シャングリラ沖縄「オルタナティブパーク」エリア
――転移の間を抜ければ、そこは異世界「シャングリラ」
女神から授かったジョブを手に、あなたは「転移者」として冒険の一歩を踏み出します。
魔物討伐や護衛依頼、遺跡探索に素材収集など――ひとりでもご家族でも挑戦ができる冒険や試練の数々。
遊ぶたびに新しいジョブを選択することで、訪れるたびに違った冒険を体験できます。
リアルとファンタジーが融合した異世界で、あなただけの物語を紡いでください。
シャングリラ沖縄――「オルタナティブパーク」エリア
(※パンフレットより引用)
エントランスゲートの上で丸まっていた「ドラゴン」が首を起こす。
開園の時間だ。
ドラゴンは口を開け、勢いよく炎を吐いた
「おぉぉぉぉ!!!!」
歓声と拍手がおさまると、止まっていた行列が少しずつ動き出す。
それを見届け、飛び去っていくドラゴン。
「ほぁ~! やば~! ティザー動画のまんまじゃん!? すごくね!?」
口を開きっぱなしにする俺をみて、ユウリも驚きを浮かべた。
「やば……思ってたよりめちゃめちゃ『本物』ぽい……」
「てか本物ってあんな感じなんだ?」
「もちろん細部はちがうけど……最新技術まじやば……」
最新のホログラム技術“ホロマッピング”によって生み出されたホログラムの魔物は、本物を知る「元・魔王」から見ても出来の良いものだったようだ。
後ろにいたマルケスが呼びかけてくる。
「ユウリさん、魔物は『ホロモン』だけじゃないっすよ!?」
「へぇ!」
「大型の魔物には『ライブメカニマル』ってゆー可変鉄筋技術が使われてて、もっとデカくてスゴくて……しかもホロじゃな“実物”があるんすよ!」
「ほぅ……そっちのがすごそうね……」
テクニカルな話題で盛り上がるふたり。
退屈になったヤオが指をくるくる回しながら聞いてくる。
「てかタキちゃんは『ジョブ』どーすんの? わいは前衛を選ぶと思うけど?、」
「えー……わたしもフツーに『剣士』とか?」
「えぇ〜、後衛にしようよぉ~! わいが守ったげるからぁ~!」
「いや別に守られなくてもいいよ……むしろ逆にしたいくらいだし……」
「……ふぁ////」
みんなここへ来るのを楽しみにしていたようで、しっかり予習を行っていた(ユウリ以外)
俺はスマホを開き、復習もかねてもう一度公式サイトを見返す。
「パークコンセプトは『沖縄に異世界を!』だってさ。マルケスは知ってたか?」
「もちろんだろ? てか『ライブメカニマル』ってうちのダッドの会社が作ってんだからな?」
「え、そなの? てかお前んちの会社、ホントどこにでもいるな……」
負けじと続けるヤオ。
「それでゆーと、ストーリー生成AIとホロマッピングはパパの会社の技術だよ?」
「まじか……。つまりココもお前らの親がいっちょ噛みしてるテーマパークだったのかよ……」
「今さらすぎるでしょそれぇ~」
「もしかして……『シャングリラ沖縄』自体も……」
その言葉を聞き、ふたりは大きなため息をつく。
「タキちゃん……自分の親の仕事知らない?……」
「は? うちの親? 投資会社勤めのフツーのリーマンだが?」
「……(呆れ顔)」
ヤオとマルケスは「超ボンボン」の家の出だが、うちはわりとフツーの一般家庭だ。
平均よりはやや裕福なのかもしれないが、それでもフツー。
(そのうちタイムパトロールに捕まりそうだけど……)
いつの間にかエントランスゲートをくぐり抜けていた俺たちは、「転移の間」へと誘導されていった。
◇◆◇◆◇◆◇
羽を広げた「女神」がファー!と降臨し「転移者」たちに告げる。
――「ようこそ、異世界シャングリラへ……」
彼女はテンポよく世界観を説明したあと、杖を掲げた。
「それでは、『信託の儀』執り行ないます…」
(シャラララ~ン♪)
光の粒が舞う。
やがてそれは集まりはじめ、10枚の「ジョブカード」となってビジターの前に並んだ。
よくある「ガチャ方式」により、ジョブは10種ほど現れる。
はずなのだが――
