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第81話 三叉戟と六弦の使い手 6

 5月31日。10:35――駄菓子のうたげや前。


 気がついたら、目の前に菜穂がいた。

 ついでに、知らない男の人も。


 その知らない男性がにこやかに話しかけて来る。


「まどかちゃん? 初めましてー、あかちゃんのチームメイトのあおでーす」

「あ、いつも赤くんにはご贔屓にしてもらってます」


 初めて見た。本当にチームに入ってたんだ、赤くん。

 しかも若い。チームのメンバーが【不老】を取ってるとしたら、やっぱり赤くんも。


「待って、まどか。挨拶とかしてる場合じゃないから! っていうか、青様の顔見て何の反応もしないの失礼だから!」


 顔、と言われて気付いた。おお、凄い美形だ。


「……あんたの審美眼、本当にどうなってんのよ」


 一拍遅れて驚いた私に、小さく菜穂が何か言ったみたいだけど、赤くんのお友達を無視するわけにはいかない。

 私も精一杯愛想笑いを浮かべて応じておく。


「怪我する前に離脱できて良かったねー。ま、後はのんびりここで見ててねー?」


 何を、と思ったところで思い出す。赤くんがあんなに殺気立つってどういうこと。


 慌てて後ろを振り返る。

 

 今まさに。青い半透明のドームの中、可愛い男の子が水竜巻を赤くんに向かって放つところだった。


「あ、危な……!」


 どう見ても高位の水魔法。あんなの当たったら赤くんが吹き飛ばされる。


「大丈夫だよー」


 目の前の光景とは裏腹に、後ろの男性の声に焦りは一切ない。


 実際、水竜巻は赤くんには当たらなかった。

 赤くんの手前で、全部止まったから。

 何かの壁にぶつかったように、水が流れ落ちて行く。


「赤ちゃん、重力増し増しにするの得意なんだよねー」


 マシマシ、って何。


 その疑問を口にする暇はない。

 竜巻の一本は澄江おばあちゃんに向かっていた。


 お年寄りになんてことをするんだと思ったけど、おばあちゃんは動じることなく二本の矢を放っていた。

 一本は正確に水竜巻の軌道を変え、もう一本は男の子の首元へ。


 待って、おばあちゃん。なんで迷いもなく人に向かって弓を射れるの。


 男の子はそれを予想していたようで、軽く身体を反転させることで避けたけれど。


 避けたことで男の子は赤くんから目を離した。

 それを見過ごすほど赤くんは優しくはないらしい。


 赤くんの手から紅緋の光の渦がいくつも飛び出し、男の子を取り囲むように全方位から襲いかかっている。


 すご。カッコいい。

 何の魔法かわかんないけどカッコいい。


 男の子は両手で防御姿勢を取った。直後に、男の子の周囲で大爆発。

 普通なら即死だと思う。

 でも煙の中に、両手を動かすシルエットが見えた。良かった、生きてる。

 赤くんが殺人犯にならなくて、本当に良かった。


 って言うか、さっきから三人共、殺す気で攻撃してない? 何考えてるの。


     ◇


 5月31日。10:36――2588番ダンジョンゲート前。


 本日のゲート当番の町田は、全神経をインカムから聞こえる音声に集中していた。

 ビルの中にいれば、中継映像も観られたのに。

 SS(ダブル)と最凶(シングル)の決闘なんて、多分この先三十年くらい起こらない珍事だ。

 誰か気を利かせて録画しておいてくれないだろうか。


『改札前は変わりないか?』


 全国中継の音声が、突然、支部内無線に切り替わり、先輩職員が話しかけて来る。


「はい! 金棍きんこんはずっと中です! 動きはありません!」


 支部長達の会話も聞いていた町田は、何があっても金棍を外に出してはならないことは承知していた。


 今頃404番支部は如何にして銀剣ぎんつるぎを外に連れ出すかで頭を悩ませているだろうが、こちらはこちらで金棍を出さないよう固唾を呑んでゲート前を注視している。


