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第一章2話・異境編「霧中の試練」

*挿絵あり

*2025/03/31 一部挿絵修正

*2025/04/13 内容修正(物語の前後で大きな修正はありません。この話数のみでの修正です)




 ひたすら続く木道。

 両脇にはアヤメの花が見える限り咲いており、遠くは霧がかかっている。

 湿度のあるひんやりとした空気が肺を満たす。

 聞こえるのは木道を歩く穂緒(ほつぎ)の足音のみ。



 

 ……どれだけ歩いただろうか、ようやく変化が見えた。

 ——木道の終わりが見え、その脇に看板が立っている。

 しかし、さらなる不安が穂緒(ほつぎ)を襲う。

 

 ……木道の終わりの先には、霧しかなかった。

 背中からはい上がる不安を抱えながらも、看板を見る。

 看板にはこうあった。




『この先をひたすら進め。何があっても前を目指して進め。ここからは『試練』である。困難に打ち勝ったならば、同志の元へ辿り着かん。……ただし、決して、振り返ってはならぬ』




 「試練」という言葉……そして不安をあおる文言……

 振り返ったら、どうなるのか。


 目の前には先の見えない深い霧がどこまでも続いている。

 ……しかしこの先がどんなに恐ろしくとも、穂緒(ほつぎ)はこの道を選択した。

 行くしかない。


 意を決して穂緒(ほつぎ)は歩き出す。

 やがて、穂緒の体はより深い霧に包まれていった。




 霧が立ち込める中、道の無い空間を歩く。

 不快な霧が、体にべっとりと張り付く。

 視界は三メートル程しかない。

 そうしているうちに、何かの物影が視界に現れた。




 ——行く先に、汚れた剣や槍などの武器が、地面に刺さった状態で現れ出した。




 正体不明の武器たちに、近づくのも恐れる。


「何が起こるんだ、一体——」


 更なる不安にあおられ、一瞬一瞬が恐ろしく感じる。

 ザッ、ザッと鳴る足音が大きく聞こえるように感じるほど、音にも敏感になる。


 ザッ、ザッ——


 ザッ、ザッ——


 ザッ、ザッ——


 ザッ、ザッ——


 ザッ、ザッ——


 ……ザザッ




「!!!」




 背後で、何かが聞こえた——

 振り返る。

 何もない。


 …………振り返ってしまった。

 だが何もいない。


 再び歩き始め、

 ……ようと前へ振り返った時。




 ————眼前に、不定形で黒光りする「異形」がいた。




 それは人型を模してはいるが、スライムのように常に形を変え、腕が生えたり沈んだりする。

 穂緒(ほつぎ)は驚きと電撃が走るような嫌悪感を覚える。

 反射的に後ろに逃げようと振り返る。




 ————そこには、異形による高い高い「黒い壁」。




 うごめく異形が結合し、分離し、折り重なってできた、不快で黒光りする壁。

 ……それが、迫ってくる。


「……うわああああああぁぁぁぁぁッッッ?!?!?!!?!???!」


 穂緒(ほつぎ)は猛然と振り返る。

 とっさに近くにあった剣を引き抜く。


 最初に目の前に現れた異形に叩き付けた。

 剣は少し異形を斬ったが、すぐ途中で折れてしまった。

 それと同時にけたたましい叫び声を異形が放つ。

 異形の脇を、つまずきながらも必死に走り抜ける。


「ハアッ……ハアッ……ハアッ……なんなんだよこれッ……!!!!」


 穂緒(ほつぎ)には何が起こっているのか全く理解できていなかった。

 とにかくあの看板に従って必死に前へ走る。


 全身に血が駆け巡る。

 とにかく必死に走る。

 ——走る。

 ——走る。

 息が荒くなる。

 振り返る。


 黒い異形の壁が、そのでたらめに生えては沈む手足を地面に叩きつけながら迫る。

 穂緒(ほつぎ)は必死に走る。




 ——突然目の前の地面から、ぬるりと異形がはい上がる。


「ああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 穂緒(ほつぎ)は猛然と近くの剣を抜き、思い切り差し込む。

