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第91話 三叉戟と六弦の使い手 16

 5月31日。13:35――2210番ダンジョン支部三階、会議室。


 協会本部に勤める手塚てづかみやこには、時折地方出張が発生する。

 数日前から予定されることもあれば、今日のように突然呼び付けられることもある。


 本来、手塚の仕事は本部長付き。本部長の補佐が主な業務だ。

 ほぼ秘書と言っていい。

 スケジュールの管理から、髪型の管理まで。

 だが手塚だけが持つ特殊なスキルが必要となった時には、本部から離れ、日本中どこへでも向かう。


 本日の目的地までは飛行機を使って二時間弱、新幹線から乗り継いでも三時間。

 騒動が起こったと同時に、本部長から直接、現地入りを命じられた。

 絶対に必要になるはず、と予言めいた不吉な勘で。


 移動中も情報は漏らさず手塚の耳にも届いており、本部を出てからさほど時間が経たないうちに、自分が必要な事態が発生した。

 さすがは本部長、SS(ダブル)に関係することに対しての采配は完璧だ。

 手塚は興奮を抑え切れず、一人小さくガッツポーズを取った。


 そうして辿り着いたここ、2210番支部。

 在来線に乗り換え、各駅停車による長い長い移動を経て着いた、昭和の雰囲気の残る商店街の一角。


 商店街は、氾濫現象が収束して間もないためか、異様な熱気に包まれていた。

 そんな中でも、漏れ聞こえるのは(シングル)三つ巴の乱闘の話。

 氾濫現象の話題と同じくらいの熱量で語られていた。


 幸い、そのうちの一人がSS(ダブル)だとは気づかれていないようだった。自分の仕事が減るのは良いことだ。


 支部の受付で探索者証を提示し、職員であることを証明するなり、すぐに三階へと案内され、今、目の前にいるのは。


「支部長の寒河江だ。こちらが今回の対象者、ランク(エス)沓掛くつかけとおる様と、同じくランク(エス)早乙女さおとめ澄江すみえ様だ」


 支部長と同じ長テーブルに付いていたのは、天使のような倒錯的な容貌の青年と、背筋の伸びた老婆。


 非常にわかりやすい容姿だ。これが屠殺天使と千手アルテミスだろう。


 手塚は軽く頭を下げ、早速仕事に掛かる。


「はじめまして、手塚都です。【誓約】の為に本部から参りました」


 日本で唯一、主にSS(ダブル)関連の機密事項の口止めの為に奔走する職員は、いつものようにスキルを展開した。

 お土産に古竜の肉貰えたらいいな、という雑念を抱きながら。


     ◇


 5月31日。12:14――2210番ダンジョン支部一階。


 三階の会議室内で控えていた職員の笹本は、ゲート前からの収束報告を受けると同時にエスカレーターを駆け下り、買い取り窓口に立った。

 この時間からはこの窓口が協会の最前線。増員が必要な部署となるためだ。


 程なく、最初の探索者が建物に入って来た。予想より早い。案の定、真っ直ぐこちらへ向かって来る。


「お疲れ様でし……た……?」


 笑顔で対応するつもりで顔を上げたが、目の前に立った二人組に声が掠れる。


 ライダースジャケットを来た目付きの悪い小柄な男と、バサバサと音を立てるサルエルパンツの美形。


 この美形は会議室のモニターで見た。青鎚あおつちだ。ならば連れの男は。

 ちらりと、小柄な男の耳を確認。ピアスいっぱい。


「ぎ……ぎん、様……?」

「あ? さっさと準備しろ。全部出すぞ」


 探索者証をカウンターの端末に翳しながら睨みつけて来る。


「ぜ……全部?」

「出せる物全部。古竜の肉、臓器、血液、何トンあるかはおまえらが量れ」


 トン。

 買い取り窓口で聞いたことのない単位。

 しかもやはり古竜。

 全部買えるのかと不安になる笹本の様子に気づいたらしく、銀剣ぎんつるぎが付け加える。


あかが迷惑かけて悪かったな……詫び料だ、全部協会に寄付する」


     ◇


 6月1日。18:05――駄菓子のうたげや前。


 店のシャッターを下ろす為に店先に出ていた店員の若者は、商店街の端の方から歩いてくる二人連れに気づき、店内にいた老店主に声を掛けた。


「店主殿、屠殺天使です」

「昨日の今日で?」


 老婆の姿の店主は颯爽と店内を移動し、外に出た。


「亨ちゃん、あんたダンジョンじゃないのかい?」


 ちょうど店の前に差し掛かった二人連れに、老店主が声を掛ける。

 これが昨日殺し合いをしていた者同士だとは想像もできないくらい、親しげに。


 話しかけられた方も、同じく涼しい顔で答える。


「今日のノルマ終わったから。楽器屋、まだ開いてる?」


 そういえば昨日も似たようなことを尋ねていた、と若者は店内に戻りながら思い出す。


 屠殺天使の連れは、荒事とは縁遠そうな和服の女性で、何かの楽器を背負っており、屠殺天使の隣で歩みを止めた。


 目が合ったことで軽く会釈を交わし、若者は店内に入った。


「七時までやってるよ。カドタ楽器に用だったのかい?」

「ギター買う」

「あんたの家、隣町だろう? こんな遠くまで来なくても他の店があるだろうに」

 

