ロールプレイ王女
――ドッドッドッドッ!
うっそうとした森の中を「黒い風」が駆け抜けていく。
六本腕の巨人に戻ったマルケスは、重力を無視したような加速と減速を繰り返しながら、目の前の障害物や「転移者」をかわしていく。
その肩に腰をかけたユウリは、絶叫マシンにでも乗っているかのような笑顔を浮かべていた。
「うぃひひひひ! いけいけいけー!! 突っ込め!! ――そこ! ジャンプ!!」
一方の俺はというと――紐バニースーツ姿のヤオに抱えられ、空中から二人を見下ろしていた。
「なぁヤオ? 魔法で消えてる間って、走ったり動いたりしても、他の人に気づかれたりしないもんなの?」
わざとらしく豊胸を押しつけながら、ヤオは楽しそうに答える。
「気づきませんわ。普通は。ふふ」
「へー、そなんだ」
「ユウリ様の『完全不可知化』は、光を曲げたり、空気の振動を消すといった強引なやり方ではございません」
「……(いや、強引とは?)……つまりもっと“自然”なやり方ってこと?」
「自然とも言えますし、不自然とも言えます」
「なんだそれ?」
「つまり――そうした『理』を違和感なく調律するのが、我々の『神魔の法理論』……すなわち『魔法』ですわ」
「うーん……分からん!」
シャングリラ沖縄「オルタナティブパーク」エリアで使われる「ホログラムの魔法」とは違い、ユウリたちの「魔法」は物理法則そのものを無視した、モノホンの超常現象だ。
マルケスの巨体が森を駆けるのも、ヤオが空を飛ぶのも、俺たちが誰にも気づかれないのも――全部「魔法だから」で済んでしまう。
それこそ俺の「性転換体質」だって、実質それと同じじゃね?
女物の服に着替えるだけで体が一瞬で変わるとか、「ワクチンの副作用」では説明できない現象じゃね?
と、ユウリに聞いてみたこともある。
だが返ってきた答えはこうだった。
――「まず、性別をコロコロ変えるような魔法は存在しないし、理論的にも不可能。あんたに魔法が効かない理由もまったく分からん」
ほならね。
何やねん、これは?
俺は存在しないおちんちゃんと、わずかに揺れる自身のお胸に意識を集中させた。
「ったく結局何なんだよ……」
俺がぼやくとヤオは「ふふ」と笑い、少しだけ身体を揺らした。
「つまり、タキ様の存在そのものが、我々にとって『未知の魔法』なのです」
「またそれか……」
俺が頭をひねっているうちに、森の景色が開けた。
木々の先に広がるのは――巨大な石壁と大門に囲まれた集落。規模は他の村とそう変わらない。
街道を使って村を訪れた人々や、乗り合い馬車が出入りしているのが見える。
「おーい! あれが『魔族の村』ぁ?」
マルケスの肩から身を乗り出し、ユウリが村を指さしているのが見えた。
俺は耳に入っている金玉イヤホンをもう一度調整し直す。
「とりあえず向かう――にしても、どうすんの? マルケスってそれでいいの? ヤオは? 露出規制で退園させられたりしない!?」
ユウリは低い声で言った。
「あたしにいい考えがある(低音)」
「あのさ、勘違いしてるけど……それ、ダメなときのフラグでもあるからな?」
有機的な装飾が施された大門をくぐると、すぐに角を生やしたキャストが声をかけてきた。
また出たな! ホスクラのキャッチめ!
今回は引っかからんぞ!?
「ようこそ――『魔族の村』へ! お嬢さん、なにかお困りではありませんか?」
「いえ……大丈夫です……急いでるんで……」
「ああ、そうですか! どちらへお急ぎで!?」
「……(無視)……」
トラウマと緊張から出た素っ気ない態度。
思わず胸の奥がちくりと痛む。
まず、基本的に「異世界シャングリラ」に暮らす人々はめちゃフレンドリーだ。
ビジターっぽい人を見かけると、それはもう満面の笑顔を振りまいて積極的に声をかけてくる。
それがキャストの仕事だからね?