 しかし上手く刺さらず、またも折れてしまう。

 それでも異形は絶叫と共にのたうち回る。

 脇から死に物狂いで抜け出る。

 振り返る。


 先程よりも迫る黒い壁。


 それは。

 まるで。


 ————津波。


「ッッッッッ……!!!!!!」


 死の記憶が蘇り、全身から血の気が引く。

 息を切らして駆ける。


 ——逃げる。

 ——走る。

 ……つまずく。


 異形たちが前をはばむ。


「うわあああああぁぁぁぁぁぁあぁ!!!!!」


 必死に剣を抜き、振り回す。

 しかし弾かれる。

 異形たちは穂緒(ほつぎ)を囲んで、ゆく手を阻む。

 ————迫る壁。


「クソおおおぉぉぉぉぉ!!!!!」


 穂緒(ほつぎ)は近くの槍を抜く。

 異形に突進してなんとか突き刺し、その勢いのまま地面に押し倒す。

 ————迫る壁。


 異形は絶叫しながら穂緒(ほつぎ)にへばりつく。

 ————迫る壁。


 穂緒(ほつぎ)は剣を引き抜き、異形に何度も叩きつける。

 ————迫る壁。


 ようやく異形が離れ、穂緒(ほつぎ)は駆け出す。

 振り返る。




 ————視界一面の、黒。




「あ」


 ……終わった。


 ————穂緒(ほつぎ)は、「黒」に、飲み込まれた。






 ————俺は、ここで終わるのか。

 異形に取り込まれ、薄れゆく意識の中で穂緒(ほつぎ)はぼんやりと考える。


 俺は、一度ならず、二度も、死ぬのか。

 俺は、何をしていたんだっけ。

 異形から逃げて。


 ……何のために?


 ああそうか。

 アイリスなんとか。


 そこに入れば死んだ俺でも。

 俺を殺した災害そのものに、復讐できる。

 生きている人間みんなのために、俺は戦える。

 そして、災害と戦って、家族の力になれる。

 ああ、穂波(ほなみ)……あの笑顔を守らなければ。


 そう、いろんなもののために。

 俺はここまで来た。


 ……逃げられないな。


 ここで諦めるわけにはいかない。

 俺は、俺は…………

 絶対に、立ち向かう——


 この、

 終わったはずの運命を、

 終わりかけた魂を、

 大切なもののために、使うッ————






 ————穂緒(ほつぎ)は目を覚ます。


 穂緒(ほつぎ)は数多の、うごめく黒い異形の中に取り込まれていた。

 揉みくちゃにされる中で、何とか脱出しようと必死に手を振り回す。

 ぶよぶよで手触りの気持ち悪い異形達。

 その中を、暗闇の中を、必死にかき分けようともがく。


「くっっ……!!! ふっっ……!!! こんなところで……」


 すると——不意に何か堅い手触りを覚える。

 一瞬で先程地面に刺さっていた武器の一つだと察する。

 穂緒(ほつぎ)は手放さない内に、その武器を勢いよく引き抜く。


「……ここで、諦めるわけには、いかないんんんだよおおおお!!!!!」






 ————横一閃(よこいっせん)






 目の前の異形たちは、何かの衝撃を受けたかのように、軽々と遠くへ吹き飛んでいく。

 剣撃の通ったあとが視界として開ける。

 ……わずかな光が差す。


 驚く穂緒(ほつぎ)の瞳に、その光が希望のように反射する。




 ……それは間違いなく、穂緒(ほつぎ)が引き抜いた「刀」によるものだった。




 ——それは一振りで、これまでの武器とは全く違うことが穂緒(ほつぎ)には分かった。

 ——ああ、これだ、と。

 直感で分かった。


 その一振りの爽快感だけで、心の底からワクワクしてくる。


 ……そして次の瞬間、手にした刀の刀身が光り輝く。

 穂緒(ほつぎ)が一瞬で光に包まれると。






 ドオオオォォォォーーーーン………!!!!!






 ————光の柱が、穂緒(ほつぎ)を飲み込む異形の塊を一瞬で消し飛ばし、立ち上る。


 まばゆく、目も開けていられないほどの光。

 地鳴りが響き渡る。


 そしてその光の中から————人影が現れる。


 それは————武装をまとった穂緒(ほつぎ)だった。

 剣道の防具のような形をした、白い武装だった。

 後頭部の(めん)ひもにあたる部分は、たなびく黒いエネルギーになっている。

 まさに剣士のいで立ちそのものだった。


挿絵(By みてみん)


