第93話 栄光の十六人 1
午前十時、今月のチームランキングが発表される時刻に合わせ、水戸部直人はラップトップを持ってカウチに移動した。
築三十年のビルの四階の一室にオフィスを構えて早五年。
少しずつデスクを増やし、今日もこの部屋では自分以外に三人が事務仕事をしている。
「水戸部さん、結果は?」
デスクのPCから目を離さず、社員の一人、涌井が背後から声を掛けて来る。
探索者協会のランキングページを開いたまま、見えるようにデスクの方へラップトップを向ける。
56位 栄光の十六人
ちらりとそれに目を遣り、自分達のチーム名と順位を確認すると、涌井はまた自分のディスプレイの方へ視線を戻す。
「五十位以内、やっぱり無理でしたね」
「おまえ、見る前からそんなこと思ってた?」
聞き捨てならない言い草に、水戸部は身を沈めていたカウチから上半身を起こし振り返る。
「だからあのグローブ売ろうって言ったんです」
「仕方ないだろ、あいつが離さなかったんだから」
チーム全員で挑んだ七十五階層。階層ボスからはレアアイテムのフィンガーグローブが出た。
魔力を注ぐことで水流を纏いながら攻撃が出来、使用者の防御力上昇率も高く、レベルに換算して三十以上はあるとされる。
更にそれで撃ち出す拳の威力に至っては、使用者のレベルより五十以上の力があるという。
デザインは青地に水色のラインが入っており、少しだけ格好良い。
協会での参考買取価格は、未使用の物で百五十万円。
あれがあれば、ランキングも変わって来たはずなのに。
「そもそもあの人、素手で戦うわけじゃないんだから、あんな物必要ないですよね? 売店で売ってる手袋でも着けさせておけばいいじゃないですか」
このチームのエースは、メイス使い。
昔、氾濫現象中のダンジョンで偶然見かけたSSに憧れ、メイスを持ち始めた。
正直、グローブの出番は無い。それは水戸部も認める。
「あの人の大好きな青鎚だって、グローブなんて着けてませんよね? 調べたんですよ、僕」
実際に本人を映した画像は全く出回っていないため、SSの外見は目撃情報を元に作成されたイラストしか存在しない。
それでも画像検索をすると、尋常ではない数の似たような格好の絵が見つかる。
ディスプレイの両端を摑み、ぐるりとこちらへ向きを変えて来る。
見せられたのは、仮面の男のイラスト数十枚。
白い仮面は目の部分だけ穴。鼻も口もない。
髪型はオールバック。前髪も後ろ髪もきっちり撫でつけられている。
着ているのは白いフロックコート。背面だけが長く、裾は足首辺りまで。前面は膝上辺り。
腰の両端辺りに紐のような物が三つずつ垂れ下がっている。おそらくベルトを三本も巻いていると思われる。
コートの前は留められておらず、中の服はワイシャツらしき暗めの襟付きの何か。下はスラックスのようなストレートラインのシルエット。黒っぽい何か。
青藍のメイスはどれも確実に一メートル以上の長柄のもの。鎚頭はあまり大きくはなく、先端に向かうにつれ更に細くなっている。
細かな装飾や正確な形状までは見ることができなかったのか、各々の想像で描かれている。
そしてそれを握る両手だが。
暗い色の手袋のような物を装着している。
確かに素手ではなさそうだ。
だが断じてフィンガーグローブなどではない。どう考えても指まで覆う、シンプルな手袋だ。
そもそも色だって青系ではない。
「他のSSに比べて青鎚って目撃情報極端に少ないんですけど、それでもこれだけのイラストが上がってました。絶対にグローブじゃないですよね、これ」
「……そうだな」
そもそもうちのエースの嗜好は少し厨二病がかっているので、青鎚の完全コピーを目指してあれを欲しがったわけではないはず。
「いいですか。あれを売って! 滑り止めのついた軍手でも買ってください!」
万年百位以内。名前だけは大層なチーム。その評価を覆すべく、チームメンバーは日々研鑽を積んでいる。
唯一人、エースの男以外は。
◇
「朝風呂、最高ー!」
