第85話 三叉戟と六弦の使い手 10
5月31日。10:43――2588番ダンジョンゲート前。
次々と、探索者が転送装置から吐き出される。
全員、負傷。
ふらつきながら改札を通過し、地面に座り込む。
ゲート前当番の町田は彼等を抱き起こしながらインカムで支部内を呼び出す。
「改札前、町田! 緊急事態です! 探索者六名負傷! まだ増えるかもしれません!」
意識はあるが、切り傷だらけの探索者達。彼等が口を揃えて語ったのは。
「探索者が探索者を襲ってます! 至急、【拡声】の許可ください!」
◇
5月31日。10:36――2588番ダンジョン十一階層。
一つ上の階で階層ボスを辛くも倒した大学生パーティ四人は、装備を点検しながら狭い通路を進んでいた。
大学のサークルで出会い、パーティを組むようになって一ヶ月。講義よりもダンジョンを優先し、先日ついに全員がランクFになった。
今日も全員、大学には行かず、朝からダンジョンに潜行している。
「十五階層まで行けるといいな」
「欲張り過ぎだって。十二時になったら一度出て昼飯食いに行こうぜ」
このダンジョンの十一階層の通路はモンスターが疎らに点在している。遭遇するのは三分に一度程度、と言われている。
実際、行く手にモンスターらしき姿は何一つ見えない。
だからといって油断してはいなかった。一つ階段を降りただけなのに、モンスターのレベルが十階層とは五つも違うのだから。
まだ自分達のレベルはたったの21。
そして十一階層のモンスターは平均20から25。
雑談しつつも、意識は四方に向けられていた。
否、向けられていたはずだった。
「でさあ、昼飯何にす……」
言葉が途切れた。
「……?」
不審に思い、後ろにいた仲間を何の気なしに振り返る。
「え……?」
仲間の首に短刀のような物が突きつけられているのを見たような気がした。
次の瞬間には、肩口を切りつけられた仲間が呻きながらその場に蹲っていた。
人型のモンスターがいる、と思った。
「気をつけろ! モンスターだ!」
肩を押さえる仲間を庇うように立ち、周囲を見渡すが、何もいない。
こんな低層に【隠形】や【気配希薄】のスキルを持つモンスターがいるはずはない。
なのに見えない。
刃物を持った何かは絶対にいるはずなのに。
「うわっ……!」
「ぐっ……!」
目を離したほんの一瞬で、他の二人も膝を折る。
何も見えないのに、何かの攻撃を受けて。
「うわあああっ……!」
何が起きているのか理解できず、恐怖から逃れるように、叫びながら手にした長剣を闇雲に振り回した。
その時、何か直感のようなものが働き、背後を振り返ると。
見えた。
黒っぽい覆面で口元を覆った人間の目元。
人型のモンスターではない。服を着ていた。暗い色の衣服を纏った人間に見えた。
そう認識した直後、腕が熱くなった。斬られた、と理解したのは腕から血が滴ったから。
ただ、人のような物はすぐにまた見えなくなった。
殺される。このままここにいたら、嬲り殺しにされる。
そんな気がした。
「お、おい……立てるか!? 逃げるぞ!」
苦痛に呻く仲間を立たせ、必死に階段を目指した。
早く早く、外へ。協会に知らせないと。
◇
5月31日。10:44――2210番ダンジョン支部一階。
赤くんと男の子を抱えた白衣のスケルトンの後ろから、菜穂と二人で一階ロビーに入った。
入れ違いに何人かが武器を手に走り出る。
私もダンジョンに向かいたいけど、今は二人をどこか寝かせられる場所に運ぶのが先。
「赤と屠殺天使、連行しました!」
菜穂がそう叫ぶと、受付カウンターの職員の人は片手で顔を覆った。
すごく迷惑そうな仕草。
って、それより。今、菜穂、屠殺天使って言った?
「ね、ねえ菜穂……この男の子、屠殺天使なの……?」
「あんた今更何言ってんの!」
知ってて当たり前、みたいな反応をされた。
いや、知らないでしょ、普通。この辺りにもよく来るとは聞いてたけど。
「あんた、本当にケーキと赤にしか興味ないんだね……」
呆れたように目を細め、眉間に手を当てる。菜穂のこういう仕草は珍しい。疲れてるのかも。
ほんの十五分の間に、なんだかいろいろあったし。
そういえば、赤くんの槍と屠殺天使の戟はどこに行ったんだろ。
うちの前からここに向かっていたときには、SSの後ろに浮かんでたはず。でもゲート前に着いた時には二人が寝かされていただけ。
「ね、菜穂。二人の武器ってどうしたの?」
まさか勝手に菜穂が没収?