 また、穂緒(ほつぎ)の髪は黄色に、えりあしが深い青に変化していた。

 まるでアヤメのような色合いだった。


「すごい……あの敵を一瞬で……」


 穂緒(ほつぎ)は周りに何もいなくなったのを見て、興奮を隠せない。ワクワクが止まらない。

 手元の「刀」を見てみる。


 ————それは黒い刀身の、竹刀(しない)のようなデザインの刀だった。


 刀身の(みね)の、中結(なかゆ)いにあたる部分から黒い炎が噴出している。つばは、二つあった。


挿絵(By みてみん)


「か…がり…び…の……つるぎ…………」


 持ち手に、「神駆火劔(かがりびのつるぎ)」と一瞬浮かび上がる。

 興奮する自分の息づかいが武装の「(めん)」の中で反響して聞こえる。


 穂緒(ほつぎ)は改めて前へ向き直る。

 そして体勢を低くする。

 足に力を入れると、謎のエネルギーが足にほとばしった。

 そのエネルギーを、足裏から噴出。




 飛ぶように前へ————駆け出す。




 そして、霧の先へ。

 今度は逃げるためでなく、前へ進むために。




 ……地面から異形が出現する。

 穂緒(ほつぎ)は手にしている刀で、異形を振り払う。

 異形は面白いように吹き飛んでいく。

 異形は液体状に散った。

 黒い液体が、パッと白い武装に弾け飛ぶ。


 穂緒(ほつぎ)は出現する異形を一太刀で次々と切り伏せてゆく。

 ゆく道をふさぐ者、全てを叩き潰していく。


 今の穂緒(ほつぎ)は高揚感に包まれていた。

 何でもできそうな、どこへでも行けそうな気分に背中を押され、突き進む。




 ————穂緒(ほつぎ)は駆ける。

 後頭部のエネルギーの噴出がたなびく。

 刀の中結(なかゆ)いから噴出する炎も、黒くきらめく。

 ————二つの黒が水墨画のように、白い霧に穂緒(ほつぎ)軌跡(きせき)を描く。

 風のように霧を貫いて駆ける。


 穂緒(ほつぎ)は駆け、

 斬り込んで、

 斬り伏せ、

 避けて、

 叩き斬る。


 どんなにはばまれても、もう穂緒(ほつぎ)は逃げなかった。

 この刀があれば、どこまでも行けそうな気がした。




 すると——前に薄い光が見える。

 やっと出口らしきものが見えた。




「……出られるッ!!!!!」


 ようやく希望の光が見えてきた。


「はあああああああああああああああ!!!!!!!」


 穂緒(ほつぎ)は気合と共に、力強く前へ踏み出す。



 

 ……それでも異形は次々と足止めしようと出現する。

 しかし穂緒(ほつぎ)はその度に、邪魔する異形を振り払い切り伏せる。


 ————穂緒(ほつぎ)は駆ける。

 目の前の光に向かって、ただひたすらに。


 異形を切り裂き、駆ける。

 息が乱れ、息が面の中で反響して聞こえる。


 踏みしめ。

 引き斬り。

 引きちぎりながら、前へ進む。




 ……穂緒(ほつぎ)の前に、一際大きな異形が立ちはだかると。


「はあああああああああァァァァァァ!!!!!!!」


 穂緒(ほつぎ)は迫真の気合いと共に、上段に刀を振りかざす。

 足を踏み込み、歯を食いしばる。

 後頭部の黒いエネルギーがより一層噴出する。

 刀身が黒い炎に包まれる。


 ——そして。




「消え失せろおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」




 気合いと共に刀を————振り下ろす。


 黒炎をまとった刀は大きな異形を直撃。

 異形は穂緒の攻撃を受け、——真っ二つに割れた。


 すると、刀を振り下ろしきったのと同時に。




 ……パリン。




 何かが、————「世界」が、割れる音がした。


 そして霧の世界にひびが入り、亀裂が網のようにパッと世界に広がると。






 ……バリィィィィィィン!!!!!






 異形は————消し飛ぶように散る。

 ————霧の世界は音を立てて粉々に砕け、穂緒(ほつぎ)の後ろへ吹き飛んでゆく。






 霧の世界が消え、その後には————青空の世界が広がった。






 ……もう異形はどこにもいない。

 穂緒(ほつぎ)は青空澄み渡る大地に立ち、エネルギーをはためかせていた。


「乗り越えた……」


 ————穂緒(ほつぎ)は、見事、試練を通過させてみせた。


 試練を乗り越え、穂緒(ほつぎ)は達成感に包まれると、その場で大の字に寝転がった。




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