定番のテロリストパート
俺は神谷タキ。
女性用衣類を着用(女装)すると「男→女」に性転換してしまう16歳の男子高校生だ。
きっかけは始業式の日に届いた女装コスプレ一式(ウィッグ、下着込み)
だが……両親が未来人、姉が元・魔王だったことも重なり、そこから俺の生活は大きく変わった。
姉バレ、家族友人カム。女装ショッピングに露出散歩。女装旅行中にはビーチでキモ男にナンパされてしまった。
そしてやってきた――「女の子の日」
「女」の偉大さと大変さを知りつつも、沼に堕ちていく危機感を感じた俺は女装を卒業(封印?一時停止?)した。
はずだったが――文化祭前のトラブルで再び女性化してしまう……oh
久しぶりの「女モード」の気分はどうかって?
……
悪く……ない。
わかる?
これが女装の怖いところなんだよ?
文化祭三日目――
夏をまだ引きずったような気温。ゆるく傾いた昼前の太陽が客席を照らしている。
この日は、俺たち『古代ローマ人』にはピッタリの暖かさだった。
コロッセオを思い起こさせる中央ステージ。
すり鉢状の観客席、その最下段・最前列に用意されたポディウム席には、世界中から集まったコスプレ系ストリーマーやインフルエンサー、そしてメディア関係者が肩を並べていた。
そのひとつにマルケスはどかっと座る。
「てか……通気性悪すぎんだろ……この鎧……」
“ローマの黄金剣”――『マルケス・クリューサーオール・マルケッルス』に扮した原田マルケスは、真紅のマントを背中に流し、金色に輝く胸甲をカパカパと鳴らした。
「従者」が隣の席に花びらを撒く、小さな花園を作る(謎儀式)
その上に将軍の妻――『ムーヴイ・アウグスタの娘ユリア』がそっと腰を下ろす。
「こっちはスカスカでやべーわ……」
美しく結い上げられた金髪のウィッグは、まるで神話の女神。銀色の月桂冠と散りばめられた花々が、光を受けて煌めく。
淡い青色の薄手のストラが軽やかに揺れ、そのたびに“俺の”C65の横胸がちらりと存在を主張する。
さいわい、インナーとして仕込んである最新型のスキンキャミは超有能だった。それは本物と見分けがつかないほどの自然さで、俺の胸横胸を盗撮から守ってくれている。
(本物の肌と見分けつかない……)
(てことは本物とかわんねーってことじゃね?)
(つまり俺はノーブラ横乳見せまくりの痴女ムーブしてるってことだよな……)
脇をきゅっと締め、ステージを見つめていると、さっきの従者が身を寄せてきた。
(ちょっと二人とも!? ちゃんとしてくんない!? もっと「ローマ人ぽく」振る舞って!?)
「いや無理言うなし……てかそれなら演劇学科のヤツとかに頼めよ……」
傘を持つもう一人が続ける。
(カメラ回ってるんだから、変なこと喋んないで!? ウチのチャンネルだけでも今300人くらい観てんだからね!?)
「300て……こんなもん誰が観てんだよ……てか俺、許可してねーんだけど……」
マルケスは「ン゙っ……ン゙ン゙……」と咳払いをして、パキ顔でこちらを向いた。
「ユリア、暑くはないか?」
低い声でささやく将軍。
声は大きくない。だが周囲のざわめきを制するような力強い響きがあった。
(こいつ……)
(一瞬で“役”に“憑依”やがった!?)
(てかシャングリラ行って以来、やたらこういうの上手くなってね?)
