09─乱数
「エニートに未来なんてない。どうしてそれがわからないんだ?」
少年が忘れかけていた言葉と声が、突然彼の頭の中で響き始め、どうしても消えてくれない。
エニート列島。タガニアの南西に位置し、タガニアの軍事拠点である。新鋭の兵器が集まっており、東方世界における軍事力で一位を誇っていたが、敗戦後、サントラスとの不平等条約を結んだことで、西方大陸との差が大きく広がってしまった。
豊富な海洋資源と森林資源に恵まれる一方、不安定な磁極嵐が発生するため、エニートの人々は経済的には裕福でありながら、生活上かなりの不便を強いられている。
エニートの磁極嵐は世界でも有数の強さで、主に北、西、南の三方向に猛威を振るい、東側だけがその影響を免れている。
平野が中心のエニートでは、この強烈な磁極嵐によって多くの若者が島を離れ、わずかな住民だけが残る結果となっている。
「誰だ……?」少年は夢の中で声の主を探ろうとするが、どうしてもつかめない。
「ここにいては、君の未来は潰されるだけだ。どんなに努力しても、所詮は井の中の蛙。もうこれ以上は言わないよ。霜雪、いつか今日の言葉をわかってくれることを願っている。」
たった数行の言葉なのに、少年の心は強く締めつけられた。一体、誰が、誰がこの言葉を……!
思い出したいのに、何かが脳の中で自分を押さえつけ、思い出させまいとしているようだ。少年は頭を抱え、痛みで叫び声をあげた。激しい頭痛が彼を襲い、もしこのまま諦めてしまえば、すべてがゆっくりと消えてしまいそうだ。しかし、ここで終わるわけにはいかない。まだもう一度、兄に会えていないのだから。
あの年、兄は父と一緒にエニートを離れて、サントラスへ向かった。霜雪は、ついて行くことを拒んで、ひとりでこの誰もいない家に残った。こんなにも孤独に。
兄は小さい頃からしっかり者で、でも僕は……。
周りがだんだんと暗くなり、少年の意識も一緒にぼやけていった。
虚無の中に落ちるような感覚の中で、彼はゆっくりと、ある名前を呟いた――
L.C. 1513年6月18日、夜の6時。
その夜、少年は突然、閃光と大きな音で目を覚ました。
黒髪に赤い瞳を持つ少年は、まるで獲物を待っている狩人のように、夜の中で冷静に構えていた。鋭い眼差しには、どこか柔らかさと諦めが混じっていて、その矛盾に悩まされているようだった。
突然、一つの声が少年に向かって響いた。「冷夜、起きたか?外はあまり良くないぞ。」
「星宇、何が起きたんだ?それに、お願いだからその制服をずっと着てないで。見るだけでムカつく。」冷夜——冷夜・霜雪は、星宇の制服を冷たく見ながら言った。
それはエニート軍事基地の上級制服で、左肩には大きな赤い花が刺繍されていた。その花の意味は凛とした…… っけ!
星宇はその言葉に不満そうに返した。「冷夜、これだって僕が好きで着てるわけじゃないよ。これ、子供の頃からの夢だし。まさか軍隊を辞めろって言うわけじゃないよね?」
……星宇の言う通り、僕は彼に無理に辞めさせることはできない。でも、もしあらゆる手段を使って辞めさせることができたとしても、彼はきっと辞めるだろう——いや、そんなことはできない!そんな無茶なことできない。
「じゃあお願いだから、その制服を着ているなら、僕の前に現れないでくれ!」抑えようとしたが、怒りが抑えきれず、ついヒステリックに叫んでしまった。
吼った後、霜雪はすぐに後悔した。彼は軍の関係者で、仕事では制服を着なければならない。つまり、そうなると僕たちが会う回数はほぼゼロになるということだ。
「星宇、ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ。」霜雪は謝りの言葉を口にした。星宇は苦笑いを浮かべて答えた。「わかってる、できるだけ制服は着ないようにするよ。」そして続けて言った。「それと、これから数日間は外出しないでほしい。必要な日用品は僕が届けるから。」
「外で何があったんだ?なんで外に出られないんだ?」霜雪は好奇心に駆られ、同時に星宇が気まずさを解消するために話題を変えたことに気づいていた。ただし、どうしてなのか……?
