第97話 栄光の十六人 5
九十五階層のボスを倒したところで、パパさんがみんなを振り返る。
「さて。百階層のボス、チャレンジするかい?」
百階層にいるのはドラゴン。先週、別のダンジョンでドラゴンを倒したけれど、あれは全員で参加して二時間もかかったわ。
今日は留守番しているうちの他の子達と、柿沼のおじさんと本間のおばさん、古池のおじさん、全部の家の子達総出で。
『パパさん、ボク達だけじゃ死んじゃうよ……』
またうちの旦那が泣き言を言い出した。でもさすがにこれは私も同じ気持ち。
パパさんの裾を前足で器用に掴み、耳がペタンと垂れた旦那。情けない。
『パパさん、私も難しいと思うわ』
「そうかい? じゃあ今日はここまでにしようか。皆のレベルも上がったことだしね」
ボスの部屋から出て、転送装置の前に立った途端、誰かがマロンの尻尾を引っ張った。
『フギャアッ! 俺様の尻尾!』
ライオンとは程遠い反応で毛を逆立てたマロンの後ろに、またさっきのヘルメットのスケルトンが立っていた。
『………』
「おや、君はさっきの……?」
キナコが噛みついた個体だわ。首から下げた手拭いの柄が同じだもの。
スケルトンは困ったように両手を振り回し、私達に何かを伝えようとしている。
ごめんなさい、わからないわ。
スケルトンって、【人語】のスキル取ってないのかしら。
『……あーもう無理だよ、これ。後で青様に叱られるけど仕方ないよね』
突然流暢に喋り出した。
話せるんじゃないの。
『七十五階層に行って。九人連れの探索者達が襲われた!』
九人連れ。というとさっき上で会った鈴原くん達のことかしら。
『七十五階層では仲間が苔の採取してたから割って入ったんだけど、見ての通り、僕ら戦闘要員じゃないから』
戦闘用じゃない眷属って何なのよ。
『僕らレベルは十万近いけど、戦闘向きのスキルは殆ど持ってないからねえ。うちの青様は人前に出るの嫌いだから、下の階層から戻って来てくれないだろうし』
とてもよく喋る。
余計なことまで喋ってる気がするわ。隣の坊っちゃんの友達ってことはあれよね、仮面の。
同族が襲われてるのに無視するって、人間としてどうなのかしら。
「えーと……襲われてるって、誰にかな?」
『去年から人間を襲ってる人間だよ!』
「大変じゃないか! SSは何をしてるんだい!」
あ、パパさん、はっきりSSって言っちゃった。
さっきから敢えて『お友達』って誤魔化してたのに。
『僕らじゃ抑え切れないから、助けてあげて』
「七十五階層だね? 転送装置を使った方が早いな、一度地上に戻るよ、みんな」
『はい、パパさん!』
◇
先端の折れたメイスを片手に下げたまま、鈴原は何かに襟首を掴まれていた。
姿は見えない。【隠形】持ちだ。
こそこそ隠れることしかできない臆病者が使うスキルだ、と鈴原は思う。
残念ながら今は、その臆病な何者かに良いようにされているが。
腹部が熱い。多分、相当出血している。鎧でも着ているなら別だが、防御力の高いジャケットは至近距離から刺された場合に用を成さない。
じっとりと濡れた感触が気持ち悪い。痛みで身動きが取れなくなる前にどうにかしなくては。
ちらりと横を見る。
親友の水戸部がうつ伏せに倒れている。髪の毛が濡れている。血だ。
自分のメイスが折れる音の後、水戸部はいきなり殴られて昏倒した。
次々と仲間が戦闘不能になって行く中、鈴原は見えない相手の動きを予測し先回りした。
したのだが、タイミングを外したらしく、腹に何かが刺さった。
見えない相手の動きを完全に捉えるのは不可能だったらしい。
一瞬だけ固まった鈴原の襟首を掴み上げ、絞め技に入った相手。この距離なら外さない。反撃するならば今。
呼吸を整える時間はない。
一気に攻めなければ、と鈴原が腕を持ち上げた時だった。
「………!」
何かが見えない敵に叩きつけられたようだった。
「………?」
顔を上げ、鈴原は目を見開いた。
見えない敵に迫り、殴りつけたのはスケルトン。
ただのスケルトンではない。
チェックのシャツ。オーバーオール。首の正面で結ばれた手拭い。紐付きの麦わら帽子を首の後ろに掛けた、農作業ファッション。
「……冗談きついわ、それ」
