2 翌日
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さて、翌日である。鳥のさえずりが響き、穏やかな風が吹いていた。典型的な爽やかな朝だ。
見事採用を勝ち取った薄紫色の髪の女性──名は「助手ちゃん」とでも呼ぼうか。
彼女はさっそく研究所のドアを開け、意気揚々と挨拶をして、そして今、うにょうにょと蠢く推定金属製であろう謎の物体を前にして途方に暮れていた。
「あのぅ、これ、なんですか?」
尋ねる声も若干震えてしまっている。
無理もない。彼女の目の前には、金属光沢を帯びた、全体に直径1.5cmほどの穴が規則正しく開いていて、そこからこれまた金属光沢を帯びた触手のようなものが飛び出し、それらが意思を持っているようにうねうねと動いている球状の物体があったからだ。要は推定金属製の触手の生えたボールである。要約してもよくわからないと思うが。
そしてもちろん助手ちゃんもよくわからなかった。彼女は困惑した表情を浮かべてハカセを窺い見る。
ハカセはその視線に気づいて、少し考え、それから合点したように目を見開いた。
「ああ、言ってなかったか。彼はいわば君の同僚にあたる、触手型汎用機械人形だ。彼のことは先輩と呼ぶと良い」
蠢く触手の塊がハカセの紹介を受けてお辞儀をした、ように見えた。少なくとも助手ちゃんには。
そして、なぜ、一体なぜ触手型?と助手ちゃんは思ったが、ハカセのあまりにも堂々たる態度に気圧されてその疑問を口に出すことはなかった。ハカセはまるで、普通の、ごく一般的な知人を紹介しているかのように微笑んでいる。
なにはともあれ、挨拶をされたのだからこちらも返さねばなるまいと助手ちゃんは思ったので、
「よろしく、お願いします……?」
おそらく正面であろうというところに向けて助手ちゃんもお辞儀を返してみた。
すると、一本の触手が彼女の右手に向かって伸びてきて、ちょんちょんとつついた。
「えっ」
明らかに先ほど見たよりも長くなっているその触手に驚く助手ちゃんをそのままに、つるりとした触手が彼女の手を一周した。そして、上下に手を振られる。これは、まさか……
握手だ。
全ての関係は礼儀がないと成り立たない。どうやらこの同僚、いや先輩は、ハカセよりも確実にまともそうだぞ、と助手ちゃんは思った。
「うむ、ぜひ仲良く仕事に励んでくれ」
私はちょっと探し物があるからあとはよろしくとハカセは退室していき、先輩はそれに敬礼を返す。
そして彼はおもむろに看板、そう、ごく一般的な白地に黒い字が書かれている看板を取り出した。おそらく素材はプラスチック。いったいどこに隠していたのだろう。
『それでは、私から業務の説明をさせていただきますね。』
「は、はい」
助手ちゃんはかなり迷ったが、やはり初日で先輩に舐めた態度をとるのは良くないなと思い、ツッコミはしなかった。ただ、この職場では質量保存則などの一般的な物理法則は無視されているのかな……とは思った。
『あなたの基本業務は』
『ツッコミ』
『となります。』
ご丁寧に『ツッコミ』の部分は赤字で、看板の大半を占める大きさで書かれていた。というか看板の入れ替え速度が異常である。字幕か。
「ツッコミ、とは、その、お笑い的なアレですか……?」
『平たく言えばそのような感じですね。』
『あなたには、私達が常識から外れていることをしたときに指摘してもらいたいのです。』
「な、るほど……」
いや、でも、どうしよう。と助手ちゃんは思った。既にいろいろなことが常識から逸脱しすぎていたからである。そもそも触手型汎用機械人形とはなんだ。なぜ触手。だが、そんなことを言ってしまえば彼の全てを否定してしまうことになる。それはとても良くない。なぜなら、ようやっと手に入れた職場なのだから。
などと逡巡している間に、
『特に、ハカセの発明品に関してはあなたに全ておまかせすることになります。』
「えっ!? 入社初日の新入社員にそんな責任重大なことをやらせて良いんですか!?」
『おお、良いですね! その調子でおねがいします。』
「何に対しての『良い』ですか!?」
『素晴らしいツッコミ力です。やはり適任でしたね。』
とんでもない話が飛び出てきた。昨日採用された人間に、研究所のなかで一番重要そうな仕事を任せるなんて! そういうのはなんかこう、もっと偉い、課長とか部長とかがやるのではないのか。というか本人が決めることではないのか。著作権とかそういうやつみたいに。
うんうんと頷いているがそこではない。そんなところに反応してほしいわけではない──ああ、だからツッコミが必要なのか。と、彼女は納得した。
『その様子だと早速仕事に入れそうです。では事務室に行きましょうか。』
「展開が早すぎる!」
『ふふふ』
笑い声まで看板なのか。ちょっと上品な笑い方である。
そんなことを考えながら、助手ちゃんは先輩とともに廊下へ繋がるドアを開けたのだった。
来年よりずっと早く更新できました! 快挙!