三、白き神女(22)
狭い部屋に通され、甲冑の群れに取り囲まれる。
「……ここの市民だそうです」
「それが、隊長に無礼を働いたと?」
「はい、この子供が隊長に体当たりをして……」
男の声が飛び交う。
庶民が王国正規の騎士に無礼を働いたらどうなるか。それは少年にも想像がつく。
口は塞がれていないが、とても言葉を発することができる状況ではなかった。
ノルン国民にとって、貴族同様、王国軍は絶対的な存在だ。
庶民は彼等に触れることはおろか、意見することも赦されない。
だから、騎士たちが交わす言葉に口を挟むことも、当然赦されない。
口を開くことが赦されるとすればそれは、質問に答えるときだけだ。
「おい、貴様。名は」
鎧をがちゃつかせ、口髭の男が野太い声で問う。
「は、はっ……ズィーベン区画で靴屋を営んでおりますペーター、こちらは息子のマーティンと申します。
騎士さま、子供のしたことゆえ、どうか――どうかお赦しを……!」
「聞かれたことにだけ答えろ」
ぴしゃり。
温情を求める声は、つめたく遮られる。
「…………。はっ」
「靴屋風情が、私を舐めるなよ?
貴様ら親子の首など、この場で纏めて飛ばすこともできるのだ。覚えておけ」
じろじろと卑しいものを見る目つきで、騎士は靴屋親子を見下ろしている。
「――ッ!!!む、無論、御意にございますッ。
しかし、子供の不祥事は親の、わたくしの責任にございます。
わたくしはいかなる罰も覚悟しております。ですから、どうか、息子だけは……!!」
ふん、と鼻を鳴らし踵を返す口髭の騎士に、ペーターは這うように追い縋る。
「あっ、騎士さま……どうか!どうかご慈悲を!」
伸ばされた肉刺だらけの手が、騎士の足を掴んだ。
鬱陶しそうに口髭の男は、足をぶんと振るってペーターを引き剥がせば、恰幅の体躯が壁へ、床へ転がる。
……それが幾度、繰り返されただろう。
面倒そうに「罪人」を払い除けていた足が、不意にぴたり停止した。
「――おい、靴屋。どんな罰でも受けるんだったな?」
「!!!……は、はい。無論にございます!」
反射的にそう答え、床に何度も頭を――穴が開くのではというほど叩きつける。
「おい、こんなことを言っているがどうする?」
「ははは、その割には真剣味が足りないんじゃないですかぁ?」
若い騎士がにやにやと親子を眺め、哂っている。
「それもそうだな。
おい、お願いってのはな、こうやるんだよ庶民!!!」
ごっ、と鈍い音がする。
口髭がペーターの後頭部を掴みあげ、その顔を目一杯床へ叩きつけた。
「聞こえねえなぁ……何だって?うん?」
「…………ご、ご慈悲、を……」
ぱたり。
床に赤銅がおちる。象牙色の歯がひと欠け、転がる。
狭い部屋に、騎士たちの冷笑が響き渡っている。
「…………とう、さん」
マーティンの乾いた声は、下卑た濁声の渦に掻き消される。
息子の目の前で――父親は、幾度も幾度も、無様に床を這いずっていた。
職人の家に育ったマーティンにとって、親方である父は絶対的な存在だった。
しばしば父親を言い負かす母親も、重要な場面での判断はいつも決定権を父親に委ねていた。
職人として。父親として。家長として。
マーティンにとってのペーターは、まさに追いかけるべき目標で。
ずっとずっと、少年は、父の背中を見て育っていた。
だから。
彼は、目の前に起こっている現実を許容できずにいたのだ。
――嘘だ。
ちいさく、唇がそうなぞる。
「こんなの、嘘だ……」
抵抗することもできず、襤褸雑巾のように引き摺られ、鼻や口から血を流し、瞳から涙を流す、父の姿がそこにある。
「こんなの、……こんな、の……」
わなわなと、ちいさな肩が震え出す。
思わず耳を塞ごうとして、そこで、
「マーティン!あなた……!」
扉の開く音と、彼にとっては聞き慣れた女性の声が。ほぼ同時に部屋へと飛び込んできた。