第96話 栄光の十六人 4
犬と猫を連れた探索者が去ったのを確認し、腕を噛まれたゴードンは骨だけの顔を上げ、仲間に向かって話し出す。
『まさか勘で噛みつかれるとはねぇ、動物の本能怖いねぇ』
声帯の存在しない身体のどこかから発せられる青年の言葉に、ツルハシを担いだ大柄な白骨のジムが前に出る。
『おまえがうっかり【隠形】を解いて歩き回るせいだ。あれは絶対に、我々があの方の眷属だと確信していたぞ』
責めるような口調。皮膚のない顔ではあるが、おそらく怒っているのだろう。
そんなジムの後ろにいたリッキーは、軽く肩を叩きながら仲裁に入る。
『あの男、楠木様の知己だろう? 本日ここに青様が入っていることを吹聴はしないはずだ』
本部長の関係者のデータは全員頭に叩き込んでいる。
『じゃあ大丈夫だね? さ、早く採る物採って青様に追いつこう』
楽観的なゴードンが目的の物が埋まっている壁を指差す。皮膚と筋肉があれば、おそらく満面の笑みを浮かべていることがわかっただろう。
『ここからは絶対に【隠形】は解くなよ? 洞窟タイプの住居作成に必要な量を掘り出すまでは絶対に!』
ジムはゴードンに釘を刺すように繰り返し、壁に向き合った。
『わかったよ。……そもそも青様が普通の屋敷を【居室】に作る許可をくだされば、こんな手間をかけなくても済んだのにねぇ』
もう何年も前から眷属達が主に懇願しているが、主は絶対に首を縦に振らない。
大抵のことは笑顔で許すが、【居室】に建物を設置することだけは認めて貰えない。
『青様を否定するな。あの方の美学に、我々は従うのみ』
ジムはツルハシを振るい、的確に目的の鉱物を掘り出しながらゴードンを諌める。
『でも、壁も屋根もない叢で生活したがる人間は珍しいを通り越して、もうかなり変だよねぇ』
『……それでも木の上に小屋を作ることと、大木に洞を作って中に部屋を設置することは許してくださった。贅沢を言うな』
この眷属達の主の【居室】には、人工物であることを主張する家は存在しない。
澄んだ高い空、上空に浮かぶ白い雲。小川の流れる叢と巨木。
それらのみ。
主は何もない平原の中央に、幾つかのクッションを置き生活している。椅子やテーブルはおろか、ベッドすら存在しない。
千人を超える眷属達がいるというのに。
『あの方には、プライバシーとか必要ないのかねぇ……屋根はともかく、壁で仕切られた自分だけの空間、普通は欲しくならない?』
ピッケルを慎重に鉱石の周囲に当てながら、生前は鉱夫だったゴードンが同意を求めるように隣に立つリッキーを見遣る。
『青様が欲しておられるのは、自由であることだ。……そう思わねばなるまい』
リッキーは手を止めることなく、自分に言い聞かせるように呟いた。
実際、何故自分達の主があのような生活を望むのか、眷属達には理解できていない。
各々、もっともらしい理由を考え、無理矢理自分を納得させることで折り合いを付けている。
『キッチンもシャワーもないって、文化的な生活とは程遠いよねぇ。青様、堂々と僕らの前で、川で身体洗うし』
『……毎日がキャンプかサバイバルだと思え』
今回、眷属達の嘆願が通り、平原から離れた位置に小さな丘と洞窟を設置することが許された。
洞窟風の外観を整え、奥には普通の屋敷を作る予定だ。
その外観の為の鉱物を集めるべく、元鉱夫を中心とした肉体労働向きの眷属達が、ダンジョンの各階層で【鑑定】を駆使し、やっと見つけた鉱床がここ。
ダンジョン攻略を進める一団から離脱し、採掘作業を進めていたところに、先程の探索者達がやって来た。
休憩という名の動物達の漫才を眺めながら、彼らが去るのを待っていたのだが。
