第94話 栄光の十六人 2
ランクSの中でも、とりわけ変人にだけ二つ名が付けられる。
けんちーのチャンネルで紹介された時は全国の探索者が衝撃を受けた。
衣褌を纏い、髪型は美豆良。
戦闘能力の低そうな白兎を連れた姿はもはや因幡の白兎。誰が言い出したか、その名も『ダイコクサマ』。
イカレ具合はランクSの中でも群を抜いている。
妙な古墳時代のコスプレで外を闊歩できる時点でまず普通ではない。
加えて異質なのはあの白兎。
あれはただの愛玩動物なのか。それともいざとなれば獰猛な何かになるのか。
日本一有名なSの屠殺天使とは違う意味で、誰も目を合わせない存在が、このダイコクサマだ。
それをまさかダンジョンゲートの前で見ることになるとは。
水戸部は二度見したい気持ちを必死に抑え、ゆっくり視線を周囲に向けた。
待ち合わせ相手が来ず、なんとなく周りを見回している、といった雰囲気を作りながら。
ダイコクサマが午前中の銭湯から出て来る。かなり衝撃的。
同じようにゲート前に立つチームメンバー達も、水戸部に倣い、それとなく遠くの方へ目を遣り、目の前の人物を視界に入れないよう心掛けている。
全員が押し黙ったまま、ダイコクサマが去って行くのを待つ。
この地域の名物的存在ではあるが、関わりたくはない。
そうして佇むこと数十分。
待ち人も、銭湯から現れた。
「お、直人、お待たせ」
「……なんでのんびり風呂に入って遅刻するなんて真似ができるんだ、おまえ」
十一時にゲート前で待ち合わせの約束のはずが、既に今は十一時半。
しかも目の前の銭湯からのんびり現れる。
これが自分達のエースだというのだから泣きたくなる。
前髪からは水滴。担いだメイスは濃紺。ブルー系統だからという理由でわざわざオークションで競り合って入手する阿呆だ。
「お、悪い悪い。やっぱり昼間から来る銭湯は最高だよな!」
「……もういい。それより、さっきダイコクサマが出て行ったの知ってるか?」
このエースは見ただろうか、と何となく話を振ってみる。
「おう! ダチになった!」
とても良い笑顔で親指を立てて来た。
「……おまえやっぱりすごいよ」
水戸部は潜行前から疲労を感じる。
◇
鈴原が水戸部に腕を掴まれて支部の受付に立たされた時、背後がざわめいた。
手続きを水戸部に任せきりで手持ち無沙汰の鈴原は、後ろを振り返る。
そこにいたのは、ぞろぞろと支部に入って来る四つ足の団体。
「お、ワンニャンじゃん!」
鈴原のテンションが上がったのを見て、手続き中の水戸部が舌打ちした。
「あいつらと被ったか……」
水戸部はあのチームが嫌いらしい。可愛いのに。
先頭を行くのは大きな狼型モンスター。
純白の毛並みが美しい。鋭い瞳は正面を見据えている。
「あれってさあ、本部長の眷属のムサシ様と同じ種類のモンスターだよな?」
本部長の眷属は、本部内を単独で歩き回る姿を時々探索者が目撃している。撮影は禁止されていない為、SNSで頻繁に見かける。
このチームが連れている白狼は皆、あのムサシ様と瓜二つ。
「どこのダンジョンのどの階層に出るんだろ。俺も一匹ほしいなあ」
「光は【眷属】取れるほどポイントに余裕ないだろ」
ポイントは余ってはいないが、夢を口にするくらいは許されるはず、と鈴原は口を尖らせる。
大型の狼に続くのは、一回り小さな白狼。それでも一般の犬よりはるかに大きい。
更にその後ろからは、尻尾が二本もある金色の瞳の黒豹が音もなく続く。
続いて同じ白狼が五頭。最後に入って来たのは、耳の先が尖ったライオン型のモンスター。
全て、前足に探索者証を巻いている。
「あのビジュアルでワンニャンは無いよなあ」
彼等はチーム『ワンニャンパラダイス』。犬科と猫科のモンスターばかりを従えるテイマー達のチームだ。
モンスター達から少し遅れて、二十代前半の男女が談笑しながら支部内に足を踏み入れる。
今日はリーダー夫婦のみで潜るようだ。
他にも三組のテイマー夫妻が所属しているが、人間の数よりもモンスターの方が多いという特殊なチーム。
笑いを取りに来たとしか思えないチーム名でありながら、実力は本物。所属する半分のメンバーがランクSだと噂されている。
そしてこの場合の半分の中には、モンスター達も含まれる。
夫妻が目の前に辿り着いたと同時に、『栄光の十六人』の入場手続きが終わる。
「こんにちは、水戸部くん。君達もこれから?」
「……ええ、大原さん。うちは七十階層から潜るんで、邪魔だけはしないでください」
とても友好的とは言い難い態度だったが、大原夫妻は気を悪くした様子もなく微笑む。
「はははっ、うちはワンちゃんもネコちゃんも良い子だから大丈夫だよ。心配なら、うちは今日は九十階層から始めようか。ジョン、ミルク、こっちにおいで」
一際大きな狼達の名前もセンスが微妙。
犬の名前のようだ。
呼ばれた二頭は大原の横に移動し、前足をカウンターに乗せ、入場手続きを始める。
揺れる大きな尻尾を見つめ、鈴原は再び、可愛いなあと思う。
「……行くぞ、光」
入って来た時と同じように水戸部に腕を引かれ、鈴原は名残惜しそうに、ジョンと呼ばれた狼に手を振る。
「またなー、ジョン」
名を呼ばれた狼は片方の耳をぴくりと動かした後、鈴原を振り返り、小さく頭を動かした。
◇
顔見知りの、人懐こそうな青年。彼が仲間に引き摺られて行く様子をずっと見つめる旦那の後ろ足を、周りに気づかれないようにそっと踏む。
『……何するの、ミルク。痛いよ』
協会支部ではあまり喋らないように、とパパさんから言われているのを、うちの間抜けな旦那も忘れてはいなかったらしい。
顔を近づけてこそりと囁いて来た。
『アホヅラで見てるからよ。ほら、パパさんとママさんが呼んでる、もう行くわよ』
うちの子達も、ボンベイのマルも、メインクーンのマロンも、みんなとっくにパパさんの後ろに続いてる。
『あ、待ってよミルク、追いて行かないで』
『……どうしてあなたみたいなぼんやりした紀州犬から、ムサシみたいな立派な息子が生まれたのかしら』
黙って立っていれば狼みたいな風格があって素敵な旦那様なのに。中身は子犬の頃からまったく成長していないなんて。
『あなた、もうすぐまた孫が増えるのよ。いい加減、群れのボスみたいな威厳出してちょうだい』
『えぇぇ……無理だよう』
泣き言を言うのは家に帰ってからにしてほしい。
それにしても、今度生まれるのは確か玄孫の、その孫の子供だったかしら。
尻尾で旦那のお尻を叩き、ダンジョンゲート前へ急き立てた。




