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クリスタルアームズ─原罪武装  作者: シオン、無光、冷月雪
第ー章─オードル
8/11

07─シマナの叫び

挿絵(By みてみん)


L.C.1513.6.18、午後7時。


 純白の守護者——ガベーレは、15分前にエニートの海上防衛線を突破した。先鋒として送り出された第2班と第3班は軍事基地の制圧を試みていたが、市街地への被害を最小限に抑えようとするものの、犠牲者を完全に防ぐことはできなかった。機甲のカメラには、市民が戦闘に巻き込まれる光景が至る所で映し出されていた。


 その頃、第4班と第5班もすでにオドール外海に到達していた。彼らは作戦艇を用いて迅速に上陸し、RB-60を着陸作戦に投入することに成功した。機甲が浜辺に足を踏み入れると、海水が激しく波打ち、四方で爆発が巻き起こる。猛烈な砲撃が上陸作戦をさらに緊迫させたが、第4班と第5班の隊員たちは一歩も引かず、着実に前進を続けていた。


 「防衛線、突破!」


 ガベーレの艦長バートは冷静に命令を下し、防護シールドを素早く展開し、四方からの砲撃を防いだ。そして、そのまま内陸部へと進軍を続けた。その白い装甲は爆発と火の光の中で一際輝きを放ち、部隊の精神的支柱となり、彼らの進むべき方向を示していた。



 基地の自動防衛砲台から発射された一発の砲弾が、護衛隊員の乗るRB-60の横をかすめ、その隊員の後方モニターには泣き叫んでいる少女が一瞬で灰と化す姿が映し出された。冷たい鋼鉄の中では、その子の最後の声すら聞こえなかった。


 彼は泣きたい、叫びたい。この護衛エリート隊に入ったのは、こんなことをするためだったのか?


 だが、一瞬でもためらったら、作戦が失敗し、心臓が毒ガスで満たされるかもしれない。誰もそれがいつ起こるかは分からない。


 輝きを失った希望の星たちは、すでにセントラスの貴族たちの戦争の駒となっていた。



 そして、ガベーレの艦長室内では、外での作戦の緊張感が漂う中、燃え上がる火光に合わせて、人々の心も次第にざわめき始めていた……




 「バート中将!疑問を抱いている新兵たちに代わって質問させてください……神経毒ガスチップは誰の命令ですか?」


 バートは山のごとく動かず、まばたき一つせず、艦長室のモニターの前に立っていた。


 モニターの中には、噴き出す血と心を締め付けるような悲鳴が次々と映し出されていた。


 「中将!この行為を無視しろというのですか!」ますます怒りを増したランス中尉が前方の机に手を押し付けた。


 「『逆転』のランスよ……戦場で『敗北』を自らの戦闘力で『勝利』に変えられる者だ。しかし、今回のこの暗黒は、お前一人では逆転させることはできない……」バートは頭を回して、自分より一つ頭の高いランスを見つめ、重々しく言った。


 彼は、あの子たちが自分を許すことを期待してはいなかった。ただ、自分の無力さを恨んでいるだけだった。


 「俺たちも……結局は捨て駒に過ぎないんだ……未来を夢見るあの子たちも、俺たちも。戦争という歪んだ競争の中で、前進しなければ飲み込まれるしかないんだ。」バートはランスの腕に手を置き、嘆息を漏らしながら話した。


 ランスは信じられないような表情で中将を見つめた後、強く手を振り払って、その場を足早に立ち去った。


 開いたままの艦長室の扉の向こうに、バート中将の無言の嘆きが残響していた。



夜九時——


 ガベーレは無傷のままシマナ鉱坑前の海岸に停泊していた。


 「第一班!突入準備!」


 錬とトランは、RB-60の状態を確認した後、他の第一班の隊員たちと共にタガニアの駐屯地の正門に突進した。


 機銃と砲弾の音が約15分間入り混じり、時折機甲同士の衝突音も響いた。敵の機甲が次々と倒れ、基地は完全に静まり返った。第一班のメンバーは全員タガニア人で構成されており、事前に示し合わせたわけではなかったが、全員が見事な操作技術で守備隊の機甲を無力化し、死傷者を最低限に抑えた。


 「周りはもう制圧したけど、抵抗が弱すぎるな。」トランは操縦席から飛び降り、残兵や伏兵の可能性を全く気にせずに話した。彼の仲間たちがしっかりと背後を守っていた。


 その時、錬とトランに新たな指示が届いた。


 「第二班、第三班が別の方向から防衛線を突破した。我々も彼らと協力し、シマナへの進行を続ける必要がある。」隊員の一人が急いで駆け寄り、そう伝えた。錬とトランは互いに目を合わせ、すぐに装備を整えて行動の準備をした。



 「それなら早く任務を終わらせて、あの野郎たちを叩きのめしに行こう!」鍊も飛び降り、他の第一班のメンバーと共に基地内部の司令室へと向かった。



 

 同時刻、シマナ東部にある磁鉱山──



 「パイオニア(Pioneer)は目標地点に接近中。オリジナル・シンズ・クリスタル(Original Sins Crystal)の探査を開始。」


 東西で設計が全く異なる人型機甲が、キャタピラを使って鉱坑の入り口へと滑り込んだ。その機体は西側のものより2メートル高く、頭部や機体の各部はより人間に近い滑らかなデザインになっている。胸部、肩部、後脚部の排気口は、まるで呼吸しているかのように熱気を放出していた。


 右手には150mm対機甲ロケットランチャーを握り、左手には半身を覆うほどの防護複合シールド(AH-150)を装備している。この機体は移動時に極めて安定しており、制御とバランス性能に優れている。足元の正確さや姿勢の調整も完璧で、肉眼で観察するだけで、その高性能が一目でわかる。間違いなく、これは次世代の革新型機甲である。


 この機体はシマナ鉱区での希少資源採掘を目的として、セントラスが10年以上の歳月をかけて開発したものだ。防御力と火力に加え、特殊な安定システムを搭載しており、険しい地形でも高い操作性を発揮する。複合式シールドは、機甲の重火器に耐えるだけでなく、極端な環境でも機体と乗員を守り抜く設計が施されている。このデザインは、通常の戦闘のためではなく、鉱区内での重要な装備と人員を守るために特化されている。


 セントラスは膨大な資源と技術を投入し、この機体を時代の頂点とするまでに仕上げた。全ての部品、モジュールは、厳しい鉱区環境や潜在的な武装脅威に対応できるよう、数え切れないほどのテストと改良が重ねられている。この機体はセントラスの技術力の結晶であり、シマナ鉱区での採掘活動に対するセントラスの野心と決意を象徴するものである。


