沖縄旅行3、4、5、6、7日目
それぞれが滞在するヴィラのちょうど中間あたりで馬車を停めてもらい、俺たちはいつものように解散した。
「じゃ、また明日テキトーになー!」
「うぃー、テキトなー!」マルケスが手を上げサムズアップ。
「り~、また明日ねぇ~!」ヤオは赤ちゃんのバイバイのように手をひらひらとさせた。
ん?
この会話、デジャブか?
いやちがう――「いつも通りの挨拶」だ。
家族旅行なのに、結局地元で遊んでいるのと大して変わらない感覚。
つまり、今日もいい一日だったってことだけど……さすがにもう少し「家族サービス」すべき?
でも俺も高校生だしなぁ。
子供たちの帰りが遅くなることを知った両親は、すこし離れたところにある温泉エリアに出かけたようだった。
旅行先でも二人で行動する父母。
残された子供たち。
家族サービスとは?
てか今さらシャワー浴びてメイク落として、もっかいメイクして着替えて、ホテルまで行って飯食うの?
フツーにダルくね? もう残HPなくね? 弁当屋で買った土方弁当とコーラでいいんだけど?
もうルームサービスでよくね?
ということで――俺とユウリはヴィラで食事を取ることに決めた。
リビングのソファに腰を降ろすと、全身の力が抜けていく。
重力に身を任せ、沈み込む身体。
腹減った……。
「食事ってすぐ来んの? てかシェフが来るってどゆこと?」
「や、先に動物病院の人が来るんだって」
「あ、そっか。クーさんね……(小声)」
未来から来た「預言猫エラクル」ことクーさん。
馬車でホテルに帰る道中――俺は近栄さんに、保護した猫を自宅に連れて帰りたいという旨を伝えた。
彼はすぐに各所に連絡を取り、野良猫(?)の保護にはいくつかの手順があることを教えてくれた。
・迷子猫の確認(警察、インターネット、ポスター等)
・動物病院での検査(必要であれば病気の治療や手術、ワクチン摂取など)
・警察への届け出(マイクロチップなしの場合)
「チェックアウトまでにお迎えできるよう手配いたします。どうしても間に合わなかった場合は、私がご自宅までお連れいたしますので、どうぞご安心ください」
ひとまずヴィラに連れ帰り、その中の探索を終えたクーさんがリビングに戻ってくる。
ユウリは柔らか声色で「ちょっとあんた、こっちきて。なでたげるから」と手招きしてみせた。
「結構よ」
そりゃそうだ。
「は? じゃあそこから動かないで」
「嫌よ」
クーさんはフンと向き直り、尻尾をパタパタとさせながら俺に近づいてくる。
そして膝の上にぴょんと飛び乗ると、箱のように座り リラックスしはじめた。
「だる……」とつぶやくユウリ。
「もういい。二人とも動かないでよ……」
手のひらをこちらに向け、指で「印」のようなものを結ぶ。
――「猫言葉」
俺とクーさん。
二人の周りに現れる光の輪。
それは一瞬で縮むと、首輪のようにな形を変えて消えた。
もちろん身体に変化はない。
「これ、なんの魔法だよ?」
「あ、やっぱあんたには効かないんだ」
「だから何の――」
因果律ワクチン副作用で性転換体質になった俺は、ほとんどの魔法を無効化してしまう。
デメリットも多いが、メリットのほうが多かったと自分では思っている。
それは――魔法で好き勝手されないこと。
クーさんが生意気そうな目でユウリを見つめる。
「にゃぁーん。にゃぁぁぁぁ……にゃ……みッ!? ミッミッミミミミ!?」
「ああ……そゆことね」
猫語しか話せなくなってしまったクーさんは散々暴れた後、魔法で捕らえられ、無事に動物病院へと搬送された。
◇◆◇◆◇◆◇
目が覚めると、信じられないことに、まだ沖縄旅行3日目だった。
今回の沖縄旅行は一週間の予定だ。
つまり、あと4日も残っているということ。
「巻き」でいこう、巻きで。
――3日目
俺の水着が一着しかないことを問題視したユウリとヤオの提案により、朝から“いつメン”で水着を買いに行くことに。
シンプルな花柄バンドゥビキニ、チュールフリル付きの黒のオフショルビキニ、白いシアー素材のワンピース一体型水着、ギンガムチェックのドロストワンピース水着を最寄りのジャコスモールで購入。
昼過ぎまでプールエリアで過ごし、夕方以降は各々で家族サービスをした。
――4日目
家族で美々海水族館へ。
近栄さんの用意してくれた船でクルージングしながら水族館へ行く途中、浮きを付けて曳行されている小さな船を目撃。
「メンソーレタムズ」の名前は覚えているが、また吐きそうになりそうだったので、視界に入れないようにした。
水族館の後は観光っぽい観光をして楽しんだ。
――5日目
誰が言い出しっぺか分からないが、いつメン家族と全員で宮古島へダイビングをしに行くことに。
