二、足跡(11)
三人は村長の家に通された。
村長から晩餐の申し出があったものの辞退し、水だけを頂戴する。
雨音と時折壁を叩く風の中、彼等はこの村に何が起こっているかを聞いた。
「それでは、先程の者たちは……
ここの領主が所有する兵ではないということか」
「はい。隣接する領土を治めているレドフリック伯爵の私兵です。
度々兵を送ってきては徴収と称し……村の蓄えを奪っていくようになりました」
うなだれた村長の肩は、やけに小さく感じられた。
領主たちの横暴が始まったのは、今からおよそ一年前だという。
フォーレーン王国は元々、比較的自治権の強い国である。
それでも国王テセウスの代になってからというもの、行き過ぎた圧政は抑えられていた。
――国王テセウス、王国参謀レイチェル、そして王子ウェルティクス。
この三名の存在が、搾取や紛争への抑止力となっていた。
王族と諸侯は絶妙なバランスを保ち、国内の治安は良好に保たれていたのだ。
しかし。
一年前に、そのバランスは脆く崩れてしまう。
テセウスは病に倒れ、レイチェルはその看病につきっきりとなる。二人の子ウェルティクスは兄ティフォンを捜す為に王宮を留守にしていた。
こうして三名ともが同時に不在となり、実質国政の表舞台から退く。
それは、野心を抱く諸侯にとっては絶好のチャンスとなった。
同時に――そのチャンスは、庶民にとっては地獄の始まりを意味する。
この村も、そんな野心の被害者だった。
「この地を治めている領主へ、このことは?」
「無論、何度も相談しているのですが……」
ますます項垂れる村長。
「はッ、……放置か」
皆まで聞くまでもない。ファングは呆れたように、大きな溜息を吐いた。
「なんでも今は大事な時期らしく、領主様からも多大な税を要求されていまして。
しかし、この村にそんな税を収められるわけがない――」
村長の視線が、右、左と彷徨う。それからぎゅっと瞳を閉じ、声を絞り出した。
「『税を納めぬ者を救う義理はない』――と、ッ」
「……………………」
黙りこんでしまった金髪の青年を、イルクは心配そうに見つめる。
その視線に気づいたのか、碧い瞳は少し困ったよう微笑んでみせた。
「事情は概ね判りました。
しかし、そうすると……先程の兵士を撃退してしまったのは、少々拙かったかもしれませんね」
「え?」
そこで村長は顔を上げ、首を傾げる。
「理由はどうあれ、領主兵に手を上げたことで相手に口実を与えてしまった」
「はは……どちらにしろ、この村には蓄えなど残っていないのです。
口実など、幾らでも作れますよ」
力なく笑う村長。掠れた声が雨音に溶け、いやに痛々しく部屋を支配した。
ウェルティクスとイルクはどちらともなく顔を見合わせ、ひとつ頷く。
「そんな状況で今宵の宿を借りるのですから、私たちもその恩義に報いねばなりませんね。
それに――ひょっとしたら今日のことで、引き金を引いてしまったかも知れませんし」
「うむ、そうだな」
「…………???」
「村長殿。
私達も先を急ぐ身ですので、ずっとこの村にいる訳には参りませんが……
微力ながら、私たちに出来る範囲でお力添えをさせて頂きます」
にっこりと村長に微笑む金髪の若者。
……村を守る為に、ずっと戦ってきたのだろう。
村長はそのまま床に伏し――おいおいと泣き崩れてしまう。
何やら咽ぶような言葉が続いたけれど、それすらも嗚咽と雷雨に掻き消された。