水着女装デビュー
俺は今から生まれてはじめて女性用水着を着る、16歳の男子高校生。
神谷タキ。
選んだのは、白いクロシェレースで繋がったモノキニ水着。
――それが俺の「覚悟」
ボクサーパンツを脱ぐと、反り立った青春おちんちゃんがペチンと腹に当たる。
今にも吹き出しそうな脳汁を理性で抑えショーツ部分を手に取ると、女性用水着が「肌に優しく」作られていることが分かった。
表面はツルツルなのに、裏地はとても柔らかい。
反り返ったアレを無理やりショーツに押し込むと、強い締めつけ感が股間を襲ってくる。
「……きつ……」
今にも噴火しそうな“火山”を、水着素材が無理やり押さえつけてくる。
股への食い込みは下着のそれとは比べ物にならないほど強烈だ。
パットが胸に当たる感触に脳汁がトロリと染み出す。
ホックを留めようとして、思わず声が出た。
「……ン……////」
低い、オスの声。
ホルターネックの紐を結び終え、ふと我に帰って鏡を見る。
そこには女性用水着を身につけた男性が立っていた。
(そりゃそうだろ?)
女装した男の現実。
(家族旅行に来てなにやってんだこいつ?)
(ただの女装した男じゃねーか?)
自尊心、自損死。
「やっぱ止め……」
さすがに旅行先で女装はまずい(葛藤)
メンズの服はなんとか用意しよう。
そう思い水着を脱ごうと、まばたきをした刹那――
俺は、少女に切り替わっていた。
「ッッッッ!?!?!?!?」
何度も確認する。
「うそぉ……変わってる……」
透けたクロシェレースに包まれ、なだらかな曲線を描くボディライン。
小ぶりだが美しい形をした胸を3/4カップのブラが支えている。
ほどよいくびれから繋がる大きめのお尻。
女の身体。
一瞬で少し伸びた髪が、それを強調する。
「性転換の仕組みがイミフすぎる……」
アフタヌーンティーを運んできたスタッフが玄関を出ていく音がした。
それをきっかけにユウリが俺をリビングに押し出す。
「たら〜ん! ママ見て〜!」
「た、たら〜……」
リビングに漂う紅茶の香り。
母はカップを口に運び、一口飲んでから言った。
「……んん~! いいじゃない!」
「っしょ?」と黒い水着を着たユウリ。
「ふたりとも似合ってるわ!」
「ちな、色ちのおそろで〜す!」
「“姉妹”になって初の水着ね! あ写真撮るからちょっとそのまま!」
嫌がる俺を真ん中にして、シャッターボタンが押される。
――カシャッ!
娘たちを横目に、父は妙に誇らしげだ。
「去年来たときは姉弟だったのに、今年は姉妹か……。いやはや色んな経験できて、父さん嬉しいよ……」
うつむいたまま床を見続けていると、無意識で「水着姿を恥ずかしがる少女」のポーズを取っていたことに気付いた。
これまでに感じたことのない羞恥心。
身体は間違いなく女に変質しているが、脳に残ったわずかなオス部分が「水着女装を両親に見せる」というのを拒む。
と――同時に湧き上がる高揚感。
(なんなんだよ……もう……)
脳汁トロトロどころか、膝カクカク、腰ふにゃふにゃ。
(女装で死ぬー)
ユウリはテーブルにあったトロピカルジュースを一気に飲み干し、俺の腕をつかんで引っ張る。
「じゃ、ちょっとだけ行ってくる!」
「ちゃんと日焼け止め塗りなさいよ」と母。
父が続ける。
「夕食は18時以降だ。1時間前には知らせてくれってさ」
「じゃ、20時くらいで~! 行ってきまぁ〜す!」
俺たち姉妹はビーチに飛び出した。
◇◆◇◆◇◆◇
ヴィラのプライベートビーチスペースに、ほとんど人はいない。
ヴィラ宿泊者以外は立ち入り禁止。
つまり人目を気にせず「水着女装デビュー」ができるということだ。
(ふー……)
(よかった、これは安心だ《・》|)
(「じゃねーよ!」という気持ちもあったが、まじで安心した)
・水着女装姿を両親に見せる
・水着女装姿で誰もいないビーチに行く。
そのどちらかを選べと言われたらどうする?
(んー……じゃあ、後者で)
(誰もいないならビーチのほうがマシ)
その選択肢がおかしいと感じないくらい、俺の感覚は麻痺しはじめている。
だが、ビーチに出た瞬間――俺はとてつもない「開放感」で満たされた。
「ふぉ……」
股に食い込んだショーツから、“脚”がしっかりと露出されている感覚。
それなのに、ブラがしっかりと胸を覆い隠している感覚。
腹と首に触れている、優しいレースの感触。
下着や全裸露出とは異なる、異次元の感覚。
(これが水着で海に行くってこと……?)
(たしかにこれは……いい……かも)
(これは……ハマり……)
(ちちちち、ちがうちがう!)
(ぜんぜん恥ずかしい!)
(ありえんから!?)
