。
オッさんはそれを受け取ると、「行け」と言わんばかりに俺の背中を軽くつついた。
小さく足を踏み出すと、サンダルと地面の擦れる音がステージに響く。
即時鎮圧銃を持つ隊員たちの眼光が一瞬で鋭くなり、銃口がぴたりと同じ一点――爆弾テロの実行犯へと向けられた。
まるで遺言のようにつぶやくオッさん。
「彼らの中にも『私のような者』がいるはずだ……」
「それって……」
「私とは『別の仕事』を与えられた者……」
「別の……仕事?」
そのとき、俺はようやく気づいた。
オッさんは――すでに死を覚悟していたのだ。
「それじゃこの後……」
「そうだ。だが……よほど慈悲深い。だろ?」
むしろ、死を望んでいたのだろう。
この国には、もうすでに死刑という“救い”はない。
老人を、大人を、妊婦を、子どもを――何人殺めようが、どれほどの重罪を犯そうが、法のもとで命を奪われることはない。
この国で最も重い罰。それは、死ぬことではなく、生き続け、生かされ続け、その魂が擦り切れるまで罪を償い続けること。
『人を殺す火』――火薬を用いた犯罪は、被害者の有無にかかわらず、自動的にその最重罪へと分類される。
オッさんの指が、もう一度俺の背中を押す。
「さあ……行け」
「ッ……」
頭の中が一気にぐちゃぐちゃになり、足が地面に貼り付いたように動けなくなる。
思わず見上げた先、視界の端、観客席の最上段で小さな動き――
目を向けると。スーツ姿の男性とウォンヒが『何かを発するようなポーズ』を取っていた。
(うそだろ……)
(空気読めよ空気を……)
(このタイミングでなんだよ……)
(てか……能力って、俺には効かなかったんじゃねーの?)
(俺には効かない……?)
(でも他の人には!?)
――!?
気付いたときには、もうウォンヒの能力は放たれていた。
金髪のウィッグと月桂冠が、誰かにそっと撫でられたように揺れる。
「しまっ――」
振り返るよりも早く、オッさんの身体は宙を舞い、そのまま壁面へと叩きつけられた。
「――た!!!!」
犯人に向けられていた銃の引き金が、一斉に引かれる刹那――銃声よりも早く、聞いたことのある声が割り込んできた。
――『無制限転移』
即時鎮圧銃の特徴的な銃撃音が鳴ったかは、分からない。
だが――もし何があったとしても、目の前に立ちはだかった“赤黒い壁”――六本腕の巨人マルケスが、すべてを受け止めてくれたはずだ。
言うまでもなく、彼の肩に七色に輝く瞳を持つ女――元・魔王ユウリが座っていた。
「ユ――」
呼びかけようとするが、彼女は唇に指を当てて首を横に振る。
「……」俺は無言で軽くうなずく。
マルケスは膝をつくと、四本の腕を動かし、気絶したオッさんの身体を器用に抱き上げた。
軍警やメディア関係者、ストリーマーやインフルエンサー、それにウォンヒの所属する“組織”の人間――
中央ステージに集まっていた全員の視線が、突然現れた異形の怪物――マルケスとユウリに注がれていた。
ウォンヒは隣にいるスーツ姿の男に向かって、必死に何かを説明しているようだ。もちろん、ここからでは俺には聞こえない。
スーツ男がうなずいた瞬間、キィン!という甲高い音が鳴り、ステージ全体が“光の立方体”に包まれた。それはマルケスを中心に縮み、三人を一瞬で封じ込めた。
同時に「てェ!」という声が響き、一斉に銃が放たれる。
ギュワン! ギュギュワン! ギュワン! ギュワン! ギュワン! ギュワン! ギュギュギュン! ギュワン!
人間なら一発、熊でも三、四発受ければ卒倒するような即時鎮圧銃が、巨人に向かって十数発も放たれた。
「止めッ!」
部隊長と思しき女が叫ぶと、銃声は止んだ
が――立方体の中にいるマルケスやユウリは、微動だにせず何の反応も示さない。
少し間を開けて、マルケスが「ン?……」と首をかしげる。
――パキン!!!!
