第98話 栄光の十六人 6
地上に一度戻り、すぐにまた転送装置に七十五階層のコインを投入。
蹴破る勢いで旦那が七十五階層のボス部屋の扉を開いた先。
鈴原くんがふらつきながら立ち上がり、思い切り何かに殴りかかるところだった。
部屋の中には、倒れてる探索者達八人。近くにいる農夫みたいなスケルトン二体はきっとSSの眷属。
鈴原くんはスケルトンを助けようとしたらしい。でももう足がガクガクしてる。よく見たら、血がポタポタと垂れている。
大怪我じゃないの。
私達には敵がまったく見えない。【隠形】ね、これも。
きっとスケルトンと鈴原くんの間辺りにいるのだろうけど。
『危なーい!』
なのにキナコは叫びながら飛び出した。
『なんかわかんないけど危ないのー!』
あの子の野生の勘、すごいわね。
さっきも勘だけでスケルトンを見つけたけれど、今度も何かを感じたらしい。勢いそのまま、怪我人の鈴原くんを突き飛ばした。
何かから守ったようだけど、キナコが必死に引っ張っても鈴原くんは起き上がれない。
あの子、後先考えずに行動し過ぎだわ。大怪我を負った鈴原くんに向かって、私達より少し小柄とはいえ、普通の犬より遥かに大きなキナコが突進したらどうなるか。
キナコのタックルが決定打になったのか、鈴原くんの目がさっきより虚ろだわ。
そんな時。
どこから現れたのか、鈴原くんを庇うような位置にコートの人間が突然立ち、スケルトンと自分の間に火柱を作り出した。
『火事! ミルク、どうしよう火事だ!』
扉を開けて飛び込むまではカッコよかったのに。旦那は炎を見るなり急に不安そうに私を振り返った。
『毛皮燃えるじゃないの。マロン、火の輪くぐりの練習になるわよ、行って』
『俺様をライオンと一緒にするな!』
猫コンビもパパさんの後ろでお互いの身体を押し合い始めた。まったく、これだから猫は。
『情けないわね! パパさん、行くわよ!』
炎の中心に人間が一人。きっとあれが鈴原くん達を襲った犯人。
それから。鈴原くんの傍らの、突然出て来た人間。
初めて見たけれど、本当に仮面を被っているのね、隣の坊っちゃんのお友達。
『青様ー! 人でなしの青様でも人間見殺しにするのは寝覚めが悪いんですね! 良かった、来てくれた!』
パパさんの陰から飛び出したヘルメットのスケルトンが、本当に敬っているとは思えない物言いで駆け寄って行く。
「………」
SSは無言のまま、近づいたスケルトンの頭を、手袋をした手でコツンと叩いた。
『仕方ないですよう、喋らずにどうやってこれを説明するんです?』
「………」
『楠木様のお知り合いなんだから大丈夫、きっと』
スケルトンが遠慮なく喋る中でも、SSは無言。ずっと炎の中の人影の方を向いたまま。
そろそろ消すか連れ出すかしないと死んじゃうんじゃないかと思うのだけれど。
この期に及んでも犯人は【隠形】を解いていないから、見えるのは炎の中に浮かぶシルエットだけ。
犯人のことはSSに任せるとして。
パパさんとママさんは鈴原くん達に駆け寄って様子を見始めてる。
私も鈴原くんを覗き込んで、ちょっとだけ息を呑んだ。
『パパさん大変、おなかに穴空いてる!』
『ママさん、こっちの子、頭血塗れだよ!』
炎が舞ってる程度では一切怯まないうちの子達が次々と報告を始めている。猫とは大違いね。
「早く外に連れて行かないと。みんな、一人ずつ背中に乗せて外に」
『はい、パパさん!』
パパさんの言葉に従い、うちの子達は鈴原くん達を背負い始める。
落とさないように気をつけなさい、と言いかけた時だった。
『……キャンッ!』
『キナコ? どうし……』
キナコの短い悲鳴に顔を上げる。
『……キナコ!?』
もう一人いるなんて思わなかった。
見えない何かが、キナコの喉笛を掻き切った。
噴き出す血飛沫。
火の粉の飛び散る部屋の中に、キナコの真っ赤な血が溢れ出た。
◇
真っ先に反応したのは元農夫のスタンリーだった。
生前、何ヘクタールもの農地を腕一本だけで耕していたスケルトンは、素早く振り返ると同時に手にしていた鍬を投げつけた。
戦闘要員ではないにしても、そのレベルは九万を超えている。生前からスピード特化だった農夫に、並の探索者が対応できるはずもない。
