人を殺す火
「マルケス将軍の妻ユリア」と「爆弾テロ犯」を乗せた電動カートは、校舎全体をぐるりと囲む空中回廊――『リング大屋根』の下をゆっくりと進んでいた。
カートを取り囲む軍警察の特殊部隊は、盾を前に突き出し、フォーメーションを保ったまま着いてきている。
「え!? じゃあ、ヤりたくてヤってんじゃないの!?」
俺がささやくように叫ぶとストラが揺れ、月桂冠に挿していた花が一つ落ちる。同時に、オッさんと繋がれた手錠が――チャリンと小さく音を立てた。
「しッ! 声が大きい! もっと“悲壮感”出さないと怪しまれるぞ……」
「……あッ……すみません……」
ハンドルを握りながら、オッさんは続ける。
「君もやりたくてやってるわけじゃないんだろう? なんていうか……その……『女装』を?……」
「ま、まあ……いろいろ事情があって……」
俺は眉をひそめうなだれる。
結い上げていた金髪が少しほどけ、うなじのあたりに落ちてきた。
『PRESS』の腕章を巻いた人物の持つカメラが一斉にこちらを向き、シャッター音を響かせる。さっきまで肩を並べていた、ストリーマーやインフルエンサーたちの姿もそこに混じっていた。
リングの骨組みには生徒たちがびっしりと腰を下ろし、並び立つ店舗の二階からは一般人がこちらを見下ろしている。
この場にある全ての記録デバイスが、俺たち二人に向けられているような感覚。
(てか勝手に撮んなし……)
(なにひとつ許可してねーんだけど……)
(有名人の気持ちだわ~……どころじゃねーよな……)
そんな状況には目もくれず、オッさんは冷静にカートを走らせた。
「それにしても君は――本当に『男』なのか? 私には『女の子』にしか見えないんだが……」
「男ですよ? 完全完璧に?(悲壮感キープ)」
「ううむ……信じられんな……。娘が君と同じくらいの頃は、ずっとスモウレスリングに夢中で――」
言葉をつまらせて口を閉じるオッさん。
「あ……なんか思い出させちゃってすみません……」
「いや……いいんだ。君のせいじゃない」
「っす……」
「妻と娘が『開放』されるなら――私は、それでいい……」
再び沈黙。
「無事だといいですね。おふたりとも……」
「無事でないなら、こんなバカなことしないさ」
オッさんは俺を見て鼻で笑った。
「ふっ……冷静だな。今の状況で他人の家族を心配できるなんて」
「はは……」
ローマ貴族の女装コスをしている俺が、『因果律ワクチン』の副作用で“実質ノーダメ人生”になってる――というツッコミどころは、ひとまず置いておくとして。
結論から言えば――オッさんは彗星教信者でも原理主義者でもない、ただのおっさんだった。
そしてこの爆弾テロも、本人いわく“強要された”ものだという。
ひと月前――彼の妻と娘が旅行先で姿を消した。
すぐに届け出を出したものの、警察は「事件性は低い」と言って、なかなか動いてくれなかった。夫婦仲がバカ冷えしていたことが理由らしい。
それから二週間前、『犯人』を名乗る相手から連絡があった。妻と娘をこのまま“消す”か、今日ここで“爆弾テロ”を起こすか――選べ、と。
「オッさんが確実に爆弾テロを起こせるのを……“真犯人”は知ってたんですかね?」
「たぶんそうだろう……」
「ですよね?」
「この仕事をしてる人間なんて、国内には50人もいないからな……」
オッさんの職業は――『花火師』。
この国で合法的に火薬を扱える、数少ない人間の一人だった。
真犯人はそれを知ったうえで、彼の妻子を誘拐し、『爆弾テロ』を強要したのだ。
オッさんは前を向いたままポケットをぽんぽんと叩く。
「コレが爆弾か花火かなんて……“画面の向こうにいる人”にとっては関係ない。現実で大変な事件が起こった。という事実だけが必要なんだ……」
「真犯人は『映え』のために、奥さんと娘さんを……」
少し考えるオッさん。
「『メッセージ』を伝えるには、まず“たくさんの人に見てもらう”必要があるからな……」
今の状況は、まさに真犯人の狙った通りの展開だろう。
世界中から集まったメディア関係者。それに加え、拡散を生業とするようなストリーマーやインフルエンサーが、事件の様子を配信している。
つまり――俺も、世界中にこの女装姿を晒している?