光の立方体が粉々に砕け、その破片は地面に落ちることなく宙へと消えた。
静まり返った中央ステージに、能力者の男の声が響く。
「ば、バカなッ!? グレードAの拘束フィールドを!? 」
「せ、先輩ッ!? 声が大きいでス!!」
「どうなってる!? 戦闘用のFAZZスーツでも捕縛可能な出力だぞ!?」
能力者たちの声をまるで無視するかのように、隊長の女がマルケスに呼びかけてくる。
「――侵入者たちに告ぐ!」
その呼びかけが、自分たちを指しているのか確認しようと、マルケスは自分を指さして「?」と首をかしげた。
「他に誰がいるというのだッ!?」
隊長の語気が強くなる。
「君たちが何者かは知らんが、そのローマ人の少女と、腕に抱えている者を今すぐこちらに渡せ!」
その言葉に、マルケスとユウリは同時にこちらを見た。そして、まず気絶しているオッさんを指さし――次に、俺を指さし、再び「?」と首をかしげた。
「ふざけるなッ!? こちらの指示に従わなければ……次は殺傷性武器を使うことになる! 内容を理解していれば、すぐに二人を解放し、手を挙げて後ろに下がれ!」
マルケスはあきれたように口をしかめた。
すると肩にいたユウリが地面へ飛び降り、喉もとに手を添えて、小声で呪文のような言葉をつぶやく。
『……完全強制支配……』
小さく息を吸い込み――告げる。
「どうかみなさま、お聞きください!――」
独裁者の演説を思わせる、妙に人の意識に入り込んでくる響き。その声は折り重なって、反響して、耳から脳へと一気に流れ込んでくる。
まるで、声そのものが自分の思考を侵食していくような、ASMRを思わせる不思議な感覚。
(うわ……またか……)
(ゾワゾワして気持ちわりーんだよなこれ……)
その場にいた全員の顔が、みるみる虚ろな表情に変わっていく。軍警の隊員たちが盾が下ろすのを待って、ユウリは続ける。
「あたしは――通りすがりの一般人!」
「……とぉ……じ……ィ……?」
「名前は、名無しのジェーン・ドゥ!」
「……ァ……じぇ……ゥ……」
人々は次第に言葉を失い生気を失っていく。
ジャコス騒動のときに見たゾンビ作業員――杜畜。そして、シャングリラ沖縄の魔族の村で見た、無表情のキャストや転移者たちと同じように。
軍警察の隊員にメディア関係。ストリーマーやインフルエンサー。“組織”の人間も例外ではなかった。
自我が、なにかに食われてゆく。
彼らにユウリは語りかける。
「先ほど、皆さまが目撃・体験したのは――
『文化祭にテロリストが乱入してきたら!?』という高校生の夢を形にした、軍警察協力による『訓練エキシビション』です!」
「最新技術『ホロマッピング』を利用した、本物さながらの熱と匂い! 実行犯の男も、倒れたMCの生徒も、ローマ人の少女の人質も、あたしたちもすべてが演者! もちろんイベント協力は――あの『シャングリラ沖縄』!」
(いやいや……)
「デウス・エクス・マキナの登場とともに、ショーは終幕となります! 会場のみなさま、出演者のみなさま、誠にありがとうございました!」
(いくらなんでもそれは無理だろ……)
自信満々に語るユウリ。だが、俺の頭の中は懸念が絶えなかった。
一連の出来事はすべてネット配信されており、画面の向こうには数千人――いや、下手をすれば数万人もの“目撃者”がいるのだ。
簡単に誤魔化すようなことはできない。
その考えを読み取ったかのように、ユウリは静かにささやいた。
「あー……大丈夫だから」
「何がだよ?」
「ネットでもテレビでも、配信でもアーカイブでも、んなもん全然カンケーない」
「どーゆー意味だ?」
「あたしの言葉は、脳に『キく』」
「恐すぎるだろ……」
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◇◆◇◆◇◆◇
軍警察の隊員たちは徐々に意識を取り戻し、状況を理解しようとしていた。
だが――そもそも状況もクソもないような状況である。ほとんどの隊員は、何が置きたのか分からないまま隊長の言うことに従うしかなかった。
メディア関係者やストリーマーたちは、本物さながらの『訓練エキシビション』を絶賛し、その興奮を画面の向こうの視聴者に伝えようと必死だ。
一方、ウォンヒをはじめとする“組織”の人間たちは、しばらくその場で立ち尽くしたのち、フラフラとどこかへ歩いていった。
ストレッチャーに固定されたタイミングで、ようやくオッさんは意識を取り戻した。
「だ、大丈夫……ではないですよね!? だいぶ吹っ飛んでたし?」
強く、そして何度もまばたきしながら、オッさんは声を絞り出した。
「ど?……どうなってる? 何が?……起きた?……」
オッさんがウォンヒに吹き飛ばされてから今までの出来事を、この場で説明するのは無理だ。ともかく俺は、オッさんが無事だという事実だけを伝えた。
「……クソっ……なぜだ……なぜ、生きてる!?
