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比翼の風  作者: 鷹峰悠月&若臣シュウ
二、足跡
26/26

三、白の神女(26)

 赤毛を三つ編みにした痩躯の少女がひとり、パニッシャーのアジトに用意された一室の扉に手をかける。

「はぁぁぁぁ、つっかれたぁぁぁぁ!

 ラゼルさまも出かけてるし、報告は戻ってからで――」

 がちゃっ。

 自室――そう、自室の扉を開け、彼女は固まった。

「よぉヤム、相変わらず色気のねえ部屋だな」

「ふぉあああああ!?ファングさまぁ!?」

 ヤムと呼ばれた少女は、思わず室内と廊下を二度見する。間違いなく自室だった。

 どういうわけか、男がそのベッドに寝転がっている。――『刀牙』ファング。

 彼は眼を白黒させる少女に顔色ひとつ変えず、身体を起こすと唐突に話を切り出した。

「ンで、『神殿』で何があった?」

 何か言いたげに口をぱくぱくとさせるヤム。しかし程なくして、この男への非難は諦めた。漏れたのは言葉ではなく、盛大な溜息のみ。

 ファングは自分の聞きたいことしか聞かない。まして相手のプライバシーやデリカシーなんて繊細な事情は一切考慮しない。それは部下のヤム自身が痛いほど理解していることだ。

 彼女は大袈裟にひとつ咳払いをすると、報告を始めた。

「白き神を奉る『神殿』について、ですよね?

 南東へ降りて情報を集めてたら、フォーレーンで反逆者が捕らえられたって話で。

 こんどは誰のことかと思って調べてたんですけどぉ」

 ぴくり、とファングの眉が動く。

 反逆者。処刑。昨今のフォーレーン王国はそんな話題ばかりだ。

「その反逆者ってのが……信じられないことに、白き神の『神子』一族だったんですよぉ!

 フツーありえないじゃないですか!」

「ぁあ?……随分とキナ臭ぇな」

 ファングは露骨に表情を歪める。ヤムはファングにこくりと肯き、肩をすくめてみせた。


 かつて世界を救った四英雄に力を授けたとされる『白き神』の末裔。

 伝承が何処まで事実かは確かめる術もないが、彼らの末裔が星を視る力で人々を導いていることは事実だった。

 現在、一族の当主は――『未来視さきみ』エルサイス。

 彼女は王国に囚われ、他の一族や神官達はそれに抵抗し惨殺されたという。

 ――勅令の名の下に。

 王家にとっても信仰の対象となるはずの神の子を捕らえるなど、本来ならば到底あり得ないことである。

 誰がどう聞いても、異常事態以外の何物でもなかった。


 心なしか声をひそめ、彼女は話を続ける。

「ええ。国王も伏せってるっていうのに、国議にもかけず二週間後の満月に処刑だそうです。

 ……あ、あともうひとつ!ファングさまがお求めの情報がありましたよっ」

 にんまりと得意げな表情を浮かべ、少女は人差し指を立てる。

 その様子に、訝しむよう男は眉を上げた。

「フォーレーンの英雄、ラグナ=フレイシスとクラリス=トラスフォード!

 二人が生きてるって情報を掴みました!ぱんぱかぱーんっ!」

 口頭でファンファーレを鳴らし、表情を輝かせ男を仰ぐヤム。

 芸を覚えた小動物が飼い主に褒めて褒めてとすり寄っている様に、それはとてもよく似ていた。

「続けろ」

「……。は、はいっ。

 クラリス=トラスフォードは、フォーレーン城を脱出した後ノルン方面に逃走したーってだけで、詳しくは判らなかったんですが……

 ラグナ=フレイシスは、いろんな村や町を救い、反乱組織を作ってるみたいです」

 ほう――とひとつ唸り。話を聞くファングの表情が、徐々に輝いていく。

 そう、その反応を求めていたのだ。ふふん、とヤムは得意げに胸を逸らす。

「まな板にしちゃ上出来だ。よく調べたな」

「ちょ、ちょっとぉ!まな板関係ないじゃないですかっ!?」

 続いた有難くない誉め言葉に、かくんとよろめいた。

 ヤムは小柄で痩せており、表情にもあどけなさが残る。その体格は、女性らしい起伏にはまだ届かないようだ。

 しょんぼりするヤムを余所に、くつくつと喉で笑い――恐らく好敵手の手応えを感じて――悦に浸っていたファング。

 彼は気を取り直し、ヤムに向き直ればこう尋ねた。

「フォーレーンの第二王子について、何か情報はあるか?」

「人の話聞いてな……いのは、まあ、いつものこととして……

 ええと、第二王子……って平民の血が入ってる人ですよね?

 ほぼ顔が割れてないから、脱獄してからの足取りは判りませんけど……。恋仲って噂のアクディア公女が、城を抜け出してフォーレーン領に入った――って情報くらいしかないですねぇ」

 第二王子の話題を急に振られ戸惑うものの、手の中にある情報をヤムはすらすらと並べてみせる。とはいえ、その実『何も判らない』という情報ではあった。

「……ち、やっぱまな板か」

「だからまな板関係ないしッッッ!!!」

 ヤムは眉を吊り上げ、ファングに噛みつく。残念ながらその姿も何処か齧歯類のようであり、迫力は微塵もなかったのだけれど。

「ま。それでも、しっかり密偵として腕を上げてるじゃねえか。

 助かったぜ、ヤム」

 ぽむり。

 ヤムの頭にファングの手が乗せられる。

「…………ッ、……。」

 威を削がれてしまったのか、彼女は頬をふくらませ、拗ねたようにっぽを向いた。

 ファングはといえばそんな相手を気にかけるでもなく、かたりとベッドから窓辺へと歩いていき。何処か、遠くを眺める。

 それから。

「ヤム。ひとつ頼みがある」

「……へ?頼み?ファングさまが……!?」

 男の口から告がれた意外な言葉に、思わず驚きの声をあげるヤム。

 このファングという男、他者に頼みごとなどするような人物ではなかったからだ。少なくとも、己が認めた相手以外には。

「解毒薬を多めに用意してフォーレーンに持ってこい」

「解毒薬……ですか??」

 鸚鵡返しに尋ね、不思議そうな顔をする少女。それに首肯すれば、ファングは毒の症状を幾つか挙げていく。

「えーっとその症状ならたぶん、あれでこれでー……。

 ……わかりました。一週間もあれば準備して、フォルシアの……例の酒場に、持っていけると思います」

「五日でなんとかしろ。急ぎで必要だ」

「~~相変わらず無茶ばっかりぃ……わかりましたよぅ」

 諦めたのだろう。肩をすくめ、彼女はかくんと肯く。

「ああ、頼んだぜ。それと」

「……はい?」

 まだ何か?と、男を見上げる赤毛の少女。

「世の中にはつるぺたが趣味って野郎もいやがるからな、自信持て」

「~~~~知りませんッッッッッ!!!」

 怒鳴り声を上げるヤムに、恐ぇ恐ェと大仰に肩を竦めて。ファングは部屋をあとにした。

 やがて、静寂。

 少女だけが残された部屋に、はふ、とちいさく息がおちる。

「ファングさまがその趣味じゃないなら……意味ないんですよぉ」

 己の胸を両手で抱いて、ヤムは力なく項垂れた。

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