俺はそれ以上考えるのを止め、真っ白いサラサラのビーチを踏みしめた。
ウッドソールサンダルのつま先が砂に沈み込む。
「あっ……これムズい……」
よろける俺を、ユウリがそっと支える。
「ちょっとあんたー……なんで普通のビーサン持って来なかったの? 海だよ、海?」
「いや入れてたけどお前が……勝手に……っととと……」
「まーたそうやって人のせい!? もっと分かりやすくパッキングしとかないとさぁ?」
そもそも俺の荷物を勝手に総入れ替えしたのはユウリだ。
なぜこっちが攻められているんだ……。
「ほんとこれから困るよ? 女は大変なんだからさぁ?」
「どういう理屈だよそれ……」
「うるせー、ばーかばーか!! てやっ!! オラッ! アホッ!」
――バシャッ!バシャッ!バシャッ!
蹴り上げられた波が勢いよく舞い上がる。
「わっ! なんだよアホ! かけんなよ! フンッ! せやッ!」
――バシャバシャッ!バシャバシャッ!
いけない太陽に照らされた水しぶきが、俺たち姉妹を濡らす。
――ナーナーナーナーナーナーナーナー♪ ナーナーナーナナーナーナーナー♪
レース、ブラ、パット、ショーツ。水を含んだ水着生地が肌に密着し、肌と一体化したような背徳感を生んでいる。
「ちょちょちょちょ! 止め! 止めッ!」
ユウリが叫び、俺は手を止めた。
「てかこんなことやってる場合じゃなかった……あんたの水着探しに行かなきゃ?」
「いや、いいよ別に……」
「え、今持ってるの一着だけでしょ?」」
「一着あったらいいだろ? てか向こうめっちゃ人いるし、やだよ……」
「は?」キレ顔に豹変するユウリ。
「――は? は? はぁん!?!?!?!?」
そして「なぜ一週間も沖縄にいるのに水着一着ではダメなのか」を高速圧縮して説明しはじめる。
……結論から言えばその理由は、「色んな水着着たいじゃん?見せたいじゃん?」という陽キャ特有のシンプルなものだったが、ほんの少しだけ納得してしまった自分がくやちぃ。
「いや、おまえは見せたいかもしれないけど……わたしは別に……」
自然に口から出た「わたし」という一人称。
ユウリは笑顔を見せ、俺の両肩に手をのせた。
「いい、タキ? タキちゃん? あたしは自分の水着姿だけじゃなく、あんたの水着姿も誰かに見せたいわけ。見てもらいたいわけ、わかる?」
「わからんし、どーゆーことだよ……」
「どーもこーもないっ! こんな美少女姉妹が“おそろ”の水着着てんだよ!? そりゃ、見てほしい。あたしと、あたしの自慢の『妹』を!!!! この可愛すぎる妹ちゃんを!!!! わかる?」
「いや、ぜんぜん……」
ユウリは俺の頭を抱きしめ胸に押し付ける。
ぎゅムッ――「ぷワっ!」
ユウリに抱きつかれるなんて、いつぶりだろう?
記憶では小学生ぶりくらいだが、それより胸の感触が気になった(最近仕入れたブラ知識を参照)
今思えばそれは――単純な「嫉妬」だったのかもしれない。
(……てか胸でけェ……細いくせになんだよ)
(たぶんFとかGくらいあるだろぜったい)
(チッ……うらやま……)
(うらやま……しくない、しくない! 全然うらやましくないし!?)
(てかなんで「うらやましい」感情が出てくるわけ!?)
(え怖ッ!? なにこの感情怖ッ!?)
ユウリがさらに胸を押し付けてくる。
「や、やめッ! わかったら! 行くから離せ――」
「……よし。じゃ、行こっか」
「ちッ……」
俺たちは酔っ払いサラリーマンのようにじゃれ合いながら、波打ち際を歩きはじめた。
◇◆◇◆◇◆◇
オープンビーチに入ると徐々に人が増えてくる。
幼い子どもを連れた家族、若い新婚風カップル、熟年夫婦、海外の女性グループ、マッチョ男性グループ、明らかにナンパ待ちのお姉様たち。
そして、明るい水色のツインテールを揺らす、灰色のチェック柄ワンピース水着を着たお兄さん。
(要素詰め込みすぎて、主張つよつよすぎる……)
(どこにでもいるよな……)
オープンビーチはホテル利用客以外にも一般開放されているエリアだ。
“一般開放”とはいうものの入場時はIDチェックが行われるので、犯罪歴がある者や身元不明な者は立ち入ることはできない。
逆をいえば、女装した彗星教原理主義であろうが全身タトゥーの輩であろうが、フツーの人であれば入場可能。
費用は安くない。
だが――「ワンチャン金持ちや有力者と出会えるかも。つー意味なら安いもんよね」とユウリは皮肉混じりに言っていた。
ふと立ち寄った海の家はとても高級感の溢れる場所だったが、そこには俺の着れるようなミニマムサイズの水着がなかったため、結局すぐ店を後にした。
「さっきのTバック。いいと思ったんだけどなぁ~!」
「あれはダメだろ……まじでだめだろ……」