ユウリの前に現れたカードは、たった一枚。
「う……んんんん……これは?……」
「なに? ハズレ?」
俺は横からカードをのぞき込む。
――【ユウリ】――
陣営:魔族
ジョブ:魔王
レベル:1784
HP:47600
MP:51000
――――――――――
見たことのないジョブ――「魔王」
パークのシステム上、新たなジョブやスキルが生まれることもあるらしいが「魔王」というジョブは、攻略サイトやSNSでも見たことがない。
「ロールプレイになんないなw」
そう茶化す俺をにらみつけながら、ユウリはカードをタップする。
「ちょっとテンション下がった……」
ジョブは光の粒となって「ステータスバンド」に吸い込まれていった。
「あんたは?」
そして、俺の前にも――
カードは一枚しか現れなかった。
――【タキ】――
陣営:人族
ジョブ:シャングリラ皇国 第一皇女
レベル:1
HP:2
MP:1
――――――――――
カードをのぞき見たユウリが茶化す。
「いいね、ぴったりじゃん? タキ姫さま?」
「ぐぬ……」
(てかザコすぎる……)
(村娘にすらボコられるだろこれ……)
(もしおっさんが引いてたらどうすんだよ……)
(てかさっきからなんだこれ?)
(システムがバグってのんか?……)
「姫さま? 今日のお出かけコーデの仕上がりはいかがですか?」
突然ですがここで――わたくしのコーデを紹介しますわよ?
・シンプルなカップ付きキャミソールに、シアー素材のバルーン袖の長袖シャツをさらっとオン。
・野外で遊ぶなら生足はNG! でもダサいのはもっとNG! ですからワイドデニムにミニプリーツをレイヤードして、機能性とかわいさを両立しますわよ!
・アクセはハデすぎないワンポイントでOK! アウトドアメイクでも目元と唇だけは気を抜かないで〜!
愛されお団子ヘアでまとめたら完成~~~~!
カジュアルすぎ?
だって今日は皇宮の外に出かける日。
わたくしが第一皇女だと知られたら、大混乱必至ですもの~!
では行ってきます!!!!
つまり――めっちゃカジュアル。
(ミスったなぁ……)
(もっと姫っぽい格好でもよかったかも)
(でもロリータっぽい服とか持ってないもんなぁ……)
(今度買いに……)
(ってちがうちがう!)
(そういうのは不可抗力でしか買わないって決めただろ、俺ッ!?)
ちょっとした差で女の気分はアガったりサガったり。だが今日のコーデはもう変えようがない。
気分を切り替え、ヤオとマルケスに目をむける。
俺は再びシステムの「バグ」を目にする。
――【ヤオ】――
陣営:魔族
ジョブ::魔将四柱(氷爆)
レベル:435
(以下省略)
――【マルケス】――
陣営:魔族
ジョブ::魔将四柱(豪炎)
レベル:460
(以下省略)
――――――――――
本来なら一人10枚ほど現れるカードが、俺たち四人には1枚ずつしか現れなかった。
職業選択の不自由。
異常を感じたマルケスが口早に話す。
「……どーなってんだこれ? バグか? 女神に聞く? それともリセマラしてみる?」
だがユウリはすでにジョブをインストールしてしまっていた。
その場合「異世界」内で死亡しなければジョブを選択し直せない。
「――てことだから、一回死ななきゃいけないんじゃなかったっけ?」
俺がそう付け加えると露骨に面倒そうな顔をしたユウリ。
気を使ったのか、ヤオはさっさと自分のジョブをバンドに取り込んだ。
「――ほい、登録っと」
「え、いいのか!?」と俺。
「面倒だし、とりま一回これでやっちゃおうよ?」
「まぁそれなら……」
マルケスが「よし!」と言い、カードをタップした。
「“リスポ近くで全滅作戦”でいくぞ?」
つまり――「転移の間」近くで全滅して再転移しよう、ということだ。
俺は自分のジョブをインストールして顔を上げた。
「はじめての異世界が姫プとは……」
その場にいた全ビジターがジョブを登録し終えたのを見計らい、女神は「自動レベルアップ特典」や、「連動型ゲームアプリ」の説明を行った。
