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比翼の風  作者: 鷹峰悠月&若臣シュウ
二、足跡
21/26

三、白の神女(21)

東日本大地震に被災された方へ、心よりお見舞い申し上げます。

しばらく不定期ですが連載は続けていきたいと思います。

作品内には重いテーマも時折ございますので、ご注意の上閲覧いただければ幸いです。

 細い月が雲間から顔を覗かせている。

 山小屋の戸を鳴らすのは山の隙間を縫う風のみだった。

 ぱち、ぱちん。暖炉の火が跳ね囁く中、男はぼんやりと狭い天井を眺めていた。

 鬱陶しそうに、癖のついた金髪を腕ではねのける。

「……面妖な」

 大枚はたいて魔剣を購入した癖に、彼は魔法というものが嫌いだった。


 刃物で斬りつければ、鈍器で殴りつければ、相手は怪我をする。

 それは理解できる。

 しかし、あの魔法とかいうものはどうにも理解しがたい。

 ――何もない場所から、種も仕掛けもなく炎だの氷だの風だのが生まれる。

 ――何の道具もなしに、傷や病がみるみるうちに癒える。

 あれは、厭だ。狐に抓まれたような心持ちになる。

 理解できないからこそ、不気味で、奇怪で、いけ好かない。

 加え魔法の使い手といえば――大抵は気取った貴族ども、或いは識者ぶった偏屈者ばかり。

 だから、魔法も、それを扱う者も、気に入らない。

 マーティンはそう思っていた。


 よく判らないものを恐れ嫌悪するのは、彼に限った話ではないだろう。

 大抵の人間は――自分の知識や考えの及ばない物事を恐れ嫌悪し、ときにはヒステリックなまでに排除しようとする。

 それは自らを守るための、ごく当たり前の心の働きである。

「……、ふん」

 あちこち包帯だらけになった身体に、目を向ける。

 薬湯と、軟膏。それだけではなく、恐らく傷を癒す術を用いたのだろう。

 忌み嫌う魔法によって倒れ、彷徨った挙句……忌み嫌う魔法によって救われるとは。

「……気にいらぬ」

 強い語気で、そう吐き出す。脇腹がずきりと痛みを訴え、両腕で腹を抱えた。

 そういえば。あの女は――?

 傷を庇いながら、首だけを上下左右に動かしエルサイスの姿を捜す。

 いた。

 暖炉の傍ら、椅子に腰かけたまま眠っているようである。

(……この女は、身の危険を感じないのか?)

 白き神殿の神女は常に神殿の中で生活していたというから、ただの世間知らずかも知れない。

 もしくは、何らかの術を用いて身を守ることができるのか。

 そのどちらかだろう。

「――あなたの眼に、下心は感じませんでしたが」

「な、……ッ!?貴様、聞いて、」

 突然飛んできた声に、慌てて口を塞ぐマーティン。

 否。違う。

 ――口には出していない。ということは、

「神女とやらは、人の心も読むのかね。下衆な……」

「覗き見た訳ではありません。

 貴方の眼が、そう告げていただけ」

「……意味が判らぬ」

 ――これだから術者どもは。

 心だけで、そう毒吐いた。これも読まれるだろうかと心の片隅で思いながら。

「言葉なくとも、人は心を相手に伝える術を持っているもの。

 眉を吊り上げ睨み据えていれば、怒りの心が。

 満面の笑顔を浮かべていれば、喜びの心が。

 場の空気――と申しますか。ああいったものを、私は少し詳細に感じ取るのです。

 心を総て読みとれるわけでは、ありません」

 ……ただの『人一倍空気が読める人』だと言いたいのか。

「成程な。昔、母上が『魔法を使う人間は第六感が鋭い』と言っていたが……」

「感じ取る力が、魔法には必要です。

 例えば精霊魔法と呼ばれる魔法であれば、木々の声、海の咆哮、川の囁き――それらの声に耳を傾け、やがて語り合うことによって精霊の力を借りられるようになります。

 得手不得手はありますが、特別なことをしているわけでもないのです」

 彼女の語り口はやはり、淡としたもので。そこに表情らしきものは感じない。

「愛用の武器に語りかけるようなものか」

「そういうこと、です。聡明な方ですね」

「――、ッなにを、」

 思わずぎょっとして、手放しかけた警戒の色を取り戻す。

「だ、だとしてもだ。……術者どもは気に入らぬ。面妖なものは面妖だ」

 問われてもいないことを、早口で捲し立てた。

 ふふ、と。

 白き乙女は――微笑んだ、ように、見えた。

(――く、調子が狂う)

