第一章9話・初陣編「クレーター」
*挿絵あり
「霧幹いいいいぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
「きゃああああああああああ!!!!!!」
巫心都はその衝撃的な光景に耐えきれず、悲鳴を上げる。
全く状況は分からないが、穂緒は永遠を止めようと手を伸ばす。
そのとき。
——ズドオオオォォォォン!!!!!!!!
永遠に、柱のように巨大で、黒い触手のようなものが突き刺さる。
その風圧は台風を思わせ、穂緒と巫心都は立っているのもやっとだった。
永遠は貫かれたまま空中に持ち上げられる。
「あ……がぁ……」
永遠はこちらに手を伸ばそうとする。
しかしその触手は永遠を貫いたまま戻り、視界から消える。
「永遠あああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
巫心都が半狂乱の状態で駆け出そうとする。
「やめろ菊之地! 何が起こるか分からない!」
穂緒は巫心都をすんでのところで抑える。
巫心都は最初暴れるが、ほどなくして力なく地面に座った。
嗚咽しながら顔を覆う。
穂緒は、意を決して、表の大通り出て、触手の主を確かめる。
——白い鳥が逆さまに吊るされたような、巨大なバケモノが空に浮かんでいた。
口の先に黒い球体が浮いている。
黒い球体から、先程見た巨大な黒い触手がいくつも出ていた。
その触手の内の一つに、永遠が刺さっていた。
こいつが、永遠を……
穂緒は憎悪をあらわにするが、同時にそのスケールに圧倒されていた。
先程まで戦っていたのは、せいぜい自分より身長が高いくらいのものだ。
だが、あの巨鳥はものが違う。
ビルと同じくらいの大きさがある。
その圧倒的な存在感に、立ち尽くす他なかった。
そこで突然——穂緒は全身が何かに掴まれたような感覚がよぎる。
全身が脱力し、一瞬で頭の中がマイナスな感情で埋め尽くされてしまう。
「ああ、ああ、あああ……………」
それはまるで夢をみているかのような感覚。
穂緒は膝をつき、焦点の定まらない目で地面を見つめる。
「ああ、俺は、本当は何もできないのに、なんで神人になろうって思ったんだ。あんな鳥、勝てるわけがない……菊之地、君の言う通りだ。ここに居たって何の意味もない。俺らはただ人生を無駄に先延ばししてるだけだ。あいつに終わらせてもらおう。そして次の人生に行こう」
自分にも他人にも希望が見出せない。
今後何を頑張っても何も成果なんてどうせ出ない。
もう生きる目標がない。
もうどうやって生きていったら分からない。
もう生きている意味が見いだせない。
そんな感覚に陥った。
巫心都は穂緒の異変を見て信じられないと思いながらも、なんとか言葉を紡ぐ。
「やめて……あんたまで変な事言い始めないで……もうあんたしか私はいないのに…あんたまでおかしくなったら私、どうすればいいか分かんない…ねえ!」
巫心都は膝をつく穂緒のもとへ駆け寄る。
「ねえ! わけわかんないこと言わないでよ、もうど……」
巫心都は急に、体が何かに掴まれたような感覚がよぎる。
一瞬の脱力。
そののちに。
「——あーーーーーはっはっはっはぁ!!! あんたどしたのぉ!?!? きゅーにテンションダダ下がりになっちゃってさ!!!! あはははははっ!!!!」
巫心都はテンションや雰囲気をガラっと変える。
腹を抱えて馬鹿笑いを上げ、目の端に涙を浮かべた。
「もう永遠とかいいじゃん! いなくなっちゃったんだし! 気にしたってしかたがないよ、ねえ? んで、空になんかあんのぉ…ってデッッッカ!!! なにあれヤベー! まああんたならぱぱーっと倒せるって! 大丈夫、大丈夫!」
巫心都は穂緒の肩をバンバン叩く。
そして急に艶めかしく穂緒の腕を撫でながら手を絡ませる。
熱っぽい視線に変わる。
巫心都は息遣いが聞こえるほど耳元近くで話しかける。
「それよりもさあ、私に付き合ってよ。君のコト、実は目つけてたんだよねぇ……?こっちきてよ……」
巫心都は妖艶な笑みを浮かべると、穂緒を何とか立たせて手を引く。
穂緒は急に巫心都に引っ張られる。
ズドオオオォォォォン!!!!!!!!
