ねじ込まれた戦闘パート
自然に溶け込むように整備された山道は歩きやすく、まるで近所の公園をピクニックするような快適さだった。
往復のゴンドラは「巨人マルケス」がいることもあって利用しなかったが……後で考えれば、さっさと「縮小化光線」で小さくすべきだったと反省。
ときおり現れる山林の切れ目から見える絶景、さらに遠くには空を飛ぶワイバーンの群れや飛空艇。ただ歩いているだけでも、「次の旅」を思い起こさせる仕組みがいっぱいだ。
そして、ここに来てようやく気付いたのだが――パークには虫がいない。
いや、厳密にはいるが……特に蚊や蜘蛛、Gやムカデのような、人間にとって不快な虫が極端に少ない。
パーク全ての虫を管理するのは無理だろうから、きっと冒険者装備にそういった虫除け効果が施されているのだろう。
そもそも……ビジターが困っていると絶妙なタイミングでキャスト(あるいは人懐っこい魔物)が登場するし、やたらベンチとか休憩所も多いし、どこに行っても日陰がある。なんなら今日、一度も「同じ人」とすれ違っていない気がする。
屋外のテーマパーク経営って大変だよなぁ~。
妙に上からの視線で、俺はアホそうに歩いていた。
山道を塞ぐ巨大な魔物を見上げ。俺は叫ぶ。
「ちょッ……ええええ! ええええ!? でっっっっか! まじでかい! 大丈夫!? ほんとに大丈夫これ!?」
三階建ての一軒家よりもさらに大きい「三つ首の竜」
でこぼこした鱗に刻まれた無数の古傷。それぞれの首は自由に動き、不気味な咆哮を上げながら炎や氷、雷を吐き散らしている。
「「「「ヴォォォォォォ!!!」」」
巨体が動くたび、大地が揺れる。
――つまり、こいつはただのホログラムではなく「実体」を持つということだ。
ちなみに構造的には脚と胴体部分が「ライブメカニマル」の実体で作られており、首やその他のテクスチャは「ホロマッピング」により投影されたホログラムらしい(※会社サイトより抜粋)
ただ――「作り物の魔物」だと説明されても、到底信じられないほど生々しい生命感。
ユウリは初めて目にする大型ハイテク魔物に感動し、スマホを取り出してパシャパシャ撮影を始めた。
「うええええ! やばっ! くっそリアルすぎるぅ~~~~!! もう『本物』と変わんないじゃん!!」
そうこうしている間に、俺たちのステータスバンドがセンサーに読み込まれる。
どこからともなく戦闘BGMが流れ、周囲に設置されたホロマッピング装置が一斉に起動。空中に敵のステータスが浮かび上がった。
――【三叉三属竜】――
レベル:1200
HP:18800
MP:9920
――――――――――
ステータスバンドをタッチし、戦闘ホログラムを展開させる。
俺の装備は「皇族ステッキ」だ!
――「神谷タキ」――
レベル:2
HP:5
MP:2
――――――――――
「っぱ、バカ弱ェ!」
見ろ、これが史上最も残酷なステータスだ!
「あとはよろしく!」俺は叫んだ。
ヤオに抱えられ、安全圏へと移動させられる俺。
ユウリとマルケスは、すでに臨戦態勢だ。
――「BATTLE START!!」
竜が大地を踏み鳴らし首を振り回す。そのうちの一本がこちらに向かって大口を開けた。赤黒い口内に並ぶ鋭い牙が擦れ合い、パチッと火花が飛んだ。
俺は最後尾からそれを確認し、冷静に叫ぶ。
「炎がくるっ!! マルケス!!!!」
叫びより早く、マルケスは前に出て腕を広げた。
両掌に魔法陣が展開され、小さな六角形が幾重にも重なり、周囲を包み込むように光の防壁を形成する。
――ゴオォォォォ!!!!
竜の口から炎が吐き出され激しい轟音が響く。
「キャアッ!?」
炎の中で俺のメス叫び声がこだまする――が、もちろんこれはホログラム。実際に熱は感じない。
炎が消えると、別の首がすぐ目の前に迫っていた。怒りの形相で口を閉ざし、アゴに青白い電光を走らせている。
「雷撃だッ!!」
「そうはさせない! 一撃で決めるッ!!!!」
マルケスの横からユウリが飛び出し、杖を構え、声を張り上げた。
「一瞬兆撃!――『瞬獄活』!!!!」
――カッ!!!!
暗転。
山道が一瞬にして「完全な闇」に覆われた。
――ドカガッ! ボゴォ! ガスッガスッ! ドガガッ! ボゴゴゴコ゚ォォォォ! ガガガガッ! ドスドスッ!
漆黒の中、怒涛の打撃音が鳴り響く。
そのたびに、拳や蹴りを象徴する「打撃エフェクト」が閃光のように辺りを照らし出す。
浮かび上がる人影のようなもの。
およそ五秒。
嵐のような連撃が止むと、山道に再び光が戻った。
そこには――
背中に赤く輝く「天」の文字を浮かび上がらせ、仁王立ちするマルケス。
その足元には、ボコボコに殴り倒され、ぐったりと地面に横たわる三つ首の竜。
――「K.O.」
聞いたことはないのに、脳内で再生されるフィニッシュコール。
勝利BGMが流れ、ユウリは召喚獣を手に入れた。
◇◆◇◆◇◆◇
「洞窟神殿」が見えたのは、閉園まであと2時間を切った頃。
ここはどのジョブにとってもス重要なステージとなっており、ネットの情報では整理券&行列必須のアトラクションのはずだった。
しかし今日は違う。
他に誰もいないのだ。
魔族の村の村長が言ってた、「特別な日」だからか?
ものすごい偶然で人が途切れた?