協会支部の真向かいに銭湯があるって天国か、ここ。
これがあるため、この支部はこの青年のお気に入りとなっている。
湯船に思い切り飛び込むと、水飛沫が周りに上がった。
「………っ」
誰かが息を呑む音。
反射的に右隣を見ると、太い腕が顔を抑えている。
格闘家のような厳つい男。
太い腕は細かい古傷だらけ。
湯に浸かっていない上半身にも無数の傷。歴戦の戦士のような風格。
傷の殆どが何かの動物の爪や牙の痕。
頭に巻かれたタオルの隙間からは長い髪が幾筋かはみ出してる。
よく見ると手首には探索者証が巻かれていた。
ベテラン探索者だ。
「あ、ごめん」
「………」
無言で顔に飛んだ飛沫を拭い、軽く頷く。
何か、かっけぇ。年は自分より下のようだが、何だか渋い。
「ここよく来るの? 俺、潜る前に必ず入ることにしてるけど、あんたは?」
「……これで上がりだ」
お、喋った。この時間に上がるって、夜中に潜ってたくちか。
青年は一人納得する。
「今、ダンジョン混んでた? 俺ら、このあとすぐ潜るんだ。あ、チームの連中とはゲート前で待ち合わせてる」
「……普通だ」
話が続かない。
「へー……あ、俺、鈴原光。よろしくな」
「……ああ」
普通、この場合は自分も名乗るものではないのか。
「あんたは?」
「……筒井」
苗字だけ。
変な奴だと思ったが、この古傷と寡黙なところは何か良い。
「俺はランクA、あんたは?」
「………」
おっと、フレンドリーな男が思ったより高ランクでびびっちまったかな。
鈴原はまた黙り込んだ男の背中をバンバン叩いてやることにした。
「ま、ランクなんて何でもいいか。みんな同じように命張ってダンジョン潜ってる同士だ。仲良くしようぜ?」
そんな鈴原の態度に、筒井とかいう男は初めてこちらを見た。
「よろしくな!」
ダメ押しに笑顔で握手を求めてみる。
「ああ……よろしく」
やっと筒井と名乗った男の表情が柔らかくなった。
友人を作る早さには自信がある。今日からはこの男も自分の友達だ。
友人が増えたことに満足し、もう一度思い切り肩まで浸かり直す。大きな水音を立てた途端。
『キーッ!』
「へあ……?」
人間の悲鳴とは明らかに異なる響き。
見れば、筒井と鈴原の間に、三十センチくらいの白いムクムクした物が浮いていた。
「ウサギ……?」
『プゥ!』
しっとり濡れた白兎が、頭に手拭いを乗せている。
近頃はダンジョンの近くの店は全て、特定の動物の同伴を許可している。【眷属】を取る探索者が増えて来たことで、探索者証を着けた動物の入店を認める流れになった。
この銭湯も、当然、眷属と一緒に入ることができる。
にしても。
これ眷属なのか、と鈴原は疑問に思う。
普通の小さい兎。戦闘能力は高そうに見えない。モンスターにすら見えない。どこの階層にこんな生き物がいるのか。
「………」
ずっと、つぶらな瞳で鈴原を睨みつけている。愛らしいが、これで戦えるのか。
「え、あんたの眷属?」
「……ああ」
筒井は兎を掌に乗せると、いきなり立ち上がった。
「……お先に」
「おう、お疲れ」
下半身も古傷だらけ。
すげぇな、全身かよ。鈴原は思わず口笛を吹く。
湯に浸かりながら、そのまま颯爽と出て行く筒井を眺めていると。
脱衣所で前触れもなく魔法を使った。
「すげ……」
一瞬で体の水滴が消える。おそらく風魔法。
兎もドライヤーを使ったように、一気にふわふわに。
すぐに屈み込み、床に置かれた籐籠から服を取り出す。
襟なしのクリーム色の、リボンのような物で前を留める、少し袖がダボついた服。同じ色のダボダボのズボン。
変な服だなと思う間にも、長めの布をベルト代わりに腰に巻き、前で縛った。
更に紐を取り出し、袖を絞るように結ぶ。同じように膝下にも紐。
なんか、あれって。昔話の挿絵で見るような。
鈴原は、だんだん嫌な予感がして来た。
最後に筒井は、長い髪の毛を左右の耳の位置で八の字に結った。
そして兎を肩に乗せる。
まじか。
「あいつ、ダイコクサマじゃん!」