その時、先程まで二人が居た場所に、巨大な触手が飛んでくる。
「ああああああっ!?!?」
「きゃあああああ!!!!」
二人は間一髪当たらなかったが、風圧で二人とも吹き飛ばされた。
二人は地面を激しく地面を転がるが、何とか立ち上がる。
「いっってぇ………。そうか、あの黒いやつに吹き飛ばされて……菊之地、大丈夫か?」
「………全然、大丈夫じゃ、ない」
武装も何もない巫心都は特に体のあちこちが痛み、顔を歪める。
そこで穂緒はあることに気付く。
「……そういえばさっきまでどん底みたいな気分だったのに、もう何ともないな」
穂緒は全身にべっとりと纏わりつくような絶望がきれいさっぱり無くなっていた。
体が軽くなっているのを感じる。
「君も、何ともないか?」
「ねえぇぇぇ!!!」
巫心都はいきなり穂緒の服を激しく掴む。
「永遠を!!! 永遠を助けてぇぇぇ!!! 永遠は…永遠は……し、死んじゃったの…?」
巫心都は顔を強張らせながらスーッと涙を流す。
最後の希望に縋るように穂緒を見つめる。
穂緒は永遠が触手に持ち上げられている光景を思い出す。
「……俺が最後に見たときは、まだ動いていたが」
そう言うが早いか、巫心都は穂緒にさらに詰め寄る。
「それなら!!! ねえ、助けられる…? 助けれるなら、助けてよ……」
「……今どうなってるか分からないぞ」
「そんなことどうでもいいのっっっ! 私には、もう、あの子しか、いないからっ……」
巫心都は穂緒の服をぎゅっと掴んで引き寄せると、はらはらと涙を落とす。
「永遠は……何も分かんない私に、必死に話かけて……私を救ってくれた」
巫心都は永遠との出会いを思い出す。
巫心都は死んですぐに、転生するかアイリスライツか、選択を迫られた。
すぐ今の自分を捨てて、誰かに転生するのはあまりにも恐ろしく感じられた。
だから巫心都は災害と戦う道を選んだ。
しかし、試練では急に得体の知れない怪物に追い回された。
死に物狂いで何とか生き延びた。
巫心都は自分の死を受け入れるだけでも精一杯だった。
なのに、決断を迫られたり怪物に追い回されたりし、憔悴しきっていた。
自分の運命に疲弊し、俯いて座っていた。
そんな巫心都に声をかけたのが、永遠だった。
誰もが自分の事で精いっぱいな時に話しかけ、話を聞き、寄り添ってくれた。
言葉になっていたか怪しい話を、永遠は真剣に聞き巫心都に向き合ってくれた。
それは余りにも些細な事だったかもしれない。
しかし心の弱り切った巫心都には十分に大きすぎるものだった。
永遠は心に大きく空いた穴を埋めて、救ってくれた。
「私には、永遠しか、いない……から、助けて……お願いっ……」
巫心都が心の底から願いを吐露する姿を、穂緒は初めて目にした。
穂緒は巫心都の涙を見て、妹の事を思い出す。
失意の中、どうしようもなくて、でも何とかこの状況を変えて欲しいと。
助けを求める、そのまなざし。
妹がかつて自分に頼ったその姿と重なる。
こういう助けを求める人を前にした時、穂緒がやるべきことは決まっていた。
穂緒は決意を固め、巫心都の手を取る。
「……分かった。全力を、尽くそう」
穂緒はビルの影から、表通りにいる巨鳥の災害因子を伺う。
巫心都はその様子を不安そうに見つめている。
あの鳥はいまだ、永遠を生け捕りにしている。
永遠は苦しみながら逃れようと動いている。
胸が苦しくなり目を背けたくなる様子だった。
モズの早贄のような、その異様な光景。
人間が弄ばれているような、尊厳を踏みにじられているような感覚を覚える。
穂緒は考えた。
あの信じられない大きさの、柱のような黒い触手。
