第86話 三叉戟と六弦の使い手 11
5月31日。10:45――2588番ダンジョン十三階層。
ランクFしかいない階層に倒れ伏した探索者。その数、七名。
無傷の人間はあっと言う間にたった二人になっていた。
そのうちの一人は、次々に倒れる友人達を前にして、自分もすぐにこうなると半ば諦めの心境で立ち尽くしていた。
一分ほど前だったか。
ダンジョン中に響き渡る【拡声】を聞いたのは。
『非常事態発生! 非常事態発生! ランクE以下はダンジョン内から至急退避! ランクC以上は十一階層および十二階層へ急行! 正体不明の襲撃者により負傷者多数! ランクE以下の探索者を保護しダンジョン外へ退避!』
自分達はすぐに外に出なければならない、ということはわかった。
何か問題が起こっているらしいが、それが何なのかわからないがために、行動に迷いが出た。
ここから出るためには、何かが起こっている階層を通らなければならないことも、動きを鈍らせた。
問題が解消するまでここで待機するというのはどうだろう、と誰かが提案した。
皆で顔を見合わせ、その案を採用したのはつい数秒前。
最初に倒れたのは、上の階層への階段に一番近い場所にいた男。
そこから順に、皆が突然血を噴き出して倒れ始めた。
何かに襲われている、と気づいたのは前に立っていた友人の首から血が溢れ出した時だった。
協会が警告していた問題の何かが上から降りて来た、と思った時には友人の身体は足元にあった。
見えない。どこに逃げればいいのかもわからない。もうだめだ。そう思った時、自分の目の前に、金色の半透明のバリアのような物が突然現れた。
「え……何……」
そしてその金色の半透明の何かに弾かれる短刀のような物。
武器を持った人間が、目の前にいた?
その短刀もまたすぐに見えなくなり、代わりに高速で風を切る何かが近づく音が聞こえる。
音の方を振り返り、探索者は目を見開いた。
「……SS」
白っぽい仮面の女性が立っている。長い髪、ブルゾンに細身のパンツ姿。
そして。風を切っていたのは、片手で振り回す金色の武器。手元の柄から伸びた鎖の先の、突起が幾つも付いた球体。
そのボウリングで使用するような大きな球体から溢れ出る金色の光が、半透明のバリアの向こう側の何かに向かって放たれる。
「……!」
何かにぶつかったような小さな衝撃音がした。
相変わらず姿は見えない。
「………」
SSには正体が見えているのだろうか。
更に同じ場所に向かってもう一度魔法を飛ばす。
だが、目の前の何かに直撃すると思った瞬間に、それは霧散した。
理由はすぐにわかった。
倒れていたはずの友人の身体がそこに立っていたから。
自立しているのではなく、何かに無理矢理立たされているらしく、目は閉ざされたまま。
盾にされている。
だからSSは魔法をキャンセルするしか無かった。
悪辣だ、と思った。そして、モンスターではない、と気づく。
そんな卑怯な真似をするのは人間しかいない。
◇
5月31日。10:50――2588番ダンジョンゲート前。
転送装置から新たに探索者が戻る。
反射的にそちらへ目を向けた職員の町田は絶句する。
「……スケルトン」
スケルトンの魔術師達がぞろぞろと現れたからだ。
長めのローブを頭から被ってはいるが、剥き出しの顔には皮膚も肉もない。骨だけ。
両の手も骨。そんな魔術師達が総勢十名。
そして全員が、負傷した探索者に肩を貸して歩いている。
「………」
絵面として最悪にシュール。
町田は意識を飛ばしたい気持ちになったが、このダンジョンに金棍が潜行した瞬間から、もしかしたらこういう光景を目にすることもあるかもしれないと考えていたため、ぎりぎりのところで踏み止まれた。
言葉が通じるのかわからないが、魔術師の格好をしたスケルトン達に声を掛ける。
「ふ……負傷者はあちらへ運んでください!」
「………」
スケルトン達は無言のまま、町田の示した方向へ進路を変える。とりあえず従ってくれて良かった。
そうしてその一番後ろからは。
「……金棍」
仮面の女性がモーニングスターを振り回しながら出て来る。
なんでいつまでも武器を回しているんだ、この人。町田は顔が引き攣るのを感じた。
「………」
制服姿の町田を見つけると、空いている方の左手で手招きする。
「……何でしょう」
恐る恐る近寄ると、耳元で話しかけられた。
「逃げられた。先に出た奴の記録洗うように言っといて」
この世にSSから逃げられる人間などいるのだろうか。
理解が追いつかない町田の耳を引っ張り、金棍は更に続ける。
「あいつ人質取ったんだよ。人質抱えて転送装置使った。もう逃げたかもしれないけど改札通った記録で特定できるよね?」
「は、はい……!」
これだけの怪我人を出した犯罪者が地上に出ている。
大変だ、と町田はインカムで支部内を呼び出す。
呼び出しながら、被害者の数を数え直す。
全部で二十八人。重傷者十五人。大惨事だ。
すぐ真横ではまだ金棍が武器を回転させており、空気を切り裂く音が続いていた。
◇
5月31日。12:10――駄菓子のうたげや。
氾濫現象収束の放送はまだ流れない。
一度隣の洋菓子店の店主がウォーハンマーを抱えて顔を出したが、それ以降、来客は無し。
主の不在時の店番を任されている若者は、商品の補充や発注等で時間を潰していたが、それも全て終え、今はレジの前で弓の手入れをしていた。
主が連行される原因となった先程の騒動は、店の中からこっそりと眺めていた。
あの場に現れた仮面の男が対応しているのならば、氾濫現象は問題なく収束しそうではあるが、万が一ということもある。
備えは必要。
若者の持つ弓はこの時代に来てから主に与えられた物。
元々自分が使っていた得物は合戦の最中に失っていたからだ。
基本的な構造は八百年以上経っても変わっておらず、若者はここが日本なのだと実感する。
主に連れられ時間を超えて早二年。気の良い商店街の人々にはいとも簡単に受け入れられた。
とは言え、本当に八百三十年前から来たと信じている者はおらず、「ばあさんの孫」と呼ばれているのだが。
「重くん、いるかい? ばあさんもまだ戻らないし、うちで昼御飯食べなさい」
店先にまた、隣の洋菓子店の店主が現れる。
若者はしばし考え、弓を手にして立ち上がる。
「では戸締まりを終え次第、伺わせていただく」
「堅いなあ、重くんは」
長丁場になりそうだが、主のことだ、心配は無用。若者は休憩中の札を手に表に出る。
「しかし、赤くんはどうして屠殺天使と喧嘩してたんだい?」
「………」
若者もそこだけは理解できなかった為、答えに詰まる。
「あ、あの可愛い男の子が屠殺天使って呼ばれててね、鳥のモンスターを見つけると生け捕りにして生かしたまま解体するからなんだ」
なぜわざわざ生け捕りに。
「屠殺天使がいる時は、そのフロアは屠殺場って呼ばれてるよ。いくらモンスターとはいえ、残酷なことをするよね」
昼食前にそんな話を聞かされる。洋菓子店の店主に悪気はなさそうだが。
「コカトリスの羽根を毟ってたとか、部位ごとに肉を持ち帰ってたとか。本当に、どうして赤くん、喧嘩してたんだろう」
それはあの切れ長の瞳の男が戻ったら聞けばいい。
「あ、昼御飯、親子丼だけどアレルギーないよね?」
「ごさいません」
店主に続いて入った洋菓子店は、殺伐とした会話とは裏腹に、甘い香りが漂っている。
店主の妻に笑顔で迎え入れられ、若者は軽く会釈した。




