価値観アップデート!
俺は神谷タキ。
女性用衣類を着用(女装)すると「男→女」に性転換してしまう16歳の男子高校生だ。
ネットで注文した女装コスプレ一式が届いたその日に姉バレ・家族カムアウト。翌日には初外出と友人へのカムアウト、ショッピング、全裸露出を経験。
沖縄では一週間の女装旅行を楽しみ人生初の「女の子の日」でメンタル崩壊。
猫も飼いはじめた。
とまぁ……いろいろなことが起こった夏休みだったが
「期限」が近づいている。
そう。終わるのだ――夏休みが。
「休み明けに女になってたヤツ」という選択肢を残しつつ、男に戻ることを決めた俺は「女装絶ち」を決意。
買っただけで着ていない水着やワンピ、SNSで流行しつつある新作ダンスなど、いくつもの誘惑に何度も負けそうになること約三週間。
そして迎えた、始業式の朝――
――(ビキッ!? ビキビキッ!? ビキビキビキィィィィ!)
ボクサーパンツに感じる突っ張り棒。
「……うん!?」
無意識にズボンの中に手を入れる。
――(ビキッ!? ビキキッ!?)
懐かしい感触。
いつもは柔らかいのに、興奮すると硬くなるもの。
いつもは鈍感なのに、興奮すると敏感になるもの。
なあんだ?
勢いよく身体を起こしパンツの中を見る。
「ある……」
(おちんちゃんが……ある!?!?)
(まってまってウソだろ!?)
(間に合った?)
(やぇぇぇぇたぁぁぁぁ、やったぜぇぇぇぇ!!!!
えああああああああ!!!! )
ガチ歓喜。
――俺の身体は元に戻っていた。
ベッドから飛び出し、顔を洗うより、歯を磨くより早く、制服のジャケットに腕を通す。
(服が固ェ!)
(ジャケットが重ェ!)
(ボタン逆ゥ!)
「“待”ってたぜェ!! この“瞬間”をよぉ!! (ギャギャギャリギャリ)」
未来から来た予言猫「エラクル」の力を借り、長かった髪は先日ばっさりカットした。
すべての歯車が、噛みあった。
今日から「俺の」二学期がはじまる――
クローゼットの扉にかけてあった、女子用の制服ジャケットが虚しくゆれた。
◇◆◇◆◇◆◇
始業式典が終わり、一斉に教室に戻る生徒たち。
休日のジャコスモールほどではないが、廊下は人であふれかえっている。
高校一年生にとって、夏休みはただの「長い休日」ではない。新たな扉を開くための「移行期間」なのだ。
軽く息を吸い込むと、俺は教室の扉に手をかけた。
――カラララッ
ズン!と目の前に立ちふさがる友人。
「おっす、オラ黒豆。いっちょ食ってみっか?」
芸人志望のそいつは、元の肌色をさらに濃くタンニングさせ、イタリアンローストのコーヒー豆のような色になっていた。
「お、おう……」
真面目にツッコミを考えていると、彼はもう一度同じことをくり返す。
「オラ、コーヒー豆」
(いや、ハードルを下げんなよ)
(自身持って黒豆でいけよ)
(肉体芸なんだからさぁ)
そう思うと最初のセリフが可笑しく感じる。
俺は思わず「ンブッ」と吹きだす。
「よし、通れ――」
黒豆は満足そうな顔をして道を開け、再び扉の前に立ちふさがった。
「タキっちおはよー!」
妙に高いテンション。
「てか始業式の日と、まったく変わってなくてヤバwww」
高学年男子から妙に人気のあったメガネの学級委員長は、イメチェンして甘辛ミックス系になっていた。
「変わりすぎだろw」と答えると、横から誰かが顔を見せた。
小柄な清純派ガーリー少女。
(えー……誰だっけ?)
「てか……おれこんな感じ、わたしたちそんな感じ……よ、よろー……イェア」
(え、すまん、誰?)
彼女が本当に誰か思い出せず困惑していると、ギャル委員長が先に口を開いた。
「あ、うち、『ショート・ボス』と付き合ったんだ」と紹介されたのは、ずっとラップ一筋だった小柄なヤンキー男。
妖精たちが、夏を、胸を、刺激する。
魅惑のマーメイド。
夏は人を変える。
人は夏に変わる。
だが――変わらないものもある。
俺はこの日のために、めちゃめちゃ忠実に「終業式当日」を再現していた。
「おー、ヤオ、マルケス! 昨日ぶりー」
目を丸くして固まる二人。
「え……」
「誰……」
硬直がとけ、すぐ気がつくヤオ。
「――あ、あぁー! タキくんかぁ!? やば! お、おはよー!」
少し遅れてマルケス。
「……お、ああ! そっか……タキか! タキだよな!? そっか、タキだよ! おはー!」
(えちょっと待って?)
