初めて女装した日
一学期の終業式が終わった――
今日は部活が休みということもあり、俺たち三人はいつもより少し早めに解散することにした。
手に持った制服のジャケットを振り回しながら、俺はみんなに声をかける。
「じゃ、また明日なー! 10時だぞー!」
「みんなまた明日ねぇ~!」
「うぃー、遅れんなよー!」
ヤオは赤ちゃんみたいに手をひらひら動かし、マルケスは親指を立ててサムズアップ。
高校に入学して数ヶ月。国際的テロリストの襲撃も、異世界への召喚も、特に起こることなく――時間はあっという間に過ぎていった。
時間とは、シームレスなものだ。
うちの学校は「幼小中高大エスカレーター方式」。だから、それをよく実感する。
クラスはずっと似たような顔ぶれだ。特に仲が良いのは、幼稚舎から一生同じクラスのヤオとマルケス。彼らとの関係は友人や親友というより、もはや兄弟姉妹のような感覚に近い。
(姉弟で恋愛関係になれる?)
(いやムリっしょ?)
(俺はムリ)
つまり――ヤオとはずっと友人のままだ。
中学時代に気づいたが、「友人と毎日会える」というのは、実はチョー幸せなことだ(達観)
残された日々に感謝しながら「青春時代」を楽しもう。
青春を楽しむといえば、今日は朝からものすごく気分が良い。
理由は「やっふー!夏休み!」なんてガキじみた話じゃない。
今日は、”アレ”が届く日なのだ。
男子高校生必須のアレ!
アレ?
健康で健全な男子なら、一度は通るアレ。
もちろん、配達先は近くの宅配ロッカー。
完璧だ。
両親は17時まで帰ってこない。アホ姉は大学のゼミで遅くなると言っていた。
つまり――決行するなら今日。昼から夕方にかけてだ。
(ふひ……楽しみすぎる)
ないはずのおっぱいがふわふわする。
むずむずとした興奮がおちんを襲う。
(やば……これが初めてを失う前の気持ちか?……)
抑えきれない“青春おちんちゃん”を落ち着かせ、俺は浮かれ顔で帰路についた。
――(シュル……ファサッ……)
やわらかな布の擦れる音が聞こえ、海綿体にすべての血液が集まっているのが分かった。チャイナロリータのブラウスがひらりとめくれ、甘めのフリル付きブラがあらわになる。
視線の下にある乙女の膨らみ。
俺は思わず声を漏らした。
「ちょ……ッ……やめッ……////」
甘い、メスの声。
(ちょちょちょちょ、ちょっと待って!?)
(なんつー声を出しとるんじゃ!?)
(ド淫乱のメスじゃねーか!?)
落ち着け、神谷タキ。
ままままだあわてるような時間じゃない!?!?
むしろ今こそ冷静ににににだだだだでででで!?!?
――神谷タキ、16歳、男子高校生。
俺はいま女装している。姉の目の前で。
人生ダメそうだ。社会的に瀕死状態。
うん。もう死んでる。
それはさておき――
女装って、こんな一瞬で心と身体を“メス化”するものなのか。刺激が強すぎすぎる。初めて女装したあの日、あの無限に続く性欲をみんなどうやって慰めたのだろう。
心臓ドクドク、脳汁ドピュドピュ。
身体中の液体という液体が、穴という穴から吹き出し、全身がトロットロの不可視ローションで覆われたような感覚。
(マジで女装怖ぇ〜……そりゃみんな沼るわ)
(ホント気をつけないとな……)
思考は冷静さを取り戻しつつあるものののの、身体は相変わららららず火照ったまままま。
とりま心配なのは――俺の「青春おちんちゃん」
(てかあいつ何?)
(こんな大切なときにまさかサボり?)
視線を落とすとフリル付きブラが目に入る。そこからチャイナ風のプリーツスカート、そしてニーハイからクロスストラップのチャイナヒールへ。
(このプリーツが当たる感じが、めちゃ……いいゾ)
「おちんちゃんの状態」は不明。
過去の経験からすれば『トロリ』していてもおかしくない感じ。しかし……音沙汰がない。
箱に入った猫いわく――実際にモノを見るまで状態は確定しない。
(実質セーフ……か?)
そういえば、下半身を包むリボンフレアショーツの締め付けが、妙にマシになっている。
(なんでだ……?)
(あ……そっか!)
(空気読んでるんだろうな)
(えらいえらい! 生えてるだけで優勝!)
