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第90話 三叉戟と六弦の使い手 15

 5月31日。13:11――2210番ダンジョン支部三階、会議室。


「探索者協会2210番ダンジョン管制支部長の寒河江です。探索者ランク(エス)沓掛くつかけとおる様ですね」

「うん」


 支部長の寒河江は、椅子から今すぐ立ち上がってここから出たいと思った。

 支部長の自分が大仰な挨拶をしたというのに、それに対する返しが「うん」。


 だから屠殺天使の相手はしたくなかったというのに。


 気を取り直し、寒河江は咳払いをして話を続ける。


「ダンジョン外での攻撃魔法の使用、更に対人戦と、ランクSの特権の域を超えています」

「罰金?」

「ええ。五十万円です。それと、二週間の強制ダンジョン潜行。毎日十二時間、二週間連続で潜行していただきます」


 普通は潜行禁止なのだが、かなりの資産を持つランク(シングル)にとっては、しばらく潜れない程度は何の罰にもならない。


「……武器の没収は?」

「一つや二つ取り上げても、代わりの武器はいくらでもお持ちでしょう?」


 さすがに全部出せとは言えない。これも現実的ではないから今回は省かれた。


「それと。今回貴方と揉めた相手ですが……あれの素顔は国家機密です。更に、あれがこのエリアに出入りしていることも」


 支部長の向かいに座る屠殺天使は、よくわからないといった風に首を傾げる。


「見ればすぐにわかるのに?」

「……【看破】を持つ探索者は少ないんですよ。何も見えない、という理由だけであれの正体を正確に言い当てられるのは、貴方くらいです」


 本当に、なぜあれを赤槍せきそうだと特定できたのか。


「背の高いSS(ダブル)って言ったら赤槍。あと、さっき会ったのも、僕と身長あんまり変わらないから、銀剣ぎんつるぎだ」


 背格好の情報が広まっているのも問題かもしれない。寒河江は忘れずに本部への追加報告に加えるため、手元のタブレットに書き込む。


「よって、貴方には【誓約】を掛けさせていただきます。拒否権はありません」

「わかった」


 簡単に頷く。そこには何の感情も乗せられていない。

 屠殺天使が何を考えているのか、本当にわからない。


 この場は了承してくれたことを喜ぶべきだろう。屠殺天使は気分屋。嫌がる可能性もあったのだから。


 だが寒河江が息を吐いた時、屠殺天使が思い出したように呟いた。


「ばあちゃんも一緒? 聞いてたから」

「……は?」


 そういえば、千手アルテミスも結界の内側にいたな、と寒河江は思い出す。


 すぐにインカムで小声で職員を呼ぶ。


「……千手アルテミスをまだ帰すな、あれにも【誓約】が必要だ」


 屠殺天使との話はまだ終われない。つい先程、職員の久保田が余計な情報を仕入れてしまった。


「それから、貴方の眷属のことですが……」


 隣の支部から取り寄せた、屠殺天使が特定事象を終えた時の調書を手元のタブレットに読み込む。


 口数の少な過ぎる男から得られる情報に限りがあったらしい。そもそも屠殺天使と差し向かいで会話を続けたがる職員がいない。


 書かれているのは、江戸時代に着いたことと、槍の道場の前だったこと。そして連れ帰ったのが胡蝶と呼ばれる女性だったことのみ。まずこの名前も本名ではなさそうなのだが。


 昨年、1321番支部の沢渡が特定事象の強制終了を報告した時は他人事として考えていたが、まさか自分も似たような報告を本部に上げることになるとは。


 ストリートミュージシャンが、江戸時代の流しを連れて来る。そんな有り得ないことも起こる。

 これは下手をすると、協会に正確な報告をしていないだけで、イレギュラーな結果に終わった探索者が他にもいるのではないか。寒河江は背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。


     ◇


 5月31日。12:50――2210番ダンジョン支部一階、第二救護室。


 ひとまず赤槍と幼馴染のことは放っておこう、と久保田は決めた。

 一度覚悟を決めたのだから、またそのうち機会を見て赤槍は仕切り直すだろう。


 そもそも赤槍は自分が年下だということを気にしていたようだが、幼馴染のことを全くわかっていない。

 この幼馴染は、どちらかと言うと年下の男の方が好物なのだから。

 もっと早く一つ下だと言えば、幼馴染は喜んだはずだ。


 いやもうこの二人のことはいい。仕事をしよう。久保田は気を取り直し、笑みを絶やさない青鎚あおつちに声を掛ける。


あお様、一つお聞きしたいことがあるのですが」

「何ー?」


 先程は、ついつい素の口調で叫んでしまったが、青鎚は特に気にした様子もなく応える。多分、誰がどんな話し方をしていようが、全く興味がないのだろう。


「商店街の人間が、あれを面白半分に撮影していたのですが、何も映っていなかったと。あの結界にはどのような効果が?」


 赤槍と屠殺天使のあれは、確かに後でスロー再生でもしなければ何が起こっていたのか把握できないような、異常な高速戦闘だった。

 撮影したくなる気持ちもわからないではない。


 だが、いざ確認しようとすると、データが存在しなかった。


「ああ、あれ? 【電子干渉】使ったよー? 必要だったでしょ?」


 本部職員の浅井しか有している者がいない、特殊なスキル【電子干渉】。

 戦闘の役には立たないうえに、電子機器が使えないダンジョン内ではそもそも無意味なスキル。それでいて必要ポイントが五万という、取得したがる人間がほぼいないスキルだ。


 本部では情報流出を抑えるために必須のスキルだが、取得しているのは現在浅井のみ。

 そのため、新たなダンジョンが発生した際には真っ先に現地入りさせられる、誰よりも出張の多い職員として知られている。


「……【電子干渉】、お持ちなんですか」

「外歩いてるだけなのに知らない人からカメラ向けられるの、嫌でしょー? だから普段から使ってるんだよねー」

「……ああ、そうでしょうね」


 久保田は、青鎚の顔を見上げながら、しみじみと呟いた。

 普通の人間は、ただ外を歩いているだけで撮られたりしない。

 顔の良過ぎる人間には、特殊なスキルが必要となるような苦労があるらしい。


 だが今日初めて、最初に現場に現れたのが青鎚で良かったと感じた。今の今まで、何の役にも立っていない男だと思っていたが。

 久保田は心の中で深く謝罪した。


「それより、あかちゃんのケーキ、オレが預かってるんだけど、返した方がいいー?」


 現場から消えたケーキは、青鎚がちゃっかり確保していたらしい。

 おそらく、幼馴染を保護したあの時に、一緒にケーキも引き寄せていたのだろう。

 意外と気が利く。更に感心した久保田だったが、思い切りかぶりを振る。


 いや、違うだろ。

 あの場で真っ先に気にしなければならないのはケーキのことなんかじゃない。

 そもそも普通に止めに入っていれば、【電子干渉】も必要なかった。

 やはり使えない男だ、と久保田はつくづく感じる。

 SS(ダブル)には碌なものがいない。

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