ウエットスーツを着る段になり「ちょうどいい水着」を持っていないことに気づく。
結局ダイビングショップにあった、フツーの黒ビキニを購入。
ああ、そういうことか。
女がいっぱい水着を持ってる理由って、これか。
服と違ってコーディネートがしにくいから、結局セットアップで買って増えてくんだろうな。
帰りに空から見た夜景が綺麗だった。
――6日目
うーん……なぜか朝からメンタル不調。とりあえず予定どおり家族で森の奥にある滝へ出発。
滝下りやリバーアスレチック、川釣りやバーベキューなど、アクティビティは沢山あったが、俺はほとんど何もせず座ったまま本を読んで過ごした。
女装で脳がバグってきているのか、とにかくやる気でない。
引き続きゆっくり過ごして、家に帰り次第男に戻りたい……と爆食いした後、爆睡。
――7日目(最終日)
最悪だ……「女の子の日」が始まった。
ずっと不調だった理由はこれだったのか……。
来たるべきこの日に備え、女性陣から事前に色々なことを教わっていた。
しかし、あくまでも俺の「中身」は十六歳の男子高校生だ。
少しばかり知識を詰め込んだところで、圧倒的に当事者意識が足りていなかった。
他人事、恥じらい、心理的抵抗。
そういった意識が「失敗」を招いてしまった。
ベテラン女性陣のサポートにより被害は最小限で収まったが、落ち込んだ気分はまったく戻らない。
今まで考えもしなかったような、色々な不安が一気に押し寄せてくる。
この身体のこと、将来のこと、友人関係、クーさんが言った――「あなたは世界を救うの、主に少子化問題において」という言葉。
俺が少子化問題を直接的に解決する?
政治的にじゃなく、直接的に?
あれってつまり……「妊娠させまくる」か「妊娠しまくるか」って意味しかないよなぁ……?
いやいやいやいや!!!!
前者はともかく後者はヤバいって!!!!
「童貞妊婦」とかイミフすぎるし、男脳は出産の痛みに耐えれないんでしょ!?!?
とりま今のところ俺は政治家にも、パパにもママにもなるつもりはない!!!!
ゔあ゙ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
「ぴえ……つら……」
昼食には赤飯を食べた(まじで)
◇◆◇◆◇◆◇
――「おかえりなさい。旅行は楽しめましたか? またお土産話を聞かせてくださいね」
一週間ぶりに聞くホームAI「アレクサンドラ」の声。
俺たちが沖縄に行っている間、"サンドラ”はしっかりと家の保守管理を行っていてくれた(掃除、来客対応、夜間照明、監視・警戒など)
留守中の様子(ダイジェスト版)がテレビに流されるなか、リビングの端にあるケージがガタガタと揺れていた。
クーさんが興奮しているか、あるいは怒っている、
「じゃあ、いくぞ?……」
扉のロックに手をかけると、彼女は「フシャー! ヴニャニャニャッ!」と爪を出す。
「そりゃッ!」
扉が開いた瞬間クーさんは飛び出し、「ヴルニャッ!!!!」と二階へ駆け上がっていった。
部屋の隅に並ぶトイレや給水器の箱を見ながら、両親はしみじみと言う、
「いやあ、家に“本物の”猫が居るって……すごいなぁ」
「そうねぇ。なんだか未来の人たちに申し訳なくなっちゃうわ」
「ははは、ほんとだな」
クーさんが未来から来た「預言猫」だということは、まだ両親には知らせていない。
魔法も“掛けっぱなし”になっているため、どれだけムカついたとしても逃げ出すことはないだろう(ユウリ談)
すまん、クーさん……明日にでもカムアウトして、元に戻してもらうからな。
家族はリビングでダラダラと過ごしていたが、俺は一足先に部屋に戻った。
「はぁ……」
ベッドに寝転がると、見慣れた天井がそこにある。
「結局また女装してしまった……しかも一週間も……」
男に戻るために必要な変質時間は最低でも「着用時間の2.5倍くらい」
ということは……二週間から二十日くらい?
ううーん……微妙なところ。
ギリのギリ。
夏休みが終わる、ギリギリだ。
間に合うか、これ?
「夏休み明けに女の子になってた奴」ってわりとよくある話か?
ギリのギリ。
今後の高校生活に関わる問題だ。
よし。
今後二週間――可能な限りヤオやマルケスの家にお邪魔して、男の格好で過ごさせてもらおう。
さらに万が一に備え……女子用の制服も用意しておく。
完璧だ。
ベットから身体を起こすと、何かが少し漏れたような感じがした。
「あ……」
俺はこそこそとトイレに向かった。
お読みいただきありがとうございました! 「沖縄旅行編」は本話で終了です。次話からは「運命の転校生編」がはじまります!
あと、TS小説は――まだ女性化には効かないが、そのうち効くようになる(※ある研究者論文より抜粋)