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比翼の風  作者: 鷹峰悠月&若臣シュウ
二、足跡
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三、白の神女(25)

 『国境なき義賊』パニッシャーのアジトにファング帰還の報せが入る。

「ファング兄ちゃんが帰ってきたってホント!?

 こうしちゃいられないや、お茶の準備するね!」

 それを聞き、碧色の髪を結った小柄な少年が、ぱあっと表情を輝かせ。一目散に香茶と茶菓子の用意へと駆け出した。

 彼の名はディック――パニッシャーの『若頭』であり、首領バラックの義弟。

 首領不在の現在、組織のトップにあたる人物のはずである彼が、率先してお茶出しに駆け出すことに疑問を唱える者もいた。

 実際、部下がそれを見かければ慌てて彼を止めようとするのだが――

「ディック様、何もあなたさま自らがお茶出しなどせずとも、我々に……」

「いいのいいの♪新しいお菓子作ったから、ファング兄ちゃんにも食べてもらおうと思って!」

 と、こんな調子で断られてしまうのである。少年の無垢な笑顔に、逆らえる者はいなかった。

 こうして。

 ティータイム――と呼べるほど、優雅なそれではなかったけれど。

 テーブルにはディックの用意した香茶と焼き菓子がセッティングされていた。

「……なぁ、坊」

 退屈そうに青い髪をくしゃりと弄りながら、ラゼルはディックをちらりと見遣る。

 なぁに?と首を傾げ、ディックはそのまま手元の香茶を手に取り、喉へと傾け――

「セリオに惚れとるやろ」

「~~~~ぶッッッッ!!?」

 ――続いたことばに、盛大に噴き出した。

「げ、……げほっ、ごほっ……、

 な、な、な、ラゼル兄ちゃ、何言って……!?」

 顔を林檎のように赤く染め、口をぱくぱくさせ抗議する少年。

 セリオ――パニッシャー幹部『四天』の残るひとり、『悪魔』の二つ名を持った小柄な少女。彼女にディックが淡い想いを抱いていることを、ラゼルは唐突に指摘した。

「ホンマ判り易いやっちゃなー、そかそか」

 神妙な面持ちで溜息を吐くラゼル。かねてから気づいていたことを敢えて口にしたのは、当然、少年を揶揄うためである。

「僕はそんな――わ、判りやすいってなにさ!?

 ……うぅ」

「や、判り易ぃだろ」

 頭から湯気が出そうなほど真っ赤になって俯くディックに、頬杖をついたファングが追い打ちをかける。

「ファング兄ちゃんまでそんな――って……うわあああああッ!?

 い、いいいいつからそこにいたのさ!!?」

 突然聴こえた別の声に、ディックはずざーっと仰け反り、

 ごん。

 ……ちいさな背中を壁に、したたか打ちつけていた。

「どこからも何も……さっきからいたろうが」

 呆れ顔で、杯を手にどすんと椅子へ座るファング。お茶が用意されているのを知りながら、蔵から酒を持ちだしてきたようだ。

 彼はけだるそうに足を組みながら、ちろりと視線だけディックへ向けた。

「……ハァ。気づいてねぇのはセリオ本人くらいじゃねぇか?」

 さして興味もなさそうに酒を煽る。その横で、ラゼルが何やら唸っていた。

「いくら坊とはいえ……ソレとコレは別問題や」

 かたん。

 ゆらり立ち上がる痩躯。ラゼルはいつもの笑顔を湛えたまま、ディックの前に立ち塞がる。

「ええか。セリオが欲しくば、この俺を倒してから――ッ」

「えええええ!?ラ、ラゼル兄ちゃん!?」

 がらっ。

「騒がしいな。こんな時間から何油売ってやがんだ?お前等」

 ……し、ん。

 一瞬にして静寂が戻る。

 現れたのは、黒衣の少女――セリオその人だったからだ。

「おー、セリオやないか。なんや今から出発かいな。

 もうちぃと早よぉ来れば坊のお菓子とお茶に在り付けたんに。残念やなぁ」

 気がつけば茶菓子は既になくなっており、薬缶の中身も主にラゼルが飲み干していた。

「食道楽のテメエと一緒にすんな」

 つい、とテーブルを一瞥するのみで、声の主には目もくれず一蹴するセリオ。

「最近、セリオが冷たいねん……

 これが親離れっちゅーんもんかのぉ……パパ寂しいわぁ」

「セリオが貴様に懐いてる場面なんざ見たことねぇがな」

 おいおいと泣き崩れる芝居をしてみせるラゼルに、醒めた目でファングは残酷な現実を突き付ける。

 当のセリオはといえば、気色悪い――と、ひとつ吐き捨て、そのまま踵を返した。

「あ、セリオさんっ!

 よかったら道中、クリスさんと一緒に食べてください」

 ディックに呼び止められ、セリオは籠を持たされる。重さと大きさから、恐らくは焼き菓子だろう。

「ああ。悪ぃな」

 それを受け取ると、黒いローブ姿は扉の向こうへと溶けた。

「ちょ、セリオだけやのうてファングまで!?坊に至っては完全スルーやし!?

 待ちぃや、セリオ!おい、おどれ、もう怪我は大丈――」

 騒々しい叫び声は、扉に遮断される。

 がっくりと肩を落とすと、ラゼルもまたドアノブへ手をかけた。

「……はぁ……。俺も調べモンがあるよって、ほな、行ってくるわ……」

 いたく寂しげな背中が、とぼとぼと去っていった。

 部屋に残されたディックに、ファングはふと問いかける。

「ディック。ヤムの奴はいるか?」

「え、ヤムさん?たしか、神殿周辺で騒ぎがあったからってそれを調べに出てるけど……

 そろそろ戻ってくるんじゃないかなぁ」

 うーん、と首を斜めにして答えるディック。ファングはがたり立ち上がる。

「あれ?何処行くの?」

「部屋だ」

そう答えて、みっつめの影が廊下へと消えた。

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