だからこそ、無視したり冷たくあしらったりすると、妙に罪悪感が残るのだ(まともな人間なら)
冷たくしすぎたか?
まぁ、向こうも仕事だし気にしないよな?
あー……いや、でも無視は印象悪かったかも?
俺は自己嫌悪に陥る前に、自分から言葉を足した。
「あッ、あッ……わ、分からないことがあったら、また聞きにきますから!」
「ええ、ぜひいつでも!」
彼は笑顔で返し、すぐに次のセリフを切り出した。
それがキャストの仕事だからね?
「んんっ!? ……もしかしてアナタ、人族の方ではありませんか!? ここは魔族の村。余計な争いに巻き込まれる前に――」
「あいや、それはそうなんですけど……」
あー……やっぱ、リアル人間がNPCなのは面倒だな。
そう思いながら、俺は空を仰いだ。
――ズズン!!!!
地鳴りとともに広場の地面が揺れた。
「うわっ!!」さっきのキャストが思わず素のリアクションで飛び退く。
砂埃の向こうには黒い巨石が見える。
「なななな、なになになになに!? え、隕石っ!? なになになになに!? 」
人々はざわつきながらも、恐る恐るそれを取り囲む。
――それは岩ではなかった。
そこにうずくまっていたのは、三点着地を決めたマルケス(だったもの)だった。
ゆっくりと身を起こすマルケス。
全高4メートルはあろうかという巨体。
赤黒い肌、六本の腕。
黒い外骨格は太陽光を吸い込み、鈍く輝いている。
肩に座るユウリ。
真夏には場違いな黒いマントをまとい、周囲を見渡す瞳はゲーミングナントカのように七色に輝いていた。
さらに、少し遅れて宙から舞い降りるバニースーツ姿のヤオ。
突如現れた異様な一団に人々は驚き、人々は「おお」と驚きの声を上げた。しかし、混乱や困惑はない。
ここは「異世界シャングリラ」。現実世界とは違う、「驚くような日常」が待っている世界なのだ。
その場にいた者たちは、興奮してこの「イベント」を受け入れた。
「え、でかッ!? なにこれ!? ホロ!?」
「え……『ライブメカニマル』って、こんなに自然に動くもんなの!」
「浮いてるお姉さんハンパね〜! 俺、次の嫁は『ホロマッピング』でいいわwww」
「もしかして、これ掲示板にあったやつ? バトルイベントとか始まるんじゃね!?」
ステータスバンドやホロスティックを操作しながら、次の展開を待ち望む人々。
こっそり駆け寄ってきたキャストの一人が俺の耳元でささやいた。
(……あの、すみません。これってなにかのサプライズイベントなんですか? 自分たち何も聞いてなくて……)
「ええと……その……」
適当な言い訳を考えていると、ユウリは立ち上がり人々へと呼びかけた。
「どうか皆様、お聞きください!――」
その声は重なり合い、反響し、耳から脳へ直接染み込んでくる。
意識を侵食する響きは、まるで独裁者の演説ようだ。
人々はぼんやりと口を開け、徐々に虚ろな表情になっていった。
「あたしは――『魔王』! 現在、緊急任務にて、封印対象として追われている、あの『魔王』です!!」
「お、おおー……」
無感動な声が漏れる。
「説明するまでもなく、あたしたちはパーク内で追われる身。――ですが、これは決してロールプレイではありません!」
……え、そなの?
思わず突っ込みかけた俺を、ユウリの指が射抜く。
「ここにいらっしゃるお方!」
お方……?
あぁ、俺……?
「え!? え、わたし!?」
一斉に注がれる視線。
「この少女のジョブは『第一皇女』です! しかし……実際に彼女は――とある国の王女様なのです!!」
……は?