そして「最後に――」と深刻そうな顔をする。
転移の間が暗くなり沈黙が漂ってくる。
女神がうつむきがちにつぶやく。
「……皆様に残念なお知らせがございます……」
――ざわ……ざわ……
動揺が広がる。
「天界側のリアルな手違いで、魔王とその腹心二人が復活してしまったようです………」
一瞬の困惑のあと、転移の間が爆ぜる。
――「おぉぉぉぉ!!!!」
公式サイトや攻略まとめ、SNSインフルエンサーですら遭遇しなかったような未知の「敵」の登場。
ビジターたちは沸き立つ。
女神はさらに告げる。
「さいわいなことに魔王はまだ全盛期の力を取り戻しておらず、かろうじて封印可能と思われます……」
大げさに腕と翼を広げ、目をとじる女神。
「彼らは善良な人間や魔族に化け、身近な場所に潜んでいるかもしれません。どうか……油断せず……お気をつけて……無事に……」
そして――光の粒となって消えた。
奥にそびえる石造りの大門がゆっくりと開いていく。
コ、ゴ、ゴ、コ゚……コ゚コ゚コ゚コ゚……
冒険心をくすぐるBGMが鳴りはじめる。
――タッタータッタータタタター♪ タッタタッタタタタター♪
まず立ち上がったのは重・転移者らしき猛者たち。おそらくオープン直後の混沌を経験してきた連中だ。面構えが違う。
鎧やローブをまとった猛者たちが、ぞろぞろと門を抜けていく。
後に続くのは、ひと目でそれを分かる初心者たち。
「じゃ、行くか……」
俺たちは転移の間をそそくさと後にした。
◇◆◇◆◇◆◇
「転移門」を抜けると、すぐに村人が声をかけてくる。
――「ようこそ『はじまりの村』へ! なにかお困りですか?」
「あ、いや、すぐリセマラするんで……」
「リセマラ?」
「あ、えーっと、ジョブがバグったみたい……」
「リセマラもいいですが、人生において運命もまた貴重なもの。まずはこの世界のことを少しだけ知ってみせんか?」
「え、その……」
ホスクラのキャッチのような村人の口車にのせられ、俺たちはまんまと“チュートリアル”を受けさせられた。
それが終わり掲示板の前を通りかかると、ちょうど表示が書き換わるタイミングに遭遇する。
「うわっ! 緊急依頼だって!?」
セリフっぽく声を張り上げる旅人風の男性。
あきらかに「キャスト」と分かる棒読み。
しかし、それが逆に人々の興味をひいたようで、道行く人々は足を止めた。
「魔王が復活して、姫様が逃げ出したらしいぞ! こりゃ、いち大事だぁ!」
彼はわざとらしく掲示板を指さす。
/*――――――――*/
★緊急任務
(※パーティー/クラン限定)
・「復活した魔王と魔将を封印せよ!」
・任務報酬:~5000万
/*――――――――*/
★緊急依頼
(※ソロ限定)
・「逃げ出した第一皇女を探せ!」
・発見報酬:~1000万
/*――――――――*/
白い全身鎧をまとった集団が「団長を呼べ! すぐに討伐隊を組織せねば!」と声をあげ、漆黒のマントをまとった両手剣使いの少年は「第一皇女か……裏がありそうだな……」とつぶやいた。
徐々に人が集まってくる。
「なんかやばくね?」
転移と同時に「お尋ね者」となった俺たちはすぐにその場から立ち去り、村はずれにあるベンチに腰をおろした。
魔王ユウリが不満を口にする。
「てかさぁ。魔王封印して5000万円で、お姫様見つけて1000万円って……バランス悪くね?」
“氷爆のヤオ”はうんうんと首を縦にふる。
「ですよねぇ~! ……でも、世界平和のために戦うより、ワケアリ少女探すほうがコスパいいって……なんかやたら現実的で草」
自分の「ストーリーボード」をずっと読み込んでいた“豪炎のマルケス”が口を開いた。
「とりあえず……『俺ら』は『すぐ死ぬ』ってのがちょっと難しい感じになっちゃってんな……」
「そうですの?」俺の姫ムーブ。
マルケスはその理由を世間知らずのお姫さまにもわかるように、噛みくだいて教えてくれた。
――――――――――