(なんでそんな変な“間”?)
(俺、なんも変わってなくね?)
たしかにその気持ちはわかる。
夏休み開けで、メガネ少女がギャルになってたらビビるし。ヤンキーラッパーがガーリー少女になってたらバグる。
今年の夏はいつも以上に“いつメン”で過ごす時間が多かったが、俺はその時間のほとんどを女装して過ごした。
しかし、メインはあくまでこっち。
嘘ではない――
かといって100パー本心だとも言い切れない感覚。
緊張を感じた自律神経が汗腺を刺激する。
「てか教室暑くね?」
ジャケットを脱ぎTシャツ姿になると、久しぶりに「開放感」を感じた。
「ノーブラ」の感覚。
ブラを着けることによって得た「舞い上がるような拘束感」と引き換えに得た「物足りない開放感」
人生の「潤い」とは、なんなのだろう?
Tシャツ姿の俺を見て、ヤオが残念そうに言った。
「わいは『逆の』タキくんも大好きなのに……」
「お、お……そっか……あんがとな」
複雑な感情。
それより、「も」とはどういうことなのか?
(それって――普段の俺「も」ってことで捉えていいの!?)
(おいおいヤオ)
(ドキドキさせんなよ……)
(この夏言えなかったことを……近々言っちゃうぞ!?)
(いいんだな!? お!?)
ヤオはスカートをパタパタさせながら上目遣いをする。
「え、てか明日は女子制服で来ようよぉ~!」
「はいはい……来ない来ない。あれは夏限定……」
「いいじゃんいいじゃん~!」
「ダメでーす」
心がゆらぐ。
実際のところ――ダメではない。
制服など好きにすればいい。
校則では、ぜんぜんOK。
俺たちが通う学校は、かなり自由なのだ。
幼少中高大のエスカレータ方式でありながら、編入転入出戻りはいつでもウェルカム。
高等部に通う生徒の年齢は十五歳から八十歳までと幅広く、性別や人種も多種多様。
制服は、ジャケット・スラックス・スカート・ベスト、キュロットが男女別で用意されており、どれを組み合わせても自由。
シャツ、髪型、アクセサリー……タトゥーさえも自由だ。
ただし、校則にはこう記載されている。
第一条――「自由には責任が伴う」
この学校で普通を定義するのは難しい。その中で俺は、限りなく「フツー」の生徒だった。
ビジュは中の下(個人評価)
幼稚園からずっと内部進学なので、中高校“デビュー”はなし。
学力は中の上。外部の超難関大学を受験できるほどではない。
友人・知人は多いが、ガチの親友と呼べるのはマルケスとヤオの二人くらい。
告白は2回ほどされたが、誰とも付き合ったことはない――もち童貞。
(な、フツーだろ?)
(人生なんてフツーでいいんだよ)
――という想いを359度変えたのが「性転換体質」だ。
「フツー」という価値観がゆらいでいる。
鏡に映った自分を「カワイイ」と思う感覚。
メイクやファッションを「楽しい・嬉しい」と思う感覚。
「女同士」、「姉妹」という関係。
ナンパの「恐怖」、女性の「偉大さ」
普通とはなにか? 妙な感情が頭をよぎる。
(――価値観アップデート! フツーに女装続けていいんじゃね?)
(そうなんだよ)
(――女装しても身体は元に戻るんだろ? ゼロリスクじゃん? ゆーて「ファッション」として楽しめばいいんじゃね?)
(そうなんだよ)
(そうなんだけど……俺って別に性別違和とかで悩んでないじゃん? なんか申し訳ないじゃん、ガチの人に?)
(――なんで?)
(そうなんだよ)
俺にとっての「フツー」は自由に生きることなのか。
わたしにとっての自由は「フツー」なのか。
自由に生きる選択をするのであれば、その生き方に責任を持たなければならない。
(ヴェ……なんかワケわかんなくなってきた。)
なんかおうち帰りたくなってきた……(女子メンタル)