「唐突だな、あんたは! 銀剣が持って行ったから紛失はしてません!」
「え!? あれ銀剣だったの!?」
銀剣。日本最強探索者。
写真撮れば良かった。
愕然とする私に、菜穂ががっくりと肩を落として呟く。
「……仮面被った男なんて、日本に三人しかいないでしょうよ」
「だって、銀剣って一番強いんでしょ? あとの四人のことはよく知らないけど」
菜穂が何か言いたげに目を見開いた。でもすぐに大きく深呼吸して、言いかけた言葉を飲み込む。
「……ほら、ついて行かないと赤を見失うよ」
顎で示された方を見ると、スケルトンは職員さんに案内されて奥の救護室の方に進んで行くところだった。
銀剣だったら悪いようにはしないはず。きっと赤くんも屠殺天使も寝てるだけだよね。
あれ、そういえば赤くん、買ったケーキどうしたんだろ。まさかうちの店の前に放置?
◇
5月31日。10:45――2210番ダンジョン支部三階。
「……支部長、青鎚の眷属が一階に来ました」
「なんでそんなものがここに……」
SSの眷属と言えばスケルトン。
白骨に気軽に支部内を彷徨かれたら、他の探索者が驚く。
「久保田の報告によると、回復魔法が使える眷属だそうです。救護要員として置いて行ってくれたのではないかと……」
「……せめて回復職だけは、もっとマシな見た目の眷属にならないのか」
骨に治療されて喜ぶ探索者は少ない。SSの信奉者は歓喜するだろうが、そんなものは少数派だ。
「赤槍と屠殺天使をついでに運んで来たそうです。ひとまず救護室に収容しますか?」
「あいつらはまだ寝てるのか……」
銀剣が見たこともない魔法を使っていたが、あれは一体何だったのか。
そもそも【状態異常無効】を持つ二人に効果のある魔法とは一体。
それにしても。
人手がいくらあっても足りない氾濫現象中にSSとSが眠ったまま。
起こす方法がわからない以上、放置するしかないのが口惜しい。
「ゲート前は変わりないか?」
今はあいつらのことよりも仕事。支部長は改札前と通信中の職員に呼びかける。
「商店街の人間が次々と潜行して行ってます。今のところ、負傷者はゼロです」
銀剣と青鎚の二人はこのダンジョンのコインを持っていない。一階層から順に下に向かっているはずだ。
核モンスターに遭遇するまで何時間かかるのかわからないため、万が一に備えて近隣の支部にも応援を頼んである。
「九年前は確か、古竜は百階層に転送されたんだったな」
「はい。SS潜行から収束まで二時間近くかかってます」
核モンスターが討伐されるまでの間、他の階層のモンスターを一般の探索者達で押し戻し続けなければならないというのに。二時間、耐えられるだろうか。
増援の要請について考えていた時だった。隣に立つ職員が叫んだ。
「支部長! 2588番ダンジョンにてコードN発令!」
「エヌ……? 2588って、今確か……」
「はい! 金棍が潜行中のダンジョンです!」
またあいつら絡みで問題が起きたのか、と支部長は溜息を吐きかけ、だがすぐにコード名を思い出す。
「コードN……原因不明の、急を要する不測の事態……?」
原因不明、というのが実はダンジョンではほぼ存在しない。ダンジョン内で起こることは全て、仮にそれが初めての目にするものであっても「ダンジョンだから」で片付く。
また、それが探索者が引き起こすトラブルだった場合には、コードHの名で呼ぶ。
つい数十分前に、この支部から全国に発令したのもコードHだ。危険度は該当の探索者のランクに応じて設定されており、今回は最高位のレベルSSで発信した。
もし金棍が何かを仕出かしたのならば、コードはHになる。
つまり。
「……金棍がいるダンジョンで、金棍とは関係の無い何かが起こっているだと?」
2588番支部長は、自分の同期の国見だ。悪いが今ここは氾濫現象で手一杯。余計なことを考えている余裕は無い。
支部長は軽く首を振り、声を張り上げる。
「よそのことは本部に任せろ! うちは氾濫現象に集中! 2197番にも増援要請を出せ!」