風圧だけでも吹き飛ばされるその質量は、直撃だけは避けなければならない。
しかし、それ以上の最大の障害は、あの精神攻撃。
あれを受ければ精神状態が逆にされ、戦闘どこではなくなってしまう。
どうすればいいか。
……実は穂緒にはその攻撃する瞬間が見えていた。
あの巨鳥の姿に圧倒されていたとき。
巨鳥の“影”が、穂緒に向かって伸びてくるのを、目撃していた。
それが穂緒の影に重なった瞬間、自分が自分でなくなっていた。
……ならば、それを防げばいい。
穂緒は神駆火劔を持ち上げる。
「……いくの? 倒せるの?」
巫心都が心配な気持ちを滲ませ、穂緒を不安げに見つめる。
穂緒は巫心都を安心させるように、優しげな表情で力強く見つめ返す。
「心配するな、菊之地はここで見守ってくれればいい。危なくなったらすぐ呼んでくれ。それでいいか?」
「…うん」
「よし……行ってくる」
穂緒はビルの影から巨鳥の災害因子の様子を見て、突撃するタイミングをうかがう。
巫心都は、なおも不安げに穂緒の背中を見つめる。
巫心都にはどうやってあの怪物と戦って永遠を救うのか、全く見当がつかない。
穂緒はそんな心配をよそに、腰を低くし突撃の構えをとる。
「………」
唾を飲む。
緊張が走る。
「……ッ!!!」
穂緒は——駆け出す。
一瞬の油断であの触手の餌食になりかねない。
穂緒の呼吸は嫌でも荒くなり、面の中で反響する息はうるさいほど聞こえてくる。
それでも、永遠を救うため、巫心都の友を救うため。
疾く、
疾く、
疾く、駆ける。
巨鳥の災害因子はようやく穂緒の接近に気付くが、慌てる様子もない。
そして。
「……きたッ!!!」
逆さ巨鳥の地面に落ちる「影」が、ゆっくりと穂緒の方へ伸びてゆく。
そして穂緒の目前まで迫る。
影が穂緒を捉えるまであと少し、という時。
「………フンッ!!!!」
穂緒は足にエネルギーを溜め、そして地面を思い切り踏み抜く。
すると……地面がクレーターのように捲れ上がる。
穂緒の影を取り囲むように岩の影が出来ていた。
巨鳥から伸びた影は————止まっていた。
……穂緒が吹き飛ばされた時。
穂緒はビルの影まで吹き飛ばされることで、精神攻撃から解放された。
そして巨鳥の影が戻る時、わざわざ地面に出来た「影を避けて」戻っていた。
穂緒はその時気付いた。
……あの影は、光の当たる場所しか通れない。
——自分の影が他の影に隠れる状況。
——自分の影に近づけない状況。
そのどちらかなら、精神攻撃を受けないんじゃないかと考えた。
まず自分の影が他の影に隠れる状況から考えた。
大通りの真ん中にいる巨鳥に、影伝いのみで接近することはできない。
何か物を持って影を作りながら近づくのはどうか。
……自分の影を隠せるほどの大きな物を持つ。
……そして自分の影を走りながら完璧に隠す。
……しかも触手の攻撃を避けながら。
これは厳しい。
そして穂緒が思いついたのは、自分の影に近づけない状況。
エネルギーを地面に放ち、捲れ上がった地面の影で自分を取り囲む。
自分の影に触れる隙を無くしたらどうかと考えた。
……そしてその試みが見事、成功したのだった。
敵の影は向かう先を見失い、おろおろと戸惑っている。
その隙に穂緒はエネルギーを足に溜め、爆発。
今度は前進するための推進力に使う。
全力で駆け出し、巨鳥に迫る。
巨鳥の影は、遅れて穂緒を再び追いかける。
しかし穂緒は近づかれるごとに地面をクレーターにして、巨鳥の影を寄せ付けない。
穂緒はどんどんと巨鳥との距離を詰める。
穂緒の作戦は、巨鳥相手に効果てきめんだった。
「……きたッ!!!」
そして、巨鳥の目前まで迫った。