ふいに――首筋をなで上げるような『スゥ……』という感覚が走った。
「ァ……」
喉の奥から、両声類顔負けのふわとろ甘々ボイスがもれる。細い指先が鎖骨をすべり落ち、胸元の影へと近づいてきた。
ウケになるという感覚。
ブラのレースをそっと撫でられただけなのに、まるでそれが肌そのものになったような錯覚に陥る。
「も……もういいって、おまえ……。まじで……やめ……ッ……////」
ブラウスを弱々しく引っ張って抵抗した、その肩越しに――黒髪の女の顔がのぞかせる。
実姉――神谷ユウリ
家族でなければ即死レベルの神ビジュ顔面偏差値を持つユウリは、ねっとりとした目つきで俺を見つめていた。
ユウリが「ふ……」と息を吹きかけてくる。
「ねぇ……ヤらせて? すぐ済むから?」
「……ッ……////」
返事をする間もなく、手がブラカップの中へ。
「ッ……!?」
その腕に、ふと違和感をおぼえた。
ゴツく角ばった手首に、浮き上がった血管。大学二年の女子とは思えないほど、妙に乾いた肌。
『女は、光陰によりやすく様をかふものなり』――春風院瑞月
女性は時の経過によって姿や様子が変わりやすいものだ(やんわり)
心の声がバレたのか、ユウリは俺の胸の先をわざと乱暴にこすり上げてきた。
「……んッ……」
吐息が漏れる。
「はいはーい、動かない動かない。すぐ終わるよ~」
脇肉をぐっと持ち上げられると、胸に谷間ができた。
ふっくらしたお胸をじっと見つめながら「ふ~ん」とつぶやくと、ユウリはめくったブラウスを直しながら言う。
「てか……カワイイじゃん?」
――(シッキュン!?)
「ほら、鏡見てみ? まじ、びっくりするくらいカワイイ」
低く甘いイケボに思わず子宮がキュンとする。
もちろん俺に子宮はないが、それに近い表現がどうしても思い浮かばない。仕方ない、あえて言うなら――『前立腺がゴリッ』ってことで。
おやおや……ところで「カワイイ」だって?
(ないない)
(それはないわー)
いやいや、ゆーてそこらの男子高校生が、ちょっとメイクして、ちょっとウィッグかぶって、ちょっとコスプレしただけで可愛くなれるほど、#あの界隈 はヌルくない。
膨大なコストに、たゆまぬ努力。無限の向上心を積み上げて、ようやく『無加工でもそこそこ見れるビジュ』になれるのだ。
そもそも俺。身長そこそこあるし(172センチ)
塩顔でも女顔でもない。
つまり、女装向けじゃない。
まーでも……確認はしとかないと!
(せっかく着たしな)
(せめて自分で見とかないと)
(ウソでも“そう”って言われてるし)
ユウリに背を押され、俺は鏡の前に立った。
すると、その瞬間――全身を貫く、例えようのない衝撃が走った。
――「!!!!???? !?!?!?!? ……ッ!!!!」
まじ衝撃。
いつもの性的絶頂なんて比じゃない。全身がこう……アレだ……ググググ……ドゥルルルルルルルルルルルル。
つまり、やべーすげー女装すごい(語彙消失)
「え……これ……エッッッッ……」
鏡の向こうに立っていたのは、チャイナロリータ姿の小柄な少女。身長150センチくらい、華奢な体つきにベリショの髪。
姉にも勝る神ビジュ少女――いや、神こえて神々の王。
男の本能欲望がドロッと溶け出し、一線を越えたことが直感で理解するレベル。
思わず下半身に意識を向けるが「イッた」感覚はない。
そんなことより――
(俺、めっちゃ可愛いくね?)
(俺、めっちゃ似合ってね?)
(俺、めっちゃイナロリータ少女?)
衣装はブカブカ。
それでも、全然イケる。
イケすぎる。
(うそだろ……)
(初女装でこんなに可愛くなれるもんなの?)
(フツー無理だよな? え俺だけ?)
ユウリに軽くメイクしてもらっただけなのに、今の自分は完全に「女」そのものだ。
女装して鏡を見ると、自動的に起動する“セルフ加工機能”が働いているとしても――可愛いすぎる!
(俺って選ばれし者?)
(性別の壁、越えちゃった!?)
(俺――なんかやっちゃいました????)
興奮と戸惑いを胸に、鏡に映る自分の姿を何度も見つめた。
「……」
やはりおかしい。
「……」
おかしいおかしい。
(誰よ、この女!!!!)
(この鏡、どーなってんの!?)
(いつもの俺を返して!?)
