第75話 紫紺の暗殺者 25
久しぶりに見る、制服姿の須藤さん。わざわざ髪もセットして、いつか見たオールバック。
支部長に見送られ、須藤さんの案内で一階層へ全員で移動。
「はい、皆様! ではまず武器をお選びください!」
そして、必ず言うお約束にでもなっているのか、俺も聞いた覚えのある説明の口上を長々と、しかも大きめの声で語る。
皆様、って対象者は二人なんだが。
ご丁寧に折り畳みのテーブルを収納袋から取り出し、同じく袋から出した各種武器を一つずつ順に並べながら説明を続けてくれる。
あの長い説明を暗記しているのか。ベテラン職員すごいな。
「何匹倒したか数えなくとも大丈夫ですよ! では行ってらっしゃいませ!」
スライムを絶対に素手で倒すな、という部分を特に強調した後、長台詞を最後まで語り終え、須藤さんは武器を並べたテーブルの前に忍者兄弟を招き寄せる。
「久しぶりに見たぜ、スキル【演説】」
「講習会以外に使い途がないスキルだからな」
あれ、スキルなのか。職員のスキルって本当に特殊だ。俺もあのまま働いていたら取得させられていたんだろうか。
兄弟はちらりと並べられた武器を眺めた後、意外にも普通の長さの日本刀を手に取った。忍刀も隣に置かれていたが目もくれなかった。
促され、奥の通路へ足を踏み入れると、さすがに初めて目にするスライムには一瞬固まったが、迷わずそれぞれ一匹ずつ潰す。
「……【短剣術】と書かれていますが」
「俺も」
え、何だそれ。
「ま、そうなるよな」
「眷属だからな、主の持つスキルを伝承するのが普通だ」
銀剣と黒太刀は驚きもしなかった。それどころか、さも当然といった様子で感想を述べる。
問題は何を取得するかではなく、この後、探索者証が魔力に反応するかの方なので、俺は何も言わずに黙って聞くことにした。
本当はいろいろと詳しく聞きたかったが我慢する。
すると銀剣が二人の前に立ち。
「手」
「……?」
右手を兄に、左手を弟の方へ差し出す。
わけもわからず、言われるままそれぞれが銀剣の手を握る。
あ、まさか。と思ったのも束の間。
「銀……! おまえまた……!」
黒太刀の切迫した声を聞くのはこれが二度目。
多分、一度目の時と同じことが起こっている。
「紫紺の暗殺者と同じスキル、付けといたぜ? レベル1なら俺達のあれを付与できんだけどよ、それやっちまうと紫紺の暗殺者が置いてかれちまうだろ?」
レベル1でしか取得できない特別なスキル。それの下位スキルも、同じくレベル1の間ならば取得可能。
「ありがとうございます……?」
礼を述べるべき、なのか?
勝手なことをされたと怒るべきなのか、レベル上げが捗ると喜べばいいのか。
迷った結果、疑問形で締めくくることになった。
「あ、それからおまえが持ってるスキルは全部取らせとけ。おまえがスキル使うとこいつらにもスキル経験値入るし、こいつらが使ってもおまえに経験値入る」
「そうなんですか……?」
とは言っても、いくら十分の一でも全部取得するには時間がかかりそうだ。
「おまえも【幻影魔法】のレベル早く上げてぇんだろ? 三人でやれば早ぇぞ」
それ今一番必要なスキル。まずポイントを稼がなければ。
「はいはい、ではお二人はこれを手首に巻いてくださいね」
こんな時間に臨時講習会を開いた理由を正しく理解している須藤さんは、本来百匹のスライムを倒して受付に戻ってから配布されるはずの探索者証を二人に手渡す。まだ一匹しか倒していないというのに。
ちゃんと持参してダンジョンに入っていたらしい。
更に収納袋から、何かの読み取り端末機のような物を取り出す。
「本部から昨日届いた、最新型です。どこにでも持ち出せるポータブル型なので、新たにダンジョンが発生した時など、仮設の支部で活躍しそうですね」
受付や買い取りのカウンターに設置されている、探索者証の読み取り機と同じ物らしい。
「体内に魔力の流れが発生したことは、本能的に感知されていますね? この腕時計型の端末の、文字盤にあたる本体部分に魔力を流し込んでください。はい、そうです」
須藤さんは流れ作業のようにどんどん話を進めて行く。
「これで貴方専用端末になりました。では次に、本体部分をこちらに翳してください。少し離れて、上から近づけて。はい、そこで止めて」
須藤さんは年齢的に問題のない須佐から登録を始めることにしたようだ。
「はい、問題ありません。では次、弟さんもこちらへ」
自分の年齢が問題視されていると既に承知している那智が、やや緊張した面持ちで右手を須藤さんの持つポータブル端末に近づける。
しばしの間。
今、一番緊張しているのは俺かもしれない。
頼むから早く何か言ってくれ。
須藤さんは端末を真剣に見つめ。
小さな溜息を一つ。
「……普通ですね、残念ながら。使えますよ、彼の探索者証。今すぐ二階層に行っていただいても構いません」
◇
そこからの流れは早かった。