 もっとも一度潜行したSS(ダブル)はよほどのことがない限り、翌朝まで出て来ない。

 町田はちらりとゲートを見つめ、平時と変わらぬ改札の様子に再び中継音声に耳を傾けた。


     ◇


 5月31日。10:36――加賀美洋菓子店前。


 屠殺天使の名で呼ばれる青年は、肩で息をしながら、長身の男を睨みつけた。


 相手との距離は一メートルもない。

 あえて遠距離用の魔法を至近距離で放ったが、相手は物ともせずに対応した。

 それどころか、相手はもっと攻撃力の高い魔法を撃って来た。

 直感を信じて防御魔法を纏ったが、全身に軽度の火傷。守りに徹したのに防ぎ切れなかった。


 最高だ、と屠殺天使は舌舐めずりをする。

 ダンジョン深層よりも興奮する。今夜はいつもより良い気分で歌えそうだ。


 それにしても、このバカでかい男は一体何なのか。初対面のはずなのに人を本気で殺そうとしている。


 ふと、さっきまでいた女のセリフを思い出す。


「……あんた、赤って呼ばれてた?」

「それが何すか」


 感情の読み取れない声。

 残念、好きな部類の声質なのに。仲良くなれそうにない、と屠殺天使は思う。


 握手して仲直り、は絶対に無理だろう。

 和解の提案の代わりに屠殺天使が出したのは、愛用のトライデント。鋭い三叉の刃を有する戟。


 予備動作無しで相手に突き付けたが、素手で先端を掴まれた。


「……ねぇ、槍出して」


 相手の切れ長の瞳が怪訝そうに細められる。


「あんた、赤槍せきそうだ。僕の【看破】でステータスが何も見えない。そんなのSS(ダブル)しかいない」


 初めて相手が動揺したようだった。

 その隙にトライデントを手元に引き戻す。


「……いいっすよ、先に武器出したのはそっちっす」


 言うなり右手に現れる、全てが赤い大身槍。

 圧倒されるような膨大な魔力が槍から吹き出した。


     ◇


 5月31日。10:37――2210番ダンジョン支部三階。


「嘘だろ!? バレた!?」


 スキルによる【中継】は、別の職員の【集音】の力も借りることで、音声も余すことなく拾っていた。


 結果。

 屠殺天使の発言もはっきりと聞き取れた。


 全支部と、本部にも流している映像だというのに。


 支部長の寒河江は「終わった……俺の首飛ぶ」と口の中で呟いた。


「今の……商店街の人間にも聞こえたと思うか?」

青鎚あおつちの結界で音もかなり吸収されてるとは思いますが……」


 会議室内の職員の一人が答えてくれる。


 先程の大爆発も、本来ならば商店街の半分が吹き飛ぶような魔法だった。

 さすがに赤槍の力では青鎚の結界を破ることは出来なかったようだが。


 それ以前に、屠殺天使の使った技も、建物の三、四軒を半壊させるような威力があったはず。


 こいつらは町を破壊する気なのか。周りをよく見ろと言いたい。


「あれが赤槍の……武器レベルが千を超えてるって噂の……」


 実際に見る機会など殆どない、赤槍の主武器。

 映像の中のそれに、職員達から感嘆の息が漏れる。


 構えただけでもう何かやばいオーラが出ている。振り回したら何が起こるのか、考えたくもない。


「……青鎚は、赤槍よりレベルが上なんだよな?」


 結界、大丈夫だろうか。


「……SS(ダブル)で最弱なのが赤槍らしいんで、多分」


 RPGでよく見る敵の四天王の一番手のような言い方をするな、と寒河江は思ったが、口には出さなかった。

 ここでの発言は本部長も聞いているからだ。


 そんな折、通信に飛び込んで来る興奮した声。


『404番支部です! ダンジョンには黒太刀くろたちが代理で潜行しました! 銀剣が向かいます!』


 数分前の、銀剣の根拠地の支部長の言葉が脳裏をよぎる。

 いや、来なくていい。もっと酷いことになる。



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