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第84話 三叉戟と六弦の使い手 9

 5月31日。10:42――駄菓子のうたげや前。


「おじさん達、正直に言って。動画は? 写真は?」


 うちの店の前に張られていた結界の周りでずっとあかくんと男の子の喧嘩を見ていた、他の店のおじさん達に詰め寄ると、思いもよらない答えが戻って来た。


「それがね、まどかちゃん。撮影できなかったんだよ」

「できない?」


 結界の内側の光景は外から丸見え。撮り放題だったはずなのに。


「撮ったはずなのに、何も映ってないんだよ。壊れたのかなあ」


 他のおじさんも一様に首を傾げながら、それぞれスマホのデータを確認してる。

 何それ、恐い。

 でも、赤くんが大暴れした証拠が残ってないなら、後から何を聞かれても誤魔化せる。

 赤くんのあのカッコいい武器が没収されるかと思うと気が気じゃなかったけど、一安心。


 ほっと息を吐いた時、商店街に設置されている、探索者協会の専用通信スピーカーからサイレンが鳴った。


「え!? 氾濫現象!?」


 商店街内にいる戦えない人は避難、探索者資格を持つ人はダンジョンへ。

 そう促すアナウンスが続く。


「ついにここにも来たか! 俺達の町を守るぞ!」


 まず店を守ろうか、おじさん達。

 協会との約束で、氾濫現象が発生した時は、万が一に備えて店の前で待機って決まっているのに。


 血の気の多いおじさん達はそれぞれ自分の店に取って返すと、愛用の武器を持って戻って来た。


 って、赤くんはまだ気絶したままなんじゃないの?