ユウリは、とある国の王女である「俺の物語」を語り始める。
女性差別の残る閉鎖的な国で育った俺は、宮殿の中でほとんどの時間を過ごした。だが国政の変化により国が開かれ、ついに「お忍び」で海外旅行が許された。
その最初の旅行先こそ――「シャングリラ沖縄」
お目付け役や護衛が今回の旅で望んだのはただひとつ。
俺が――王女が「主体的に行動する」という経験を積むこと。
――ざわざわ
「どうか皆さま……せめて今日だけでも、我らに協力していただけませんか……」
ユウリがそう締めくくると人々は涙を浮かべ、恍惚とした顔でうなずいた。
俺たちを怪しむ空気は完全に消え去り、人々はユウリの作った物語に酔いしれている。
アイテムを譲ろうとする者、護衛役を申し出る者、運営に掛け合おうと話し合うキャスト。誰もが「第一皇女と魔王」「王女とお目付け役」たちを支える空気に包まれていた。
「あのもし……」
立派な角を生やした村長らしき人物が歩み出てくる。
「詳しい事情は分かりませんが……本日は『特別な日』だと上から通達を受けております。我々にできることがあれば、何なりとお申し付けください――『魔王』様、『第一皇女』殿下」
「ああ……ありがとう。村長殿……」
ユウリが村長の手を取り感謝を伝える。
そして、「魔王」も「第一皇女」もこの村には存在しないことになった。
え……結局魔法的なことで解決すんの?
それでいいなら、それでいいや……。
俺は半ば呆れつつもユウリの作り上げた物語を受け入れ、流れに身を任せることにした。
時刻はすでにおやつの時間を過ぎているが、閉園時間はまだ先だ。
しかし、このままストーリーを進めるならのんびりとしていられない。
てかなんでストーリーを進めなきゃならんのだ?
元々ここに来た理由って、そんなガチだったっけ?
なんとなく始めたつもりが……辞め時を見失ってしまった?
それってつまり……女装とそっくりだな。
俺は考えるのを止め、「主体的に行動」して情報を集めはじめた。
ひとりで。
魔族の老婆――
「人族の村で働いている孫に、この手紙を届けてくれんかのう? たしかどこかのハンバーガー屋に勤めておるはずじゃが……」
「これはサブクエ。今はスルー。はい、次!」
獣人の男性――
「人族の村に行った時、追い剥ぎにあってね。その時助けてくれた冒険者パーティーにお礼をしたいんだ。一緒に探すのを手伝ってくれないかい?」
「これもサブクエ。今はスルー。はい、次!」
魔族の青年――
「村から洞窟神殿へ向かう山道に、大型の魔物が住み着いて通れなくなっているんです。もし倒すことができれば、きっと召喚獣にすることができるはずです!」
「これは重要案件。はい、次!」
転移者の女性――
「あの……わたし『魔族の魔法使い』ジョブなんですけど、よかったらパーティー組んでもらえませんか? サブクエで『人族の第一皇女殿下を手助けせよ』って出てて……」
「まあ! 大変光栄ですわ! ですが本日は気心の知れた者たちと過ごすと決めておりますので……ご縁があればまた。はい、次!」
村長――
「殿下、これはアフレコですが……洞窟神殿の最奥にある『魔水晶』は、ストーリー上の重要アイテムであると同時に『クリア花火』のスイッチにもなっております。せっかくお忍びでいらしたのですから、ぜひご体験を……」
「ご教示ありがとうございます。可能な限りクリアを目指しますわ。よっしゃ、こんなもんだな!?」
まるで効率厨の作業ゲーのように情報を回収し終えると、次の目的地はすぐに決まった。
魔族の村から山道に向かい、その先の洞窟神殿へ!
お読みいただきありがとうございます!
女装ってある意味「ロールプレイ」ですよね!?