はじまりの村
――転移の間を抜ければ、そこはもう「異世界シャングリラ」
女神から授かったジョブを手に、あなたは「物語」の主人公として冒険の一歩を踏み出します。
魔物討伐や護衛依頼、遺跡探索に素材収集――ソロでもパーティでも挑戦できる「任務」や「依頼」が無数に待ち受けています。
さらに、遊ぶたびに新しいジョブへ転生できるため、訪れるたびに新しい冒険を体験可能。
リアルとファンタジーが融合した異世界で、あなただけのストーリーを紡ぎ出してください。
(※パンフレットより引用)
――「ようこそ『はじまりの村』へ! なにかお困りですか?」
門を抜けた先で、村人キャストたちが次々と声をかけてくる。
「キミ、ここは初めてかな?」
「え……あの……」
俺は昨日のナンパで得た教訓をまるで活かせず、ホストクラブのキャッチのごとく村人に捕まり、そのままチュートリアルを受けることになった。
・「メインストーリー」の進め方
・ジョブ別、「ミッション・リクエスト」の進め方
・「掲示板」の使い方
(※その他……冒険者組合」の案内、訓練場の使い方、シャングリラ通貨の仕組み、専用アプリの導入方法)
チュートリアルから開放され、掲示板の前を通りかかると、ちょうど表示が書き換わる瞬間に遭遇した。
/*――――――――*/
★緊急任務(※パーティー/クラン限定)
「復活した魔王と魔将を封印せよ!」
任務報酬:~5000万
/*――――――――*/
★緊急依頼(※ソロ限定)
「逃げ出した第一皇女を探せ!」
発見報酬:~1000万
/*――――――――*/
「うわっ! 緊急依頼だって!?」観光客風の男性が立ち止まり、セリフっぽく声を張り上げる。
「魔王が復活して、姫様が逃げ出したらしいぞ! こりゃシャングリラのいち大事だ!」
新人キャストによる最悪の棒読みだったが、それでも人々は反応した。
あっという間に村のあちこちで人だかりができていく。
おそろいの白い全身鎧をまとった集団、漆黒のマントをまとった両手剣使いの少年、獣耳にビキニ姿の痴女コスプレイヤー風女性、サイバーニンジャ2077のカップル、魔法少女のおじさん、アラブの石油王、観光客っぽい子供連れの夫婦、短パンTシャツの外国人グループ、蛍光色のインフルエンサー、チー牛、豚丼……。
――ざわざわ
人々は、たったいま“お尋ね者”にされた俺たちを探し始めている。
俺はユウリに顔を寄せ、ひそひそ声で言う。
「……な、なぁ? とりあえず向こう行って作戦会議しない?」
広場にあるテーブル付きベンチに腰を下ろし「俺たちはどう生きるか」を話し合っていると、魔王ユウリが不機嫌そうに口を開いた。
「てかさぁ~。魔王封印して5000万円で、お姫様見つけて1000万円って……あたしら安くね?」
「ですよねぇ~」魔将四柱のひとり「氷爆」のユウリは首をかしげて言う。
「……でも、リスク犯して巨悪と戦うより、家出少女探す単発高収入バイトのほうがコスパいいって、なんか現実的ですよねぇ~」
今日はやけに無口な「豪炎」ことマルケスは、自分のストーリーボードを読み終えると「ふん」と口を開いた。
「とりあえず魔族陣営のメインストーリーはざっくり言うと……
・『中級者の森』の向こうにある『魔族の村』へ行く
・高レベル魔物を『召喚獣』にする
・山頂の『洞窟神殿』の最奥にたどり着く
……って感じっす」
「意外に単純なんだね?」ユウリが答える。
「まあ、あくまで大筋なんで、色々やりだすと無限に時間溶けるっすね」
なぜかあまり浮かない表情のユウリ。
「うぅ〜ん……冒険とかダルいなぁ。ゆーてあたしがここに来た目的って、ハイテクモンスターを見学するだけだったしなぁ。護衛付き観光馬車とかで優雅に?」
すでに魔王となったユウリに対し、マルケスは意見具申する。
