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第89話 三叉戟と六弦の使い手 14

 5月31日。12:45――2210番ダンジョン支部一階、第二救護室。


 職員の久保田が入室すると、既に赤槍せきそうは目覚めており、傍らに立つ銀剣ぎんつるぎと盛大に何か怒鳴り合っている場面だった。


 銀剣の後ろには青鎚あおつち。微笑みながら二人の遣り取りを見守っている。どう考えても微笑ましい光景ではないにも関わらず、だ。


 更に入口の近くでは、久保田の幼馴染が困惑したように怒鳴り続ける二人の様子を見つめている。


 よし、もう少し後から出直そう。

 踵を返しかけた久保田だったが、幼馴染がその腕をしっかりと掴んだ。


「菜穂……あの小さい人、誰?」


 本当にすごいよ、あんた。

 久保田は顔が引き攣るのを感じた。


 銀剣を見た人間の誰もが抱く感想はそれだ。思ったより小柄、と。

 だがそれを実際に口にする者はいない。仮面の時は元より、素顔の時も。

 本人がそこにいるというのに、遠慮なくよく言えた。


 銀剣を崇拝する一部の人間達の考察では、銀剣の身長は166センチメートル。

 これは実際に銀剣を目にした探索者のスキル【測量】によりもたらされた情報だ。

 但し、そのスキルレベルはたったの1。銀剣を前にして急遽その場で取得したスキルだからだ。その目測が本当に正確なのかは誰にもわからない。


 銀剣の身長を測るためだけに貴重なスキルポイントを消費する。久保田には理解できない種類の人間だ。


 銀剣のファンだけが集まる専用掲示板で語られている内容は比較的正確で、身に付けていたアクセサリーのデザインについても言及されている。

 似たピアスを自作した強者や、イラストに起こしてアップしている者もいる。


 そう、何故か探索者の人気が高いのだ、この銀剣様は。

 衣装や所作でしかSS(ダブル)を判断する材料が無い中で、五人の中で一番人気。

 だから誰も言えない。小さい、なんて。


 仮面を外した銀剣を前にした場合、違う意味でやはり「小さい」とは言えない。顔や服装から、そんな暴言は吐きづらい。


 久保田はこの、スイーツと赤槍にしか興味の無い幼馴染に対し、本日何度目かの戦慄を覚える。


 実は裏掲示板で密かに、銀剣の履くブーツが怪しいと噂されており、靴を脱いだら実際の身長はもっと低いのでは、と銀剣のファンに知られたら半殺しにされかねない話もされているだが。


