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比翼の風  作者: 鷹峰悠月&若臣シュウ
二、足跡
13/26

二、足跡(13)

 ――幼い少年の笑い声が、街外れの小路に響く。


「藁、倉庫から取ってきたぜ!」

「これだけあれば充分だろ。よし、投げるぞ!」

 互いの企み顔を見合わせ、少年たちはしししと笑う。

 路沿いにぽっかり空いた大きな穴に、彼等はせっせと藁を投げ込んだ。

 穴の中に適度な空間を残し、掘り起こした土と小石で塞ぐ。

「これでよし……と!」

 土塗れの手をはたきながら、満足そうに頷く少年。

「へっへっへ、今までの落とし穴では最高傑作だな。

 夕方の市がもう少しで始まるから、大人たちは絶対ここを通るぜ」

 ほかの少年たちより上質の服を着た、悪ガキのリーダーと思しき少年。

 彼は落とし穴を確認し、にんまりと口角を上げる。

 さぁ――、と。

 茜の色彩が西空から伸び、若草色の髪を淡く焦がした。

「よしお前ら、倉庫に隠れるぞ!……っへへ、楽しみだなぁ〜」

 小路の脇にある倉庫へ一目散、駆け出そうとして、


「――何が楽しみなのかしら?」


 ふわん。

 不意に、後ろからの声。同時に少年の足が大地を離れた。

「わっ!?いででででで!!!」

 襟首を掴まれた少年は、拘束から逃れようと藻掻く。しかし手足はじたばたと空を掻ききるのみ。

「ねえ。何が楽しみなの?私にも詳しく教えて頂戴」

「げッ……リフェナ!?」

 リーダー格の少年を吊るし上げていたのは、金髪の若い町娘だった。

 彼女はぐいと彼の顔を自分に向けて、じっとその瞳を覗き込む。

「な、なんでリフェナがここにいんだよ!

 今日はたしか、隣町に出かけたはずじゃ……?ごほッ」

「ええ行ってきたわ。思いの外早く戻れたの。

 ――さッ、あっちで詳しい話を聞きましょうか」

 彼女は少年たちを掴んだまま、小さな民家へ大股で歩いていく。

 彼を取り巻いていたほかの悪ガキたちも、肩をすぼめてとぼとぼと後をついてきた。


 そして。

 小さなギャング一味は、リフェナの家でこってり絞られていた。

「まったく……仕方ないわねぇ。あんたたちは」

 長々とお説教を食らい、監視の下で穴の修復を命じられた少年たちは、揃ってうなだれている。

 リフェナが隣町への使いに出されたと聞いて、これはチャンスとばかりに悪戯を目論んだものの。

 ……計算外の事態に、彼等の企みはあっさり潰えたのだった。

「はぁ……もういいわ。あんたたちはもう帰りなさい

 ――あ、あんたはまだダメよ」

 漸く解放される。と表情を輝かせる少年たち。

 しかしそのリーダー格だけが、腕を掴まれ呼び戻された。

 既に陽はどっぷりと暮れ、家々の窓からは、ランプの灯りと素朴な食卓の香りが漏れてくる。

 腹を鳴らしながら退却した悪戯坊主たちを見送り、リフェナはちいさく溜息をついた。

「さて、と……」

「な、なんだよ?」

 彼女にじろりと睨まれ、思わず少年の心臓が跳ね上がる。

「手。出しなさい」

「え……?」

 少年指には、赤いすじがひとつ。

「藁を刈ったときに切ったのね。

 傷をそのままにしてはダメって、いつも言ってるでしょう?」

 じ、と。見つめる紺碧の眼差しは厳しいけれど、とても優しくて。

「な――こんくらい舐めときゃ治る」

「いけません」

 ぴしゃり。

 言い放つと、リフェナの白い指は薬草へと伸び、それを彼の傷口へと摺り込んだ。

「で……ッ」

「少し痛いけど我慢して。こうすれば直ぐに、快くなるわ」

「い、痛くねぇよ!馬鹿にすんなッ」

 はっとして強がりを返す少年。彼女はそんな彼の姿に――ふふ、と、笑みをこぼした。

「あなたは強いわね」

 ぽん。

 そっと若草色の髪を撫でる、白い指。

「な、何しやがる!」

「綺麗な色の髪ね」

 何度もその頭を撫でながら。リフェナは少年にそう語りかけた。

 しかし、

「……俺は、嫌いだ。この色」

 吐き捨てるように言って、俯く。

「そう。でも、私は好きよ。

 ――果てしなくひろがる、草原の色」

 告げて、彼女は何処か遠くへと視線を巡らせる。

 懐かしげに、とても嬉しそうに。

「私ね。あなたくらいの頃までは、フォーレーンの田舎に住んでたの。

 この髪を見ると思い出すわ。懐かしい――何処までも続く、広い広い草原の海。

 うん、あの光景……いつか見せてあげたいな」

 ――「そしたらきっと、その髪の色が好きになるから」。

 頬をほころばせるリフェナに、

「――リフェナ、」

 少年は顔を上げ、何かを言おうとして――


 そこで、世界が途切れた。






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