須藤さんは手早く折り畳みテーブルと武器の数々を収納袋に放り込み、簡易講習会場を撤収。
そのまま俺達を連れて支部の一階に戻ると、俺の借りている部屋を変更。1LDKから、一つ上の階にある3LDKの空き部屋へ引っ越すよう伝えて来た。
「雑賀さんのことですから、新たにマンションを探したりしないでしょう? ここに継続して住まれるつもりだと判断しました」
俺はもしかして、とんでもないモノグサ野郎だと思われているんだろうか。
このままここに住むつもりだったことは間違いじゃないんだが。
実はこの後、俺は貯金の半分を放出する予定があるので、格安で借りられる職員寮に置いて貰えないと困る。
同じく一階にあるジャパンダンジョンバンクの窓口で、黒太刀に大金を送金しなければならない。
まず、須佐と那智の服が五着ずつ。案の定、異常な防御力や謎のバフ機能が付与された特殊な服で、高価な武器のようなお値段を提示された。
頼んでないのに俺にも同じ機能を備えた服が用意されており、三人分で目の飛び出るような高額に。
ついでに、協会で買い取って貰えない不良在庫だという武器も幾つか、二人の為に譲ってくれた。これも当然だが代金発生。
更に。
兄弟の新たな好物になったレモンジュースは、実は銀剣の地元のダンジョンの深層でしか生らない実だった。
作り方は簡単で、普通に搾るだけ。
黒太刀の【居室】にトン単位で保存されていたので、一部を分けて貰った。これも当然、タダではない。
使い切った際は、銀剣に【念話】で伝えれば宅配便で送ってくれるらしい。
銀剣の地元のダンジョンがどこなのかは知らないが、乗せて貰った車のナンバープレートは、ここいらでは見かけない九州ナンバーだった。
多分、ナンバーが示す通りの地域にいるんだろう。
詳しく聞くことはさすがに憚られたが、全国的に有名な温泉地を有する地名だ。まさかこの人、定期的に温泉に入りたいからそこに住んでいるんじゃないよな。
経費はまだ掛かる。
二人の戸籍を作るのも、当然タダではなく、連れ帰った探索者が負担するのが基本。二人分の申請手数料が六桁だった。
無事に申請が通れば今後は税金なども俺が払うことになる。いきなり扶養家族が増えた。
職員寮も部屋が広くなればそれなりに家賃も上がるし、三人分の食費のことも考えなければ。
二人のレベルが上がるまでは俺が低層で引率しなければならないから、しばらくは俺の稼ぎも減る。
「……眷属って、お金かかるんですね」
溜息しか出ない。
それからふと気づいて、氾濫現象の後からしばらく見ていなかった俺のステータスボードを目の前に表示する。
スキルが一気に増えている。増えただけならいいが、あの特定事象の表示はどうにかできないものか。
NAME:雑賀 樹
Lv.1,198
SP:327,892
Condition:【誓約】適応中
スキル:
【短剣術】Lv.1,598
【時計】Lv.2,575
【自然治癒強化】Lv.836
【気配察知】Lv.917
【身体強化】Lv.1,239
【跳躍】Lv.1,354
【物理防御】Lv.871
【隠形】Lv.1,687
【加速】Lv.1,278
【暗視】Lv.815
【地図】Lv.2,184
【水魔法】Lv.876
【収納】Lv.1,152
【居室】Lv.1,152
【鑑定】Lv.725
【爪牙】Lv.502
【反響定位】Lv.812
【索敵】Lv.691
【魔法防御】Lv.517
【状態異常耐性】Lv.500
【結界】Lv.653
【風魔法】Lv.598
【浮遊】Lv.511
【幻惑】Lv.429
【分身】Lv.574
【飛行】Lv.509
【状態異常無効】Lv.-
【闇魔法】Lv.487
【回復魔法】Lv.505
【暴食】Lv.404
【痩身】Lv.404
【遠見】Lv.486
【集音】Lv.293
【直感】Lv.306
【魔法反射】Lv.378
【体術】Lv.243
【五感強化】Lv.487
【並列思考】Lv.405
【痛苦耐性】Lv.462
【毒耐性】Lv.364
【不老】Lv.1
【幻影魔法】Lv.2
【変身】Lv.1
【眷属】Lv.2
須佐 Lv.1
那智 Lv.1
【獲得SP10倍】Lv.-
【スキル取得必要SP10分の1】Lv.-
【獲得経験値10倍】Lv.-
【レベルアップ必要経験値10分の1】Lv.-
【ドロップ全排出50%】Lv.-
【獲得スキル経験値10倍】Lv.-
【念話】Lv.1
conversation:銀
【装備変更】Lv.1
特定事象:『往日の試練』失敗(強制終了)
それはともかく。
俺は今回も、黒太刀の連絡先を教えて貰えずじまい。
送金を確認するなり、もう用はないとばかりに、さっさと【転移】で姿を消してしまった。
次に会えるのは何年後なんだろう。
銀剣の憐憫の視線を背中に感じながら、俺は複雑な表情で立ち尽くす。




