第1話 矢田厚と僕
落ち葉の落ちる坂道、踏み潰された銀杏の残り香、色づく紅葉、そして青い動揺。まだ1年生の僕はこの学校に来て初めての秋を迎えていた。坂道を下る僕の隣にいるのは、矢田厚、みんなからヤッシーと呼ばれおり、クラスこそ違うものの小学校からの親友、といった仲だ。そして、ヤッシーが恋焦がれている相手が彼女、向田紗蘭だ。さらん、と読むらしい彼女はヤッシーとクラスが同じでヤッシーが言うには彼と仲がいいらしい。また今日もヤッシーの恋バナに付き合わされていた。「あのさ、亮太、紗蘭と一緒に帰って俺の事どう思ってるかとか、俺が聞きにくいこと聞いてくれ。」何を言ってるんだこいつは。ヤッシーはいつも豪胆なのに、今回ばかりは慎重に行かざるを得ないようだ。小学校の頃、告白方法を相談された俺が好奇心で縦読み告白をさせてしまったからだろうか。「いやむりだわ!」と言うと、ヤッシーは矯正中の歯をむき出しにし、「お前と聡子の合成写真、まだ持ってるかんな〜」面倒なことになった、僕が好きだという噂が広まっている女だ。可愛くない。そしてヤッシーはほんとにやりかねない男なのだ。「いつやるんそれ」仕方ないのだ。「じゃあ明日ね。ナイス〜」こいつほんとに………。重いため息を吐いたが、銀杏が臭うので息は吸い込まなかった。翌日、今日は早く帰れて部活のないラッキーデイだったのに、今度あいつには三ツ矢サイダーを奢らせよう。そうと決まれば紗蘭とは家の方向は同じで、少しは喋ったことはあったので帰り道の途中で合流することに決めた。今日はもちろんヤッシーは横にはいない、本番のシミュレーションをしながら1人で帰路についた。紗蘭を発見、でも隣に人がいる、今行くか?いや、むり。でも、合成写真が、でも、と考えているうちに横にいた人と別れた。ちょうど踏切で止まったタイミング、今でしょ!「あ、1人?ちょっと話そ?」「なんか久しぶりだね、」紗蘭、厚とは小学校の時クラスが同じだった。まず最初は世間話をした。紗蘭も溜まる話はあるらしく、あんまりクラスでは言えないような愚痴などを話してくれたので今回は、聞き役に徹することにした。結論から言うとこの判断は正解だった。その日だけでなく何度も一緒に帰り、徐々にヤッシー関連の話、恋愛関連の話もできるようになっていった。しっかり恋愛関連などのヤッシーとしてめぼしい話はヤッシーに横流しした、話している時に無邪気に笑う紗蘭のことを考えると僕も横流しに少し後ろめたい気持ちも芽生えてきた。そんな生活が1、2ヶ月続いた時、登校中にヤッシーが「俺、紗蘭のこと好きじゃなくなったわ」と言った。その時、僕は安堵した。僕はもうとっくに紗蘭のことを好きになっていたんだから。(第1話[完])