第79話 三叉戟と六弦の使い手 4
5月31日。10:31――加賀美洋菓子店前。
この子、と呼ばれたことで男の子も立ち止まり、こっちを見ている。
「昨夜の歌良かったよ、また来てね」
話し掛けても返事がない。無言。
ああこれ、コミュ障ってやつかも。
そんなことを考えていたら。真後ろから尋常じゃない殺気。
足がガクガクと震え出すくらいの。
後ろにいるのは赤くんだけなのに。
赤くんってこんな怖い人だった?
振り返って今すぐやめてとお願いしたいのに、身体が全然動かない。
「……ねえ、僕に喧嘩売ってる?」
やっと目の前の男の子が口を開いたと思ったら、こっちも同じように殺気を向けている。
なんでこの二人、いきなり険悪なの。
「売らないっすよ……?」
「ふぅん?」
私を挟んで睨み合うの何でかな。私、離れた方がいい?
と。
目の前の男の子の気配が変わり、周囲で幾つもの水竜巻が発生。
男の子の両手と両腕に蛇のように絡みつきながら威力を増し続ける。
男の子が出した高レベルの【水魔法】だとすぐにわかった。
これ、マックスまで威力上がったら赤くん目掛けて飛んでくるやつだ。
昨夜のあれを見ていたからわかる。この子、喧嘩を売られたと思ったら、問答無用で自分から先に手を出すタイプ。
「ここ、ダンジョンの外っすよ?」
冷や汗が額を伝い始めるなか、後ろから赤くんの冷静な声が響く。
いつもの三倍増しの低音。格好いい。
そんな赤くんからも、何かとてつもなく大きな魔力を感じる。
同じように何かを打ち出す寸前なのかもしれないけれど、振り返る事ができないせいで、何が起こっているのかわからない。
「あんたたち、大の大人が商店街で何やってんだい」
固まる私の横合いから、張りのある声が掛かる。
「澄江おばあちゃん……」
見れば、駄菓子屋の前に澄江おばあちゃんと、何故か菜穂がいる。
菜穂はスマホ片手に青い顔で震えながら何か必死に喋ってる。
一方でおばあちゃんは仁王立ち。手には愛用の弓矢。おばあちゃんまで何持ち出してるの。
「あたしの大事な街で暴れるってんなら、こっちも黙ってないよ。覚悟しな」
言い終わるより先にもうおばあちゃんは矢をつがえている。
その数、二本。赤くんと男の子を同時に狙うつもりの構え。
「このでかいのと僕の問題。ばあちゃんもやるって言うなら容赦しない」
矢を向けられているのに、男の子は平然と腕を上げ、たくさんある水竜巻のうちの一つの狙いをおばあちゃんの方に変える。
何でこんなことになった。
◇
5月31日。10:33――駄菓子のうたげや前。
三種の巨大な魔力の奔流に包まれる商店街で、久保田は目眩がしそうだった。
おばあちゃんまで何をしているんだ。
止めに入ったと思ったら一緒になって睨み合っている。
ここはダンジョンの外。SS一人とS二人が三つ巴の勝負をして良い場所じゃない。
探索者同士の喧嘩はご法度。
武器の没収と一ヶ月の潜行禁止、罰金最低十五万。
だが、と久保田は思う。
赤槍の武器は、確か、九年前に出た古竜からのドロップ品。安易に取り上げて良い代物ではない。
それどころか、SSの一人が一ヶ月も潜行できなかったら日本が滅びる。
本当に、何考えてんだ、あんたら。
「あれ、赤くんじゃないか」
「ばあさんまで弓持ち出してるぞ」
「おいおい、あの可愛いの、もしかして屠殺天使じゃ……」
異常な魔力を感知し、周囲の店から次々に人が飛び出して来た。
終わった。もう隠蔽とか無理。
がっくりと肩を落とす久保田の横。突然空間が歪み、人が一人吐き出される。
「オレ、こういうの向いてないんだよねー。なんで銀ちゃんが潜行してて連絡つかない時にやるかなー?」
のんびりした口調に、顔を上げると。
見たこともない美形が立っていた。
外見年齢二十代前半。右側の前髪だけが極端に長い。
サルエルパンツに丈の短いジャケット姿。
間違いない、この人は。
「ご……ご足労いただき申し訳ございません、青様!」
深々と頭を下げる久保田へ視線を向け、青鎚は微笑む。
「通報してくれた職員の人ー? 教えてくれてありがとー」
「い、いえ……」
顔が良過ぎる。直視できない。
久保田はつい視線を逸らす。逸らした先で目に入ったのは怪獣大戦争一歩手前の現状。
「あ、あの……青様」
呑気に挨拶などしている場合ではないことを思い出した久保田を、青鎚は片手で制する。
「ところで、これどういう状況ー? オレ、赤ちゃんと屠殺天使がやり合ってるって聞いたんだけど、あそこにいるのって千手アルテミスー?」
「は、はい! ここ、千手アルテミスの店なので! 仲裁に出て来た、と思うんですが……」
実質、SS達の中でナンバー2の実力の持ち主と目される青鎚ならば、Sが一人増えたくらい問題にはならないと思われる。
期待する久保田に、青鎚は顎に手を当て少し考えた後、再び笑顔を見せた。
「建物に被害が出なければ、三人でケンカしても大丈夫だよねー? 気が済むまでやらせる、ってどう?」
何言ってんだこいつ。久保田の頬が引き攣る。
「青様、人目があるので、あまり堂々と高ランクの探索者が暴れ回るのはさすがに……」
最悪、赤槍のランクもSだと言い張れば良いが、それでもS三人が往来で喧嘩した、というのは外聞が悪い。
しかもここは協会支部の目と鼻の先。知らなかったで押し通すには無理がある。わかっていて止めなかった、となると支部長の首が飛ぶ。自分の首も飛ぶ。
「もう無理じゃなーい? ギャラリーどんどん増えてるしー?」
ギャラリー、と指し示す方を見やると。
「二つ名持ち二人か! 誰が勝つか賭けるか?」
「赤くんも、二つ名はないけどSだろ?」
商店街の面々が遠巻きに見物体制に入っていた。
おっちゃん達、止めろよ。っていうか避難しろよ、こいつらSなんだから。
久保田は心の中で悪態をつく。
「とりあえずー……」
青鎚が右掌の上に青藍の球状の光を作り出す。
腕を前に伸ばすと、光の球体はゆっくりと手から離れ、問題の三人の方へ向かい。
一瞬にして三人の周囲を包み込む巨大な光の半球へと姿を変えた。
更にその半球の中から、人一人分の光の玉がゆっくりと抜け出し、久保田の前へ進む。
「まどか……」
光の玉から排出されたのは、久保田の幼馴染。
忘れていたわけではないが、そういえば一番危険な戦場の中心に幼馴染が取り残されたままだった。
「これで安心だねー?」
ちっとも安心できない。何も解決していないじゃないか。
「赤ちゃんが全力で魔法撃っても壊れない結界張ったから大丈夫だよー」
なぜ連絡が取れたのが青鎚だけだったのか。他の、もっと常識的な対応をしてくれそうなメンバーは見つからなかったのか。
久保田は明らかな人選ミスに頭を抱えたくなった。
結界が張られたことすら気づいていないのか、怪獣達は一触即発状態。
お願いだから、死人だけは出さないでくれ、赤槍。