 パイオニアの頭部の左側から、長い棒状の探知機が伸び、目の部分から照明が点灯し、ゆっくりと奥へと進んでいった。


 「よし、そのまま探索を続けろ。敵はここに主力を展開しているはずだ。」バート中将の顔が開拓のコックピットのスクリーンに映し出され、その声は落ち着いて冷静だった。彼の眼差しには、戦争の進展に対する揺るぎない確信が感じられた。


 パイオニア機甲は安定した足取りで前進し、複雑な分岐点が広がる坑道を進んでいく。頭上から小石や砂が絶え間なく降り注ぎ、機甲の装甲に当たり、鈍い音を立てていたが、全く影響を与えることはなかった。それはまるで屈しない鉄壁の要塞のように、この狭い地下通路を勇敢に進んでいた。どんなに難しい地形も、それにとってはさほど問題ではなかった。


 その時、ランス中尉の顔が突然スクリーンに映し出され、少し焦った表情で言った。「デリック、前方には交差した暗道がある。あそこは待ち伏せには最適だ。気をつけろ!」


 しかし、デリックはそれに対して軽く構えるように、座席の背もたれにだらっと手を置き、この一時の静けさを楽しんでいるかのようだった。彼は口元に余裕の笑みを浮かべ、少し茶化すような口調で答えた。「心配するなよ。開拓の装甲は厚い。ロケット砲でも傷一つ付けられやしないさ。ハハハ。」彼の笑い声には自信が溢れ、まるで目の前のすべてが彼の思い通りであるかのようだった。



 ランス中尉はその話しを聞いて、表情はさらに厳しかった。「そうだといいがな、デリック。だが、油断はするな……」


 言葉が終わるやいなや、シマナ軍の伏兵が本当に攻撃を仕掛けてきた。暗闇の中から一連のロケット弾が歩兵の手から放たれ、致命的な光を放ちながら、影の中からパイオニアに向かって飛び出してきた。ミサイルは尾を引きながら、空中に弧を描き、まるで死神の鎖のようにパイオニアを狙って襲いかかってきた。


 「来たぞ、撃て!」 もう一方の暗闇に潜んでいたシマナ軍の歩兵たちは、攻撃の合図を確認すると、ためらうことなく、命令に従い次々とロケット弾を発射した。数十発のミサイルが一斉にパイオニアに向かって飛び、地下通路全体が瞬時に火光で照らされた。ロケットランチャーの轟音が耳をつんざくように響き渡り、まるで天地が揺れ動くかのようだった。


 デリックの反応は余裕として落ち着いており、左手の盾を素早く前に掲げた。爆発が続き、火の光と煙が戦場全体を覆った。ミサイルが盾に命中し、炸裂したが、パイオニアの装甲は一切傷つかず、盾には黒焦げの跡が残るだけだった。煙が晴れると、パイオニアはそのままとして堂々と通路の中央に立っており、まるで動かない鋼鉄の巨人のようだった。


 「ほら、言った通り、大したことないだろう?」デリックは自信満々に笑いを浮かべた。


 だが、バート中将は警戒を解くことはなかった。モニターに映る彼は眉をひそめたままだった。


 「デリック、現在の地殻の安定性はどうだ? パイオニアのシステムに問題はないか?」


 彼の声には慎重さがにじみ出ており、戦況だけでなく地形の変化や機体の技術的な状況にも注意を払っているのがうかがえる。


 デリックは操作パネルに目を落とし、データを確認した。「システムは正常だ。地殻も安定している。このまま進めば、敵は俺たちを止められないさ。」


 「警戒を続けろ。」バート中将の声は冷静だったが、その奥には不安の影が残っていた。彼はよく知っている。戦場で過信は禁物であり、それが取り返しつかない結果を招くことをよく理解していた。



 「ビーッ——ビーッ——」



 コクピットの中、敵機警報システムがこの時鳴り響き、レーダー画面には少なくとも10個以上の赤い点が点滅していた。警報音に合わせて、敵の機甲が四方八方から押し寄せ、波状攻撃を仕掛けてきた。



 「ちょろいもんだ。」少年の声は澄んで自信に満ちており、軽蔑の笑みを浮かべていた。デリックは熟練した手つきで操作レバーを滑らかに動かし、一連の動作はまるで流れるように滑らかだった。


 パイオニアは突然、左手の火砲を下ろし、右拳を勢いよく繰り出し、迫ってくる機甲に直撃させた。クラッシャー機甲はその一撃で吹き飛ばされ、岩壁に激突した。金属と岩石の衝突音が通路に響き渡り、その圧倒的な力により、クラッシャー機甲は反撃する間もなく岩壁に深くめり込み、火花が散った。



 両者は約1分間ほど膠着状態にあり、周囲の空気はまるで凍りついたかのようだった。機甲の動力音だけが鉱坑内に低く響いていた。ついに、パイオニアが先に動き、残り少ない砲弾を放って、戦闘の幕を切って落とした。


 敵の指揮官機は予想通り、素早く回避し、パイオニアの射撃ラインを巧みにかわした。同時に、左手の長い回転機関銃が咆哮し、まるで雨のように弾丸が降り注いできた。


 デリックは冷静にパイオニアの盾を持ち上げ、密集した弾幕を軽々と防いだ。防御の短い間隔で、敵の指揮官機は推進器を全開にし、猛虎のようにパイオニアへ突進してきた。



 予想外だったのは、今回は敵機がドリル攻撃ではなく、直接シールドでパイオニアにぶつかってきたことだ。両機が激しく衝突し、猛烈な振動でパイオニアは数歩後退した。機体の金属表面が鉱坑の壁と激しく擦れ、数百メートルも引きずられた。


 「くそ、背中が擦り切れちまった!」デリックは相変わらず余裕の表情を浮かべ、軽蔑の笑みを浮かべていた。目の前の状況をまったく気にしていない様子だ。しかし、この戦況を監視していたバート中将は、冷や汗をかき、明らかにこの対決に懸念を抱いていた。


 「デリック、真剣にやれ!」ランス中尉がスクリーンに突然現れ、警戒した声で言った。デリックが敗北するとは思っていなかったが、この戦いに油断は許されないと理解していた。


 「さっさとこの鉱坑から出ていけ!」敵方の指揮官は外部スピーカーを通じて怒鳴り、パイオニアに対して挑発的な声を上げた。その声は鉱坑内にこだまし、まるで挑発の嵐が巻き起こったかのようだった。