「でも……このまま村でじっとしてても大したイベントは発生しないっす。そのうち鑑定系スキル持ちが現れて、『魔王だー!』ってイベントバトルに巻き込まれるのがオチっすよ? リスポーンでまた女神の説明聞くのもダルいですし……」
「それはもっとダルいな」
「ユウリさん、『ハイテクモンスター観たい・触れたい』って言ってましたよね!? だったら俺たちは結局、進むしかないんすよ!(熱視線)」
マルケスの熱弁にユウリはしぶしぶ納得する。
「まあ……ザコと対人戦やるより、ピクニックのがよっぽどマシか」
「よし、決まりっす!」
マルケスはすっと立ち上がり、周囲を警戒する。
なにしてんだこいつ?と思いマルケスを見ていると、それは魔将としての「役」に入り込んでいることが分かった。
よく分からないが、これが「シャングリラを体験する」ってことらしい。ロールプレイってやつね。
俺はようやくここの楽しみ方を理解した。
「とりま装備受け取って、飲み物買って、さっさと行きましょう。魔王さま」
そこで俺は素朴な疑問を投げかける。
「ええと……てかわたしはどうすれば?」
「「「え?」」」
「いや、その……説明するより、ちょっとこれ見て?」
ステータス画面を表示させ、そこにあるストーリーボードを見せる。
――【シャングリラ皇国 第一皇女】――
あなたは様々な人と知り合います。
やがて彼らは生涯の友となり、世界を救う仲間となるでしょう。
――――――――――
ストーリーを進めるためのクエストや、次の行動を促す内容は一切記載されていない。
まさにオープンワールド。
俺は自由だ!
ユウリは無責任なゲームプロデューサーのように言い放った。
「ま、まぁ……まっさらな状態で楽しめってことじゃね? 好きにしろってことっしょ?」
マルケスは困惑気味に眉をひそめる。
「てか『村人』でもレベル15とか20からスタートなのに、レベル1から遊べってキツいよな……」
「リアルおつかいイベントしかやることないw」ヤオは楽しげに笑った。
人族と魔族が冗談を言い合う、優しい世界。
この異世界「シャングリラ」では、人族・魔族間の相互理解が進んでおり、一緒に行動すること自体に違和感はない。
だが、完全に分かり合っているかといえば、そうでもない。多様性と単一性がせめぎ合い、薄氷の上に平和が築かれている世界なのだ。
それって結局どこでも一緒ってことだよね。
ユウリがこちらを見て尋ねる。
「で、どうすんのお姫さま? 一緒に来んの?」
「う……」
いや俺が聞きたいわ。
四人組で入園したんだから、普通は陣営そろえて、ドタバタ逃避行劇のシナリオとかあるんじゃないの?
イミフすぎる。
せめて陣営くらい揃えてくれよ運営。
選択肢は少ない。
「はぁ……」深いため息をつき、魔王たちに頭を垂れる。
「どうかわたくしもお連れくださいませ。魔王さま」
◇◆◇◆◇◆◇
武器や魔法を扱うためのホロスティック、熱中症予防のペルチェ冷却マント、そして冒険者ドリンクバーのボトルを受け取ると、俺たちは「はじまりの村」をさっさと後にした。
街道を走る本物の乗合馬車を見て俺は「あれ使えばいいじゃん!」と提案するが、ユウリは「鑑定持ちがいたら詰む」との理由で利用を嫌がった。
「たしかにそうっすね」とマルケスが驚くと、「過去の経験よ」とユウリは目を細めて言った。
そして、徒歩で「次の村」へ向かう途中、いくつかのイベントを体験する。
――ホロスライムとの初バトル!
妙に人懐っこくて可愛げがあったので見逃す。
触れない以外はホロマッピング完璧じゃん!と感動する。
――追い剥ぎに襲撃される!
だが偶然通りかかった冒険者パーティが助けてくれ、戦い方のコツまで教えてくれたうえに、盗賊の落とした金も譲ってくれた。
ビジターかキャストか分からん人たちだった。
――「迷いスライ厶」を探すビジター家族に遭遇!
さっき見かけたスライムの場所を教えてあげたら、「次の村バーガー」の無料チケットをくれた。
――角ウサギが襲来!