星宇は説明した。「外は混乱してるんだ。さっきの閃光、気づいたか?」
「うん、それと大きな音も聞こえたけど、それは何だったんだ?」
「あぁ、それは侵略だ。港の方に未知の勢力が現れて、西方の古い型の人型メカ部隊が出てきたんだ。さっきの閃光は多分、メカが放ったフラッシュ弾だと思うけど、それは小規模な戦闘だから、今のところこっちに影響はないと思う。」
星宇は書斎の机に歩いて行き、保温カップを手に取って少し熱いお茶を口に含んだ後、真剣な表情で言った。
「でも、市街地が影響を受けるようなら、避難所に行かないといけない。」
「確かに、僕みたいな小市民は、避難所に行って死を待つしかないんだよね。」霜雪は笑いながら答えたが、同時に自分の最も親しい友人にも知られていない事実を隠していた。今は星宇に伝える必要がないと思っていたから、彼に自分の苦しみを背負わせたくなかった。
家には一人だけの私、唯一の親人は兄だけだった。しかし、あの別れ以来、私たちは再び会うことはなかった。明らかにここは私たちの家なのに……どうして残らず、わざわざ西方へ行くことを選んだのだろう……
「ふふ、冷夜、もしお前が死んだら、冥府に行ってでもお前を引きずり出してやる——」星宇は冗談のように霜雪を脅した。「ビービービー!」話が終わる前に通信機が鳴り始めた。
霜雪は「どうぞ」の仕草をした。
「えっ、私だ、どうした?」星宇は通信機を取ると窓辺に歩き、相手が簡潔に状況を説明した後、彼の顔色が次第に険しくなった。
霜雪は星宇の顔が次々と変わっていくのを見て、状況が楽観的でないことを察した。先ほどの大きな音と閃光は、彼が言った小規模な戦闘だけではないかもしれない。
静かにしばらく沈黙が続いた後、星宇は突然驚いた表情で叫んだ。「何だって?!今すぐ行くから、待っててくれ!」
「冷夜、私は基地に行く、君は勝手に動かないで……いや、君はこの家から出てはいけない!」星宇がそう言うと、しばらくすると遠くからRix-722軍用車のエンジン音が聞こえてきた。
星宇はすぐにクローゼットに掛かっていた軍用コートを羽織り、ドアが勢いよく開いてガタッと音を立て、ほんの数秒で霜雪の目の前から消えた。
「おい!何が起きたんだ!星宇——」霜雪は二階の窓から外に向かって叫んだが、声はエンジン音にかき消され、軍用車はすでに霜雪の家を後にしていた。
「一体何なんだ……あいつ。」
「ドアも閉めずに行くなんて、まったく……ん?」開いたままの部屋の扉の下、光る金属が霜雪の目を引いた。
それは星宇が最も大切にしている銀白色の懐中時計——彼の十八歳の成人式に妹から贈られたプレゼントで、これまで数々の危機を共に乗り越え、まるでお守りのように大切にしていたものだった。
霜雪はそれを拾い上げて手のひらに乗せた。
「壊れた……」
星宇は毎日大切に手入れしていて、何年経っても新品のように保たれていた懐中時計が、ついに壊れてしまった。
根拠のない不安を感じながらも、霜雪は懐中時計を握りしめ、階段を駆け下りてPast-047型の競技用重機動車に乗り込み、星宇のRix-722を追いかけた。
星宇は急いでいるけど、必ず交通ルールは守るってことを霜雪はよく分かっていた。
彼はずっと前から「磁気障壁通過装置」を違法に取り付けて、磁気障壁バリアを無効にできるから、霜雪は何度も赤い警告の点灯したホログラムスクリーンを無視して通り抜けてきた。
星宇の車を追い越した後、霜雪は約200メートル後ろで彼を追いかけていた。ゴーグルをつけていたため、星宇は霜雪が追っていることに気づかなかった。
しかし、彼は突然、次の磁気障壁が起動する前に加速し、霜雪をうまく振り切った。
「まさか、バレたのか?」目標を失った霜雪は、仕方なく途方に暮れながら無駄に車を走らせた。
その時、霜雪は星宇が言っていた未知の勢力のことを思い出した。彼が言っていた場所に従い、霜雪は港の海岸線に向かって進んだ。遠くの交戦中の機甲部隊からは多くの火の花が飛び散り、銃火や砲弾の音が絶え間なく響いていた。
「こんなに遠くて、影響はないだろう……」霜雪は道端に機動車を停め、交戦区域に向かって進みながら、星宇の跡を探し始めた。
途中、海水が岩の壁を浸食し、激しく立ち上る波しぶきが今夜の荒れ狂いと暗さを示していた。彼は無意識にその暗い青い海面を見つめた。海面には清らかな月光が反射し、霜雪が長年深い場所に隠していた記憶が、この瞬間に潮によって呼び覚まされた。そして、柔らかで落ち着いた大人の女性の顔が、次第に鮮明に浮かび上がってきた。
「ママ!あの月、あなたと同じきれいだね!」
記憶の中で、彼は空に浮かぶ月を指さして母親に言った。その丸い月は空だけでなく、海の上にも色を残していた。
女性は優しく霜雪の頭を撫でながら言った。「そうよ、あんなに丸い月は一月に一度しか見られないの。そして、あなたはその満月の日に生まれたの。」