・絶対強者の魔王、魔将四柱“氷爆”、魔将四柱“豪炎”の三人は、スライム程度では1ダメージも通らず、「はじまりの村」付近で自死するのは不可能。
・現在パーク内にいる住人・転移者の中で三人を倒せる可能性があるのは、“白盟十字騎士団”などが組織した“討伐隊”のみ。
・「魔王一行」の最終目的地は、魔族領山頂にある『洞窟神殿』
――――――――――
そしてこう締めくくる。
「つまり――“リスポ近くで全滅作戦”ができないってことだよ?」
「んんー……ほなら騎士団様に首差し出せす?」
「それが簡単にできたら苦労しないって……」
「なんでだよ?」
ユウリが手を挙げて場を制する。
「――わかったわかった、もういいよ」
「えなにがわかったんだよ!?」
「つまり……あたしたちを倒すために組まれた“討伐隊”や、細々したPVPが一生続いて、それやってるだけで一日終わる――てことでしょ、マルケス?」
「さすがユウリさん! そのとおりっす!」マルケスが大きくうなずく。
つまり、三人の取れる道はふたつ――
一度パークから退園してしまうか、今のジョブで「戦い続ける」か。
ガチめにぼやくユウリ。
「なんかダルくなってきた……ゆーてここに来た理由って『魔物』がどんな感じが見たかっただけだしなぁ……」
「ユウリさんが退園するなら、俺もそうしようかな――」
マルケスが言い終える前に、俺はわきから口を挟んだ。
「じゃあ――“わたくし”を逃がしてくださらない?」
完璧な姫ムーブに、目を見開いて固まる魔族三人。
「「「え?」」」
「はは……いや、その……説明するより、ちょっとこれ見てよ?」
俺は手首に触れ、その場に自分のストーリーボードを空中に表示させる。
【シャングリラ皇国 第一皇女】
――――――――――
あなたは様々な人と知り合います。
やがて彼らは生涯の友となり、世界を救う仲間となるでしょう。
※冒険のヒント:
・『中級者の森』の向こうにある『魔族の村』へ行く
・高レベル魔物を『召喚獣』にする
・魔族領山頂にある『洞窟神殿』の最奥にたどり着く
――――――――――
物語を進めるためのクエストや、次の行動を促す内容は一切記載されていない。
だが――魔族の三人にとっては、これ以上申し分ない冒険の理由が書かれてある。
「どうかしら?――わたくしを『洞窟神殿』まで連れていってくださらない?」
再びそう言って、俺はプリーツの端を指でつまみ、脚を曲げて頭をさげた。
(ああ~!ほんと服装ミスった!)
(せめてもうちょっと広がるスカートだったら最高だったのに……)
(でもまさにオープンワールド!)
(俺は――俺はロールプレイしているぞッッッッ!!!!)
よく分からないが、おそらくこれが「シャングリラを体験する」ってことだろう。
俺は誰よりも早く、ここの楽しみ方を理解した。
――「どうします? 『魔王様』?」
マルケスがユウリに尋ねる。
――「わいはいいアイデアだと思いますよ、『魔王さま』」
ヤオが付け加える。
ユウリはすぅっと息を吸い込み、手をパンと叩いて言った。
「人族の姫にしちゃ――悪くない案ね」
「契約成立ですわね?」
差し出した俺の手を、ユウリが取る。
この異世界「シャングリラ」では、人族・魔族間の相互理解が進んでおり、一緒に行動すること自体に違和感はない。
人族と魔族が冗談を言い合い、笑い合う、優しい世界。
だが、完全に分かり合っているかといえば、そうでもない。多様性と単一性がせめぎ合い、薄氷の上に平和が築かれている世界なのだ。
「じゃあ……」
マルケスは立ち上がり、手首に触れながら唱えた。
――「鑑定無効化」
それを感知したセンサーが、すぐさまホロマッピングを起動する。
「ヴヴン」
周囲に一瞬だけ半円状のバリアのようなものが投影され、すぐに消えた。
「とりま装備受け取って、飲み物買って、さっさと行きましょう――魔王様」
そうだよマルケス!
それが異世界「シャングリラ」の楽しみ方なんだよ!!!!
「逃避行」がはじまる――




