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猫を抱いたお姫さま





俺は直感的に理解してしていた。



この猫――うちに来るんじゃね?



なぜそんな考えが浮かんだのか、自分でもまったく説明できない。

ただ……間違いなくこの猫は、家に来る。

絶対に。


未来から遣わされた猫の預言者――「エラクル」

猫は「魔水晶」の置かれている祭壇に座り、ふわふわのしっぽを下に垂らしている。


「あ、ども……神谷タキです……」


「あら?」何かに気づいたエラクル。


鼻をヒクヒクとさせ、あたりに漂う空気を吸い込む。


「……(スンスン)……『因果律ワクチン』の副作用だったのね?」


「わっ、ニオイで分かんの!?」


そういえ最近自分から「女の汗の匂い」が漂っていると思っていたが、まさかそんなに臭ってる?

うわー……てか汗拭きシートとか制汗剤とか、今日は全然サボってら。


それとなく脇のニオイをかいでいると、エラクルが微笑んだ。


「ああ、魔水晶のことは気にしなくていいわ」


「え? どの魔水しょ――」



――ガチャン!!!!



振り返る際に手が動き、俺は魔水晶を落としてしまう。


「ふふ。その、魔水晶よ」


「あ、えっと……す、すみません」


「気にしないでって言ったでしょ。きっと誰かが元に戻すわ」


「……」


夢に出てくるほど見返した名作SF映画のようなやり取り。


こいつは、“分かってる”側の人間だ(猫)









ちょっと偉そうに話すエラクルを見つめながら、俺は名前を考えていた。

家での呼び名はどうしようか。


エラちゃん? ラクちゃん? エーちゃん? エッちゃん? クルちゃん?


どれも語呂はいいけど、家族間での呼び方はで統一しとかないとな。

でないと混乱する。

猫が。


「えっと……ところで『クーさん(仮)』――預言者さまは、ここで何を?」


とりあえず仮の名前を呼んでみて反応を見る。


「伝えに来たのよ。あなたに」


彼女(?)は少し黙り込み、甘い視線を投げてくる。

この場合の沈黙は了承と捉えていいだろう。

名前は「クーさん」に決定した。


「伝えに来た……って何をですか?」


「神谷タキ……あなたは、この世界の救世――」


「あ、知ってます。母から聞きました。救世主なんですよね、わたし?」


被せ気味に答える俺。

狐につままれた顔をする猫。


すこし固まった後、お腹のあたりの毛を整え始める。


「へ、へぇ~~~~!? そ、そうなの~~~~……(ペロペロ)……」


猫は大きなストレスを感じた際、心を落ち着かせようと毛づくろいことがある。

動揺したクーさんは裏声気味に。


「いちおう言っておくと~~~~、本来の歴史では~~~~、今日この場で~~~~、私がそれを伝えるはずだったのよぉ~~~~?」


「あ……すみません」


「まあ……後で二人に注意しておくわ。ところで『その先』は聞いたの?」


「その先? いえ、別になにも……」


「ああ、よかった! そこめちゃ大事だから! じゃあギリセーフね!」


しっぽをピンと立て、喉をクルクルと鳴らす。

これは誰が見ても分かるだろうが喜んでいる様子だ。


「神谷タキ――あなたはもう救世主を自覚しているようだから、単刀直入に言うわよ」


「自覚はしてませんが……」


「あなたは世界を救うの、主に少子化問題において」


「え」


少子化問題?

あの、少子化問題?

俺が? 少子化問題を?


いやいやいやいや。


わりとガチでそれは政治の問題であって、個人どうこうではなくない?

てか政治家になるってこと? いやそれはさすがに無理筋すぎね?


思考を読んでいたかのように、クーさんが付け足す。


「政治家になって国を変える、といった浅はかな無能の些事ではないわ」


「めっちゃ言うな……」


「もっと直接的」


「ええ……」


つまり俺が……孕ませまくるか(男視点)

あるいは逆に……孕まされるか(女視点)


てこと!?!?!?!?