 今日初めて本物の銀剣を見た久保田も、さりげなく何度かそのブーツに目を遣り、シークレットブーツなのかを見極めようとしたのだが。

 今のところ、よくわからない。


 妙齢の男性にとってはかなりデリケートな問題と思われるため、久保田も不自然にならない程度にちらりと見るのが精一杯。

 それをこの幼馴染は。


「……ぎん様になんてこと言うの、あんたは」


 日本中のファンを敵に回す発言だ。


「え、だってあかくんより二十センチは……」


 そこは比べてはいけない、絶対に。赤槍は190近い長身だ。

 見た目にも華奢な銀剣と、見るからに筋肉質の赤槍。

 幼馴染の本来の好みはどちらかと言えば銀剣のような体型のはずだったのに、何故かこのでかい男に好意を抱くようになって十数年間。

 本当にいつまで続くのか、この馬鹿馬鹿しいラブコメは。


 本日何度目になるかわからない溜息を吐いた時、赤槍がベッドの上で正座し頭をシーツに擦り付けた。


「日曜からにしてほしいっす! 土曜は予定があるっす! お願いします、銀さん!」


 何だったか。明日から一ヶ月間、休み無しで潜行するという罰だったか。


 ダンジョンに潜行する以外は毎日フラフラしているとしか思えないSS(ダブル)達に、予定などあったのか。


「駄目に決まってんだろ。キャンセルしろ」

「まどかさんとお祭りに行くんすよ!」


 おい、そんな理由かよ。久保田は口の中で突っ込んだ。


「……え、キャンセル?」


 隣で幼馴染も呆然と呟く。

 あんたらのデート、中学生以下だな。久保田はまた口の中でだけ呟く。


「大体、祭りに行ったくれぇで何か変わるか? どうせおまえ何もできねぇだろ」


 そこは久保田も賛同する。多分、何も起こらない。


「そこをなんとか! 二ヶ月でも三ヶ月でも潜るっす! だから明後日だけは!」

「もう協会に話通しちまったから無理。祭りは来年行け」


 既に本部がその罰則を承認している。だが、開始日が一日二日ずれたとして、特に誰も気にはしないと思われる。

 久保田は、もういつからでも良いんじゃないか、と思う。


「ね、銀ちゃん。本人が三ヶ月潜るって言うんだから、そっちにしちゃえばー?」


 それまでただ微笑んでいるだけだった青鎚が、最低な提案をして来た。


 二日遅らせる代償として期間を三ヶ月に延ばす。いくら本人がそれを口にしたからといって、真に受けてどうする。


「おい、俺にもう一度頭下げて来いってのか……」

「そういうのが銀ちゃんの役目でしょー?」


 初耳だが、SS(ダブル)の間では役割分担がされているようだ。

 気になったので、久保田は一歩前に出る。


「あの……よろしいですか。チームの代表は、銀様ということで正式に登録させていただいて良いんでしょうか?」


 現在、チーム『仮面集団』の情報は、代表者欄が空欄のままとなっている。

 本人達の意向によるものだが、埋められるものならば項目は全て埋めてほしい。


 振り返った銀剣が嫌そうに顔を顰める。いや、恐いな、その顔。久保田は思わず後退りしそうになる。


「そうだよー? 銀ちゃんが一番年上で一番レベルも高いし」


 銀剣本人が何か言う前に、青鎚があっさりと認めた。


「歳はおまえも一緒だろ!」

「オレ、銀ちゃんのレベルに追いつく自信ないよー? 銀ちゃん真面目にレベル上げ過ぎー」


 年功序列と実力主義の両方の面で銀剣が代表に決定していたらしい。


「そんなもんで決めんな! 誰でも良いだろ! 一番若ぇ赤でも問題ねぇはずだ!」


 外見上、一番年嵩の赤槍が、実は最も年が若いとは知らなかった。彼等の年齢は非公開なので。


「赤ちゃんはレベルも一番下だよー?」

「俺のレベルが低いの、銀さんとあおさんのせいっす……初めて会った時、高校卒業するまで潜行禁止って言ったの二人っすよ……」


 赤槍のレベルが低い。世の中の誰も使わない表現だ。


「おまえが学校サボってダンジョンばっかり通ってるからだろうが! それに、禁止してたの、たったの半年だろ!」

「半年も潜らなかったら全然違うっす……きんさんは禁止されなかったのに……」


 突然昔の話を蒸し返してまた言い合いが始まった。


「金ちゃんはちゃんと大学にも顔出してたからねー」

「社会人と大学生、ずるいっす……」


 久保田は耳を塞ぎたくなった。

 SS(ダブル)が年齢の話をしている。これは機密事項ではなかろうか。一介の支部職員の自分が知って良い情報ではない。


「十四年も前の話持ち出してグズグズ言うんじゃねぇ!」


 待て。

 今、非常に大事なことを言わなかったか。

 久保田はゆっくりとその言葉を噛み締め、三回計算し直す。そしてそれに間違いが無いことを確認し、目を見開いた。


 更に。同じ衝撃を受けた人間がここにもう一人。


「え……その頃高校生って……あれ?」


 後ろに立つ幼馴染の顔面が蒼白になっている。


「あの……赤くん、うちに初めてケーキ買いに来た時、幾つだったの……?」


 その時になって漸く幼馴染の存在を思い出したらしい赤槍が泣きそうな表情になった。

 認識が変われば印象も変わる。不安そうな少年の顔のように見える。


「……初めてまどかさんに会った時、俺、十九っす……」

「だよな!? あんた、年下だったのか!」


 さすがに堪え切れず、久保田は叫んでいた。


 何度逆算しても同じ。赤槍は十八で探索者になり、その一年後にこの町に現れた。

 今と何一つ変わらない風貌で。


 つまりこの、SS(ダブル)の誰よりも老けて見える二十代後半のような顔は、十九歳のもの。


「……俺、十九で【不老】取ったから、ずっと見た目が十九のままで……初めて会った時からまどかさんはずっと素敵なお姉さんで……俺みたいなガキなんて、相手にしてくれないんじゃないかって……」


 大丈夫だ、赤槍。あんた、十九に見えない。

 幼馴染も自分も、赤槍のことを年上だとずっと信じていた。疑ったことも無かった。


「こんな俺だけど……ずっとまどかさんと一緒にいたいっす」


 年齢を知られたことで、突然何かの覚悟が決まったらしい赤槍は、俯きながらも言葉を紡ぐ。


「まどかさんが【不老】取るって言ってくれるなら、取れるようになるまで俺も協力するっす。……だから俺と、世界が終わるまで一緒にいてほしいっす!」


 再びシーツに顔を埋め、赤槍は強く言い切った。


「俺、まどかさんが好きっす!」


 そこまで一気に言い終え、赤槍は顔を上げた。

 上げて、そして切れ長の瞳が見開かれた。


「……え……赤くん、年下……年下……そっか、年下……」


 幼馴染は随分前から同じ言葉を繰り返し呟いている。虚ろな目で。

 今の赤槍のあれはプロポーズだったのだろうが、多分、幼馴染の耳には入っていない。


「……まどかちゃーん? 赤ちゃんの話、聞いてたー?」


 笑顔の青鎚が幼馴染の顔の前で掌を左右に揺らす。

 反応、無し。


「……年下……あれで年下……赤くん、年下……」


 幼馴染はまだ現実に戻って来ない。

 赤槍は赤槍で、十数年越しの覚悟が不発に終わったことで涙目になっている。

 確かにこういう表情は十代のそれだ、と久保田は冷静に見つめる。

 

 そんな二人を交互に眺めた後、銀剣は天を仰いで赤槍の肩に手を置いた。


「……俺と青は何も見なかったことにしてやる。ダンジョン、日曜からで良いぜ?」


 銀剣にも、人の心はあるらしい。プロポーズに失敗したことは秘密にして貰えるようだ。

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