二、足跡(18)
配信が遅れ、ご迷惑をおかけいたしました><
リアルが漸く落ち着いてきたので、またどんどん更新していきます。
暫くはイレギュラ更新となります(・v・*
よろしくお願いいたします。
【訂正とおわび】
二、足跡(12)の本文に誤ったデータが掲載されておりました。お詫びして訂正いたします。
現在は修正されておりますので、よろしければ改めて目を通していただけますと大変助かります。
申し訳ありませんでした!
三人は、山を縫うようにして街道を北西へ進む。
山ひとつ超えれば、そこから北はノルン王国だ。
人気のない酒場の窓を壁を、無遠慮に冷たい風が小突いていく。
「……っくしゅ」
「大丈夫か?ウェル殿」
温暖な平野が続くフォルシアで育ったウェルティクスにとって、山の寒さは堪えるようだ。
心配そうに見守るイルクに大丈夫ですと答えつつも、ぷるりとひとつ身震いする細身の若者。
そこに、ことん、と何かが差し出される。
「飲んどけ」
ファングの短い言葉。
意味は理解できる。酒を身体に流し込み、内側から暖を取れということだ。
「ファング……」
ウェルティクスが杯に手をつけないことに苛立ったのだろうか。
「なんだ、安酒じゃ口に合わねぇってか?」
「いえ、そういうことでは。……頂きます」
くすっと笑った。それが、何となしにファングには鼻についた。
「おい、酒が足りねぇぞ」
気まずかったのだろう。二人に背を向け、男は店のカウンターへと声を飛ばした。
こくん、と杯を傾けるウェルティクス。
きつい酒の匂い。ほんの一瞬眩暈のような衝撃。そして、じんわりとひろがるぶっきらぼうな温度。
それは、背を向けたまま杯を煽っているファングに何処か似ていた。
「……ふふっ」
そんなことをふと考え、笑みが零れる。
「イルク、あなたも少し――
…………イ、イルク??」
ふと、隣のイルクへ視線を移す――と、
巨漢は机に突っ伏し、ごうごうと寝息を立てていた。
「……………………」
「放っとけ。コイツはノルン人の癖に酒が弱ぇんだ。
どうせ暫くは起きねぇだろうよ」
ひらり。
片手は杯から離さぬまま、ファングはやれやれといった顔で吐き捨てる。
イルクの酒が注がれた杯を見れば、半分ほども飲んでいないようだった。
「ノルン人……そういえば、ノルンには酒豪が多いようですね。
昔、部下にノルン出身の者がおりましたが……それこそ水のようにがぶがぶと飲んでいました」
ウェルティクスは立ち上がり、眠っているイルクを見て首を捻る。
上階の宿まで運んで休ませようとも思ったが、流石にイルクの巨体を運ぶ腕力はなかった。
そこで、外套の留め金を外し、イルクの大きな肩にそっとかけてやる。
ふわり。
「おい、寒いんじゃなかったのか?」
身体は向けず、視線だけを若者へ向けて。ファングは口元を引き攣らせる。
「私のことなら大丈夫です。頂いたお酒の所為か、若干暖かくなりました。
それに――」
一旦言葉を切って、くいとイルクの方を視線で示す。
「寝ているときは体温が下がりますから。
冷やして、風邪をひいては大変です」
――「やめろって!このくらい、どうってことねぇよ」
――「ダメよ。風邪をひいては大変でしょう」
だんっっ!!!
ファングは思わず、杯の底をテーブルに叩きつけていた。
「……くっそ、」
――その声が、表情が。憎たらしいほどに記憶と重なる。
苛立ちに髪を掻き毟り、男は幾度も首を振った。
「ファング?……どうしたのですか?」
金糸のカーテンの向こう、心配そうなふたつの藍玉がこちらを覗きこむ。
「……煩ェな。
アンタがその顔でリフェナみたいなこと言いやがるから――」
そこで、
ファングの呼吸が止まる。
「あ、……ッそ、」
己の手で、顔を覆う。
「リフェナ……??」
(~~くそッ、何喋ってやがんだ、俺は!?)
