家族全員バレ
あれから何時間が経っただろう――
俺は心を完全に殺し、恋をしない着せ替え人形の役目を全うしていた。
二度目の下着チェンジを終えると、ベッドの上に新しいコーデが置かれる。
「じゃ、次これね?」
「……はい、お姉様……」
どこかの”少佐”を思わせる超ハイレグボディスーツに、シンプルなクロップ丈のTシャツ。プラス、ミニスカート。
これって男脳的に考えると「私はエロに自信あります」ってアピってるような服だよね?
(うーわ、クロッチ細)
(てかフロントもこの幅だと「ついてる人」は着れないですよね?)
(これ作った企業は今の“オールジェンダー時代”をどう考えてるんですか?)
でもラッキーなことに今の俺は完全に女性化しており、その心配は不要だ。
覚悟完了。
ユウリが手を叩いてよろこぶ。
「いいじゃーん! 似合う似合う!」
「……はい、お姉様……」
そういえば――無くなってしまった「おちんちゃん」は、しばらくしたらまた生えてくるのだろうか?
身体に感じる「お胸っぽいもの」「お生殖器っぽいもの」を感じながら、ぼーっとしていると母の声が聞こえた。
「ユウリ~、タキ~! ごはんよ~」
ユウリ(だった青年)は、「あーあ……」と残念そうな表情を見せた。
「時間切れかぁ……ざぁ~んねん」
「……はい、お姉様……(助かった! 母さんあざすゥ!)」
ハンガーに掛けられた制服を手に伸ばすと、ユウリが腕を掴む。
「いや、なにしてんの?」
「……はい、お姉様……着替えを……」
そこでユウリが、壁を――ドーン!!!!
俺は壁際に追い詰められ、そのまま身体を押し付けられる!
片手で持ち上げられた顎に唇が近づいてくる。
「……お、お姉様……」
唇は重なることなく……耳元に近づいていった。
「これで終わりと思う? 思ってない……だろ?」
「……は、はい……お姉様……」
壁ドンからの――シッキュン!?
存在しないはずの子宮が疼く!
あるいは前立腺がゴリッ!
溢れ出るオスメス脳汁。
お汁で満たされた身体が、女装沼を越えて「女装湖」を生み出す(イミフ)
沈みゆく意識の中で、再び母の声が耳に届いた。
「ユウリ~、タキ~! ごはん~!」
◇◆◇◆◇◆◇
リビングに漂う重苦しい空気……。
テーブルを挟み、両親と向かい合うように座る姉弟。
誰もが口を閉ざし、沈黙の中に言葉を探している。
父や母は想像していただろうか?
いつか息子が「娘」となることを。
しびれを切らした父が顔を上げた。
「やっぱり……父さんは受け入れられない」
バン!――机を叩く母。
「あなた……どうしてそんなこと言うの!? みんな……みんな大切な『家族』なのよ!」
「すまない……」
父は首を横に振り、箸を置いた。
「やめて……そんな言い方……」
母は声を震わせ、肩を落とす。
黙々と食事を続けていたユウリが手を止めてつぶやく。
「……あたしはパパに賛成」
グラスの氷が――カラン。
その場で崩れ落ちそうになる母。それでもユウリは続ける。
「……やっぱ、たこ焼き・お好み焼き・ごはん・みそ汁って、組み合わせ的にヤバい。一生主食ってつらいよ……」
ユウリは俺を見て尋ねる。
「ね? あんたはどう思う?」
「え? ええと……」
ミニスカートの裾を握りしめ、脚を閉じると、いつもより太ももが密着しているのを感じた。
リビングに女装した息子(のような少女)が現れても、両親は何も言わなかった。
それは、“そのような生き方”を切望する人にとっては、最高の状況かもしれないが、そうでない人には最恐の状況。
残念ながら、俺は後者だ。
フツーに男のままでいいです。
結局いつも通りに夕食が始まり、なんやかんやあって、たこ焼きお好み焼きの話題に至る。
眉間にシワを寄せ、ユウリが顔を近づけてくる。
「――ねぇ~~~~、聞いてる? あんたはどう思うの?」
「そうだな。父さんはタキの意見も聞きたい」
「ママも気になるわ?」
三人の視線が突き刺さる。
「いや、俺は別に……」
「俺ッ!?」――
全員が食卓から身を乗り出した。
(あーはいはい、わかったわかった)
(さっき言われたやつね?)
(はいはい。やりますよ)
「俺」はうつむきがちに口を開く。
「う、『うち』は……べつにそこまで気にならないかな?」
うつむいた顔を上げると、三人は難しい顔をしていた。
「……うーん、これは『ない』かな? ……ママはどう思う?」
ユウリは首をかしげて言った。
「そうねぇ。やっぱりこれは系統が違うわね」眉をひそめる母。
「うんうん」と父。
三人は示し合わせたように深くうなずき、椅子に座りなおす。
ユウリが軽く手をたたき、祝うように告げた。
「おめでとー! これからあんたの一人称は『わたし』に決まりました! パチパチパチー!」
――パチパチパチ
この瞬間、俺は俺でなくなった。
(タキちゃーん? はーい!)