「海外ではフツーじゃん、Tなんか?」
「ならおま――……ユ、ユウリが着ろよ」
「お? お? やっと呼びかた変える気になった?」
俺は小学校高学年くらいからずっとユウリを「お前」と呼んでいた。なぜそうなったのかは覚えていないが、姉と弟なら別に違和感はないはずだ。
だがさっき、今後ユウリを「お前」と呼ぶことを禁止された。
理由は「アホの弟にそう言われても一切響かんけど、かわいい妹にそう言われると……お姉ちゃんちょっと凹む……(ぴえ顔)」だそうだ。
「てかさ……『ねぇね』、『お姉ちゃん』でもいいんだよ!?」
「は? 言うかよ!」
楽しそうに歩くユウリが少し離れた船着き場を指差す。
「あ、ジェット借りよう!」
「むりむり、あれ免許いるだろ……」
「は? 一級小型船舶くらいは持ってるが?」
そう言うとユウリはどんどん先へ歩いていく。
「えー、もういいよー。せめて休憩しようぜー……」
「若いんだしいけるって! 時間あるし!」
たしかに夕食まで時間はある。
しかし、俺は慣れないヒール付きサンダルを履いていることもあり、ちょっと前から歩きたくなかった。なんならさっきの海の家で休憩したかった。
「休憩~、足痛い~、休憩~、足~……」何度も呼びかける。
ユウリは「早く早く!」と振り返ると、一人で先に進んでいく。
遠ざかるユウリの背中。
届かない声。
(これが女の身体の『仕様』か……)
(てか暑いし……」
(足痛いし……)
辺りに並ぶフリービーチチェアを見ていると、その一つが目に入った。
(お、空いてる?)
チェアに駆け寄ってみるが、今使われている様子はない。
(ラッキー!)
すぐに腰掛ける、目いっぱい背もたれを倒す。
(……すぐ飽きて戻ってくるだろ)
(パラソルもあるし、クーリング機能もあるし完璧じゃん……)
(てかしばらく寝るかな……)
ふぅ……と、まぶたを閉じた直後、近づいてくる足音。
「ねぇキミ? おねーちゃんに置いてかれた系!? どうすんの!?」
男の声が俺に呼びかけてくる。
「ん……?」
目を開けると、二人組の男が立っているのが見えた。
二人は「格闘技かじってます」風の似たような身体つきで、派手なトランクスを履き、サングラスをかけている。
「ええと?……」
誰かと間違えたのか辺りを見渡すが、誰もいない。
二人は俺の横に移動してしゃがみ込む。
左腕にトライバルタトゥーの入った金髪がユウリを指差して言った。
「さっきの人、キミのおねーちゃんっしょー? 先に行っちゃったけど、追いかけんで大丈夫?」
コーンロウを後ろで束ねたハーフ顔がドヤりながら言う。
「まぁ、ここのビーチめちゃ安全だからねー、そうそう変なことないよー。もしかして、おねーちゃん帰ってくるまで暇なら、ちょっと俺らのおもしろゆんたくとか聞かんね? おもしろかったらグッドボタンって感じでねー」
「はぁ?……(つまんね)」
またこれか。
(はー、つまんね)
(人生で何回目だ……この『やり方』)
(俺を“ダシ”に、ユウリをナンパするやつでしょ?)
(はいはい、もういいもういい)
(どっかで情報商材みたいに売られてんの? このテンプレみたいなナンパ法?)
(はー、だる……)
明らかに不機嫌になっていく顔を見て、金髪がスマホ画面を見せてくる。
「てか俺ら『メンソーレタムズ』っていう名前で動画とか沖縄系インフルエンサーやっててさぁ。まぁ、ゴリゴリのやんちゃ系だから、あんまキミみたい可愛い系の子は知らんかもだけど……最近だと『夜中にうるせぇ米兵殴ってみたシリーズ』とか、ショートでけっこうバズったんだけど、知らん?」
「いや、知らない……(話なげーよ)」
「あ、じゃあさー。『みゅーまっち』知ってる? コスメ系でやってるジェンダーレスのインフルエンサーだけど? こないだあの娘とコラボしてさー、まだ動画上げてないんだけど。ほら、これツーショ見てみー?」
今度はコーンロウがスマホを俺に見せる。
「いや、たぶん興味ないと思うんで……(どーでもいー)」
(あー)
(ほんとだるい)
(そもそもユウリが見る動画なんて、どっかのオッサンがやってる意味わからん先端科学技術の解説とかだぞ?)
二人は砂浜にどっかりと座り込み、本格的に話し込むような姿勢を見せる。
(いやいや)
(もういいって)
(ほんとだるいから)
金髪が楽しそうに話しかけてくる。
「おねーちゃん興味なかったとしてもさー? キミはこういうの、アリなんじゃない?」
「やんちゃ系とか、けっこう気になるんじゃない?」
二人はサングラスを頭にかけ、俺を見つめながら胸筋をピクリと動かした。
……。
あ。
ナンパだ。
ナンパされてる。
うわぁ、ナンパされてるわ、俺。