 安全なところに連れて行って貰えたのか不安になる。


 私もすぐに店に駆け込んだ。


「お父さん! 私、ダンジョンに行く! お父さんは店守ってね!」


 反論させない為に一気に告げて、店の隅に置いてある薙刀を掴む。


 昔は店先に物騒な物を飾るのはどうかと思ってたんだけど。

 いつか来る氾濫現象のことを考えたらすぐ手の届く所に置いておくのが正解だって思い直して、何年か前から私の薙刀もお父さんのウォーハンマーの隣に並べるようになった。


 赤くんから貰った、赤くんの槍と似た色味の赤い薙刀だ。


 店に入るなりそれに気づいて、赤くんは微笑んでたっけ。

 今思い出しても、あの時の赤くんの顔は可愛いかった。


 外に出ると、サイレンを聞きつけて他の店からも人が走り出していた。


 とにかく今は赤くんを逃がすのが先。

 そう思って辿り着いたゲート前。


 仮面男が二人に増えてた。


     ◇


 5月31日。10:42――2210番ダンジョン前。


 青鎚あおつちがどこかに電話をしている間、千手アルテミスと呼ばれる老婆は久保田の手を振り切り、素早く改札に駆け込んだ。


 迷いがないのは探索者として褒めて良いが。

 久保田の見間違いでなければ、目が輝いていた。

 暴れ足りなかったからダンジョンに飛び込んだとしか思えない。


 いろいろと問題のあるばあさんだが、あれでもランク(シングル)。心配はいらないだろう。


「久保田さん。もうすぐ本部から正式発表があると思うけどー」


 通話を終えた青鎚が自分の方を見ながらのほほんとした笑顔で説明し始める。

 あんたはもっと緊張感をかもし出せよ、と久保田は怒鳴り出したい気持ちになる。


「赤ちゃんと屠殺天使がこんな近くで魔力を大放出したから、ダンジョン刺激されちゃったんだってー」


 のんびりと語るせいで一瞬聞き流しそうになるが、大事ではないか。


「本部長の勘だけど、核は古竜かもー」


 日本ではまだ九年前にたった一度しか出現していない脅威。


「ってことでー、オレとぎんちゃんの二人で行くねー。前は五人がかりでどうにかしたけど、二人で大丈夫かなー?」


 とても不安を抱いているとは思えない口調で、傍らの銀剣ぎんつるぎに問いかけた。


「……問題ねぇ。行くぞ」


 初めて銀剣が口を開いた。思わずそちらを見た久保田だったが、仮面を着けたままのため、その表情を窺い知ることはできない。

 すぐに視線を青鎚に戻した。


 そして久保田は絶句する。


 いつ着替えた。

 目を離した一瞬で、青鎚は背面だけを長めに仕立てたフロックコートの裾を靡かせて立っていた。

 顔には銀剣と同じ仮面。手には青藍のメイス。


「紫の武器出たら俺に寄越せ」

「銀ちゃん、そんなに都合良く紫紺のなんて出ないよー?」


 入る前からドロップの分配の話。久保田は脱力しそうだった。


「じゃ、赤ちゃんと屠殺天使、よろしくねー」


 改札前の地面に転がされた二人を久保田がちらりと見た時には、大剣を手にした銀剣は既に改札に右手の探索者証を翳しており、青鎚もそれに続いていた。


     ◇


 5月31日。10:42――2210番ダンジョン支部三階。


 再び鳴り響く警報に、支部長の寒河江は会議室の職員を振り返る。


「今度はどこだ!?」


 職員は青褪め、小さく呟いた。


「……2210。……ここです」


 そんなことは有り得ない。ここは赤槍せきそうの根拠地だ。

 世界中で、SS(ダブル)が頻繁に潜るダンジョンだけは絶対に安全だとされている。


 それゆえに、この支部での氾濫現象発生時に備えた訓練は、他の支部ほど時間をいてはいない。


「ダンジョン内の【拡声】完了! 商店街に緊急放送開始! ダンジョン半径三百メートル以内の一般人退去開始!」

「現在ダンジョン内はランクB十名、ランクC五名、ランクD八名、ランクE三名! ランクAおよびランク(シングル)は潜行していません!」


 支部長の不安をよそに、職員達は淀みなく報告を続ける。


「いえ! 今、千手アルテミスが改札を通過!」

「銀剣と青鎚の潜行も記録されました!」


 その言葉に支部長は眉をひそめる。

 先に氾濫した七箇所には一人ずつしか派遣しなかったSS(ダブル)が、ここには二人で潜行。

 更なる氾濫現象に備えて金棍きんこんを温存した連中が、ここでナンバー1とナンバー2の実力者二人を投入。


「何が起こって……」

「支部長! 本部から全支部に声明! あの二人の魔力でダンジョンが活性化! 更に青鎚の結界と銀剣の転移が駄目押し! 古竜が出ると!」


 つまり。

 全部、SS(ダブル)のせい。


     ◇


 5月31日。10:43――2210番ダンジョン前。


 仮面の一人が菜穂に何かを話しかけた後、すぐに二人揃って一階層に飛んで入って行った。


 赤くんと男の子は、地べたに寝かされてるし。


「菜穂! 今のって……」

「あー……うん、まあ、そういうこともあるよね」


 菜穂らしくない歯切れの悪さ。


「それより赤くんだよ! 早くここから離れないと!」


 この大音量の中でも目を覚まさないって、どんな魔法を使われたの、これ。

 寝顔が幼くて可愛いとか言ってる場合じゃない。

 私の力じゃ赤くんが持ち上がるはずもないし。


 困っていたら、誰かに肩を軽く三回叩かれた。振り返ると。


「………」

「………」


 眼窩に穴の空いた頭蓋骨がこちらを見下ろしていた。

 スケルトンが二体。何故かワイシャツにネクタイを締めて、白衣を着てる。


 固まる私に、スケルトンが右の手首を見せる。


「……探索者証……眷属?」


 探索者証を巻いているモンスターは、誰かの眷属。


 私の呟きに無言で頷くと、それぞれ赤くんと男の子を横抱きにする。


「なんでお姫様抱っこよ……」


 菜穂の突っ込みで私も我に返った。

 支部に向かってしっかりとした足取りで進むスケルトンの後を追う。


 スケルトンの眷属。そんな趣味の悪い仲間を持つのは、日本中探してもSS(ダブル)だけ。

 きっとさっき潜行した二人が残して行ってくれたんだろうけど。でもなんで白衣なの。

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