俺以外の三人で瞬殺。俺のレベルが2に。
自動レベルアップ特典には、未知のバグが潜んでいるのではないかと疑いはじめる。
――切り立った崖をジップラインで滑走!
落ちたら即死、どうみても高さ50メートルはある崖。
ホロだと分かっていても怖すぎてちょっとチビった。
そんなこんなで「次の村」に着いた頃には、太陽はもうすでに真上を過ぎていた。
俺は「次の村ダブルチーズバーガー」を豪快にかじりながら言う。
「てかこれ、一日じゃ終わらなくね?」
ユウリはコーヒーを一口飲み、短く答える。
「午前中だけで、こんな色々あるとは思わなかった……ここって、絶対一日で回れないよね」
「わかる。ほとんどストーリー進まず終わりそう」
「ザコ魔物しか見れないのダルいなぁ……」
追加注文を持ってきたマルケスが割って入る。
「ほんそれっすね。高レベルのバカでかい魔物がいるエリアって、さらに三つくらい村を越えなきゃ無理っすよ。この辺じゃ、せいぜい最大でも馬サイズっす」
「馬かぁ~。角ウサギですら感動したから、馬もすごいの分かるんだけど……デカいの見たいなぁ~」ユウリはぼやく。
「やっぱ馬車は嫌ですか?」ヤオが尋ねる。
「馬車なー……馬車かー……うーん……」
ユウリは頭を反らして再びぼやいた。
俺はふとトレイに置かれた紙を手に取り、パーク全体の簡易地図に目をやる。
「てか、この『中級者の森』ってショートカットしちゃダメなの? レベル2のわたしはともかく、みんな余裕で廃人レベルじゃん?」
「かーッ、これだから世間知らずのお姫様は……」マルケスは頭を押さえ、深いため息をつく。
「いいかタキ? この森はどの村からも近い“狩り場”で、初級〜中級者の冒険者が集まりやすい。つまりパークで一番人が多い場所なんだよ」
「それが?」
「くぅーッ、まだ分かんねぇのか!? 単純に人が多いってことは、お尋ね者は見つかりやすい。バレた瞬間、近くの村からも援軍がすぐ集まってきて総力戦だ。そしたらどうなる?」
「ずっと相手のターン?」
「ハイ正解。そしたらボコされて、みんなまとめて転移の間に逆戻りだ」
「なるほどな」
役に入り込みすぎのマルケスは、安全な迂回ルート(徒歩と魔法の絨毯のチャーター)を推した。
次の目的地が決まりかけたところで、ヤオが俺に尋ねる。
「わいは全然それでいいけど……タキくんって、第一皇女としてのクエストとかないの? わいらだけ楽しんでばっかりになってない?」
俺はステータスバンドを触り、第一皇女のクエストを確認する。
「なんもない……ほんとに何なんだ、このジョブ……」
「おぅ、そっか……。フリースタイルすぎるのも難しいよね……」
ヤオはなんとも言えない表情で俺に同情した。
突然ユウリが手を叩き、「あ、そか! フリースタイルか!」と声を上げる。
そしてみんなをぐるりと見回した。
「あたしにいい考えがある(低音)」
――なんのフラグだよ?
「こないだジャコスであげた“安全のお守り”、二人とも今日持ってる? まぁ、持ってなくてもまだいっぱいあるんだけど」
――おい、それはやめろ。
マルケスはキーチェーンを持ち上げ、例のお守りをユウリに見せる。
「これっすね? 肌身離さず持ってます」
「わいも持ってますよ? ここ壊れたとき、ちょうどサイズピッタリだったんで」
ヤオはスマホの裏側をひっくり返し、リングストラップを見せた。
――やめろやめろ。
それは絶対よくない。
それキメると、ムキムキの意味分からん魔物とか、痴女レイヤーみたいになるんだぞ!?
しかも変な記憶に差し替わるんだぞ!?
絶対脳に悪影響あるんぞ!?
「よかった♪」
ユウリはそう言うと、優しく微笑んだ。
「とりま全部食べ終わったら、ドリンクバーだけ行って、森のほうのぞいてみよっか?」
ああ……すまん、二人とも。
また迷惑をかける……。
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