一、戦乱の予感(1)
お久しぶりです。
『クロスブレイド』作者の鷹峰&若臣(旧PN:陸奥崎)です。
連載も今週より再開いたします。
またどうぞお付き合いくださいませ。
――もう、一年ぶりになるのか。
旅装束に身を包んだ細身の若者が、ぽつりと呟く。
その傍らには、岩石を思わせる巨漢。彼はうむ、と頷き街並みを仰いだ。
石畳の大きな道から枝のよう伸びる路地は、数々の商店や施設へ人々を誘う。
最も大きな中央通りは町の入口から、この都市の中心――王宮へと真っ直ぐに続いていた。
都市の名は、王都フォルシア。
栄華を極める『風の王国』フォーレーンの城下町である。
丘には風車小屋、優美な公園。吟遊詩人の語り草から、田舎に住む者なら一度は、この都市への憧れを口にする。
しかしながら。
「皆なにやら、浮かぬ顔をしておるように見えるな。
はて、……気の所為か」
怪訝そうに眉を寄せる巨漢。
若者は沈黙を保ったまま、首を縦にした。外套のフードに隠れた金髪が、さらりと揺れる。
そう、彼の言うとおりなのだ。
陽はまだ南の空に高く上っている。
にもかかわらず、露天商たちは通行人に声をかけようともせず、或いは空を、或いは地面を、ぼんやり虚ろに見つめるばかり。
露天商の数もまばら、日中の広場では必ず見かけた大道芸人の姿も消えている。
路地の片隅に座り込み、すすり泣く者までいる始末だ。
そこには、「栄華を極める風の都フォルシア」の面影は微塵も感じられなかった。
一度でもこの地を訪れた者なら、誰しも変わり果てた街に愕然とするだろう。
ましてや、
金髪の若者にとっては久々の帰郷。
心躍る場面のはずが、まるで偉人の訃報でもあったかのような城下町の静けさ。
胸を叩く不安に、彼等の足は知らず、早くなる。
かん、かん、かん、か、か、かかか……
――(まさか、そんなはずは。いや、しかし)
打ち消しても打ち消しても、忍び寄る恐怖。
若者はそれから逃れるように、大通りを駆けた。
「…………ッ、はぁ、は……」
心を映すかの如く、呼吸が乱れていた。
二人の向かう先は大通りの終点――王宮。
高速で流れていく景色。追ってくるは太陽のみ。
かん、かん、かん、かん、……
青ざめる若者を一度だけ、心配そうに見遣り。巨漢はその半歩後ろを追う。
視界に城壁がひろがる。
そのまま正門を潜ろうとした二人の行く手を、二本の槍が遮った。
「止まれ!――止まれぇい!!!」
仁王立ちする二人の兵士。うち片方がずずい、と二人へ詰め寄った。
「ここより先は、許可証のない者は通せぬ!
通りたいのならば、入城許可証を提示しろ!」
「――な、」
憤然と震え上がる巨漢。
一歩、
前へ踏み出し兵士に掴みかからんと、
「なんと無礼な――ッ」
「イルク。止しなさい」
ぴしゃり。
猛獣のように吼える彼――イルクを、金髪の若者が制した。
「しかし、ウェル殿……!」
イルクの抗議をやんわりと受け流し、若者はふわりと外套を脱いだ。
現れた姿は一七、八歳くらいの青年。鶯がかった金髪を後ろで束ねた、理知的な面差しが印象的である。
「まさか……両親のもとへ戻るのに許可証が必要になるとは、予想外でしたね」
「…………ウェル殿、そういう問題ではない気がするのだが」
淡と言ってのける若者に、頭を手でおさえたイルクは、数度、頭を振って。
一度咳払い。それから兵士へ向き直り、
「この方は、ウェルティクス第三王子殿下にあらせられる!
貴公ら、門番を任されながら……己が主筋の顔すら覚えておらぬのか!!」
怒号、吹き荒ぶ暴風の如く。
まして見上げるほどの大男。その眼光にぎろりと睨まれれば、思わず数歩後退る。
「き、許可証がなければ、何者たりと通行を赦してはならぬとの殿下の御命令だ!
本物のウェルティクス殿下であると証明できぬのであれば、通すわけにはいかん!」
負けじと胸を張り、槍をがしゃんと嘶かせ、声を張り上げる兵士。
「ッ、……このッ、」
「――イルク」
一度だけイルクを肩越しに振り返り、視線を鋭く向ける。
諌めるにはそれで充分だった。見つめ返す巨漢の表情は、とても納得したそれではなかったが。
「仰りたいことは判りました。
では、証明さえ出来れば宜しいのですね?」
金髪の青年――王子ウェルティクスは、確認の口調で問うた。
気圧されたのだろう。
互いの顔を見合わせる二人の兵士。
何やらもごもごと口の中で零していたが、どちらともなく再び向き直り、掠れがちな声で肯定を返す。
ウェルティクスの手が、腰のレイピアへと伸びた。
「な、何の真似だ!?」
剣を取ろうとした相手に、兵たちは思わず色を成す。
ぱちん。
細い針らしきものを袖口から取り出し、刀身と柄を繋ぐ金具を緩める。
からんという音とともに、柄が取り外された。
「私がアクディア公国へ留学に赴く際、父王テセウスより授かった剣です。
普段は柄で隠れていますが……」
鞘に収めたままの分解したレイピアを、くいと傾ける。
「ここにフォーレーン王国の紋章と私の名、そして生まれ年が刻まれています」
柄を失った不恰好な金属に、とくよく見れば何やら彫刻らしきものが見てとれた。
双頭の鷲が描かれた紋章。
それを囲むようにして、円周上に文字が刻まれている。
――『ウェルティクス=ル=アステル=カリス=フォルシス 聖戦暦三○○』
「母上に御確認頂ければ、証明になるかと思いましたが……不十分でしょうか?」
あくまで笑みを湛えたまま、声は穏やかに届く。
「~~ッ、こ、ここで待て!上官に報告を……がッ」
二人に背を向け、一目散に城内へ走っていく兵士たち。
そのひとりが勢い余って柱と熱い抱擁を交わす、鈍い音が当たりにごぅんと響いていた。