俺も負けじとユリアになりきる。
「ええ……大丈夫ですよ、あなた。風があるぶん、かえって気持ちいいくらいだわ(棒読み)」
つまりこういうこと――
俺とマルケスは『古代ローマ人夫婦』のコスプレをして校内のあちこちを回り、クラスの『ローマ美術カフェ』を宣伝する――という重責を負っていた。
すべての道がローマへと通じるように、すべてのルートは女装に繋がっていたのだ。
(結局こうなったけど……)
(思ったより全然……悪く……ないんだよな)
(あー、ほんとやばい)
(やばいのはわかってんだけど……)
(もうちょい続きけそうだな……)
(女装……)
やや暑い秋の昼前。
これから始まる「コスプレワールドカップ」の幕開けを観客全員が待ち望んでいた。
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「文化祭チャンネル(公式)」
視聴者数:【5,201】人
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◇◆◇◆◇◆◇
――「ついにファイナルに進むレイヤーが全員揃いました〜! ここまでのパフォーマンスをご覧になっていかがですか『hikari』さん?」
MC役の女子生徒が、ポディウム席に向かって質問を投げかける。
――「阿拉到面进决赛个角色扮演者都到齐啦〜! 侬看勒刚才个表演,觉得点样啦,‘hikari’桑?」
もう一人のMCである男子生徒は、ほぼリアルタイムでそれを翻訳して伝えた。
世界的つよつよ女性コスプレイヤーがアツい想いを語っていると、突然、彼女の声が途切れた。
「あれっ!? なんでしょう〜……すこしお待ちください?」とイヤーピースの指示に耳を傾け、MC二人はうんうんとうなずく。すると、裏側でトラブルでもあったのか、男子生徒は急にしどろもどろに。
「えー……すみません。今ちょっとですね……んんっ? これは、えーと……すこしお待ちください……」
一方、女子生徒は冷静にその場を乗り切ろうとする。
「申し訳ありませんみなさま! 機材トラブルが起こったようで、少し調整にお時間を頂戴いたします! ではここで少し休憩を……」
その瞬間――俺たちのいる最前列の一番端から、誰かが飛び出した。
その人物はステージをひょいとよじ登ると、中央に向かってずかずかと進んでいく。
「え、ちょ、ちょっと!? 勝手に登ってこないでくださいね!?」
「不審な男」に駆け寄っていく男子生徒。
男は手に持っていた銃を男子生徒に向け、引き金を引く。
(ギュワンッ!)――
男子生徒は一瞬だけ「ん?」という表情をして、すぐその場に崩れ落ちた。
なにが起こったのか分からず、その場に立ち尽くす女子生徒。
(ギュワンッ!)――
彼女もすぐ後を追った。
ステージに上がろうとした警備スタッフを男は容赦なく射抜いていく。
男が持つ武器は、軍警も使用する身体を一時的に麻痺させる非殺傷武器――『即時鎮圧銃』だった。
それに気付いた瞬間、目の前で起きている光景が異常事態だと、ようやく俺は理解した。
「え……てかこれやばくね……」
腰を浮かせるマルケス。
「それな? みんな、逃げる準備しとけ?」
不審な男はゆっくりとマイクを拾い上げ、ざわめき観客席を見渡した。
「ええ……あれって……『あれ』じゃん……」
男は特徴的な格好をしていた。
髪には水色のメッシュハイライトが入った、灰色のチェック柄ジャケット――間違いなく『彗星教原理主義者』が好んで着る配色法則だ。
(トントン)――マイクを叩く音。
軽く息を吸い込み、語り出す。
――「爆弾を持っている」
しんと静まり返る客席。
――「火薬の。本物だ」
不思議と説得力のある声。
――「中央ステージの吹き飛ばせる量だ」
男は自分のジャケットを広げ、中に着ている“分厚いベスト”を観客に見せつけた。
そしてーケットから小さなじゃがいも|大の『何か』を二つ取り出すと、ステージ後方にある壁面モニターに向かって転がした。
――「これは、デモンストレーションだ」
ドン!!!! ドォン!!!!
まぶしい閃光とともに、耳をつんざくような爆発音が鳴り、あたり一面が灰色の煙に包まれる。
キーンという残響音。
漂ってくる「あの香り」
(これは……)
独特の煙っぽい匂い、甘く乾いた煙の香り。
鼻腔を通った微粒子が記憶を呼び覚ます。
生ぬるい煙が肌にまとわりつき、脳裏に「花火」の文字がよぎる。
(これが……「爆弾」?)
(ほとんど「花火」と変わらない?……)
(「人を殺す火」ってくらいだから、もっとなんていうか……)
ふと妙なことを考えたおかげか、俺はすぐ冷静になり、周囲を見渡すことができた。
(みんなラグってる!?)
(すぐ逃げないと!?)
(ガチだぞ!?)
「て……テロリストよ!?!?!?!?」
誰かの叫び声をきっかけに悲鳴が上がり、観客たちは一斉に逃げ出す。
「キャァァァァ!」
「上がれ上がれ!? ヤバいヤバい!?」
「こ、これがガチなの!? どーなってんだ!?」
「知らないけど、とにかく逃げんだよ! いけいけいけいけ!」
最前列に座っていた俺たちは、今度は最後尾となってポディウム席を出ようとしていた。
その時、男が叫んだ。
――「そこのローマ人! 止まれ!」
(ローマ人?)
(はて……誰のことかしら?)
(マルケスは掘り深いけど……俺は違う……よな?)
――「お前だ、貴族の女」
(ローマ人の貴族の女なんて、他にたくさん……)
(ここにはいねーんだワ……)
(俺だけじゃん……)
恐る恐るふり返ると男と目が合った。
(コクン)
男は無言でうなずき、そばに倒れているMC二人を指さす。
――「さっきの爆弾を、今からここに置く」
(ええ……なんだよそれ)
――「それが嫌なら、一緒に来てもらおう」
(嫌にきまってんじゃん?)
――「5秒以内に選べ」
(ぴぇ)
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「文化祭チャンネル」
現在の接続数:【970,994】
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