三、白の神女(24)
夜明けを待つ細い細い月が、西の空に静謐を保っている。
そんな中――月灯りから逃れるよう、茂みの中に男がふたり、いた。
ひとりは傭兵だろうか、剣を携えた金髪の男。もうひとりは――法衣に身を包んだ男。
「……ふむ、前金には少ないのではないかね?」
じゃら、り。金貨袋の重さを確かめれば、金髪の男は不満を顕にする。
「すべては、ことが終わってからでございます。
万事解決の折にこそ、残りの金貨に加え、お望みの『もうひとつの報酬』もお約束いたしましょうぞ」
ひひひ、と、揉み手をしながら、髭を生やした神官がそう告げた。
「なにせ王家直々の勅令、謀反者捕縛の最大級の功労者ですからな。
それなりの取り立てはありましょうや。ひひ……」
「ふん……まあ、よい。その言葉、努々忘れるでないぞ」
じろ、と、傭兵は神官を睨み、かちゃりと剣を鳴らしてみせる。
神官はおお怖い、と芝居がかった所作で肩をすくめれば、用件を切り出した。
「――して。神女様はどちらにおわしますかな?」
そんな神官の様子に、傭兵――マーティンはち、と舌打ちをひとつ。
「あの山小屋で休んでいる。
解呪――というのかね?魔法を発動して、少し疲れたそうだ」
金貨袋を仕舞い、顎をしゃくって一軒の山小屋を示す。
「しかし、聖職者自らが神女の処刑に加担するとは。貴様等の主であろうに」
神官へ向けられる男の視線は、侮蔑のそれだ。
「そうは仰いますがな。
聖職者とて、霧を食べて生きているわけではないのですぞ、戦士殿?」
にぃ、と湿った笑みを浮かべ、神官は山小屋へ視線を移すと、濁った草色の瞳を細めた。
狸めが――と。
男が吐き捨てた言葉がその耳に届いたかどうかは、判らなかったが。
王侯貴族に仕える者は、領民の税金を糧としている。
神に仕える者は、信者の寄付を糧としている。
――ただ、ただ単純にそれだけのこと。
教団各施設へ寄付を行う行為は、富める者の証であり義務とされた。
そのため上流階級や富裕層が行う莫大な寄付は、信仰心の自発的な顕れというだけではなく、己が信心深さと豊かさを知らしめるパフォーマンスでもある。
おまけに、教団との強いパイプを繋ぐこともできる。
彼等にとって寄付という行為は一石二鳥どころか、三にも四にも得るものがあったのだ。
言い換えれば、教団にとって、富める者というのは優良なスポンサーなのである。
人が腐敗と誹ろうとも、聖職者とて生きる為に先立つものが必要なことに変わりはなく、多かれ少なかれ、有力者の力を借りねばならないのが現実。
生きるというのは、綺麗事だけではないのだ。
それを――マーティンは、子供時代に厭というほど思い知らされていた。
汚らしいものでも見るように、神の僕とやらを一瞥して。
「取引は済んだであろう。とっとと『商品』を運び出すことだな」
傭兵は一方的に告げると、そのままマントを翻し――やがて、姿は見えなくなる。
「はっ……薄汚いハイエナめが」
その背中に毒づいて。神官は潜んでいた王国兵士に、山小屋の場所を伝える。
法衣の白を、宵闇が昏く染め上げ。
夜更けを照らしていた月はいつしか――鈍色の雲に浚われていった。