いやいやいやいや。

いやいやいやいやいやいやいやいや。

いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。


それは無理でしょ。

個人では。


久しぶりに下腹部のあたりがキュッとする。

心拍数が上昇し、体温が上がる。

全身の毛穴が開くと脳汁がトロリと吐出するのを感じた。



――「ちょっと猫さん?」



先ほどから黙っていたユウリが不機嫌そうに言う。


「もういい? あたしら急いでるんだけど?(急いでない)」


「あら? ごめんなさいね」


クーさんは微動だにせず不思議そうな顔でユウリを見つめている。


「ええと……ところであなた、どなたかしら?」


むっとした表情を見せるユウリ。だが、そこは冷静に答える。


「てかなんで『未来から来た預言者さま』がそんなこと知らないの!? あたしは神谷ユウリ。タキの『姉』よ!」


「……姉?」


首を傾げ、宙を見つめるクーさん。

視線の先には何もない。


少し黙り込んだ後、向き直ると、静かに口を開いた。


「私の知る歴史では――神谷タキに兄弟姉妹はいない」


「なに言ってだこの野良猫ぉ!?!? あたしはタキの姉だよアホがぁ!?!?」


ユウリが叫ぶ。


「あたしは……タキの姉だ」


やがて二人は口論を始めた。


冷静に、交互に、お互いの主張を崩そうとするユウリとクーさん。

逆転できそうで出来ない論戦。


だからこそ、決着は付きそうにない。


さっき割れてしまったが、「魔水晶」はもう手に入れたも同然だ。

閉園時間も迫ってきている。今日のところはさっさとストーリーをクリアしよう。

その前にクーさんをお迎えしていいか両親に確認取んないとだし、そういえば腹も減ってきている。


てか……別に加勢したいワケではないが、事実として俺とユウリは姉弟だ。

それをわざわざ否定する必要はどこにもない。


なら事実を言ってしまうのが、この場は一番スマートに収まるはず。

俺はそう考えた。


そして――ついにその時がくる。



「そ、そういえば『お姉ちゃん』!?……」



舌戦を繰り広げていた二人は言葉を失い、こちらを見つめている。

ダメ押しでもう一度。



「帰ってからにしない、『お姉ちゃん』?」



目を閉じるクーさん。


「ふむ……ユウリユウリ……『神谷ユウリ』っと……」


その後、思い出したかのように答える。


「――ああ、確認できたわ。あなた、神谷タキの実姉ね」


「……いや確認とかしなくても、そうだし!?」


「はじめまして、神谷ユウリ。私は『エラクル』――未来から遣わされた預言者よ」


「知ってるし!」


やがて、どこからともなく黒子の衣装をまとったキャストが現れ、割れた魔水晶を無言で取り替えてくれた。


「よっと……」


魔水晶を祭壇から持ち上げるとファンファーレが鳴り、自動的にステータスホロが展開される。



――シャラララ~ン♪



一気に上昇していく経験値。新たな魔法やスキルを獲得し、能力は劇的に向上する。


ユウリは「魔王(10%解放)」の称号を獲得し、マルケスやヤオも別の二つ名を得た。


俺はレベル3になった。





◇◆◇◆◇◆◇





洞窟神殿から望む日没は格別だった。


オレンジとピンクのグラデーションが空を染め、星々が競うように輝いている。

爽やかな山風が通り抜け、前髪を優しく揺らす。


俺はクーさんを腕に抱きながら、マジックアワーに見とれていた。


「すげー……めちゃきれいじゃん……」


いつの間にか元に戻ったマルケスとヤオは、ぼんやりとした表情を浮かべ、あさっての方向を眺めている。



――ドン! ヒュ~~~~……ドドン! ドン! バチバチバチ! ドドドドン!



次々に打ち上げられる色とりどりの花火。

鳴り響くファンファーレ。

空には巨大な「STAGE CLEAR」の文字。


この演出により、パークの「エンディング」が迫っていることが自然に伝えられる。


一方すぐ目の前では「冒険の記録」が始まった。


感動的な音楽に乗せて写し出される今日の思い出。


ジョブカードをインストールした瞬間、チュートリアルをこなす真剣な顔、初バトル、美味しそうなハンバーガー……三叉三属竜トライデント・スリージェネラ・ドラゴンとの激戦、洞窟神殿での探検、ラスボス戦。


やがてスタッフロールが終わり、長い間を置いて「FIN」の文字が現れる。


「おお~、これで終わりか……最後はレトロゲーっぽい終わり方なんだ……」


冒険の余韻に浸っていると、後ろからパチパチという拍手の音。


振り返るとそこにはマスターコンシェルジュ、近栄こんえいさんが立っていた。


「クリアおめでとうございます、皆様」


「あ! え、近栄さん!? どうしたんですか?」


近栄さんはにこやかに答えた。


「閉園時間が迫ってきたおりましたので、お迎えにあがりました」


「あー、そうなんだー! なんかすみません……つい最後までやり切っちゃって……」


「ははは。まぁ、お気持ちはお察しいたします――かくいう私も重・転移者(ヘビーユーザー)ですから」


彼は微笑みながら手首に触れ、自らのステータスを明かす。

その振る舞いは……「絶対的強者」を意味するものだ。



――【コンウェイ】――


ジョブ:勇者(初代)

レベル:9999

HP:不明

MP:不明


――――――――――



「現時点でのレベル上限です」


勇者コンウェイはステータスを閉じ、静かに呟いた。


「では、『はじ村』に戻りましょう。裏手に“皇族専用”の馬車をご用意しております」


「馬車!? やったぁ!」声を上げるユウリ。


「ずっと乗りたかったんだよなぁ~! よーし、あんたら行くよー!」


マルケスとヤオは、ぼんやりとしたままユウリの後を追う。

その姿は、ジャコスモールを徘徊していた「杜畜とちく」のようだった。


「姫様は私めが――」


「あ、ども……」


目の前に勇者コンウェイがすっと手を差し出し、俺は思わずその手を取ってしまう。


パチン! と指を鳴らす勇者。


各所に設置されたセンサーがジャスチャーを読み込み、ホロマッピングシステムが起動する。


浮かび上がる赤い光の粒。

それはゆっくりと地面に集まり「赤い絨毯」となった。


「おおおぉ……」


「――ではこちらへ」


猫を抱えた第一皇女が、伝説の勇者にエスコートされながら光の道を進んでいく。

それはまるで、土産店に置かれた絵本の内容のようだった。


「冒険はいかがでした?」


「めちゃ楽しかったです!」


「またシャングリラにお越しください、姫様」


「あ……はい……」


なんかちょっと気分いいな……これ。



――ピコン!



ステータスに「お姫様扱い」の実績が追加された。









お読みいただきありがとうございました! 結局のところ「お姫様扱い」して欲しいんですよ、男も女も関係なく! ついでに評価をポチッてもらえると泣いて喜びます。

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