 開いたままの扉からは、外の会話の全てが店内に届く。閉店準備を進めながら店主と屠殺天使の遣り取りを聞いていた若者も、同じ疑問を抱いて思わず手を止める。


「近くの店、もうどこも僕にギター売ってくれない」

「どうして?」

「楽器を粗末に扱う奴に売る物なんかない、って言われた」


 一昨日の晩の喧騒は、この若者も二階の窓から眺めていた。

 ギター、というのが屠殺天使が奏でていた楽器だと若者は理解している。そしてそれを使って迷わず人を殴っていたことも知っている。


「ところでその別嬪さん、亨ちゃんの家に住んでるのかい?」


 無言で控えている連れの女性に目を遣り、店主が話題を変える。


「家は今、僕一人だから。部屋余ってるから胡蝶さん住める」

「あんた、確か実家にいるんじゃなかったかい……?」


 突然妙齢の女性を連れ帰って、家族は何も言わなかったのかが、店主は気になったらしい。


「僕のバイト代で新しい家買ったから、親はそっちに引っ越した」

「親孝行だね、亨ちゃん」


 バイト、というのはダンジョン探索のことを指しているようだ。


「僕、ごうきの焼き鳥食べたいから引っ越さなかった。だから胡蝶さんと二人暮らし」


 やはりこの天使は少々変わっている。


「ギター見るから、行く」


 ちらりと中空に目を遣り、【時計】を見たようだ。

 閉店時間を気にする程度の常識はあるらしい。

 店主もそれ以上引き止めるつもりはないらしく、追い払うように手を振る。


「ま、道具は大事に使いな」

「トライデントは人殴ったくらいで折れない」


 武器と楽器は違う。特にダンジョン深層で得た物の耐久性と比較してはいけない。その程度のことは、この時代に来て日の浅い若者にもわかる。


「ギターは人を殴れるように作られてないだろう? 殴る時は、殴る用の道具使いな」


 その前に、この時代では無闇に人に殴りかかってはいけないのではなかっただろうか。


「いらない。三十年誰も殴らなかったら遊んでくれるって、銀が約束してくれた」

「それはまた随分気の長い話だ」


 三十年。普通の人間にとっては長過ぎる年月。だが、店主達は違う。


「だから僕、三十年以内にSS(ダブル)になる」


 天使のような無邪気な笑顔を見せた後、屠殺天使は連れの和服の女性と共にカドタ楽器に姿を消した。


     ◇


 6月1日。8:10――2588番ダンジョン支部長室。


 予定通りに朝八時にダンジョンから退場した金棍きんこんは、査定部に大量のドロップ品を置いた後、支部長室にやって来た。


「おはよ、支部長! あれ、睡眠不足の状態異常出てんじゃん? 寝てないの?」

 

 ノックもせずに乱暴にドアを開け放ったSS(ダブル)は、勝手に部屋の中央の応接セットに腰を下ろしながら尋ねて来る。


「昨日の例の件の処理で徹夜ですよ」


 聞かなくともわかるだろう、と国見は苛立ちを隠せない。


「まだわかんないわけ? なんであいつが消えたか」

「ええ……改札を通らずに入出場はできないようになっていますし、改札の記録の改竄も不可能です。いったいどうやって出入りしたのか……」


 深い深い溜息を吐いた時、金棍がデスクに近寄って来た。


「これあげる、うちのイェンが作った栄養ドリンク。目、一気に覚めるよ」

「……貴女、まだ働けと仰るんですか」


 普通は、早く帰って休めとか言うのではなかろうか。労いの言葉一つない。

 デスクに置かれた小瓶を持ち上げ、中を透かして見る。真っ青な液体が揺れていた。

 これは本当に飲み物なのか。


「そりゃそうだよ。あんたにはきっちり吐いて貰わないと。たとえば、昨日なんで銀の代わりにくろが氾濫現象の対応してたのか、とかをさ」


 意地の悪い笑みを浮かべてデスクの向かい側で頬杖をつく金棍に真正面から見つめられ、国見は一瞬呼吸を忘れる。


「……何のお話でしょう」

「だめだめ、知ってんだよ? 私をこのダンジョンから絶対に出すな、って皆で言ってたでしょ」


 いったいどうやってダンジョンの中から職員の会話を聞いたのか。これだからSS(ダブル)は恐い。

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