なんで?
洞窟の入口に近づいていくと、岩に座る人影に気付く。
老紳士と老婦人。二人の頭には大きな角――つまり「強い魔族」ということを表している。
彼らは巨人のマルケスや肩に乗るユウリ、痴女のヤオを見ても身じろぎ一つせず、ただゆっくりと立ち上がった。
「ああ、ようこそお若い方々。神殿の『見学』かしら? それとも『修行』や『探し物』? あるいは他の目的がおあり?」
老婦人が口を開いた。
「あ、いや、見学とか修行じゃなくて……わたしたち、魔水晶を取りに来たんですが……」
「ああ」二人は顔を見合わせ、ゆっくりと微笑む。
「じゃあこちらへどうぞ……」
老キャスト二人に促され洞窟に足を踏み入れると、そこは魔法陣の描かれたドーム上の円形広場のような場所だった。
奥に見える頑丈そうな扉を指差し、老紳士が静かに口を開く。
「あれが入口よ。では……準備はいいかしら? おじいさん?」
「ええ、大丈夫じゃよ。おばあさん」
何のことか分からずその場で突っ立っていると、洞窟が一瞬で閉ざされ、部屋は暗闇に包まれた。
――ボッ! ボボッ!
松明に火が灯る。
薄暗い部屋の中に、巨大なシルエットが映し出された。
マルケスと肩を並べるほどの大きな身体、表面はゴツゴツとした岩のようだ。
「待ちわびたぞ『強き者』よ……」
「うぬらの『覚悟』試させてもらおう……」
戦闘BGMが流れ、空中に敵のステータスが浮かび上がる。
――【阿行】――
レベル:1340
HP:42000
MP:15000
――【吽行】――
レベル:1340
HP:35000
MP:49000
――――――――――
こ、これは……ユウリ、マルケス、ユウリを足しても(合計レベル2679)、ギリ負けそうな強敵(合計レベル2680)!!!!
それって最後に俺(レベル2)がトドメを刺すってことか!?
◇◆◇◆◇◆◇
ねじ込まれた戦闘に勝利し、俺たちは洞窟神殿に足を踏み入れた――
もちろん実際に広大な神殿が広がっているわけではない。
ビジターは動く床「アダプティブ・フロア」が敷き詰められたテニスコートサイズの個室内で、「ホロマッピング」により作り出された拡張現実空間を冒険することになる。
「うわっ、動いてる! めっちゃ気持ち悪ぃ! あッ……ちょ……ゆっくり動いて……あ……慣れてきたかも……あッ……あッ……」
基本的にビジター同士が出会うことはないが、ストーリーやジョブによっては部屋が繋がり、共闘が生まれたりあるいはキャストによるイベントが発生する。
「あ、ども。え? この“めっちゃリアルな人形”ですか!? ええと……なんていうか。そう! 魔族の村で買ったレアなお土産です!」
閉園時間に合わせクリア時間は自動調整されるようで、謎解きやボス戦も含めて、1時間半ほどで最奥部に到着した。
――「あ、あれじゃね!? めちゃ『魔水晶』ぽいじゃん!」
三方を小さなオベリスクで囲まれた祭壇の上に、これみよがしに光る水晶が置かれている。
ユウリが肩を落としぼやく。
「ああ~、やっとかぁ~……今日イチ“ここ”がキツかったんだけど~?」
小さくなったマルケスが、ユウリの腕の中でしょんぼりと答える。
「申し訳ありませんユウリ様……」
「あーごめごめ。そういう意味で言ったんじゃないって! シンプルに歩くの疲れただけだから!」
「次回からは『元』に戻してもらって結構ですので……」
洞窟神殿に入った直後に「縮小化光線」により小さくなったマルケスは、ずっとユウリに抱っこされていた。
「だーかーらー!そういうのやめ! ……あたしが冒険したいのは"あんたたち”であって、タキの連れの男はどーでもいいんだって!」
「ユウリ様……我にはもったいないお言葉です……」
どうでもいい男――マルケス。
俺は、自分がユウリの「着せ替え人形」として弄ばれているこを重ね合わせ、同情と共感を強く意識する。
都合よく「依代」として扱われ、都合が悪くなればポイ?
てかそもそも、今のマルケスとヤオは「何」なの?
てか君たちのことなんて呼べばいいの?
その時、猫の声が聞こえた。
――「ナォ~~~~ン♪」
祭壇の脇から現れた、長毛の猫。
松明に照らされ金色に輝くその姿は、まるで精霊のような姿をしていた。
「猫? なんでこんなとこに!?」
猫は俺の足元に近寄ってきて、ぬるりと身体を擦り付ける。
「えなに? イベント?」
柔らかな毛の感触が脚に伝わってくる。
「あ……ッ!? これ、ホロじゃない!?」
手を伸ばすと――指先に猫の鼻がツンと触れた。
「うわっ!本物!? え、なんで猫!? え、野良猫!?」
驚く俺をよそに、猫は座り込み、前脚をひと舐めして口を開いた。
「ふふ……驚かせてごめんなさい」
「わ……喋った」
「あなたが“神谷タキ”ね? 聞いていたより印象が違うけど……まあいいわ」
突如現れた「喋る猫」を目の当たりにして、その場にいた全員は驚きの声を上げ――ることはなかった。
ここは「異世界シャングリラ」。現実世界とは違う、「驚くような日常」が待っている世界なのだ。
てかさぁ……。
・女性用衣類を着用すると性転換してしまう俺
・未来人の両親
・元魔王の姉
・都度、化け物に変身させられてしまう友人
最近こんな感じだから、そんなに驚かないんだよね。
なんかごめん、猫。
お読みいただきありがとうございました! この章は次話くらいで終わると思います!
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