様子がおかしいのは、ファング自身が一番よく判っていた。
――動揺している。その所為で、余計なことをいちいち口に出してしまう。
ウェルティクスがこちらを案じているのが声音から伝わり、余計にファングは取り乱してしまう。
「古い知り合いだ。
コイツの……イルクの、母親だよ」
――アンタと同じ、金髪だった、と。
観念したように――ファングは、そう吐き捨てた。
ひとつ、息がおちて。
半ば、自棄だったのか。それとも酒が回ったのか。
ファングは、苦い面持ちのまま語りはじめた。
……イルクが寝入っているのを、確かめてから。
リフェナ。
木漏れ日のような金髪が印象的な美しい女性。
明るくて気風がよく、町じゅうの誰からも慕われていた。
大人が見放した不良少年たちに対しても、リフェナだけは分け隔てなく接していた。
ファングもまた、その不良のひとりだった。
遠巻きに謗る大人たちと、リフェナは決定的に違っていた。
彼等が悪戯をすると、リフェナは髪を振り乱してやんちゃ坊主を追い回し、首根っこを捕まえて、陽が暮れるまで懇々と説教した。
本気で叱って、向き合ってくれる大人は――彼女だけだった。
だから、怒ると恐い彼女を恐がりつつも、悪ガキたちはみんなリフェナのことが大好きで。
叱られたくて、構ってほしくて、自分を見てほしくて。態と悪戯をしたこともある。
彼女は、町にとってなくてはならない存在。まさに太陽だったのだ。
「イルクの、母君……素敵な方だったのでしょうね」
「…………」
感想を述べるウェルティクスに、ファングはふいと顔を背ける。
――きっと、それは少年の淡い初恋だったのだろう。
「じ、じろじろ見るんじゃねぇよ」
「おや、これは失礼」
「~~ちッ、」
微笑ましげに見守る金髪の若者の視線から逃れるように、男はぐいっと酒を喉へ流し込んだ。
そして――
町から、太陽が奪われる日が訪れた。
一帯を治める領主ライヴェスは、酒癖と手癖の悪さで有名な人物だった。
……だから。
リフェナが子を孕み、生まれた男の子の父親について一切口を噤んでいたことから――人々は、父親はあの悪徳領主ライヴェスに違いないと噂した。
そして、その噂はファングにも、領主本人の耳にも届いた。
手をつけた町娘が子を産んだと知るや――領主はごろつきに、リフェナを殺害するよう命じたのだった。
ファングは彼女の家を訪れ、その変わり果てた姿を目にし、
……何が起こったかを、直ぐに理解した。
――残ったのは、ただただ純粋な殺意だった。
泥酔していた領主を殺すことなど、わけもなかった。
まずは、胸。
次いで、内臓。
そして、顔。
いつからか手にしていた土木用の鋸で、何度も何度も、肉を裂き、骨を断った。
原形を留めない程に、彼女が味わった苦しみを知れとでもいうように、
こと切れているはずの領主だった肉塊を、それが何であるか判らなくなるまで、壊し続けた。
――当時、九歳。
――後に『刀牙』と呼ばれ恐れられた男が、初めて人間を殺めた日だった。
やがて。
ぷつりと糸が切れたように、少年は意識を失った。
それとほぼ、同時――
ふたつの人影が、扉から躍り出るのを見届けて。
ばたんっ!!!
勢いよく扉を開け放ち、細身の少年がびしいっと人差し指を立て、吠える。
「ライヴェス子爵、あんたの悪行もここまでだ!!!
…………、って、あれ?え??」
部屋の惨状に、思わずフリーズする少年。
勇ましく立てていた指が、しなしなと落ちていく。
「……お、御館様……?これ、」
「ああ。
どうやら……既に終わった後のよう、だな」
御館様と呼ばれた大柄の男は、重くひとつ頷く。
少年は癖のついた青い髪をがしがしと掻き毟りながら、赤黒い肉塊を調べはじめる。
「この紋章――ライヴェス家のものに間違いないみたいだ。
……まさか、あのガキが?」
「待て、ラゼル。誰かいるようだ」
大男は顎をしゃくって、倉庫の方を指し示す。
ラゼルと呼ばれた少年は、慎重に足音を忍ばせ倉庫へ近寄る。
そして、倉庫の扉にそっと耳をあてた。
聴こえたのは、赤子の泣き声。
「……赤ん坊?」
そっと扉を開けると、そこには生まれて間もないであろう男の子が、泣き叫んでいる。
「おい。そっちは頼むぞ、ラゼル。
俺はこっちのガキを連れていく。気を失っているだけで生きているようだ」
「こいつらアジトに連れていく気ですか?御館様??」
目を白黒させるラゼルに、大男――パニッシャ―頭目バラックは、がははと豪快に笑ってみせた。
「当ったり前だろうがよ!俺たちはパニッシャ―だぞ」
そしてバラックはファングをひょいと背負い、ラゼルと共に山へと姿を消した。
「……そんなことが」
すべて、合点がいった。
ファングが時折見せる、哀しそうな顔の理由。その直後に痛ましい程荒れる理由。
「ち、――喋りすぎたな」
「いえ。……ありがとうございます」
困惑したようなファングの視線にかっちりと合わせ、微笑む。
「む、……」
先程まで微動だにしなかったイルクが、ぴくりと肩を震わせる。
「いかん、眠ってしまっておったか……」
目を擦りながら周囲を見回す。まだ寝呆けているようだ。
かたん。
銅貨を数枚、その場に置いて。ファングは立ち上がる。
「行かれるのですか?」
「――三日後だ」
答えにならぬ答え。しかし、相手にはその意味が通じたようで、
「……ええ、ここで?」
からり。
返事はない。
代わりに、僅か空いたドアに男がひとり吸い込まれていった。