 「申し訳ないが、それは無理だ。この鉱坑は俺が開拓するんだ。むしろ、お前たちこそ降伏して命を大切にしろ!」デリックも負けじと応じ、彼の声にはこの無意味な戦いを早く終わらせたいという願いが込められていた。



 「誰が命を踏みにじっているんだ!タガニア人の誇りを……お前に見せてやる!」敵の指揮官は、白兵戦の最中にスピーカーを通じて挑発的で不屈の声を発した。


 この言葉は虚勢ではなかった。彼はすぐにパイオニアの関節を抑え込み、全身の力でしっかりと固定し、動きを封じた。同時に、彼の右手のドリルが耳をつんざくような音を立て始め、出力が上がるにつれて赤熱し、表面には煙が立ち上がり始めた。それはドリルが限界まで稼働している証拠だった。


 「くそ……やめろ!お願いだから!」デリックは歯を食いしばり、この激しい戦いの中で必死に抵抗したが、その声には抑えきれない焦りが滲んでいた。敵の覚悟を感じ、不安が彼の中で徐々に広がっていった。敵のドリルがパイオニアの装甲に徐々に迫り、デリックは苦渋の決断を迫られていた。


 「ふん……死ぬ間際になって命乞いか?子供相手だろうと、俺は手加減しない!」敵の指揮官の声がスピーカーから響き、冷笑と怒りが混じった声で洞窟内にこだました。ドリルは赤熱し続け、煙を上げながらパイオニアの装甲に向かって迫っていった。


 「パキッ!」


 鋭い破裂音が響き渡り、敵軍のドリルがパイオニアの胸部装甲に突き刺さった。飛び散る金属片は、まるでデリックの命が危ういことを告げるかのようだった。


 「デリック!」


 バート中将は焦りの声を上げた。パイオニアの装甲がどれだけ頑丈であろうと、このように抑え込まれた状態でドリルによる攻撃が続けば、致命的な脅威となることは避けられない。


 しかし、デリックはそのまま応答せず、何の動きも見せなかった。彼はコクピットの中で静かに座り、頭をわずかに下げ、まるで深い思索にふけっているようだった。外の音や危機は、この瞬間、彼から完全に切り離されていた。


 「うおおお──!」敵指揮官は怒りの叫びを上げ、その声は戦場にこだました。彼の機甲の右手に装着されたドリルは急加速し、耳をつんざくような音を立てながら、灼熱のドリルがパイオニアの装甲をさらに深く突き刺そうとしていた。もう少しで完全に防御を貫通しようとしていたその瞬間——


 「とどめだ——バシュ————!」


 敵のドリルがパイオニアのコアに到達する直前、パイオニアの胸部両側に装備された火神砲が突然眩しい光を放った。それは敵指揮官が目にした最後の光景だった。近距離での射撃による爆発が致命的な効果を発揮した。



 「この火神砲(かしんほう)……元々は大した脅威じゃないが、この距離で……」デリックはコクピットの中で呟き、その声には無念と冷淡さが入り混じっていた。彼はスピーカーを使うことすら面倒に感じていた。


 敵の指揮官機は火力により瞬時に引き裂かれ、爆発の炎がデリックの顔に映し出されたが、彼はただ静かにそれを見つめ、目は虚ろだった。


 「おっさん……本当にバカだな──ああああ!!!」デリックは低く呟いた後、感情が突如として爆発し、両手で操作パネルを力強く叩きつけた。怒りの咆哮が狭いコクピット内に響き渡った。彼はそのまま椅子に崩れ落ち、胸を激しく上下させ、心の震えを抑えることができなかった。


 彼は既に戦場での恐怖や死と向き合うことに慣れていたはずだったが、この瞬間、心の中に渦巻く迷いは巨大な波となり、無慈悲に押し寄せ、彼の呼吸を奪っていった。目の前の勝利は、解放感をもたらすどころか、どんな敗北よりも重くのしかかっていた。その迷いは、果てしなく続く波のように、彼の心を打ち続け、平穏を奪い、逃げ場を失わせていた。


 砲火に貫かれた機甲を見つめながら、彼はその右手を見た。それは、開拓の目の前で止まっているドリルと、もう彼を憎むことすらできなくなった敵に向けられていた。



 涙の痕が、また少年の顔に一筋加わった。


 しかし、苦しむ少年がその煩悶に浸る時間は長くなかった。前方の鉱壁が突然崩れ落ちたのだ。


 濃い煙が晴れると、そこに現れたのは、パイオニアに酷似した紅白色の機体だった。


 デリックがまだ感情から立ち直れていないうちに、その機体は腰に差していた武士刀を抜き、全速力で突進してきた。


 「見つけたぞ!」その声はスピーカーを通じて聞こえた。年老いたかのような声色だったが、憎しみは微塵も感じられなかった。



 「しっかりしろ、デリック!今は感傷に浸る時じゃない!」


 バートはもう我慢できず、立ち上がってスクリーンに向かって叫び出した。



 「耳が聞こえなくなったわけじゃないんだよ……」デリックはいつものふざけた口調で応じたが、その声には泣き声が混じっていた。


 デリックがパイオニアを再び立ち上がらせようとしたその時、敵機の残骸が引っかかり、動けなくなっていることに気づいた。


 「まずい!」デリックは明らかに焦り、慌てた手つきで操作レバーを何度も引いたが、機体は一向に動かなかった。


 金属の擦れる音だけが響き、パイオニアは死んだ機体の亡霊にしがみつかれたまま、動きを取れなかった。


 「ここでお前を失うわけにはいかない!戦──」


 バート中将は異様に大きな声で叫び、その声にこらえていた涙がついに溢れ出し、「(いくさ)」という名前を口にした瞬間、長く枯れていた涙腺から、一粒の涙が頬を伝った。



 「はは、これが報いってやつか?来るのが早すぎるな……まあ、これも悪くない。」少年のような顔立ちとは裏腹に、デリックは他の護衛エリート隊員と同じように、命を捧げる覚悟をとっくに固めていた。もしかすると、彼の心の奥底では、これこそが解放——永久の救済なのかもしれない。


