第80話 三叉戟と六弦の使い手 5
5月31日。10:34――2210番ダンジョン支部三階。
「支部長! うたげやの前に宮本が着きました! 【中継】開始します!」
会議室内に飛び込んだ職員が、スキル【中継】で、現地の職員が送信する映像を部屋の中央に映し出す。
「ドローンがあれば簡単だったのに……」
「ダンジョンの外の監視なんか想定してないよ……」
本来ならば、ダンジョン外の出来事は自分達の与り知らぬこと。映像を送信する機器の用意など、あるはずがない。
現場に居合せた久保田からの連絡で、即座に全国の支部に通達を出し、偶然にも2657番支部で前日予約中だった青鎚を発見。
SS達は、仲間の現在地を把握するスキルがあるらしく、青鎚はすぐに赤槍のいる商店街内に【転移】した。
これで一安心、と思ったのも束の間、1017番ダンジョンの支部長、高瀬から通信が入った。
曰く。青鎚は騒動をただ鎮めるような素直な人間ではない。騒ぎを大きくする恐れすらある。せめて銀剣を呼び寄せるべき、と。
青鎚の根拠地の支部長からの進言だ。迷わず銀剣を探したが、彼は現在ダンジョン潜行中。
潜行中のSSというのは、言い換えれば氾濫現象に備えて待機中の状態だ。
こんな馬鹿げた騒ぎに駆り出して、どこかで氾濫現象が発生した場合、対処できる人間がいなくなってしまう。
ならば他のSSは、と考えた時、ネットワーク上で経緯を把握していた3102番の支部長が発言した。
間違っても金棍にだけは情報を漏らすな、と。
あれは青鎚どころではない。商店街が跡形も無く破壊されるかもしれない。
絶対に金棍には気づかれるなと念を押された。
根拠地の支部長達にこんな評価をされている青鎚と金棍は、普段一体何をやらかしているのか。
うちは赤槍で良かった、としみじみと感じた。
が、すぐに、現在進行形で全国の支部を巻き込む大騒動を引き起こしているのがその赤槍なのだと思い出し項垂れる。
となると、残るは黒太刀なのだが。
最後の最後に、1415番の支部長が、重い口を開いた。
あれは役に立たない。
興味の無いことには動かない。既に青鎚が向かったと知れば尚更。
青鎚に任せておけばいい、と動こうとすらしないだろう、と。
碌なのがいないな、SS。
2210番の支部長、寒河江猛は、増援を諦めざるを得なかった。
そして今。
もはや自分達にできることは、この商店街への出入りを制限することだけと知り、職員総出で商店街の両端に結界を張ることに注力している。
映し出された映像には、赤槍と屠殺天使、更に。
「……待て。どうして澄江さんまで参加してる」
「……千手アルテミスの店の前ですから。そういうこともあるかと」
二人だけでも大変な状態だというのに、何故あの元気過ぎる老女まで。
「……青鎚は何をしているんだ」
「あそこで観戦中です」
高瀬の言うとおりだった。すぐに止めに入ることもできるはずなのに、何故楽しそうに眺めているのか。
「……なんとか、銀剣を呼び出す方法はないか?」
もはや、頼れるのはリーダー格の貴公子のみ。
その言葉を拾った3854番の支部長が、言いづらそうに小さく話し出す。
『……すまない、寒河江。あれは本当は貴公子なんかじゃない。呼んだら呼んだで、全員を殴り倒すことで解決を図るような輩だ』
本当に、碌なのがいないな。
◇
5月31日。10:36――404番ダンジョン一階層。
ロングスカートの、ダンジョン探索に向かない装いで入場した女性の後ろに控える職員の栗原は、ひどく落ち着かない様子で周囲を見回した。
木曜の午前中に一階層に入る探索者はほぼいないが、万が一があってはならない。目撃者が出ないよう、近づく人間をそれとなく別の場所へ誘導するのが役目だった。
もっともそれは口実で、実際は支部長から直々に、「探索者協会始まって以来の危機だから、成り行きを全部見守って報告しろ」とのお達しがあったからここまで着いて来たのだが。
現在、日本の小さな町の寂れた商店街で、赤槍と屠殺天使が人目も憚らずに決闘を始めようとしている。
リアルタイムで全国の支部に状況が伝えられ、収拾に向かったはずの青鎚が何の役にも立っていないことまではわかっている。
支部長達が最後の砦としたのが、今このダンジョン内にいる銀剣だということも、正しく把握している。
正直誰もが迷った。
彼がここを離れたら、氾濫現象が発生した場合どうするのか。
そもそも今何階層にいるのかもわからない銀剣にどうやってこのことを伝えれば良いのか。
奥の手の【拡声】で全階層に向けて語りかけるという方法はある。
ただそれを実行してしまうと、現在ダンジョン内にいる他の探索者にも全部丸聞こえ。ここに銀剣がいることも、どこか遠くの町であり得ない騒ぎが起こっていることも知られてしまう。
そんな時だった。
受付の前にふらりと一人の女性が立ったのは。
「中にいる銀と少し話したい」
黒太刀だった。
SS達は【念話】がある。
同じダンジョン内に足を踏み入れさえすれば、相手が何階層にいようと会話が可能。
インカムで全支部の通信を聞いていた受付の担当者は、最速で入場手続きを行った。救世主を見るような目で。
そして、一階層に足を踏み入れ、黒太刀は静かに語り掛け始めた。
相手の反応は残念ながら栗原には聞こえないので、ただ黒太刀の言葉から会話の内容を推測するのみだが。
「……青から伝言だ。手に余るから早く来てくれ、時間稼ぎはしておく、と」
ただ見物しているだけの状態は時間稼ぎに含まれるのだろうか、と栗原は疑問に思う。
「銀の代わりに私がここに潜る。すぐに上がって来てほしい。転送装置のある階層まで何分かかる?」
SSの【転移】は、外の世界でだけ有効だ。ダンジョン内では使えない。上に戻るには、五階層毎に存在する転送装置を使うのが最も早い。
「それと、着替えはするな。屠殺天使はあれで楠木の次にレベルの高いSだ。無名のSが手玉に取るのはまずい。仮面は付けたままで行け、と楠木から命令が出ている」
相手の返答を待つ、しばしの間の後。
「銀はただ立っているだけでロマンがあるから、だそうだ。詳しいことは後で楠木に聞くといい。それから、どんなに面倒でも、絶対に殴りかかるな。殴って終わらせるのだけは駄目だと言っていた」
先に釘を刺しておかないと殴るのか、銀剣は。栗原は自身の抱くイメージと合致しなかったことで、軽く首を傾げた。
「では、転送装置の前で待っている」
そう言い終え、黒太刀は踵を返す。
慌てて栗原もその背を追う。
転送装置の前で待つこと数秒。現れた男は大声で叫んだ。
「あいつら何やってやがる! 目が合ったからやり合うって、散歩中の犬か!? クソが!」
栗原の中で、銀剣に対し抱いていたイメージの全てが一瞬で崩壊した。




