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比翼の風  作者: 鷹峰悠月&若臣シュウ
二、足跡
18/26

二、足跡(18)

配信が遅れ、ご迷惑をおかけいたしました><

リアルが漸く落ち着いてきたので、またどんどん更新していきます。


暫くはイレギュラ更新となります(・v・*

よろしくお願いいたします。


【訂正とおわび】

二、足跡(12)の本文に誤ったデータが掲載されておりました。お詫びして訂正いたします。

現在は修正されておりますので、よろしければ改めて目を通していただけますと大変助かります。

申し訳ありませんでした!

 三人は、山を縫うようにして街道を北西へ進む。

 山ひとつ超えれば、そこから北はノルン王国だ。

 人気のない酒場の窓を壁を、無遠慮に冷たい風が小突いていく。

「……っくしゅ」

「大丈夫か?ウェル殿」

 温暖な平野が続くフォルシアで育ったウェルティクスにとって、山の寒さは堪えるようだ。

 心配そうに見守るイルクに大丈夫ですと答えつつも、ぷるりとひとつ身震いする細身の若者。

 そこに、ことん、と何かが差し出される。

「飲んどけ」

 ファングの短い言葉。

 意味は理解できる。酒を身体に流し込み、内側から暖を取れということだ。

「ファング……」

 ウェルティクスが杯に手をつけないことに苛立ったのだろうか。

「なんだ、安酒じゃ口に合わねぇってか?」

「いえ、そういうことでは。……頂きます」

 くすっと笑った。それが、何となしにファングには鼻についた。

「おい、酒が足りねぇぞ」

 気まずかったのだろう。二人に背を向け、男は店のカウンターへと声を飛ばした。

 こくん、と杯を傾けるウェルティクス。

 きつい酒の匂い。ほんの一瞬眩暈のような衝撃。そして、じんわりとひろがるぶっきらぼうな温度。

 それは、背を向けたまま杯を煽っているファングに何処か似ていた。

「……ふふっ」

 そんなことをふと考え、笑みが零れる。

「イルク、あなたも少し――

 …………イ、イルク??」

 ふと、隣のイルクへ視線を移す――と、

 巨漢は机に突っ伏し、ごうごうと寝息を立てていた。

「……………………」

「放っとけ。コイツはノルン人の癖に酒が弱ぇんだ。

 どうせ暫くは起きねぇだろうよ」

 ひらり。

 片手は杯から離さぬまま、ファングはやれやれといった顔で吐き捨てる。

 イルクの酒が注がれた杯を見れば、半分ほども飲んでいないようだった。

「ノルン人……そういえば、ノルンには酒豪が多いようですね。

 昔、部下にノルン出身の者がおりましたが……それこそ水のようにがぶがぶと飲んでいました」

 ウェルティクスは立ち上がり、眠っているイルクを見て首を捻る。

 上階の宿まで運んで休ませようとも思ったが、流石にイルクの巨体を運ぶ腕力はなかった。

 そこで、外套の留め金を外し、イルクの大きな肩にそっとかけてやる。

 ふわり。

「おい、寒いんじゃなかったのか?」

 身体は向けず、視線だけを若者へ向けて。ファングは口元を引き攣らせる。

「私のことなら大丈夫です。頂いたお酒の所為か、若干暖かくなりました。

 それに――」

 一旦言葉を切って、くいとイルクの方を視線で示す。

「寝ているときは体温が下がりますから。

 冷やして、風邪をひいては大変です」


 ――「やめろって!このくらい、どうってことねぇよ」

 ――「ダメよ。風邪をひいては大変でしょう」


 だんっっ!!!

 ファングは思わず、杯の底をテーブルに叩きつけていた。

「……くっそ、」

 ――その声が、表情が。憎たらしいほどに記憶と重なる。

 苛立ちに髪を掻き毟り、男は幾度も首を振った。

「ファング?……どうしたのですか?」

 金糸のカーテンの向こう、心配そうなふたつの藍玉がこちらを覗きこむ。

「……煩ェな。

 アンタがその顔でリフェナみたいなこと言いやがるから――」

 そこで、

 ファングの呼吸が止まる。

「あ、……ッそ、」

 己の手で、顔を覆う。

「リフェナ……??」

(~~くそッ、何喋ってやがんだ、俺は!?)