スキル【隠形】を使っていても、スタンリーには見えている。鍬は相手の顔に直撃した。
「……っ!」
鍬ごと後方に吹き飛んだ相手に構わず、スタンリーはすぐに痙攣する若い雌犬に駆け寄り屈み込む。
『……青様。犬、死ぬ』
遅れて膝をついた相棒の農夫クリフは、草刈り鎌を放り投げると、隙間だらけの骨しかない指で傷を抑えながら叫ぶ。
『青様! ヤブ医者どもを出してくだせえ!』
農夫と同じ世界から流れて来た医者達は補助的に【回復魔法】も使うが、主とする治療方法は外科手術だ。
虫の息のこの犬に有効な治療を施せるとは思えない。故にスタンリーは「死ぬ」と伝えた。
だが、相棒は諦めが悪い。襲われている人間を前に黙って見ていることができず、【隠形】を解いて助けに入るような男だ。無駄とわかっていながら医者を【居室】から呼び出すことを求めた。
『……クリフ。死ぬ、無理』
『犬っころ一匹助けられねえようでどうする!』
クリフの叫びに、スケルトン達の冷血な主はゆっくりと歩を進め、血溜まりの中に倒れる犬を見下ろした。
『キナコちゃん……! ど、どうしよミルク、キナコちゃんが、キナコちゃんが……!』
『ジョン、落ち着きなさい! ……スケルトン! あんたたち、【回復魔法】使えないの!?』
一番大きな犬がうろうろと周囲を走り回り、その番らしき雌が叱責しつつ元鉱夫のゴードンに詰め寄っている。
種族に関わらず、非常時は女性の方が強い、とスタンリーは思う。
「………」
スケルトン達の主人は、仮面越しに口元に指を充てて数秒何か考えた後、その手の中に小瓶を出現させた。
「………」
そして、声を出すことなく、【念話】でスタンリーとクリフに「口開けさせてー」とのんびりした口調で伝えて来た。
『……開ける』
スタンリーは迷わず両手を伸ばし、犬の上顎と下顎を掴み、一気に左右に広げた。
◇
キナコの命が危ない。そんな状況なのに、SSは焦る様子もなく、スケルトンに何か指示を出したように見えた。
次の瞬間には、妙に動きだけ素早い麦わら帽子のスケルトンが、キナコの口を両手でこじ開けていた。
ワニの口を開くみたいな勢いでレディの口を開けないでほしいわ。
と思ったら。
SSはキナコの大開きの口目掛けて小瓶を逆さにした。
墨みたいに真っ黒な液体がキナコの口に注がれて行く。
何かしら、あれ。ポーションとは違うわよね、絶対に。
『……辛っ! 苦っ! 甘っ! ……酸っぱーっ!』
意識が朦朧としてたはずのキナコが目を見開き、元気な声を上げた。
『キナコ……!』
でもその叫びの後ですぐに目を閉じ、完全に意識を失った。
怖いわ、血が止まってる。それどころか、ぱっくりと開いていた首の傷口から、血管か何かが踊り出て、ウネウネと蠢いている。
『気持ち悪……』
旦那が空気を読まない素直な感想を口にした。
いつもなら叱りつけるけれど、さすがにこれは、私も同じ気持ちになる。
『金様のとこの魔女、やっぱりすごいねえ』
後ろ足で立って抗議していた私の前足を掴んだまま、ヘルメットのスケルトンが呑気に呟いた。
『何なのかしら、あれ? キナコは大丈夫なの?』
『古竜の血で作った霊薬だって。錬金術って言うらしいけど、お正月に会うといっつも目が死んでるから怖いんだよ』
あんたたち全員、元々死んでるでしょ。
とにかく、キナコを助けてくれたことに変わりはない。
『ありがとうごさいました』
SSの前に進み、頭を下げる。
「………」
返事、無し。
隣の坊っちゃんのお友達、まだ一度も喋ってくれないの何なのかしら。
『ムサシの家族死なせたら楠木に怒られる、って青様が言ってる』
どうしてスケルトンが代わりに答えるのかも気になるわ。
それより、私達がムサシの家族だって知ってるのね。
『そっくりだからすぐわかる、って青様が言ってる』
『あら、そうなの……?』
似てるかしら。なんだか嬉しいわ。
『……ねえ、ムサシくんの家族じゃなかったら助けてもらえなかったのかなあ……』
旦那が余計なことに気がついたけれど、空気読みなさいよ。
命の恩人なんだから、今はまずお礼を言いなさい。




