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比翼の風  作者: 鷹峰悠月&若臣シュウ
二、足跡
23/26

三、白き神女(23)

 兵士に伴われ、ひとりの女性が部屋に入ってくる。

「ああ、よかった……!二人とも無事だったのね!」

 夫と息子の無事を確かめ、彼女は大きく息を吐く。白い腕がつよく、愛しい息子を抱きすくめる。

「母、さん……?」

「……ノーラ……?お前、どうしてここに……」

「あなたたちが騎士さまに連行されたって、宿屋の女将さんが教えてくれたのよ。

 よかった、間に合って……ほんとうに良かった……!!」

 ――よかった、と。

 靴屋夫人は幾度となく、その言葉を繰り返す。まるでそれしか知らないように。

「なんだ、今度は夫婦仲良く息子の命乞いか?」

 顎をしゃくる口髭に、夫人を連れてきた兵士が口篭る。

「そ、それが……」

 ちら、と扉の方を見遣る兵士に、口髭は胡乱な顔をした。

 かん、かん、かんかんかんかん……ばたんっ!!

「大変失礼いたしました、エレオノーレ様!!!」

 部屋を開け放ち開口一番、一際高級そうな甲冑を纏った男が膝を折る。

「~~あっ!?」

 思わず、少年は声をあげていた。ほかの騎士より立派な甲冑を着たその男に、見覚えがあったからだ。

 無理もない。なにせ、行軍中に自分が突き飛ばしてしまった相手である。

 つまり、この男こそ、

「た、……隊長ォ!?」

「どーしたんスか、いきなり!?」

 突然傅いた上官に驚き、顔を見合わせる騎士たちを隊長は一喝した。

「貴様ら、この御婦人を何方だと思っている!?」

 激昂する隊長に、口髭はへにゃんと太い眉を歪める。

「何方ってそこの靴屋の――」

「こちらは、畏れ多くもブライエル伯爵家の御息女エレオノーレ様にあらせられるぞ!!」

 部屋に残響する、怒鳴り声。

 騎士たちは青褪め、靴屋主人はぽかりと口を開けたま微動だにせず、少年は目を丸くしている。

 そして当の靴屋夫人は、困ったような顔で黙り込んでしまった。

「エレオノーレ……様!?あの失踪されたと噂の……?

 し、ししし失礼しましたぁぁぁぁ!!!!」

 ずざざざざざざざーっ!

 先程までペーターを引き摺り回していた騎士たちが、一斉に頭を伏した。

 どの顔も、じっとり冷や汗が滲んでいる。

「……おやめください、騎士さま。

 そもそもは息子の不徳のいたすところ、ひいては私どもの監督不行き届きですのよ」

 数歩、進み出て。ノーラ――エレオノーレは騎士たちと靴屋父子の間に割って入る。

「息子も反省しておりますわ。

 よく言ってきかせますので、どうか、今回はご温情をいただけませんでしょうか?」

 ノルン王国式の貴族礼法に則った、上品な所作で頭を垂れる。

 その姿は礼儀作法を齧った者が見れば一目瞭然、どう見たって庶民のそれではない。

「お、おおおおやめください!!!」

「そうは参りませんわ。お赦しをいただけるまで、頭を上げることはできません。

 これはひとりの母として、当然のことにございます」

 泡を吹いて制止する騎士隊長。しかし、エレオノーレは頭を垂らしたまま微動だにしない。

「お赦しだなんて、そんな!子供のしたことですし!!」

「そ、そうっスよねー!」

 数刻前の発言を綺麗に反転させ、甲冑たちは口々にそんな言葉を捲くし立てる。

 無理もない。

 このままでは、首が飛ぶのは己のほうだと心得ているからだ。

「も、もういい!貴様は帰れ靴屋!子供もだ!」

「は、……ははっ!!帰るぞマーティン!」

 ペーターに腕を引かれながら。

 マーティンは何度も反転する世界が、やがて壊れていくのを確かに感じていた。


 それから一週間後。

 少年はひとり、村を出た。

 靴屋のテーブルには、こんな書き置きが残されていたという。


 ――『僕は王国騎士になる。村の靴屋なんかじゃ終わらない』

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