「もしかして……ヤバい?」
古代ギリシアの偉人、ピュグ・メイリオンはこう言った。
――「人は、見られるほど気高く、美しくなる」
(俺は今、それを経験している……?)
(じゃあ、めちゃやべーだろ……)
(気高すぎて死ぬぞ!?)
カートは交差点を曲がり、校舎へと向かっていく。
俺は助手席で少し揺れながら『ローマ人質の見る風景』を眺めていた。
――――――――――
「文化祭チャンネル」
現在の接続数:【5,019,373】
――――――――――
◇◆◇◆◇◆◇
リング大屋根を抜け、校舎の外周をまわりはじめたカート。
ほぼ一周しようというところで、オッさんは「ん」と手首に触れ、届いている通知を確認した。
「そろそろだ」
「いよいよ……ですか?……」
「そうだ。真犯人からの――『メッセージ』を伝える」
「……どこで?」
何も言わず、遠くの「中央ステージ」をじっと見るオッさん。
「あのー……素人意見できょーしゅくなんですけど、あそこって危なくないですか? 周囲全部、高い客席だし、リングからも校舎からも丸見えなんですけど?」
「ふぅ……それはいまから犯人と一緒に自爆する人間のセリフじゃないぞ?」
俺には――『ある確信』があった。
その確信を、今から証明する。
俺は月桂冠を整えるように髪を触り、ヘアピンを抜いて口に咥える。
そのまま、オッさんに問いかけた。
「てか、その爆弾ベストって――ニセモノ。ですよね?」
「え、な、何を……」
オッさんは思わずジャケットの襟をピンと伸ばした。
中の分厚いベストには、粘土ブロックのようなものが貼り付けられ、フィルム基板やコードがあちこちに露出している。
まるで古い映画に出てくる『爆弾ベスト』そのものだ。
でも――多分、違う。
俺の読みが正しければ、ベストもジャケットのポケットに入っている『花火』もニセモノ。
「ポケットのも……ですよね?」
「き……君は……」
それ以上何も言わず、オッさんは前を見続けた。
「……なぜ、そう思うんだ?」
「わたし、見たことあるんですよ『本物』を」
「本物?」
「そ。『本物の花火』です。シャングリラ沖縄で」
「ああ……あそこか」
俺は思い出すかのように空を見上げた。
「あれは『人を殺す火』じゃなかった」
◇◆◇◆◇◆◇
カートは再びリング大屋根の下くぐり、中央ステージへと戻ってきた。
オッさんは俺に『花火』を押しつけ、まるで盾を構えるローマ兵のように後ずさりしながらステージに上がっていく。
「メディア関係者やストリーマー、インフルエンサーを入れ、マイクを用意しろ」――運営と軍警にそう伝えていたとおり、準備は整っていた。
ステージから見える風景は――壮観だった。
(こんなときだけど……)
(ステージに立つとこう見えるんだ……)
(興味なかったけど、気持ちいいもんだな……)
最前列のポディウム席とステージ下には、銃と盾を構えた軍警察の隊員が並び、まるで壁のように視界を遮っている。
その後ろ、段差の広い下段から中段には、盾越しにカメラやスマホを構えた集団。
そして最上段には、狙撃銃を構えた黒ずくめの男の姿。
観客席の端には、ウォンヒやスーツ姿の男女――『組織』らしき面々も紛れていた。
(ちゃっかりウォンヒまで……)
(スーツ着てるのが『能力者』……だよな?)
(なんか『能力』使って軍警の手助けでもすんのかな?)
オッさんは手首をなぞるようにして通知を再確認すると、ゆっくりと深く息を吸った。
そして、俺にささやく。
「爆弾ベストも、手に持っている花火も、ニセモノだ」
「……」
「君は死なない」
俺は何も答えず客席を見つめている。
「『メッセージ』を読み終えたところで、君の手錠を外す」
「……」
「それが私の――『最期』の仕事だ」
オッさんはマイクを口に近づけると、もう一度大きく深呼吸した。
――「我々、『彗星教原理主義者・ヴァビニーク派』が訴えたいことは、ただ一つッ!!!!」
――「この国や、各国政府が、長年にわたり隠匿・幽閉している、『彗星の聖女』ッ!!!!」
――「彼女たちの、存在と居場所を、あきらかにすることッ!!!!」
――「我々の要求は、これ一つであるッ!!!!」
――――――――――
「文化祭チャンネル」
現在の接続数:【10,000,005】
――――――――――