 上半身が赤く塗装された機甲は、余計な動きはせず、右手に持った武士刀で、戦う力を失ったパイオニアに向かって素早く斬りかかった。


 「戦──!」その瞬間、中将の叫び声はもはやデリックの耳には届かなかった。


 デリックは目を閉じ、心の中で過去を静かにたどっていた。貧民街ダダクで過ごした記憶の断片が一つ一つ浮かび上がる。そこに登場する人々は少ない——弟、そして自分、そして……最後に記憶の端で浮かび上がったのは、あの見覚えのある顔——バート中将だった。


 武士刀が空気を切る音と共に、パイオニアの機体がわずかに震えた。冷たい刃が、パイオニアと破損した敵機の数メートル前で静かに止まった。すると、穏やかでありながらも威厳のある声がスピーカーを通じて響いた。




 「死者に対する態度とは何だ?」


 「お前に挑戦を挑む敵に対して、どう応じるべきか?」


 「お前の心にある、唯一の希望とはなんだ?」

 3つの問いを立て続けに投げかけ、さらに大声で叱責するように叫んだ。



 「答えろ! 少年!」



 「は、ははは……変なおじさんだな。」デリックは目の前に静止した刀の刃先から放たれる冷たい光を見つめ、理解不能な三つの問いに戸惑いながら笑った。これがデリックにとって、これ以上ないほど効果的な挑発だった。


 さっきの風圧で絡み合っていた機体が少しほどけた。


 「死者に対して……たとえ自分が手を下した者であっても、最大の敬意を払うべきだ……」デリックはそう言いながら、絡み合っていた指揮官の機体をパイオニアの腕でそっと地面に置き、その機体の両手を腹部の上で交差させた。そして、最後に自分の胸甲の破片をその上に置いた。これが今の彼にできる——最大限の敬意だった。



 「自分に挑んできた者には、全力で立ち向かうべきだ!」



 デリックはそう言い終えると、操縦桿を引き、パイオニアを再び立ち上がらせた。装甲の一部は損傷していたが、それでもパイオニアは戦闘態勢を整え、地面に落ちていたロケットランチャーを拾い上げ、なおも戦えることを敵に宣言した。



 「最後……最後の問いに俺答える筋合いはない、おじさん──」デリックは突然、熱血が頭に昇り、躊躇なく武士刀を持つ敵機に突進していった。だが彼の手には、近接戦に適した武器は何一つ持っていなかった。


 「この気迫、どれだけ持つかな?」相手は微笑を浮かべ、軽くつぶやいた。そして武士刀を胸の前に構え、迎撃の態勢を整え、正面からの戦いに備えた。


 パイオニアは右手の盾を持ち上げ、盾の底にある二本の尖刺で一撃を狙おうとした。その瞬間、戦場の空気は一気に張り詰め、緊迫感が高まった。



 「デリック!聞こえるか?あの機体はまだ未知数だ、まともにやり合うな。」ランス中尉の声がようやくデリックの耳に届いた。まるで、暫く時間が経ったかのように感じられた。


 「心配すんな!パイオニアに似てるだけじゃ、俺には勝てねえよ。」どこから湧いた自信なのか、デリックは強気な口調でそう言い放った。


 「ガキン!」その機体は、武士刀でパイオニアの盾の隙間を巧みに突いた。


 彼は一瞬、膠着状態になるかと思ったが、武士刀が強引に盾を切り裂き、盾は真っ二つに割れて地面に落ち、大きな音を立てた。


 「な、なんだ?このバカげたパワー!」デリックは自分の目を疑った。まさかパイオニアの盾が切り裂かれるとは思ってもみなかった。



 パイオニアが後退しようとした瞬間、右腕が鋭い一撃で地面に切り落とされた。


 「な、なんだと——」盾だけでなく、二撃目で右腕まで奪われるとは。常に自信満々だったデリックも、この時初めて恐怖を感じた。額に汗が浮かび、体が無意識に緊張して冷や汗をかき始めた——目の前の敵の実力は、自分をはるかに凌駕していた。


 「早く鉱坑から脱出しろ!この狭い場所はお前に不利だ。外に出れば、他の隊員が援護する。急げ!」ランスの声は焦燥に満ち、切迫感が伝わってきた。


 「くそ!」デリックは歯を食いしばり、悔しさで胸がいっぱいだった。



 ランスの説得に従い、デリックはこれ以上の戦闘を続けられないと判断し、急いで一歩後退した。パイオニアはすぐに反転し、推進器の出力を最大限に引き上げて、出口に向かって滑走し始めた。


 「1分間か……」敵のパイロットはパイオニアの背中を見送りながら、静かに呟いた。


 あのキャタピラのない謎の機甲は、鉱坑内ではパイオニアの速度に追いつけないようであり、バート、ランス、そしてデリックはほっと胸をなで下ろした。


 「とりあえずは安全だ。出口に着いたら、テクス・錬とジリクス・トランが合流する。」バートは呼吸を整え、デリックに友軍が外で撤退を支援してくれることを伝えた。


 「彼らか……」デリックは思わず微笑みを浮かべた。この瞬間、生き延びることへの関心が一層強くなった。


 鉱坑の出口近く——


 トランと錬は、2機の友機と共に必死に敵の包囲を突破しようとしていた。周囲には敵機の火力が充満し、状況は緊張の極みに達していた。いつ激しい戦闘がさらに勃発してもおかしくない状態だった。


 「トラン!後ろに敵機がいるぞ!」鍊はすぐさまトランに警告し、手に持っていたRB-60標準装備の機関銃を構え、トランの背後に迫る敵機を狙って素早くトリガーを引いた。銃弾が雨のように降り注ぎ、敵機の攻撃のペースを狂わせた。


 トランは素早く身をひねり、機敏に機体の側面へと滑り込み、隙を見てすかさず一撃を加え、敵機に大ダメージを与えた。鋭い金属音を立て、敵機はバランスを崩し、爆発音とともに地面に倒れ込んだ。


 「前方にまだ二機いる、援護の準備を!」鍊は周囲を素早く確認し、再び機関銃に弾を装填し、全力で射撃を始めた。トランも躊躇することなく前進し、飛び交う弾幕や砲撃を巧みに避けながら、隙をついて反撃に出た。


 「隊形を維持して、前進を続けろ!もうすぐ坑口に到着するぞ!」トランは冷静に呼びかけ、集中的な弾幕や激しい砲撃を避けつつ、目の前に迫る会合地点をしっかりと見据えていた。



 その時、残存していた二機の味方機が突然の強襲を受け、火力に撃たれて四肢が瞬時に破壊され、行動不能となった。一機のパイロットは恐怖に叫んだ。「お母さん、さようなら——!」激しい爆発音とともに、機体は炎に飲み込まれた。


 もう一機のパイロットは絶望的な声で叫んだ。「まだ死にたくない──!くそぉ───!」彼の声は最後の炎の中に消え、機体もろとも残骸と化した。



 二人の最後の恐怖と絶望に満ちた声が通信機を通じて鍊とトランのコクピットに流れ込んだ。


 目の前で繰り広げられる惨劇に、鍊の怒りは一気に沸騰し、戦意が急激に高まった。「この野郎どもめ!」彼の声は低く、怒りに満ちており、手に握る武器を強く握り締める音が響いた。鍊はためらうことなく加速し、その足取りには止めようのない決意が感じられた。


 トランは黙ったまま、先ほど会合したばかりの味方機のために心の中で静かに弔った。しかし、今は悲しみに浸っている時ではないことを彼は理解していた。彼らには、もっと切迫した目標が待っているのだ。死神は常に彼らの背後にあり、今できることは、全神経を集中して——生き延びることだった!


