二、足跡(8)
フォーレーン北部からノルン王国にかけては、険しい山岳地帯となっている。
集落や遺跡が点在する丘陵を抜け、聳える山の奥深く――フォーレーンとノルンの国境付近に、彼等のアジトはあるという。
ファングの案内で、お世辞にも道とは呼べないような獣道を進むこと、数日。
ウェルティクスたちは、山間の小さな村へ辿り着いた。
埃塗れの外套を払うこともせず、ずかずかと村の入り口へ足を進めるファング。
イルクとウェルティクスがその後を追いかける。
「スペリオル?……ここへ立ち寄るのか」
返事はない。否、足を止めずに進んでいく彼の背中が唯一の返答だろうか。
「その方が良さそうですね。陽も傾いて参りましたし……
しかもここは、ローウェンス伯爵領とダストン侯爵領の境界すれすれにあたるはず。
山道を北へ進むとなれば、恐らくこの先、人里があるのはかなり先でしょう」
強い風に頬をばさばさと叩かれながら、代わりに言葉を添えたのはウェルティクスだった。
「まぁな。ボロっちい村だが、宿屋の一件くらいあるだろ」
「ボ、ボロ……」
ファングを諌めようと何か言いかけたイルク。
しかし、結局そのまま口を噤み、がっくりと肩を落としたのみだった。
「……それにしても、」
「うむ。一体どうしたのだ?この村は……」
誰ともなく、村の持つ不自然さに気づき……顔を見合わせた。
宿屋らしき建物はあるが、営業している様子はない。
宿屋だけではない。商店という商店はすべて、扉を閉ざしていた。
西の空が朱く焼け、民家にもランプが灯されるはずの時間帯にも関わらず――どの窓からも灯りが漏れていない。
そして極めつけは、外を歩く村人の姿が殆ど見られないことだった。
「まるで息を潜めて隠れてるみてぇだな。
山賊にでも狙われてんじゃねぇのか?」
周囲の山々を見回しながら、ファングは肩を竦める。
そこに、
「山賊なら、まだええ方じゃて」
老人の声だった。
振り向くと、村人らしき老人が民家の影に佇んでいる。
三人は怪訝そうに首を傾げ、老人に視線を向けた。
「あんたら、旅人か?悪い時期に来おったなぁ。
今、この村には余所者を受け入れる余裕はないんじゃよ」
首をゆっくりと横に振る老人。その声は、いたく沈んでいた。
「……あの、それはどういう――」
老人に問いかけようとしたウェルティクスの声が、別の何かに中断された。