二、足跡(16)
それから。ウェルティクスは丘をくだり、村の隅々を見て回った。
畑は荒れ、商店は閉じ、蔵は扉が壊されたまま放置されている。
集落全体に覇気がなく、村長の言うように、限界まで追い詰められていることが伺えた。
「これは……」
――晩餐を辞退して正解だったかもしれない。
そんなことを思いながら、石畳の路地に沿って歩く。
村の中心まで歩いていくと、ちいさな池が目についた。
「成程。生活水は、この池なのですね」
池を起点に放射状に水路がひろがっており、幾つもの水車が設置されていた。
この水車を利用して、村の隅々に水を供給しているのだろう。
「川などを生活水に利用していた場合、上流から毒を流される危険性がありますが……
ここでは、そういった心配はないようですね――」
なおファングはといえば、仏頂面のまま後ろについてきている。
「……おい」
「はい?どうし――あ、」
それまでずっと沈黙を保っていた彼の呼びかけに、振り向くウェルティクス。
と、見慣れた姿がその視界に飛び込んできた。
「イルク?
もう修理を終えてきたのですか?」
「あ、いや……」
驚いた顔をする主に、イルクはもごもごと口籠る。
「?」
「その、村長殿の家に雨漏りがあったのでな。気になって、屋根も修繕しておったのだ。
お陰で遅くなってしまった。面目ない」
「…………。いえ、早かったですねという意味だったのですが」
……こんな短時間に、そんな大工仕事まで引き受けていたのか。
半日はかかるだろうかと見込んでいたウェルティクスは、これには流石に少々面食らったようだった。
「む?これは立派な水車だな」
「ええ。そうですね。
……水車……か」
「この水車がどうされた?」
「いえ。村の自衛手段について考えていました。
この水車の動力を利用して投石機を造れたらと思ったのですが……」
「投石機?というと、石を投擲する――」
イルクはおもむろに落ちている小枝を拾い、地面に何やら車のようなものを描き出す。
「こういった兵器の事だろうか?」
「え……ええ」
「簡易的なものでよければ、半日程度で造ることは可能だと思うが……」
その申し出に、思わずウェルティクスはぽかんと口を開ける。
「……造ったことがあるのですか?」
「否、造った経験はないが何度か砦で見た。
原理は何となく理解できた故、ある程度の木材と金属さえあれば似たものは造れるはずだ」
しばし待たれよ、と。
イルクは返答も待たず、林の中へと潜ってしまう。
二人は呆然と、その背中を見送っていた。