 鍊とトランは、敵機の攻撃を避けながら奮闘し、鉱坑の出口に近づいていた。大きなプレッシャーがかかる中、二人は一歩も退かず、互いにカバーし合いながら前進を続けていた。


 「くそ、どんなトラブルを起こしたんだか……俺たちが保護者みたいじゃねえか。」鍊は不満げに呟き、その声がトランの通信機を通して伝わってきた。言葉には苛立ちと、少しの無力感が混じっていた。


 トランは微笑みながら通信機を通して応じた。「あいつ、お前が窮地に陥ったときに助けてくれたじゃないか?」


 「格納庫であいつのせいで死にかけたのに、よく言うぜ!」鍊は不満を漏らし、その声にはやりきれないと悔しさが滲んでいた。


 トランは軽く笑い、「ランス中尉が言ってたんだ。この任務の成否は彼が生き延びるかどうかにかかっているってさ。だから、しっかり助けてやって、後で思いっきり礼を言わせようぜ。」と、落ち着いた声で返した。


 鍊は冷たく鼻を鳴らし、手にした機関銃で素早く敵機を掃射し、数機の敵を破壊した。目の前の鉱坑の出口がどんどん近づいてくる。合流地点まであと200メートル!


 鉱坑の中──


 デリックはパイオニアを全力で操り、出口に向かって滑行していた。この時、動力システムはすでに臨界点に達しようとしていた。


「パイオニア、もう少し……もう少しでいいから!」


 パイオニアは今や武器がほとんど損壊し、まるで生産ラインの試作機のようにかろうじて前進していた。そしてその背後では、崩れ落ちる洞窟の落石の中から、あの紅白の武士機が徐々に迫ってくる音が聞こえてきた。


 「このおじさん、どこまでもしつこいな!」デリックは無念そうに呟きながら、急いで走り、左右の壁にぶつかりながら土砂を崩して追撃を逃れようともがいていた。


 「あれは……?」暗闇の中でかすかに光が見え、それが彼に希望を与えた。


 「デリック、もうすぐ出口だ!」再びランス中尉の顔がモニターに映り、彼の表情は興奮と緊張が入り混じっていた。額には汗がにじんでいた。



 「ランス中尉、リラックスして。今夜の月明かりは本当に美しいなぁ──」デリックは危機の中で自由奔放な笑みを浮かべた。


 約三分後、彼は鉱坑を脱出し、斜め上方にある丸い月が目に入った。思わずに彼は顔を自然に上げた。れんとトランもちょうど駆けつけて、すぐに彼の前に立って守る体勢を取った。


 「は?あれは高級機甲だな!あいつ、そんな特機に乗ってるなんて、『支援要員』と言われるのも納得だ!」鍊は不満げに皮肉を言った。


 「はいはい、君も優秀な成績を収めたから、来月は一班の隊長に指名されて、RB-60の指揮官機も贈られるんだろ?」トランはいつものように彼を慰めていたが、突然毒ガスチップのことを思い出し、笑顔も次第に消えていった。


 「でもこんなにボロボロで、腕が一本足りないなんて、これが私たちを呼んだ理由なのか?お尻を拭くために来させられたのか!」鍊は戦が返事をしないと見て、また不満を言った。


 「敵は?私たちはすぐに準備を──」トランの声は突如として響いた爆発音に覆われた。



 ブルームーンの温かい光が照らす下、シマナの空には怒りと悲しみの叫びが響いていた──



 鉱坑の西側にある軍事基地で大規模な爆発が発生し、巨大な半円形の火球が形成された。続いて濃厚なキノコ雲が空へと昇り、瞬く間に夜空全体を飲み込んだ。


 「ピーン——ピーン——ピーン——————」


 その後、警報が鋭く鳴り響き、耳障りなハイピッチの音が戦場の隅々まで響き渡った。


 市街地は完全に火の海に包まれ、軍事基地を中心に半径三十キロの土地が、血と炎で織りなされた外衣で覆われていた。高層ビルはすでに灰燼と化し、地面には爆発によって何メートルも掘り下げられたクレーターができ、残骸が四散していた。


 操縦席に座っていても、煙と焦げた匂いが漂ってくるようで、地獄から来たかのような特有の香りが立ち込め、逃れることができなかった。


 デリックの唇が震え、何かを言おうとしたが、喉が詰まり、声を発することさえできなかった。つい先ほど他人の命を自らの手で奪ったばかりなのに、今は何万もの人々が火の地獄の中で燃え尽きていくのをただ見ているしかなく、無力感が襲ってきた。



 鍊とトランの顔色は、血色を失ったブルームーンのように青白く無表情だった。彼らは、護衛エリート隊のメンバーたちがまだ基地にいることを知っていた。


 言うまでもなく、すでに機甲を降りた者たちは、この規模の爆発の中で、操縦席に隠れていても逃れることは難しい。仲間たちは、おそらくこの瞬間に炎の海に飲み込まれ、烈火の灰と化してしまったのだ。


 「くそ──!さっき私たちは司令室を隅々まで捜索したのに、爆弾のようなものは一つも見つからなかったぞ!」鍊は沈黙を破り、通信機通しに操作パネルを何度も叩く音が聞こえてきた。その音は二人を残酷な現実に引き戻した。


 「もしかしたら……基地の地下に埋まっているか、他の部屋にあるかもしれない……」トランは自責の念に駆られ、小声で言った。唇を噛みしめ、溢れる涙を堪えようとしていた。遺体すら見つけられない仲間たちに、彼はどう向き合えばいいのか、心の中で苦しんでいた。