 彼女の発する言霊ひとつひとつが、男の神経をいやに逆撫でする。

 お陰で、ペースが乱れる。余計なことを口走る。

 郷里に残した母のことが口をついて出るなど、本当に……どうかしている。


 ノルンの田舎町に靴屋の長男として生を受けたマーティンは、幼い頃から父のもとで修業をする日々を送っていた。

 しかし或る日――ノルン王都から訪れた行軍が、彼の人生を変えることとなる。


 ――時は遡ること、十数年前。 




 中央通りは人で賑わっている。

 通りに面した一軒の靴屋の窓から、誰かがその様子を眺めていた。

「父さん、母さん見て!外、凄い人だかり!

 今日は週の三日目なのに、どうしたのかな?」

 興味深々で窓を覗き込んでいるのは、金髪の少年。年の頃は十代半ばだろうか。

「そう、マーティンは行軍を見たことがないのね」

 廊下から現れたのは、長身の女性。少年と同じ金色の巻き毛に、琥珀色の瞳をしていた。

「行軍?あれが?」

 ええ、と頷き、女性は両手に抱えていた紐の束を床に置く。

 そこにもうひとつ、男性の声が奥の部屋から届いた。

「はっはっは!前の村は田舎すぎて、騎士様なんか通らなかったからなぁ。

 そうだ、マーティン。父さんと一緒に見物してくるか?」

「いいの!?でも父さん、仕事は……」

「ひと段落ついたし、休憩だ休憩!

 どうせこんな時間に客も来ないだろうしな」

 ちょきん。牛の皮を鋏で正確に切り取り、髭もじゃの男性が立ち上がる。足音がどすどすと響いた。

 上機嫌で、顎にたくわえた髭を無骨な手でいじっている。

 この靴屋の店主、女性の夫であり少年の父親だ。

「そんなことを言って、本当はあなたが見物したい癖に。

 子供をダシに使うのはおよしなさいな」

 頬に手を当て、困った顔をする妻を、男性は笑ってやり過ごす。

 そして、息子の手を引いて店を飛び出した。

「よーし行くぞマーティン!」

「う、うん!――行ってくるね、母さん!」

 遠ざかる足音。女性のちいさなため息だけが、店内に残された。


 父子は人だかりに混じり、周囲を見回す。

 街の人々は騎士様をひと目みようと中央通りに押し寄せ、商店という商店に客の姿はない。

 否。それどころか、宿屋の女将もパン屋の旦那も、ちゃっかり見物に混じっているではないか。

「騎士様か……」

 本物の騎士を見たことはなかった。

 母が語ってくれた英雄譚に登場する騎士の姿をありありと思い浮かべ、マーティンはわくわくしながら彼等がここを通るのを待つ。

 しかし人が多すぎて、立っているのもやっとだ。

 何せ街中の人間が道の両脇を陣取っているのだから無理もない。

「おい、来たぞ!」

「おお、騎士様……!」

「万歳!ノルン王国万歳!!」

 歓声は最高潮に達した。

「万歳!万歳!万歳!」

 騎士団はまさに、マーティンたちの目の前へと近づいてくる。

 がちゃがちゃという重い金属音が、ひとつの音楽のようにさえ聴こえる。

 先頭の旗を持ったひとりが、少年の前を横切ろうとしたそのとき――

「騎士様!」

 ず、んっ。

「――わ、ッ」

 後ろに立っていた人々が、興奮のあまり前へ前へ出ようとする。

 痩せぎすで体重の軽いマーティンは背中を押されるかたちとなり、前へつんのめってしまった。

「おい、マーティン……!」

 斜め後ろから伸びる、肉刺だらけの手。

 マーティンは父に抱えられるようにして、石畳の上を転がり、

 どん。

 騎士のひとりに衝突し、転ばせてしまった。

 前方の騎士が転倒したため、後ろの騎士も歩みを止めざるを得ない。

 勇猛な行軍は中断されてしまった。

「も、申し訳ありません!息子が失礼を――」

 息子と騎士の間にばっと膝を突き、頭を地面にすりつける靴屋の主。

「貴様……隊長になんという無礼を!」

 その首元に、槍がふたつ振り下ろされた。

「と、父さん!」

 父親へ駆け寄ろうとするマーティン。しかし彼の首元にも、同じように槍が突きつけられる。

「おやめください、この子は、」

「話は向こうで聞く!歩け!!」

 こうして。

 靴屋父子は騎士たちに身柄を拘束されてしまった。

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