二、足跡(9)
乾いたものが割れるような音と、折れるような悲鳴。
ウェルティクスとイルクは顔を見合わせ、ひとつ頷けば駆け出していた。
――、ざわり。
厭な風が土埃を伴い、足元を流れた。
農具を手にした村人の襟を、何かが掴んでいる。
がちゃり、と金属音。
「……貴様、税が納められぬというのか?」
掴んでいるのは鈍色の甲冑姿。兜から覗く顔はまだ若い。
「ぜ、税なら先月納めたばかりじゃないか!
この村に蓄えなんてもうないんだ、帰ってく――がッ」
どさり。
襟を掴んでいた手は鉄拳となり、男の顔面を殴り飛ばしていた。
「余計な口答えをするな」
冷たい声が言い放ち、兵士らしき甲冑の男は仲間へと振り返る。
同じような装甲の数名が、なにやら相談をはじめた。
――『山賊なら、まだええ方じゃて』
嗄れた声を思い起こし、ファングはふっと息を吐いた。
「成程。山賊より性質の悪ぃモンに目を付けられてる訳か」
鋭い瞳は、どこか侮蔑をもって兵士たちを眺める。
「が、は……」
なんとか上半身を起こす男の口や頬、顔のあちこちから血の褐色が滲んでいた。
怒りを露に飛び出そうとしたイルクを、すっと細い手が制止する。
ウェルティクスは静かに首を横に振り、こう言った。
「ここで騒ぎを起こすのは、得策ではありません」
「だ、だが……」
「私達のことが知られれば、この村が今以上に追い詰められることになるのですよ」
半歩前で、こちらを振り向くこともないその表情は、イルクのいる位置からは見えない。
彼はすまぬ――と一言だけ零すし、憤りに拳を強く握り締めた。
あ、と。おちた声。
「どうしたのだ?」
「いえ。……鎖でも付けておけば良かったかもしれませんね」
イルクはその言葉に首を傾げたが、直ぐにその意味を理解することとなった。
「……おい」
いつの間にか。
人垣を掻き分け、ファングが兵士達の前に立ちはだかっていた。
「なんだ、お前は?」
兵士たちが、そして息をひそめている村人たちが。徐々にざわめきはじめる。
「テメェらの所為でこっちは宿に泊まれねぇんだ、責任取りやがれ」
「随分と威勢がいいな。村のヤツが雇った用心棒か何かか?」
兵士のひとりがファングの方へ進み出て、武器を構え警戒する。
「ただの通りすがりだ。
目の前の馬鹿どもに迷惑かけられて、ちっと頭にきてぶった斬りたいと思ってる旅人ってやつさ。
……何処にでもいんだろ?」
「そんな物騒な旅人がホイホイいてたまるか!!!」
尤もである。
「ふざけたヤツだ。おい、この村への見せしめにもやっちまおうぜ!」
兵士達は互いに頷くと、物騒な旅人へとにじり寄る。
ファングは短く息を吐き、ちらりと金髪の若者を見遣った。
「テメェらを殺すのは簡単だが、そうすっと面倒になりそうだな」
剣を抜く様子はない。
彼はちいさく息をつくと、人差し指をくいと曲げ、兵士を挑発した。
――「遊んでやるからかかってこい」と。
その顔には、はっきりと書いてあったかもしれない。