 そして現実は、まるで無情な法則に従うかのように、彼らに多くの息をつく時間を与えないのだった。


 彼らの背後に、いつの間にかその神秘的な紅白の機甲が静かに鉱坑の入り口に立っており、まるで彼らが振り返って自分の存在に気づくのを待っているかのようだった。


 「お前……やったのか?」トランは鍊よりも先にスピーカーを開き、絶望的な声で尋ねた。その声には悲しみと無力感が満ちていた。


 彼の脳裏には、九年前の戦争の記憶が一瞬でフラッシュバックした。戦火によって命を奪われた両親の最後の姿が浮かんできた。


 「ビクトール、早く避けろ!」


 父は兄を守るために彼を押しのけ、自らは落下してくる機械の足の下で亡霊となってしまった……そして母は、早い段階での襲撃で敵のロケット砲に炸裂して命を落とした。これらの憤怒は、烈火のようにトランの心の中で燃え上がり、目の前の敵はまるで彼の両親を殺した仇敵のように感じられ、全ての感情がこの瞬間に爆発した!




 「また一つの街が、祭りの生け贄になった……」彼はトランの問いかけを避け、スピーカーを開かずに独り言をつぶやいた。


この緊張が高まる瞬間、二人の間には短くも痛烈な対話があった。


 「もう一度聞く……あの爆発は、お前の仕業か?」トランは心の中の迷いと悲しみを抑え、冷たくも確固とした口調で問いかけた。彼の内心には、相手からの肯定を渇望する気持ちがあり、そうすることでこの感情の洪流を吐き出す出口を見つけられる。


 「そうだ……もし俺がそう言ったら?」相手はようやくトランの質問を正面から受け止め、平静な口調で答えた。三秒間の沈黙の後、冷たい言葉が続いた。


 「お前は、それを償えるのか?」トランは迷わず右手の機関銃を上げ、相手の頭部に点滅する暗い青色の光を照準した。



 「俺は償えないんだあああ────!」



 相手が再び言葉を発する前に、トランは怒鳴りながら引き金を引き、狂ったように撃ち始めた。弾薬は銃口から蜂のように溢れ出し、その怒りは機甲に向かって襲いかかった。暗闇の中で火花が煌めき続けた。



 敵はすでに準備万端で、左前方に向かって進み、鍊の掃射を避けた。鍊と戦は同時に左右から動き出した。


 鍊は前方に立ちふさがり、左手の銃剣を掲げ、敵機の進行を直接阻止した。


 戦は敵機の背後に回り込み、タイミングを見計らい、最後の150mm砲弾を発射し、敵の推進部に狙いを定めた。


 迫りくる砲弾と鍊の銃剣を前に、赤い機甲は速度を緩めることなく、両手を腰に交差させ、右手で左腰から長刀を抜き、正確に砲弾を真っ二つにした。


 続いて、右腰から武士刀を抜き、鍊の銃剣と彼の機甲の腕を一撃で貫通した。


 「装甲がこんなに簡単に貫かれるなんて!」鍊は貫通された機械の腕を見つめ、内心に一瞬の疑念が走った。そして、ようやく戦の特機がなぜこんなに無惨な姿になっていたのかを理解した。


 一方、トランが発射した弾丸は瞬く間に接近してきた。トランが手ごたえを感じた瞬間、二つに切り裂かれた砲弾が突然爆発し、濃い煙が立ち込め、数秒間視界が奪われた。



 やがて、煙は少しずつ晴れていった。


 「鍊──!」トランは焦りの声で叫んだ。


 数秒前、敵機はバヨネットに挟まった鍊の機体を右側に引き寄せ、盾として自分の前に掲げた。


 その直後、鍊の機体の背部がトランの機銃による激しい攻撃を受け、火花が散った。敵機の左手が震え、鍊は地面に激しく叩きつけられた。


 デリックはこの光景を目の当たりにし、思わず声を上げた。「テクス……」


 鍊が犠牲になったと思ったその瞬間、RB-60は地面から何とかよろよろと立ち上がった。通信機からは鍊の弱々しい咳が聞こえてきた。


 「ぐっ……心配するな……こんなもんじゃ死なないさ。」


 しかし、RB-60の左腕と推進器は完全に損壊していた。それでも鍊は諦めず、右腕で機銃を操作し、唯一無傷の武器で戦い続けようとした。



 「鍊……退け!今の状態じゃ、どれだけ気合いがあっても足手まといになるだけだ。」トランは一瞬躊躇したが、真剣な表情でそう言った。その言葉には、鍊の身体を心配する気持ちが込められていた。圧倒的な力を前に、彼はどれだけ多くの人が集まっても、状況を変えることはできないと理解していた。


 「ふっ……そう言われても、どうやらあいつは俺を見逃すつもりはなさそうだな。」敵機は立ち上がったばかりの鍊に向かってさらに接近し、トランとデリックの存在を完全に無視していた。


 「お前の相手は俺だ!」トランは躊躇せずに引き金を引き、敵機に向かって突撃した。鍊も同時に発砲した。


 しかし、デリックのパイオニアにはすでに遠距離攻撃の手段が残されていなかった。二人と同じように突撃すれば、ただの戦利品になるだけだ。しかし、何もしないわけにはいかない……彼は歯を食いしばり、焦りながらも対策を考えた。


 当初、上層部は簡単にシマナを制圧できると考え、完成したばかりのパイオニアをテストのために投入した。本来なら遠距離からの重火力支援を担うはずのパイオニアは、今やその役割を果たせない機体となってしまっていた。


 「ちっ、何か手はないのか……」デリックが迷っている間に、トランはすでに敵機の目前に突撃していた。


 紅い機甲は全く怯むことなく、両手に握った武士刀を構え、まるで戦場の鬼神のような姿を見せていた。機銃の弾丸が次々と装甲に命中し、鮮やかな赤い装甲に凹みを作ったが、それでも敵機の進撃を止めることはできなかった。



 「見たところ、デリックの機甲と装甲は同じようなものだな。近接武器で直接攻撃しない限りは……だが……」特攻を決意したトランは、距離が縮まるにつれてどんどんスピードを上げていた。