(なにが好きー?)
(チョコミントよりも、たっこやき!)
俺はたこ焼きをぽいと口にいれ、はふはふ言いながら食べる。
「わ、わたしは別にどっちでも……(はふはふ)……」
(これでいいんだろ、これで!?)
(おお!? 文句あっか!?)
ユウリはお茶で、父と母はグラスに入っていたワインで、それぞれが祝杯を上げた(何のだよ)
幸せな(?)時間は――つづく。
「ところでブラどう? きつくない?」
「――ぶフッ!?」
「明日にでも買いに行かないとね?」
「べ、別に……大丈夫……だし」
食卓で姉妹が何を話すかは知らないが、たぶんブラがどうこうとかもあるはず。
それはごく自然なことで、両親がいようがいまいが、妹が男か女かなんて関係ない?
ユウリは容赦なく話を続ける。
「ネットで買うなよ? フツーに失敗するからね? ファーストブラはちゃんとしたお店で測ったほうがいいよ」
「へ、へぇ……」
「たぶんC65だよ」
「ほ、ほーん……」
「(色々選べて)ラッキーじゃん?」
ラッキーの意味がわからないが、俺はとりあえず「そ、そう……」と返事をした。
今、俺の「ちいさなお胸」を持ち上げているのは、ラベンダーカラーのレーシーコードブラ。同素材の小さめフルバックショーツは、キツくもなくユルくもなく、「つるんとした下半身」にジャストフィット。
どちらもユウリが高校時代に買い、デッドストックになっていたものだ。
「ちいさなお胸」と「つるんとした下半身」
この響きである!
あいかわらず――身体は女のまま。
おちんちゃんは戻ってきていない。
(おいおい……)
「葛藤」も「覚悟」も全部すっ飛ばしていきなり女体化するって……フツーに日常生活が崩壊するレベルだぞ?
(明日からどーしよ……)
(来週には戻ってるよな……)
(さすがに来月まで続くってことはないよな?)
こういうのはフツー、数年かけて「移行期間」を設けたり……グラデーションしていったりするんじゃないのだろうか?
(お湯かぶったら元に戻るかな?)
(神社で霊的なロリ娘にお願いすべきか?)
愛しさと切なさと女性用衣類をまといながら、俺は今後の身のふり方を考えていた。
食後のフルーツが出てくると、何かを思いついたかのようにユウリが声をあげた。
「あ、パパ?」
「どうした、ユウリ?」と父。
「タキさぁ――身体も女の子になってんだけど?」
ザクロを吹き出しそうになる俺。
父は冷静に答える。
「ふん……そうか」
(いや、軽ゥーーー!?)
(反応軽すぎない!?)
(てかまだ心は女になってねーから!)
なってない……はず?
(いや、え……なっちゃうの?)
母が割り込んでくる。
「たぶん今なら……一日か二日すれば戻ると思うわ。統計的には……“女装した2.5倍以上の時間を男装で過ごして、ちょっとひと眠りする(最初のノンレム睡眠)”――で身体が元が変質するの。でもタキは“初めて”だから、もう少し時間がかかるかもしれないわね。はじめは痛みをともなうことも多いんだけど、そうじゃなくて安心したわ。あと“Fスコア”にはくれぐれも注意してね?80超えると……まぁ、知らんけど」
(いや、詳しィーーーー!?)
(それ絶対なんか知ってる口ぶり!)
(あと母さんの「知らんけど」って、久々に聞いた!! やっぱ本場の人はスムーズやん!?)
ユウリは椅子にもたれかかり、気だるげに言った。
「……だってさー、どうするー?」
「どうするって……着替えて元に戻るなら……さっさと男に戻ったほうがいいんじゃないかって――」
「いやそーじゃなくてさー? ……明日さー、みんなとジャコスモール行くんでしょ?」
「あ……そか……」
ここまでに三話を消費してしまったが、明日はヤオとマルケスと出かける予定が入っている!
――「ジャコスモール中央駅に午前10時集合にしようぜ!」
俺はようやくそのことを思い出すと、焦りを感じた。
「ママが言ってたとおりなら、今から着替えても間に合わなくね? どーすんの?」
「そ、それは……なんかうまいこと誤魔化す感じで……」
「Tシャツ着ていくの? ノーブラで? アホ?」
「そ、それは……」
母の言う「着用時間の2.5倍云々」がそのとおりなら、今から着替ても間に合わない!
ワンチャン着替えて寝るとしても、朝起きて戻っていないのなら、結局女装したまま行くしかない!
つまり――積みだ。
「じゃ、どうすんだよ……」
「ふふふ、それは――」
ユウリが何か言いかけたところで、父が片手をあげた。
「あ、父さんと母さんからも報告が――」
「はいパパママ、どうぞ」
父と母は深刻な表情をみせる。
「父さんと母さんな……実は未来人なんだ」
「ずっと黙っててごめんなさい……」
どこから取り出したのか、母の手には「歪な立方体」が握られていた。
「とりあえず、宇宙で説明するわ……」
ヴン……




