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比翼の風  作者: 鷹峰悠月&若臣シュウ
二、足跡
22/26

三、白き神女(22)

 狭い部屋に通され、甲冑の群れに取り囲まれる。

「……ここの市民だそうです」

「それが、隊長に無礼を働いたと?」

「はい、この子供が隊長に体当たりをして……」

 男の声が飛び交う。

 庶民が王国正規の騎士に無礼を働いたらどうなるか。それは少年にも想像がつく。

 口は塞がれていないが、とても言葉を発することができる状況ではなかった。


 ノルン国民にとって、貴族同様、王国軍は絶対的な存在だ。

 庶民は彼等に触れることはおろか、意見することも赦されない。

 だから、騎士たちが交わす言葉に口を挟むことも、当然赦されない。

 口を開くことが赦されるとすればそれは、質問に答えるときだけだ。


「おい、貴様。名は」

 鎧をがちゃつかせ、口髭の男が野太い声で問う。

「は、はっ……ズィーベン区画で靴屋を営んでおりますペーター、こちらは息子のマーティンと申します。

 騎士さま、子供のしたことゆえ、どうか――どうかお赦しを……!」

「聞かれたことにだけ答えろ」

 ぴしゃり。

 温情を求める声は、つめたく遮られる。

「…………。はっ」

「靴屋風情が、私を舐めるなよ?

 貴様ら親子の首など、この場で纏めて飛ばすこともできるのだ。覚えておけ」

 じろじろと卑しいものを見る目つきで、騎士は靴屋親子を見下ろしている。

「――ッ!!!む、無論、御意にございますッ。

 しかし、子供の不祥事は親の、わたくしの責任にございます。

 わたくしはいかなる罰も覚悟しております。ですから、どうか、息子だけは……!!」

 ふん、と鼻を鳴らし踵を返す口髭の騎士に、ペーターは這うように追い縋る。

「あっ、騎士さま……どうか!どうかご慈悲を!」

 伸ばされた肉刺だらけの手が、騎士の足を掴んだ。

 鬱陶しそうに口髭の男は、足をぶんと振るってペーターを引き剥がせば、恰幅の体躯が壁へ、床へ転がる。

 ……それが幾度、繰り返されただろう。

 面倒そうに「罪人」を払い除けていた足が、不意にぴたり停止した。

「――おい、靴屋。どんな罰でも受けるんだったな?」

「!!!……は、はい。無論にございます!」

 反射的にそう答え、床に何度も頭を――穴が開くのではというほど叩きつける。

「おい、こんなことを言っているがどうする?」

「ははは、その割には真剣味が足りないんじゃないですかぁ?」

 若い騎士がにやにやと親子を眺め、哂っている。

「それもそうだな。

 おい、お願いってのはな、こうやるんだよ庶民!!!」

 ごっ、と鈍い音がする。

 口髭がペーターの後頭部を掴みあげ、その顔を目一杯床へ叩きつけた。

「聞こえねえなぁ……何だって?うん?」

「…………ご、ご慈悲、を……」

 ぱたり。

 床に赤銅がおちる。象牙色の歯がひと欠け、転がる。

 狭い部屋に、騎士たちの冷笑が響き渡っている。

「…………とう、さん」

 マーティンの乾いた声は、下卑た濁声の渦に掻き消される。

 息子の目の前で――父親は、幾度も幾度も、無様に床を這いずっていた。


 職人の家に育ったマーティンにとって、親方である父は絶対的な存在だった。

 しばしば父親を言い負かす母親も、重要な場面での判断はいつも決定権を父親に委ねていた。

 職人として。父親として。家長として。

 マーティンにとってのペーターは、まさに追いかけるべき目標で。

 ずっとずっと、少年は、父の背中を見て育っていた。

 だから。

 彼は、目の前に起こっている現実を許容できずにいたのだ。


 ――嘘だ。

 ちいさく、唇がそうなぞる。

「こんなの、嘘だ……」

 抵抗することもできず、襤褸雑巾のように引き摺られ、鼻や口から血を流し、瞳から涙を流す、父の姿がそこにある。

「こんなの、……こんな、の……」

 わなわなと、ちいさな肩が震え出す。

 思わず耳を塞ごうとして、そこで、

「マーティン!あなた……!」

 扉の開く音と、彼にとっては聞き慣れた女性の声が。ほぼ同時に部屋へと飛び込んできた。

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