 「胸を狙え!機甲の動力源はだいたいそこにあるはずだ!」近接武器を持っていない鍊は、ただ囮役を引き受け、敵機の注意を引きつけるしかなかった。


 ところが、歩いていた敵機は突然、左手の武士刀を鞘に納め、傲慢に腰の左側に戻した。右手には長刀だけを持ち、冷たく鍊のボロボロになったRB-60を指し示していた。


 10メートル、5メートル、3メートル……赤い機甲は鍊の方を向いたままだが、トランはすでに刺突の有効範囲内に到達していた。


 トランが刀を抜こうとした瞬間、彼は果断に推進器を逆転させ、急停止した。それが功を奏し、敵機の致命的な一撃を間一髪でかわすことができた。


 実はその瞬間、敵機は左手で突然短刀を抜き、逆手に持ってトランの機体を切り裂こうとしていたのだ。致命傷には至らなかったものの、機体の胸部には約3メートルもの傷痕が残った。それはまさに——操縦席の位置だった。



 その時、トランの鼻と口に硝煙と焦げ臭い風が入り込み、突然むせ返り、激しく咳き込んだ。目を開けた瞬間、彼は自分のコクピットが完全にむき出しになっていることに気づき、恐怖が一気に押し寄せた。透明なヘルメット越しに、その心の奥底から湧き上がる恐怖がはっきりと伝わってきた。安全感はすでに消え去っていた。


 「う、う……」トランは声を出そうとしたが、何も言えなかった。彼の世界には自分の心臓の鼓動だけが残されているかのようだった。


 「ドクン、ドクン……」それはまるで死の鐘の音、地獄への歓迎の旋律のようだった。


 これほど間近で死を感じたのは初めてだった。広がる視界の先には無限に続く死の光景が待っていた。彼の目の前に立つ紅白の武士機は、まるで二本の刀を持つ死神のように彼を見下ろしていた。自分は命を捧げる覚悟ができていると思っていたが、この一瞬の恐怖はそのすべての決意を打ち砕いた。


 「兄さん……ごめん——」トランは小さく呟き、心の中に後悔が渦巻いていた。死の気配がつぎつぎ顔に吹きつけるたび、平和主義を掲げていた兄との最後の口論が思い出され、その時の自分が悔やまれてならなかった。



 「こんな小細工を使うとは!」鍊はそれを見て、既に戦闘不能となっているトランの代わりに無謀にも敵機に向かって突進した。機関銃さえ地面に投げ捨て、接近戦の構えを取った。


 「どけ!トランを安全な場所に連れて行け!」戦は鍊の前に立ち塞がり、「俺がやる!」と叫んだ。勝機がほぼないと知りながらも、彼は身を挺して出た。


 鍊とは異なり、戦は強がりではなく、現場で敵機と性能が最も近いのがこの特機であることを理解していた。彼はその責任を強く感じていたのだ。


 「ちっ!しょうがねぇ!」怒りを胸にトランの仇を討ちたいという思いがあったが、鍊は戦の提案を拒むことができなかった。


 この深紅の地獄のような戦場で、ふたたび二機の次世代機が向き合った。


 「ふぅ——月がこんなにも青いのに、地上では悪魔の炎が燃え上がっているなんてな。どう思う、おじさん?」戦はスピーカーをオンにし、敵機に背を向けながら軽い口調で話し、数歩歩いて空を見上げた。