到底ダンジョンで通常見かけるモンスターの格好ではない。
しかも見えない何かに向かって叩きつけたのは、草刈り鎌だ。
感情の読めない骨だけの顔が一歩下がると、更にその陰から鍬が振り下ろされた。
一体では無かった。もう一人、同じような服装のスケルトンがいた。
ボス部屋にボス以外のモンスターがリポップするはずがない。どこから入って来たのか。
鍬の一撃で、締め上げる見えない敵の力が少しだけ弱まった。その隙を逃さず鈴原は身体を反転させ拘束を解く。
そしてすぐさま相手から距離を取った。
何も見えないが、自分と二体のスケルトンで挟み撃ちにしている格好になったはず。
よくよく見ればスケルトンの右手首には探索者証。誰かの眷属だ。
「誰か知らないけどナイスアシスト」
親指を立て、鈴原は口の端を必死に上げた。腹部の激痛で歯を食いしばりながらの笑顔は、思ったほどうまく笑えてはいなかっただろうが。
スケルトンは無言のまま、何もない空間を見つめているようだった。
眼球がないため、どこに見ているのか特定は難しい。
先程の行動から、おそらくスケルトン達に敵の【隠形】は通じていない。
「……レベル高いんだろうなぁ……SSの眷属みたいだ」
憧れのあの人も、スケルトンの団体を引き連れていると噂で聞いた。
痛みを紛らわせる方法として、鈴原は何かを話し続ける道を選んだ。
何も考えずに思いついたことをそのまま呟いただけ。
だというのに。
何故か、スケルトン達はびくりと反応した。
「え……本当にSSの眷属……?」
こんな緊張感のない服装のスケルトンが?
『………』
『………』
スケルトン達は鈴原の問いには答えず、無言のまま、再び何かを見つめ始めた。
「おい……誤魔化せてないって……」
敵が見えないせいか、出血のせいか、鈴原は問題の何かの存在を無視し、スケルトン達に話しかける。
それが気に障ったのか、突然敵が動いた。
動いたとわかったのは、スケルトンの一体が草刈り鎌で何かを受け止めたからだ。
だが顔の前に構えられた鎌は少しずつ押し込まれて行く。
力負けし始めている、ということは鈴原にもわかった。
「助けられっぱなしはダサいよな……」
鈴原は最後の力を振り絞り、メイスを杖代わりに立ち上がる。
ふらつく足でスケルトンの前の何かの背後を取る。
そして、先日入手したばかりの、お気に入りの青いグローブに魔力を流し、思い切り前に突き出した。
深い青色の水流が、自分達を襲った何かに向かって走る。
まさか死にかけの探索者から今更反撃されるとは思っていなかったのか、水は敵に直撃した。
スケルトンもこのチャンスを逃さず、後ろに跳ぶと相手から距離を取った。
これで借りは返せただろうか。そんなことを考えていた鈴原には、相変わらず【隠形】を使う相手の動きは把握できていない。
振り返った敵が、鈴原の心臓目掛けて刃物を突き立てようとしていたことも、当然ながら気づいていなかった。
『……!』
危険を知らせるため、それまで無言を貫いていたスケルトン達が口を開きかけた時。
『危なーい!』
甲高い、少女の声が聞こえた。
『なんかわかんないけど危ないのー!』
横から鈴原に突進して来た真っ白な体。受付で会った狼の一体だとわかったのは、タックルを受けて一緒に横倒しになった後。
「……君、喋るんだ」
『そういうのは後! ほら立って!』
鈴原の袖をくわえ、立たせようと引っ張る。
だが、もう自分はまともに動くことはできそうにない。効果的な打開策を必死に考えれば考えるほど、意識が遠くなりそうだ。
視界が霞み出した時、突然炎の渦が見えない敵を取り囲んだ。
「……火?」
燃え盛る炎の中に浮かぶ人間のシルエット。見えなかった敵の姿が初めて鈴原の目に映る。
少し小柄なその人影は炎の中でも仁王立ちのまま、短刀のような物を構えていた。
そうして、倒れたままの鈴原の前。ちょうど目の高さに現れたのは。
三本の、紐のような物の先端。
複雑な文様が刻まれた、素材のよくわからない五センチメートル幅のベルトが三本。鋭い分銅のような飾りが三本全ての先端にぶら下がっている。
コートの裾が翻った、と同時に鈴原の意識は途切れた。