ゴードンがうっかり【隠形】を解いてしまったばかりに、全員が姿を見せる羽目になった。
主の意向で、【居室】から出ている間は他人と会話をしないことになっている。
言い訳することもできず困り果てたゴードンが皆を振り返って助けを求めた時、ジムは怒りに震えていた。肉と皮膚があったなら、こめかみに青筋が立っていたことだろう。
『急ぐぞ、また誰か来るかもしれない。早く青様に合流しなければ!』
『おう!』
◇
本日の参加人数は九人。総掛かりで七十五階層のボスは難なく撃破した。
栄光の十六人と名付けてはいるが、現在の所属人数は実は三十人以上。
初期メンバーが十六人だっただけで、加入制限は敷いていないため、希望者が現れれば即日仲間として迎え入れられる。
主に、エースの勝手な判断で。
水戸部はこのまま七十六階層に降りようとしたが、涌井がそれを止めた。
「水戸部さん、飛ばし過ぎです。少し休んでからにしましょう」
幸い階層ボスの部屋は、扉の外に出ない限り新しいボスはリポップしない仕組みだ。
ここに留まる限り、安全に何時間でも過ごせる。
ここで呼吸を整えてから下に降りた方が良い。誰でもそう考える。
「あいつらと同じダンジョンに入ってるんだ。あいつらより稼がないと」
「水戸部さん……張り合って怪我したら元も子もないです」
水戸部がワンニャンパラダイスを目の敵にしているのは、チームランキングが原因だ。
チームを結成した当初、当然ながら自分達は全国百位以内にも入らなかった。
そしてあのワンニャンパラダイスも、似たような位置にいた。
ふざけた名前だったことと、活動エリアが同じだったことで印象に残ったそのチームは、あっという間に自分達を置き去りにトップ五十入りを果たし、近年は十位以内から陥落したことがない。
スタートは同じだった。それが一瞬で差をつけられた。
時折、今日のように同じダンジョンで顔を合わせることもあるが、大原はいつもあの調子で親しげに接して来る。
ほぼ親戚のおじさんのノリだ。
ただ最近、【不老】を取ったらしく突然若返っており、自分達より年下に見える彼からおじさんのような態度を取られることに違和感はあるが。
「協会からも言われてるでしょう? 最近はおかしな奴が出るから気をつけるようにって」
「ああ……探索者が襲われるって?」
昨年五月、突然、探索者が探索者を襲う事件が起こった。
それ以降、全国各地で同じ事件が発生しており、現在までに十件を数えている。
「こんな深い所には出ないだろ」
「でもどんどん下に向かってるらしいです」
最初は十階層付近、翌月には別のダンジョンの十五階層辺り、更に次の月には二十階層前後。
謎の襲撃者は、現れる度に少しずつ深層の探索者に狙いを変えている。
まるでダンジョン攻略のように、襲う探索者のランクを上げていた。
「水戸部さん!」
涌井の必死な様子に、水戸部は大きく深呼吸を三度繰り返した。
「……わかった、俺が少し冷静じゃなかったな。ごめん、少し休もう」
「あの人達が絡むと水戸部さんの人が変わるの、もう慣れました」
軽口に水戸部は涌井の額を小突く。
と、ここまで一切口を挟まなかったエースの鈴原が手を挙げた。
「なあ、そろそろ昼飯にしない?」
その言葉に各々【時計】を表示し、時刻を確認。
現在十三時半。
「……おまえが遅刻しなければもっと早くここまで来れたんだ」
「直人も風呂入れば良かったじゃん」
「……羨ましくて言ってるんじゃない! 昼休憩、三十分!」
水戸部の宣言に、それぞれ背負った収納袋を下ろす。
鈴原は真っ先に地面に胡座を掻き、お気に入りのメイスもそっと横に置いた。
次の瞬間。
バキン、と乾いた音の後、青いメイスの先端が折れた。