 様子がおかしいのは、ファング自身が一番よく判っていた。

 ――動揺している。その所為で、余計なことをいちいち口に出してしまう。

 ウェルティクスがこちらを案じているのが声音から伝わり、余計にファングは取り乱してしまう。

「古い知り合いだ。

 コイツの……イルクの、母親だよ」

 ――アンタと同じ、金髪だった、と。

 観念したように――ファングは、そう吐き捨てた。

 ひとつ、息がおちて。

 半ば、自棄だったのか。それとも酒が回ったのか。

 ファングは、苦い面持ちのまま語りはじめた。

 ……イルクが寝入っているのを、確かめてから。



 リフェナ。

 木漏れ日のような金髪が印象的な美しい女性。

 明るくて気風がよく、町じゅうの誰からも慕われていた。

 大人が見放した不良少年たちに対しても、リフェナだけは分け隔てなく接していた。

 ファングもまた、その不良のひとりだった。

 遠巻きに謗る大人たちと、リフェナは決定的に違っていた。

 彼等が悪戯をすると、リフェナは髪を振り乱してやんちゃ坊主を追い回し、首根っこを捕まえて、陽が暮れるまで懇々と説教した。

 本気で叱って、向き合ってくれる大人は――彼女だけだった。

 だから、怒ると恐い彼女を恐がりつつも、悪ガキたちはみんなリフェナのことが大好きで。

 叱られたくて、構ってほしくて、自分を見てほしくて。態と悪戯をしたこともある。

 彼女は、町にとってなくてはならない存在。まさに太陽だったのだ。



「イルクの、母君……素敵な方だったのでしょうね」

「…………」

 感想を述べるウェルティクスに、ファングはふいと顔を背ける。

 ――きっと、それは少年の淡い初恋だったのだろう。

「じ、じろじろ見るんじゃねぇよ」 

「おや、これは失礼」

「~~ちッ、」

 微笑ましげに見守る金髪の若者の視線から逃れるように、男はぐいっと酒を喉へ流し込んだ。




 そして――

 町から、太陽が奪われる日が訪れた。


 一帯を治める領主ライヴェスは、酒癖と手癖の悪さで有名な人物だった。

 ……だから。

 リフェナが子を孕み、生まれた男の子の父親について一切口を噤んでいたことから――人々は、父親はあの悪徳領主ライヴェスに違いないと噂した。

 そして、その噂はファングにも、領主本人の耳にも届いた。

 手をつけた町娘が子を産んだと知るや――領主はごろつきに、リフェナを殺害するよう命じたのだった。

 ファングは彼女の家を訪れ、その変わり果てた姿を目にし、

 ……何が起こったかを、直ぐに理解した。


 ――残ったのは、ただただ純粋な殺意だった。


 泥酔していた領主を殺すことなど、わけもなかった。

 まずは、胸。

 次いで、内臓。

 そして、顔。

 いつからか手にしていた土木用の鋸で、何度も何度も、肉を裂き、骨を断った。

 原形を留めない程に、彼女が味わった苦しみを知れとでもいうように、

 こと切れているはずの領主だった肉塊を、それが何であるか判らなくなるまで、壊し続けた。


 ――当時、九歳。

 ――後に『刀牙』と呼ばれ恐れられた男が、初めて人間を殺めた日だった。


 やがて。

 ぷつりと糸が切れたように、少年は意識を失った。

 それとほぼ、同時――

 ふたつの人影が、扉から躍り出るのを見届けて。


 ばたんっ!!!

 勢いよく扉を開け放ち、細身の少年がびしいっと人差し指を立て、吠える。

「ライヴェス子爵、あんたの悪行もここまでだ!!!

 …………、って、あれ?え??」

 部屋の惨状に、思わずフリーズする少年。

 勇ましく立てていた指が、しなしなと落ちていく。

「……お、御館様……?これ、」

「ああ。

 どうやら……既に終わった後のよう、だな」

 御館様と呼ばれた大柄の男は、重くひとつ頷く。

 少年は癖のついた青い髪をがしがしと掻き毟りながら、赤黒い肉塊を調べはじめる。

「この紋章――ライヴェス家のものに間違いないみたいだ。

 ……まさか、あのガキが?」

「待て、ラゼル。誰かいるようだ」

 大男は顎をしゃくって、倉庫の方を指し示す。

 ラゼルと呼ばれた少年は、慎重に足音を忍ばせ倉庫へ近寄る。

 そして、倉庫の扉にそっと耳をあてた。

 聴こえたのは、赤子の泣き声。

「……赤ん坊?」

 そっと扉を開けると、そこには生まれて間もないであろう男の子が、泣き叫んでいる。

「おい。そっちは頼むぞ、ラゼル。

 俺はこっちのガキを連れていく。気を失っているだけで生きているようだ」

「こいつらアジトに連れていく気ですか?御館様??」

 目を白黒させるラゼルに、大男――パニッシャ―頭目バラックは、がははと豪快に笑ってみせた。

「当ったり前だろうがよ!俺たちはパニッシャ―だぞ」

 そしてバラックはファングをひょいと背負い、ラゼルと共に山へと姿を消した。




「……そんなことが」

 すべて、合点がいった。

 ファングが時折見せる、哀しそうな顔の理由。その直後に痛ましい程荒れる理由。

「ち、――喋りすぎたな」

「いえ。……ありがとうございます」

 困惑したようなファングの視線にかっちりと合わせ、微笑む。

「む、……」

 先程まで微動だにしなかったイルクが、ぴくりと肩を震わせる。

「いかん、眠ってしまっておったか……」

 目を擦りながら周囲を見回す。まだ寝呆けているようだ。

 かたん。

 銅貨を数枚、その場に置いて。ファングは立ち上がる。

「行かれるのですか?」

「――三日後だ」

 答えにならぬ答え。しかし、相手にはその意味が通じたようで、

「……ええ、ここで?」

 からり。

 返事はない。

 代わりに、僅か空いたドアに男がひとり吸い込まれていった。

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