「え?……」
「ああ……クソ!? なんてこった!? ……なぜだなぜだ!?」
「ちょっとちょっと……オッさん! なになに!?」
ストレッチャーの上でオッさんが急に暴れ出す。胸や頭に貼られていたセンサーが次々とはがれ、横のモニターがピーピーと警告音を鳴らした。
「……死ぬ!! 死なないと!」
「は?」
「私は死なないといけない! すぐに死なないといけないんだ!」
「ちょちょ!」
「誰か私を! 私を今すぐ殺してくれ!!」
「まってまって、オッさんオッさん!?」
医療スタッフが駆け寄り、オッさんの首元に無針注射器を当てた。プシュ、と小さな音がして、すぐにオッさんの表情がゆるむ。
「……コロ……し……」
そして二秒も経たないうちに彼は再び眠った。
一体なんだったんだ、と頭の中を整理していると、元の姿に戻ったユウリとマルケスがこちらに歩いてきた。
ローマの将軍姿に戻ったマルケスが手を挙げる。
「おぉ、タキ! おつかれー!」
「お、おお! マルケス、もういいのか!?」
「っぱ、腕は二本のほうが楽だわー」
「腕? ……お? ん……んん?」
俺は違和感を抱いた。
いつものマルケスなら、“魔物化?”した直後はしばらく何もできなくなるはずだ。だが、今日はミョーにスッキリとした顔をしている。
そのことを尋ねようとすると、どこからともなくヤオが現れ、にっこりと笑った。
「あ、タキくん! おつー!」
「お……おつー。って……ん?……んんんん?」
いつもどおりのヤオではあるが――なぜか少し色気を漂わせた表情。
事情が掴めず困惑していると、ユウリがヤオに向かって尋ねた。
「で――どうだった?」
「うーん……それがですね……」
眉をひそめながらヤオが答える。
「やっぱりユウリさんの“読み”どおり、あの人『独身』だったみたいで……奥さんや娘さんはおろか、家にはペットの痕跡すらなかったです……」
「やっぱりね……」
二人の話を聞き、俺は思わず目を見開く。
「わいらが知ってるような、“魔法”の痕跡はなかったんですが、なんていうか……」
「原始的で雑な感じの『魔術』の痕跡?」
「あ、そうそう! まさにそれです! レトロ越えてプリミティブ的なやつです!」
ユウリとヤオが何の話をしているのか、まったくついていくことができない……困惑する俺をよそに、マルケスが二人に口を挟む。
「俺らが閉じ込められた“光のキューブ”みたいなやつも、なんかそんな感じでしたね……」
「そうね。まるで……ようやく火を扱いはじめた人類みたいな危うさだった……」
「っすね……」
さすがに意味わからん。
俺は思わず声を上げた。
「え? ちょちょちょちょ……まってまって? ちょっとまって? なにこれ? 一気に話し進めすぎじゃない!? まだ十万文字だよ!?」
「なに言ってるの? ついに『神魔の偽術』――『魔術』が使われはじめ、『彗星の聖女』が公にされた……」
「ええ……なんの話だよ……」
「次は『この物語』を『調律』する、ってことよ?」
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