 その場にいた全員が困惑しているだけでなく、バート中将までもが、戦が先ほど頭を打ったのではないかと心配し始めた。


 あの男が出てきてから一言だけ発し、その後はずっと沈黙を守っていた。鉱山内の状況とは異なり、彼は無口だった。


 「ふふ、無視されたか。じゃあ、これはどうだ!」戦はパイオニアを操作して、地面に捨てられていた機関銃を拾い上げ、敵機に向けて猛烈な乱射を始めた。


 「デリック!その機関銃は役に立たないんだ!」中将の声は焦りに満ちていたが、戦には届いていないようだった。


 パイオニアは掃射を続けながら敵機に突進していく。その光景は、先ほどのトランの特攻とまったく同じだった。


 「デリック──お前、いったい何をしてるんだ、正気取り戻せ!」中将の声は焦燥と不安に満ちており、彼は目の前の状況とデリックの行動をまったく理解できなかった。



 彼は中将の助言を完全に無視し、敵機に向かって突進を続けた。


 敵機はそのままとしてその場に立ち、長刀と短刀を収め、一息ついてから武士刀を抜き、両手で握りしめ、静かにパイオニアの近づくことを待っていた。


 両者の距離がまだ二十メートル残っているとき、機関銃の弾は既に尽きており、戦は手に持っていた機関銃をそのまま敵機に向かって投げ捨てた。


 敵機は機関銃を鮮やかに一刀両断し、その直後、パイオニアのガトリング砲が襲いかかり、敵機の機械眼部を狙っていた。


 敵機は両手で握っていた武士刀を放し、左手で眼部を防御しつつ、右手で武士刀をしっかり握り、次の動作に備えていた。


 突進の途中、パイオニアは弾薬のないロケットランチャーを再び持ち上げた。


 「お前は一体……」バート中将は見かねて、今にも自ら出撃して操縦したい気持ちだった。



 すべては戦の計画通りに進んでいた。最後に彼は手に持っていたロケットランチャーを、目前に迫った敵機に向けて投げつけた。


 予想通り、敵機は再び武士刀でロケットランチャーを斬り捨てた。しかし、斬撃の瞬間、ロケットランチャー内に残っていた火薬の粉末が誘爆を引き起こした。


 「俺とこのパイオニアが——最強機甲『原罪晶武(げんざいしょうぶ)』の名を汚すことなど絶対にない───!」


 戦は怒鳴り、最強の機甲操縦者としての誇りを胸に、その声は通信機を通じて全方位に響き渡り、全員の耳を震わせた。


 一瞬の爆発による混乱を利用し、パイオニアは敵機の動きを封じ、そのまま武士刀の死角に入り込むことに成功した。


 距離が近すぎたため、敵機は武士刀を使って斬撃することができず、両手でパイオニアを力任せに叩きつけた。


 敵機はパイオニアの両肩を押さえつけたが、残った左手は確実に敵機の腰を掴んでいた。


 「同じ原罪型の機甲なら、コックピットは腰にあるはずだ。」戦はこの唯一の可能性に賭け、両手に限界まで力を込め、敵機のコックピットを直接破壊しようと試みた。



 彼はこうしたくはなかった。しかし、もしそうしなければ……三人ともあの赤い地獄に堕ちることになるだろう。彼はまだ生きたい、そうだ、わずかな希望をつかむために。


 敵機甲の腰の装甲はすでに崩れ始めており、パイオニアの肩甲も限界に達し、もはや長くは持たない。


 このままでは、戦はこの戦いが引き分けに終わる可能性が高いことを理解していた。彼にとって、これが現状で得られる最善の結果かもしれない。


 しかし、パイオニアのエネルギーは先ほどの激しい戦闘でほぼ尽きかけており、各部の動力が徐々に低下していた。


 「もう少しだ!パイオニア!」


 戦は心の中で焦りながら叫んだが、モニター上の各データバーは次第に短くなり、画面全体が深紅の警告メッセージで点滅していた。


 「ガラ——パシ——」


 パイオニアの肩甲はまず圧力に耐えきれず、装甲は敵の力によって粉砕され、灰黒色の関節部分が露出した。


 エネルギー不足に伴い、戦の手も敵機をつかみ続けることができず、次第に力を失い、下へと垂れていった。



 「あと少しだったのに……」



 彼は低くつぶやき、疲労がすでに彼の全身を侵食しており、コックピット内の照明も次第に暗くなり、手元に残ったわずかな希望さえもこの闇に消えかけていた。彼は力なく頭を垂れ、まるで敗北を告げるかのようだった。



 「おい!パイオニアに乗ってるガキ!」


 突然、背後から馴染みのある威厳のある声が聞こえた。それはランス中尉だった。彼は軍用バイクに乗って駆けつけ、その声には無視できない力が込められていた。


 「すぐに原罪晶体の出力を限界まで上げろ!そしてエネルギーを左手に送るんだ!」


 ランスは何の説明もなく、ただ気迫で叫んだ。自分の声がパイオニアの内部に届き、戦に伝わるかどうかもわからなかったが。


 「ランス!」バートは一瞬驚いたが、すぐに口元に笑みを浮かべ、低く呟いた。「そっか……それが君の選択か。」


 戦はまだ混乱していた。その時、通信機から鍊の声が聞こえた。


 「戦、聞こえたか?ランスは命を懸けてメッセージを届けに来たんだ。彼の努力を無駄にするなよ!」


 鍊はランスが伝えた重要なメッセージを、通信の向こうで気落ちしている戦に伝えた。



 「わかった……テ——」戦は低い声で応じ、少しの決意を込めていた。


 「ふん、後で君の飲み物を待ってるからな!……しっかり生き残れよ!」鍊の宣言は短く力強く、戦が返事する前に通信機を切った。


 「まったく……でも、ありがとう。」戦は少し微笑み、低く独り言を言った。目には微かな光が宿り、まるで深淵の底から引き戻されたかのようだった。


 彼は深く息を吸い込み、指を再び操縦桿にしっかりと握った。希望を再び失おうとしている戦は、この不思議な指示を聞き、迷わずこの唯一の可能性を試みることにした。バート中将が警告していたことはすっかり忘れていた。


 一瞬の後、パイオニアの左手底部から、隠し式の三本の爪が突き出た。見た目は普通の金属と変わらないが、戦にとってこれは最も貴重な逆転のチャンスだった。


 「これは……」戦は心の中で驚き、少し驚いたが、動作は遅れず、すぐに左手を上に振り上げた。


 相手が一対三の原罪晶武であっても、ほぼゼロ距離の爪撃を避けることはできなかった。爪は敵機の腰から頭頂へと一直線に伸び、三本の深い傷跡を残した。純白のアンテナの右半分も折れ、地面に落ちた。



 「うぅ!」敵方のパイロットは驚き、彼らの他にも「原罪晶武」の秘密を見破れる者がいるとは思わなかった。



 「仕方がない、少し予定とは異なる。」彼は意味深なことをつぶやいたが、スピーカーを開くことはなかった。


 傷を受けた紅白武士機は数歩後退し、視線を開拓から背後のランスに移した。


 「ふん、初めての操縦にしては、なかなかのパフォーマンスだな、少年。」ランス中尉は開拓の外殻を叩きながら言った。彼の視線は依然として開拓に向けられていたが、一瞬、彼の目は前方の紅白武士機に掠めた。


 その時、鍊は操縦室からまだ意識が戻らない親友を抱き出し、撤退の準備をしていた。


 鍊は距離を置いて対峙する二機の跨世代機体を見つめ、心の中で力を渇望し、「原罪晶武(げんざいしょうぶ)」という最強の力を手に入れたいと願っていた。


 「これなら……勝てるかもしれない。」戦はこの一撃で自信を取り戻し、機体のエネルギーも先ほど原罪晶体の出力を最大に引き上げた後、ほぼ回復していた。この原理は彼には到底理解できなかった。


 パイオニアは素早く態勢を整え、敵機との第三次対峙に備えた。


 その時、相手は推進器を起動し、オレンジと白のガスが青い月の下で異様に目立っていた。



 だが、彼はパイオニアに突進することなく、数十メートル垂直に上昇し、少し後退して戦たちに向き直った。


 「逃げるのか?」戦は敵機の行動を見て困惑し、敵の武装はあの三本の刀だけだと思っていた。


 敵機が浮上するにつれ、その渋い声が再びスピーカーを通して響き渡り、夜空にこだました。


 「少年たち!これが現実、これが戦争だ!覚えておけ……炎の中でも、上にはすべてを洗い清めるインディゴの月がある。だから……死ぬな、上へ登れ!」


 「まずい……逃げるのは私たちの方だろう!」ランス中尉はこの状況を見て、三人の少年たちに向かって叫んだ。彼の声には焦燥が滲んでいた。


 その時、敵機の右肩の紅白の交接部分が突然開き、短い口の砲身が露わになり、周囲には散熱孔が一列に並んでいた。


 しばらくすると、砲身の内部から眩しい光が噴き出し、奇妙な音波を伴い、肉耳にも非常に耳障りなノイズが聞こえた。


 その後、一筋の光束が弧を描きながら四人に向かって飛び、彼らの前方の空地に命中すると、周囲に眩しい光が散乱した。


 「うわっ——!」



 周囲一キロメートルの範囲がこの光に覆われ、すべての機体が異常を示し、姿勢制御システム、火器管理システムなど、ほぼ90%の機能が瞬時に麻痺した。そして四人も光束の影響を受けて、次第に意識を失っていった。


 空中に立ち、新しい傷跡を持つ紅白の晶武は、両手に双刀を持ち、燃え続けるシマナを静かに見下ろしていた。破損した装甲は風に煽られてギシギシと音を立てている。


 敵機内部から低い独り言が聞こえてきた──



 「未来……人々が必要とするものは……もう希望だけではないのか?『パリス』……」




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