「本当に?」
子供の目はキラキラと輝き、期待に満ちたまなざしで母親を見つめていた。
女性は優しく微笑んで、霜雪をそっと抱き上げて、自分の胸に寄り添わせた。「ママは月のように、いつでもあなたと一緒にいるわよ。」
彼女は穏やかな声でそう言い、無限の優しさと約束を込めて語った。
二人の姿は静かな夜の中で、特に親密に見えた。
月光は水のように街道を満たし、柔らかな街灯と共に、彼らの影を長く引き伸ばしていた。
母子は寄り添いながら、彼女の足音に合わせて、ゆっくりと前に進んで行った…。
「ママ…」
霜雪はまだ思い出に浸りながら歩き続け、遠くで交戦している二つの勢力に気を留めることなく、やがて防波堤の前に辿り着いた。
一方──
星宇は戦闘地点から100メートルの距離に車を停め、急いで仲間と合流した。
「何が起こったんだ!」星宇は迅速に言った、現状は明らかに非常に危険だ。
「宇見少校、戦況はあまり楽観的ではありません。敵の機甲の数は我々の数倍で、港の基地だけでは敵に対抗できません!」若い士官が慌てて報告した。
宇見は星宇の本名であり、彼の正式な名前は「星空宇見」である。
星宇はその報告を聞いて驚いた。港の基地は大きくはないが、機甲は30機以上はあり、しかし敵は我々の数倍だという…。こんなほぼ平和な時期に大規模な敵襲があるとは誰も予想していなかった。
「増援はどれくらいで到着する?」敵が上陸してからまだ20分足らずで、基地の守備兵は劣勢に立たされており、現在は司令部からの増援を待つしかなかった。
「少なくとも一時間はかかるだろうな。各地が攻撃されてて、司令部はもうめちゃくちゃだ。」青年士官は焦りながら報告した。彼も港湾基地が守りきれないことは分かっていたが、勝算が星宇の決断において最優先じゃないことはよく知っていた。「玄関」が突破されれば、首都オドールや磁鉱の母シマーナが戦火に巻き込まれるからだ。
だから、どんなことがあってもここは絶対に守らないといけない!
「ドン!」また一発、大きな音が響いた。それは敵の機甲からの砲撃だった。
敵の機甲は古いタイプだが、数の差があまりにも大きかった。
その時、警報が鳴り響き、全エニートの住民に向けてこうアナウンスが流れた:「港湾が未知の軍隊に侵入されています。市民の皆さんは速やかに避難所に避難してください。繰り返します…」
警報が引き続き放送される中、星宇はなぜ警報がこんなに遅れて鳴ったのかを追及することなく、急いで通信機を取り出し、霜雪に連絡を入れた。
画面はオレンジ色の閃光が点滅し続け、光が消えるまで通信機の中からは何の音も聞こえなかった。
「霜雪、早く避難所に入って!」星宇は霜雪に避難所に行くように言わなかったことを後悔し始めた。もし戦火がそこまで及んだら……。星宇は胸にある徽章を見つめ、霜雪のためにできることはただ一つだと確信した――「誓死守り抜く、俺たちの家を!」
「豁嵐、司令部に行くぞ!他の者は武器庫に行って、使える兵器を全て持ち出せ!弾薬は惜しむな!防線を維持しろ!」星宇は言い終わると、全力でRix-722軍用車に駆け寄り、港から約三十分の距離にある司令部へ向かって車を走らせた。
「宇見少校、もしかして……」
豁嵐の問いに、星宇はただ黙って前方を見つめ、何も言わなかった。
同時に——
「ゴォーン——」遠くの港から激しい音が響き、霜雪は現実に引き戻され、足を止めた。あと一歩進んだら、海に落ちてしまうかもしれない。次の瞬間、猛烈な爆風が霜雪に直撃した。
その瞬間、霜雪は叫ぶ暇もなく、頭の中に一瞬だけ銀白に輝く青い海が浮かび上がり、目の前の景色が次第にぼやけていった。体の感覚が制御できなくなり、意識が無限の深淵に引き込まれるように感じた。周囲は静寂に包まれ、唯一残るのはその青い海だけが脳裏にちらついていた。
霜雪は突然、誰かが言っていた「好奇心が猫を殺す」という言葉を思い出した。そして、今、ようやくその意味を理解した。霜雪は無力な体を静かに見つめ、遠くに去っていく海岸を見つめることしかできなかった。
「港が未知の軍隊に侵入されています。市民の皆さんは速やかに避難所に避難してください。繰り返します……」市内から放送と警報の音が響いていたが、霜雪はもう動けなくなっていた。爆風によって体ごと空中に巻き上げられ、時間がその瞬間に止まったように感じた。霜雪が最後に見た光景は、透き通ったような満月だった。彼は、星宇の言うことを聞かなかったことを後悔し、未だに兄と会えなかったことを悔やんでいた。
「ポチャン!」
軽い水音が響いた後、海面は再び静かに保たれ、大海はただ静かに地上の炎を見守っていた。
爆風が過ぎ去った後、岸辺には倒れた機動車だけが残り、他には人影も見当たらなかった。
そして、遠くの海面から一発のミサイルが空を切り裂いて飛び出し、東北方向へ向かって一直線に進んでいった。
その行き先は──「オドール」。