すると、いつの間にか鏡の中にいたイケメン青年が声を上げた。
「まさか、弟くんが妹ちゃんになっちゃうとはねぇ……」
彼は髪をかき上げ話しを続ける。
「前世で積みまくった『業』がここで返ってきたかぁ……」
俺は鏡ごしのイケメンに声をかける。
「いやいや……お前は誰なの!?」
「――タキくん……女の子になっちゃったね?」
「なってねーし……てかまじ誰?……」
「だからユウリお姉ちゃんも――男になってみたよ?」
「……は?」
姉のユウリだと名乗る青年は、いたずらっぽく笑いながら俺のスカートをつまみ上げようとする。
「チェックしてみよっか――ここの中?」
「やッ……ちょッ!?」
反射的にスカートの前を押さえ込むと――その瞬間、あることに気づいた。
「あぇ!?」
お股がスムージングされている。
「……ない? ……おちんが……ない?」
「ね? ないね? 」
「え……なんで? ど、どういうことだよ……」
「どういうことだろうねー? タキちゃん?」
鏡越しに見つめ合う二人。
つまり――どういうことだってばよ!?
凍てついた時間の中、俺は帰宅直後に起こった出来事を思い出す。
◇◆◇◆◇◆◇
「だいまー」
玄関を開けると目に飛び込んできたのは、二階まで点々と続くゴミ。宅配便の外袋らしいそれは、まるで犯人と足跡を示しているかのようだった。
犯人はいったい誰なのか――?
「チッ……ここに捨てんなっつーの、アホが」
ペロッと推理するまでもなく、犯人は実姉のユウリで間違いない。
「てかあいつ居るのか……だりぃ……」
俺は今日、人生を左右する、めーっちゃ重要な儀式を行う予定だった。
家で、一人きりで。声を出して。
だが、家族がいるなら話は別だ。
しかもそれが、姉のユウリならなおさら……。
(今日はもう無理か……)
(明日以降、誰もいないときにするか……)
(なんせ初めての試みだし、何が起こるか分からんしな……)
そう考えながらゴミを拾い上げてると、なんか怒りが込み上げてきた。
「てか……おいユウリ! 自分で捨てろよ、ゴミ!」
二階に向かって叫んでみるが、返事はない。
(無視すんなよアホ)
「おいゴミ! 聞こえてんだろ、アホ!」
返事はない。
「クソ……」
冷静に考えた結果、ゴミはゴミ箱へ。
あいつの部屋なんぞ、ほぼゴミ箱と変わらない。
“これ”をユウリの部屋にばら撒くことは、もはや正義の執行だ。
ゴミをワッシャーッと集め、階段ダダダダッ!
で、そのままドア、ドンドンドン!
「おい、ユウリ!」
ゴソゴソという音、短い返事。
「ちょまー……」
扉の前で待っていると――なんとも言えない「んぎぎぎぎ」という感情が込み上げてきた。
「入んぞォ!?」
勢いよくドアをあけ、手に持ったゴミをばら撒く!
ガチャッ!!
――「ほらよ! プレゼントだ!」
その直後、頭上で破裂音が響く。
――パンッ! パパンッ!
舞い落ちてくるメタルテープ。
「え……?」
視線の先、部屋の壁には手描きのポスターが貼られていた。
――『Happy Re:Birthday』
――『タキちゃん!再誕おめでとう!』
「ん? 誕生って……もうちょい先だろ――」
と視線を横に滑らせると、いつもは廊下に置いてあるはずの「コーデ用トルソー」が見えた。
そこには、かわちぃチャイナロリータ衣装が着せられていて、足元のローテーブルにはタグ付きのブラとショーツがきれいに並べられている。
どれも身に覚えのある――いや、ありすぎる品々。
そう、これは俺が注文したものだ。
瞳孔はフル開放で固定され、視界はパキったように研ぎ澄まされる。心拍数が一気に跳ね上がり、全身の毛穴ボッと開き、脇や額から汗がブジュと噴き出す。
「……ッヒュ」
呼吸が一瞬、とぎれる。
ユウリはそんな俺の全身を舐めるように見つめ――慈母みたいにほほ笑む。
「あんたも男の子だもんね?」
「え、いや……これは……」
いあ゙ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああー、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァー!!!!
あ゙あああああぁぁぁぁ……ぁ……。
はい、俺死んだ。終わった。完全に死んだわ。
お父さん、お母さん、今までありがとうございました。今日から俺は奴隷です。一生姉の奴隷。
理由ひとつ――「女装コスプレフルセット(下着、ウィッグ込)が宅配ロッカーではなく自宅に届き、それを姉が開封した」からです。
死の呼吸・壱の型――「女装バレ」
ブラを両手に持ち、ユウリが近づいてくる。
「じゃ、着てみよっか?」




